イベストは一旦置いて各ユニットとの交流編です。時系列的には『Color of Myself!』以降なので教室のセカイにメイコさんがいたりします。
過日
恋をしていた。
そう思っていた。
「奏多君って濡れ場とかよく見る?」
「なんの話ですか」
仕事の話をしていたらいつの間にかセクハラを受けていた。いちいち過剰に反応すると頭がおかしくなりそうなのでこういう時は塩対応をすると決めている。
「いやね、高校生なんてなんでもかんでも色恋に結び付けるお年頃でしょ。陰キャとか特にそう。恋愛以外の男女関係を知らないのかなって思うくらい。まあそういう奴は恋愛も大して知らないんだけど」
「はあ」
「でも奏多君の話って恋愛要素自体少ないからさ。ふと君の恋愛観が気になって」
「なら最初からそう聞いてくださいよ」
意味のないセクハラを受ける身にもなってもらいたい。意味があったらそれはそれでとてつもなく不愉快ではあるけれど。
しかし恋愛観ときたか。
「色恋沙汰とはあまり縁のない身なので、なんとも」
「素直になれよ童貞。まずは異性の好みから、ほら言ってみ」
「もうちょっと具体的な質問でお願いします」
そうしてしばらくの問答の結果、以下のようになった。
年齢──同年代
髪型──奇抜でなければ特にこだわりなし。
容貌──いいに越したことはない。
体型──身長差が大きすぎない方がいい。
性格──ダウナー系よりは明るい系?
「……わざとぼかしてるだろこのムッツリ坊やめ。実は気になってる相手がいると見た」
「この話終わりで」
「待ちなって。じゃあ初恋は? さすがにその年で初恋がまだってこたないでしょ」
しつこく食い下がる手塚さん。女性はいくつになっても恋バナが好きということなのだろうか。いや、この人の場合は単なるゲスの勘繰りか。
「まあ、ありますけど。言いませんよ」
「えー」
ありふれた話とはいっても語っていて楽しいものではないし、今後事あるごとに蒸し返されるのはごめんこうむりたい。
「そんな思春期男子高校生に提案なんだけど、おねーさんとデートしない?」
明け透けな声でナンパのようなセリフを口走る手塚さんは普段とおなじおちゃらけた表情だ。しかし他人をおちょくるためだけに嘘をつくような人ではないから裏があるに決まっている。
「僕じゃなくていいやつですよねそれ」
「ちっ、かわいくねー奴」
作家に対して露骨に舌打ちする担当編集とはこれ如何に。可愛げが無いなのはどちらなのやら。
「コラボカフェのアクスタがさ、ランダム封入なんだよね。注文ごとにアクスタが配布されるシステムだから推しが出るまで粘りたいけど、食べきれないと困るし。食欲旺盛な男子高校生を連れて行きたいワケ」
もちろん奢りね、と手塚さんは言った。
「まあそれくらいなら」
「へっへっへ、なんだかんだ言って体は正直だね」
別に食い意地を張ったわけではないが。
日取りを決めるために予定を確認していると、手塚さんが思い出したように言った。
「あ、一応デートだからちゃんとおしゃれしてきてね」
「えぇ……」
遺憾の意を表明する。
基本的には着飾るという行為はあまり好まない。面倒な上に服というのは高校生にとって意外に高い。服を買うくらいなら他の物にお金を使いたい。
不平を語ると割と真剣な顔で呆れられた。
「奏多君の服、大体黒じゃん。肌も色白だし羽〇狐かっつーの」
「〇衣狐はかっこいいでしょ」
「あんなモノクロ女現実にいたら不審者でしょーが」
手塚さんに正論を言われるとは。
「とにかく、これを機に新しい服でも買いなさい。黒以外で」
じゃないとモテないぞ、と付け加えて手塚さんは話を締めくくった。
「んー……」
書店でメンズ向けのファッション雑誌を流し見するけれど、ピンとくるものは特にない。というかそもそもモデルと自分ではスタイルに差がありすぎるからイメージも湧きづらい。僕としてはこんな雑誌がはたしてどの層に売れているのか甚だ疑問なくらいだ。
