星彩メランコリー   作:五人囃子の太鼓

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 いつもよりは短めです。限界オタクエミュって難しい。




眩陽

 

 

 ささやかな期待が外れたからといって、いまさら残念な気持ちを顔に出すことはしなかった。ドーナツの好きなフレーバーを譲るくらいのことは我が家でずっとやっていることだから。

 先に選んでいいと言ったのは僕の方だし、悟られたら相手に気まずい思いをさせることになる。

 つまりはいつも通り。僕が黙っていればそれで済む話だ。

 

 

 

 カーテン越しの朝日で目を覚ます。少し寝過ぎてしまっただろうか。

 それにしても懐かしい夢を見た。昔からつい最近似たような隠し事がバレたことを思えば、あまり変わってはいないのかもしれない。

 

 僕には四歳年上の兄がいる。

 この兄というのがひどく子供っぽい性格をしていて、言ってしまえばたいへん我儘なのだ。小さいころから自分がゲームをしている時はコントローラーを渡さなかったし、食べたいおやつが被ったときも譲られたためしがない。

 だから我慢するということに慣れざるを得なかった。初めは「お兄ちゃんなんだから」と言っていた両親もまったく折れない兄に根負けして、僕が譲るのをいいことに何も言わなくなった。

 今でこそマシになっているものの、被害を受けていた方はそうもいかない。三つ子の魂百までという諺があるように、幼い頃の習慣は折り目のようにはっきりと残り続ける。

 我ながら損な性格をしているとは思う一方、進んでそういう選択をしているのもまた事実。きっとこれから先もあまり変わることはないだろう。

『マスター、寝起きで悪いが少しいいかな』

 ミクの声がしたので枕元のスマホを手に取るといつもの張り付けたような薄い笑みが現れた。

「なに?」

「とうとうワタシたちのセカイにもお友達がやってきたから、伝えておこうと思ってね」

 「お友達」。

 その言葉が意味するところを、僕はもう知っていた。

 

 

 セカイに入った僕の目に飛び込んできたのは鮮やかな桃色の髪だった。

「初めまして、ルカ」

 見知った相手に初対面の挨拶をする。ミクと同じでこのセカイのルカはむこうのセカイのルカさんとはまた別人のはずだから。

 ルカは広い袖口を揺らしながら口元に手を当てて優雅に微笑んだ。

「ふふ……ええ、初めまして。会えて嬉しいわ」

 制服のような服装だったルカさんに対してこちらのルカは黒で統一されたフリルの多いドレス姿で、頭にはこれまた黒を基調とした花飾りをつけている。さしずめ歌劇場のプリマドンナといったところか。

「しかしまた、どうして急に?」

 この間メイコさんが向こうのセカイに来た時も大概脈絡がなかったけれど、一応理由があって現れたような口ぶりだった。ルカが来たことにもなにか意味があるのかもしれない。

「私は最初からこのセカイに居たわよ?」

 予想外の答えが返ってきて思わず周囲を見回す。

 宙のセカイは相変わらず帳のような闇に小さい穴のような星ひとつが見えるだけの寂れた空間だ。光源が無くてもなぜか物体ははっきり見えるからこれといって支障はないものの、逆に言えばそれは身を隠すような場所がないということを意味する。

「セカイの仕組みなんて理屈で考えるだけムダさ」

「……それもそうか」

 セカイそのものが不思議空間なのだから、一々首をひねっていても仕方がない。そういうものだと思うことにしておこう。

「もしかしてルカ以外も見えてないだけで居たりするのかな」

「どうかしら」

 ぐるりと視線を巡らせたルカは虚空のある一点に向けてひらひらと手を振った。本気なのかからかっているのか判断がつかない。

「それじゃあ自己紹介も済んだところで作業を始めようか。『極星』も完成までもう一息だからね」

「騙されないから。今日は平日だろ」

「おや、そうだったかな」

 ぬけぬけと嘯くミクを尻目に曲の再生を止めるためにスマホを操作していると思い出したようにルカが口を開いた。

「よければひとつ頼みごとをしてもいいかしら」

「うん?」

「今度ドーナツを買ってきてもらえない? 気になっていて一度食べてみたいの」

「……まあいいけど」

 この先ルカに色々と教えてもらうこともあるだろうし、お礼の前払いと考えればそれ自体はやぶさかではない。

 外から食べ物を持ち込めるのかとか、どうしてドーナツなんだろうとか。気になるはいくつかあったけれど、時間が気になったこともあって追及することはしなかった。

 

 

「おいしい……!」

「それならよかった」

 放課後、宮益坂の純喫茶。以前ここで食べたアップルパイを食べた時から穂波は気に入るだろうと思っていた。そのあと色々あってそれどころではなかったから機会を逸していたが、舌に合ったようでなによりだ。