服を見に来たというのにこれ以上書店で時間を使うのもいけないとひとまずファッション系の店が並ぶフロアに移動する。比較的カジュアルな服を見てみるけれど、どれもこれも自分が身に着けることをイメージすると服に着られそうな印象がある。
ややもすると地味であるということ自体が僕のアイデンティティになっているのかもしれない。
「誰かに付いてきてもらえばよかったか……」
『ワタシが選んであげようか』
「ミクのセンスに期待したくはないかな」
胸ポケットに入れたスマホから聞こえたミクの声にそう返す。どういう理屈かミクはスマホを通して現実世界に干渉することができるらしく、セカイに行かずとも時々こうして話しかけてくる。燕尾服を着た奴にコーディネートされるほど不安なこともないので申し出の方は断っておいた。
自分で選んで地味どころかダサいなんて事態は見た目に無頓着な僕といえど避けたいところだ。それ以前に律儀に服を買うこともないかもしれない。そう考えて踵を返したところで、どこからか名前を呼ばれた。
「奇遇だな十六夜」
「青柳くんか」
直接顔を合わせたのは駅で待ち伏せされて以来。一応は彼の言葉がきっかけになって咲希たちとの仲が戻ったので電話で感謝は伝えておいたが、実は根に持っているのは秘密にしている。
続いて青柳君が伴ったやんちゃそうなオレンジ髪の男子に目を向ける。
「お隣は?」
「東雲彰人。俺の相棒だ」
「特命係かなにか?」
「ちげーよ」
青柳くんはいまいちピンときてていない様子だったけれど、相棒の東雲くんには伝わったらしくツッコミを入れられた。
「音楽活動でコンビ組んでんだよ、オレらは」
「そうなんだ。あ、十六夜奏多です。青柳くんとは中学の同級生」
軽く自己紹介も終えたところでせっかく顔見知りに会えたからと少し相談してみる。
「今度の土曜に人と出かけるんだけど、服ってどうすればいいと思う?」
「外出の服装か……俺も人並み以上には知らないが、そういうことなら彰人に聞いてみるのはどうだ」
「東雲くんに?」
まあ確かにピアスも付けているし、言われてみればいかにも見た目に気を配っていそうに見える。当の東雲くんもどうやら協力してくれそうな雰囲気だ。
「わざわざ服買いに来るってことはデートでもすんの?」
「デートではないかな。断じて」
「お、おう……」
あの歩く
「だがその口ぶりだと女性ではあるんだな」
「……まあ一応?」
曖昧な頷きを返すと青柳くんは首を傾げた。純粋な青柳くんのために一応相手が心も体も女性であることは明言しておく。実際のところ心はおっさんなのだけど、青柳くんにそれを伝える必要はないだろう。
「それで、時間あるなら付き合ってもらっていいかな?」
「……ちょっと髪触るぞ」
東雲くんの手がこちらの顔に伸びてきて、反射的に目をつむる。額に当たった手にそのまま前髪をかきあげられる。薄目を開けると東雲くんは真剣な顔でこちらを覗き込んでいる。
「とりあえず、髪はちゃんとセットしとけ。前髪上げる感じで」
「ふむ」
「服は……そうだな、センター街の方行くか」
「ここで買わないんだ」
このこだわり強さがおしゃれの秘訣なのだろうか。だとしたら僕には縁遠い世界だ。
「音楽活動ってどんなことしてるのか聞いていい?」
「いわゆるストリート音楽だな。ライブイベントに参加するだけじゃなく路上で歌ったりもする」
海外のパフォーマーが街中でブレイクダンスの腕を競い合うイメージが頭の中で再生される。それを歌に置き換えたのがストリート音楽だと考えてよさそうだ。
「興味あんのか」
「音痴だから歌う方はともかく聴いてみたくはあるかな。いい刺激になりそうだし」
「そういえば十六夜は作曲を始めたんだったな」
明かしていないはずの情報が筒抜けだと多少なり動揺してしまう。大方咲希が話したんだろうが、自分のいないところで話を共有されるのはなんとなく恥ずかしい。
「まあなかなかうまくはいかないけど、頑張ってはいるよ」
「そうか」
薄く破顔した青柳くんはイラっとするほどイケメンだった。何目線のどういう感情なんだそれは。
どうも東雲くんは店に着くまでにコーディネートを粗方決めていたらしく、その後はさして時間もかからずに服を買うことができた。
お礼に東雲くんの好物だというパンケーキをご馳走すると非常に満足そうに平らげていた。
ワックスなんて使ったのはいつ以来のことか。普段は寝ぐせをなおすために櫛を通すくらいしかしないから、ワックスは洗面台の奥に封印していた。久しぶりに使ったにしては悪くはない気がする。家を出る時の親の反応もおかしくはなかったから少なくとも変な髪型というわけではないはずだ。
服はシャツとカーゴパンツにパーカーと、いつも着るものより全体的にだぼついた印象がある。東雲くんを頼った甲斐あって似合っているかどうかはともかく、服だけみれば様になってはいるんじゃなかろうか。
それにしてもどうして僕は言われたとおりにめかしんこんでしまったのか。いつものこととはいえ、手塚さんに茶化されるのは目に見えているのに。
「うん?」
視界を流れゆく雑踏のなかに見知った顔が見えた気がして、ふと足を止める。振り返ればスマホを耳に当てながらしきりに辺りを見回している雫さん。
「どうしたんですか」
「あら、こんにちは奏多くん」
声をかけると柔らかい笑顔が返ってくる。何か困っているのかと思ったが、もしかすると杞憂だっただろうか。と、こちらが二の句を継がないうちに電話の向こうの通話相手が何事か話しているようだった。
「愛莉ちゃん? ええ、お友達がいたの。……わかったわ、替わるわね」
そんな言葉とともに通話中のスマホを差し出された。
「えっと……?」
「私のお友達が、奏多くんに替わってほしいって」
首を傾げつつ受け取ったスマホを耳に当てる。
「替わりました」
『もしもし。あなた、雫の知り合いなのよね?』
「ええ」
『突然悪いんだけど、雫を駅前まで連れて来てもらえないかしら』
溌溂とした女性の声に雫さんを見る。待ち合わせに失敗したのかはぐれたのか。どちらにせよまたしても方向音痴が災いしたということらしい。
「ちょうど駅の方に向かうところだったので、構いませんよ」
『ありがとう、助かるわ。場所は──』
詳しい集合場所を聞いてからスマホを返して雫さんと歩きだした。
「突然ごめんなさい。迷惑じゃなかったかしら」
「大丈夫です。行先は同じですし、時間に余裕もありますから」
もっともあの人を待たせることになっても罪悪感はないけれど。
「奏多くんも待ち合わせしてるのね。お洋服もなんだかいつもと違うみたいだし…しぃちゃんたちとおでかけするのよね?」
「違いますよ」
そう答えると雫さんは「あら?」と首を傾げた。どうも確信があったらしい。
「どうしてそう思ったんですか?」
「しぃちゃんがみんなとおでかけするって言っていたから、てっきり……」
まあそういうこともあるだろう。そもそも僕一人だけ男だし、別にいまさら気にしてなんてないし。
「……奏多くん、少し変わった気がするわ」
「そうですか?」
「なんだか前より柔らかくなったみたい」
それはきっと悪い変化ではないのだと思うが、反射的に顔を引き締めた。表情から心を見透かされるのはむずかゆかった。
「そういえば、しぃちゃんから聞いたわ。奏多くんがボイストレーニングをするようになったって」
「目標はカラオケ80点です」
教室のセカイの一室で発声の練習をしていたら、志歩が練習の合間にアドバイスをくれるようになったのだ。それどころか練習メニューも組んでくれるのでこちらとしてはありがたい限りである。
セカイに行けば周りを気にすることなく練習できるし、スタジオを借りるためにお金を出す必要もない。スマホさえあればいつでもどこからでも行ける異空間となればできることはもっとありそうな気がする。ちなみに宙のセカイは足場がなく不安定なので練習には不向きだ。
「雫さんは、新しいグループに入ったんでしたよね」
アイドルに詳しいわけではないけれど、普通にSNSをやっていれば興味のないことでも多少なり情報は入ってくるものだ。著名なアイドルや元アイドル三人が一人の女子高生と四人でフリーで活動を始めた──語り手の主観を抜き取れば概ねそんな情報。
「ええ、"MORE MORE JUNP!"っていうの。みんなのおかげで楽しく活動できてるわ」
「それはなによりです」
そうやって他愛もない話をしているうちに電話で指定された場所が目の前になっていた。
「あのお店ですね」
たどり着いた場所には電話で聴いた通り小洒落た喫茶店があった。店の名前も合っているから間違いないだろう。大きめの窓に面した席から先程の電話相手らしい人がこちらに手を振っているのが見えた。
「それじゃあ僕はここで」
「せっかくならみんなに紹介したかったのだけど……でも、そうね。奏多くんにも予定があるもの。案内してくれてありがとう」
小さく手を振ってから背を向けて歩いていく雫さんを見送ってから待ち合わせ場所へ向かった。
「……あ、なーくん出てきた!」
「服の雰囲気が全然違う……ストリート系っていうのかな」
「髪型もね。いつもは適当なのに、今日はちゃんとセットしてる」
「……それだけ楽しみにしてたってこと、だよね」
塀の陰に身をひそめながら、背を向けて歩いていく奏多を見つめる。方向からして駅に行くつもりらしい。だとしたら目的地は駅前か、もしかしたら電車に乗るのかもしれない。
「しほちゃん」
「うん、そろそろ行こうか」
充分距離が離れたのを見計らって私たちは小さくなっていく背中を追いかけ始めた。
事の発端は先週末のこと。
「なーくんが女の子とおでかけするんだって!」
セカイに現れるなり興奮した様子の咲希の第一声がそれだった。誰も、すぐには反応できなかった。「奏多が」「女の子と」。
「青春ねー」
「奏多にも春が来たってことかしら」
ルカさんとメイコさんのそんなやりとりが静かな教室によく響く。
「……奏多ってそんなに仲のいい友達いたんだね」
一歌が目を丸くするけれど、これはそんな次元の話じゃない。事実として奏多と一番関係が深いのは、奏多の家族以外では間違いなく私たちだ。そんな私が知る限り奏多は私たち以外の同級生、特に女子とは遊びに行くことなんてほとんどなかったはずで。
ついこの間までぎくしゃくしていたとはいっても、奏多が私たち以外にそこまで気を許すわけない。
「そもそもどうして咲希はそのことを知ってるわけ?」
「とーやくんが教えてくれたの。おしゃれしていくために新しくお洋服も買ってたんだって!」
「とーやくん」が誰のことかはわからないけど、異常事態だってことはよくわかった。あの奏多がおしゃれなんて、それが本当なら明日は雪が降ってもおかしくない。
「奏多がそこまでするなんて、どんな人なんだろう」
「アタシもそれがすごーく気になってて! だからこっそり後をついていこうかなって思ってるの」
「それは、やめた方がいいんじゃないかな。もし本当にデートとかだったら……」
「時間と場所はわかるの?」
「志歩⁉」
素っ頓狂な声を上げてこちらを振り向く一歌。私に言わせれば一歌はもう少し深刻になるべきだと思う。
「奏多の行動が明らかにおかしいでしょ。私たち以外の女子と出かけるとか急におしゃれとか……とにかく、相手がちゃんとした人かどうか確かめないと」
奏多はまず間違いなく誰かの影響を受けている。けど奏多は簡単に誰かの色に染まるような性格じゃないはず。
気に入らない。
もし変な女に引っかかっているようならその時は責任を持って奏多を引き離す必要がある。
「それは、そうかもしれないけど……」
一歌の瞳が揺れ始める。まだ葛藤があるようだけど、この様子なら押し切れるだろう。改めて咲希に日取りを尋ねる。
「えっと、今週の土曜日って言ってたと思う。詳しい時間と場所はわかんないや」
「だったら家の前で張り込むのが確実かな。穂波もそれでいい?」
段取りを決めながら妙に静かな穂波に話を振る。
「──」
「ほ、ほなちゃーん⁉」
小さく開いた口から魂が抜けてしまったかのように穂波は呆けてしまっていた。
今もどこか青ざめた顔で奏多の背中を見つめている穂波の様子を観察する。一歌と咲希も口には出さないだけでたぶん気づいているはずだ。
奏多は小学生の頃から周りと比べて大人びて見えた。使い始めた遊具を後から来た人に譲ったり、音痴を馬鹿にされても相手にせずに受け流したり、年下の兄弟はいないはずなのにどこか年上のような余裕があった。穂波もそういうところに惹かれているのかもしれない。私自身もそういう奏多を頼りにしてきた。
でも、それはただ我慢しているだけ。奏多の本音を聞いて、見えないところで苦しんでいたと知って。その溝を埋められた今は少し表情がわかりやすくなった気はするけれど、基本的には元の余裕のある態度でいることが多い。そういう振舞い方に慣れてしまっているところもあるんだと思う。
そうこうしているうちに奏多の方に動きがあった。
「え? あれって……」
「雫さん、だよね……?」
奏多が声をかけているのはお姉ちゃんだ。なぜか携帯を貸したりとよくわからないやりとりをしている。ただ三人の目はそんなことは映っていないようで。
「もしかしてなーくんのおでかけの相手って……!」
「いや、違うと思う」
色めき立つ咲希の考えを即座に否定する。確かに今日はお姉ちゃんも予定があると言っていたけれど、それはグループのメンバーと出かけるという話だった。お姉ちゃんが私に嘘をつく意味はないし、奏多なら方向音痴のお姉ちゃんと待ち合わせるのにこんな目印もない場所を選ばないはず。
「たぶん、またお姉ちゃんが迷子になってたんでしょ」
昔からお姉ちゃんに手を引かれるよりも私が手を引くことの方が多かった。こういうところを見ると将来一人暮らしを始めたら家に帰れなくなるんじゃないかと心配になってしまう。ともかく私の言葉に穂波は小さく胸を撫で下ろしていた。
しばらくすると二人は並んで駅前の方に歩きだす。ただ案内をしてるだけだとは思うけどそれはそれとして。
「二人とも、楽しそう……」
誰も穂波のこぼした言葉を否定することはしなかった。最近の奏多は感情表現がそれなりに穏やかになったからか、余計にそう感じる。後ろ姿を見ているだけでも会話が弾んでいるのはわかった。
二人とも読書が好きだし、お姉ちゃんが奏多の小説を読んでいる姿もたまに見かける。仲良くなったきっかけも確か小学生の頃に図書委員で一緒になったからだったはず。だから二人の仲がいいのは自然なことで。
頭ではそう理解しているのに、和気あいあいと会話を続ける二人を見ていると何とも言えない気分になった。
予想通り奏多は駅前でお姉ちゃんと別れて本来の待ち合わせ場所らしいところで足を止めた。それから待つこと十分程度。
「え……⁉」
誰からともなくそんな声が漏れる。私たちは奏多が一緒に出かけるのは同じ学校に通っている同年代の女子だと思っていた。けれど蓋を開けてみれば奏多と言葉を交わしているのはラフな格好の女性だ。どう見積もっても大学生以上。もしかしたら社会人かもしれない。
視線の先ではからかうような笑みを浮かべる女性に奏多が呆れた表情で対応している。けれど本気で嫌がってるわけじゃ──いや、あの顔は結構本気で嫌がってる。ただ仲が悪いようには見えないし、予想外に付き合いの長さを感じさせる雰囲気だ。
「どういう仲なんだろう……」
一歌の言葉が私たちの困惑を代弁していた。接点のわからない年上女性という字面だけ見ると最初に危惧していたとおりの事態に思えるけれど、付き合いそのものは以前からあったような空気感。一応奏多があの人に気があるわけじゃなさそうなのはわかっても、謎は深まるばかりだ。
合流した二人が向かったのはショッピングモールのブースの一角で最近始まったコラボカフェだった。やたらと頭身の高いカラフルな髪色の男キャラクターのパネルがいくつか店頭に置かれている。
「これって女の人向けのゲームだよね」
「あの人の趣味ってことなのかも」
「そういえばもうお昼かぁ。アタシもおなかへったかも」
「でもここに入ったらさすがに見つかっちゃうだろうし、他のお店に行ったら見失っちゃうよね」
手分けして食事をとるにしても誰かが食べそびれる可能性はある。私は最悪それでもいいけれど、お腹は空いているし三人に気を遣わせるのは申し訳ない。
「あ、そうだ!」
「咲希、なにか思いついたの?」
「うん、ちょっと待ってて!」
そう言うと咲希はモールの中を駆けていった。
数分後、戻ってきた咲希の手にはレジ袋が握られている。
「張り込みといえばあんぱんと牛乳だよね!」
袋の中身はパンとパックの牛乳が人数分。
「はい、いっちゃんには焼きそばパンもあるから、アタシとはんぶんこしよ!」
「ほんとだ。ありがとう咲希」
そうして手早くお腹を満たしたまではよかったのだけど、その後の尾行は肩透かしに終わった。思っていたよりも奏多たちがカフェから出てこず、ようやく出てきたと思ったら二人は少し本屋に立ち寄っただけで別れてしまった。
「とりあえず、志歩が心配してたようなことではなさそうだね」
「アタシもいっちゃんに賛成。……でもだったらどういう関係なんだろう?」
四人一斉に首を傾げる。奏多が騙されているわけじゃなさそうだということはわかった一方で相手のことに関してはわからないことが増えてしまった。
「……いっそのこと直接聞きにいく、とか」
「なになに、内緒話ならお姉さんも混ぜてくんない?」
突然耳元で聴きなれない声がして弾かれたように振り向くとそこには話題の中心だった本人が立っていた。
「奏多君のお友達でしょ? みんなかわいいねぇへへへ」
突然の展開に言葉が出ないままの私たちを眺めてなにか満足そうに頷いている。視線が妙にねっとりしていて悪寒がした。
「ねえ、よかったらこの後お姉さんとお茶でもいか」
「当て身」
「ガッ」
目つきの怪しかった不審者は首元に手刀をお見舞いされて膝から崩れ落ちた。それによって背後に立っていた奏多の姿が露わになる。
「まったく、油断も隙も無い……」
「なんでバレた?」
「電車で来た人が帰るって言いながら駅と反対に歩いていったらおかしいと思うでしょうが」
首根っこをつかんだ状態で二人は会話を続けている。
「えっと、奏多? その人は……」
「変態不審者の手塚さん。なるべく近づかないように」
「編集者だってば。よろしくねー」
情けない格好のままひらひらと手を振る手塚さんという人とはつまり仕事上の付き合いということらしい。奏多はバイトをしていないから仕事関係というのは盲点だった。でもそれで全部の疑問が消えたわけじゃない。
「本当にそれだけ? 休みの日に一緒に出かけるくらいなのに?」
「それはこの人の押しが強いからで、完全に仕事抜きで会うのはこれが初めて。だから万が一にも誤解されるような言い方はやめてくれ」
「照れてやーんの」
けらけらとはやし立てる大人の姿がだんだんと小学生のように見えてきた。確かにめんどくさそうな人だなというのはこの短い会話でよくわかった。
「で、どの子が好きなん?」
「社会的に死にたいらしいですね」
「あっ、ごめんごめん。もう余計なこと言わないからセクハラの証拠音声会社に送りつけるのだけは勘弁してください」
一連の話にいくつか聞き逃せない部分があったような気がするけれど、スピード感のある会話であっという間に流されていく。
「僕はこの人駅まで叩き返してくるから。遊んでるとこ邪魔してごめん」
「そうやって見送りの口実作るんだよね。私のこと大好きか?」
「……」
「無言のドナドナやめて?」
私たちが偶然居合わせたと思っているらしい奏多は編集の人の襟を掴んだまま引き摺りながら駅の方へ歩いていった。
「……嵐みたいな人だったね」
「奏多のあんなに冷たい目、初めて見た」
普段からずっとあの調子と考えると頭が痛くなってくる。どうやらセクハラの常習犯のようだし、奏多があそこまで露骨にイライラするのも無理はない。なんにせよ当初の疑惑は完全に晴れた。
「よかったね、ほなちゃん!」
「うん……あ」
深く頷いた穂波の表情がすぐに焦ったものに変わる。
「……もしかして隠せてると思ってたの?」
「~~っ!」
その言葉がとどめになったらしい。穂波は両手で顔を覆って蹲ってしまった。
『あたたかな思い出を辿って』で望月さんが遅れて林に入ると分かれ道があって、迷った末に片方の道を進み始めたら大声を出しても迷惑をかけない場所だからという理由で歌の練習をしていた隣の席の十六夜くんと遭遇して……みたいなのを想像してます。