「学校の近くにこんなお店があったなんて知らなかったよ。奏多くん、よく知ってるね」

「僕も知り合いに教えてもらったんだ」

 その知り合いが誰であるかはわざわざ伝える必要もないだろう。

 みるみるうちに皿の上のアップルパイが穂波の胃袋に消えていく。早くも一皿目が完食間近だ。普段からアップルパイを一ダース以上注文する彼女のことだからまだまだお腹に余裕があるはず。好物は別腹といってもそこまで味わえるというのはさぞ幸せだろう。

「このアップルパイ、もうひとつ頼んでもいいかな」

「好きなだけどうぞ。元々五人のつもりだったし」

 そもそも今回は変質者(手塚さん)が迷惑をかけたお詫びという名目で声をかけていた。それを穂波以外の三人が口をそろえて急用が入ったと言って結局二人でくることになったのだ。

 どういう意図であれ、いささか露骨に過ぎる。隠すつもりがあるのかないのか、こうもあからさまだとやりにくいことこの上ない。せめて勘づかれないようにしてくれればこんな居心地の悪さを感じずに済んだのに。

 もっともそのいたたまれなさを表に出したところでいいことはひとつもない。せっかくの和やかな雰囲気を壊さないようにしたい。

 当の穂波は目の前の皿に釘付けになっている。こうして二人で過ごす時間は穂波に限らずこれまであまりなかったように思う。それはきっと一緒にいることを諦めた負い目があったから。そんな日々が楽しいものであっていいはずがなくて。

 視線を感じ取ったのか、穂波がフォークを動かす手を止める。

「どうしたの?」

「別に。連れてきた甲斐があったなと思って」

 なんだかんだ言っても今が充実しているのは間違いない。

 

 

 不意に入口の扉に設置されたベルが来客を告げた。それまで客は僕らしかいなくてしんとしていたから、背後で響いたその音が思いの外大きく感じた。

「わあ……隠れ家みたいだね!」

「みのりは初めてなのね。結構穴場なのよ、このお店」

 振り返って確認するような無粋なことはしないものの、女子高生かなとぼんやり考えていると穂波が急に声のした方に目を向けた。

「あ、やっぱり。こんにちは、花里さん」

「穂波ちゃん! 偶然だねっ!」

 つられて振り返れば穂波と同じ宮女の制服を着た女子が二人。その片割れの明るい茶髪の子──花里さんというらしい──は穂波の知り合いらしかった。と、その視線がこちらに向けられたので先手を打って自己紹介をしておく。

「はじめまして、十六夜奏多です」

「あ、はじめまして! 花里みのりです──って、あれ?」

 元気だなと思って見ていると花里さんはなぜか首を傾げた。どうしたものかと思っていると花里さんの後ろからもう一人の、目につきやすいピンク色の髪をした宮女生が顔を出した。

「その名前……そう、あなたが雫を送ってくれたのね」

 それを聞いて記憶を引っ張り出してくると、なるほど、確かにこの間雫さんの携帯を借りて通話した相手の声に似ている気がする。それにどこかで──具体的にはテレビやSNSで見たことのある顔だ。

「じゃあ二人は『MORE MORE JUNP!』の……」

「ええ、桃井愛莉よ。この前はありがとう、助かったわ」

 そう言って桃井さんは小さく八重歯を覗かせた。

 

 

「ええっ⁉ 十六夜くん、遥ちゃんのこと知らないの⁉」

「芸能人ってそんなに知らなくて。『ASRUN』は有名な曲なら知ってるけど、メンバーの顔と名前が一致しなくて……」

 せっかくだからとテーブル席に四人で座ることになった。

 雫さんにここにいる二人、さらに元カリスマアイドルだという桐谷遥さんの四人。以上が『MORE MORE JUNP!』のメンバーらしい。そしてこの花里さんはグループ結成の立役者なのだとか。

「遥ちゃんはアイドルのトップオブトップなの! いつもファンのことを考えてて一生懸命だから歌もダンスも完璧でどこにいても目線が合って──!」

 僕でも顔は知っているレベルの有名な元アイドルの三人に見初められたというくらいだから天性のアイドルのような人なのかと思っていたら、なんというかただのアイドルオタクな気もする。

 花里さんの熱烈な布教の合間になにげなく息をつくと向かいに座る穂波が小さく笑った。

「もしかして奏多くん、緊張してるの?」

「アイドルが隣に座ってるって思うとそれなりにはね」

「あら、さっきは芸能人はあんまり知らないって言ってなかったかしら」

 桃井さんが不思議そうに呟いた。気づかれなければそういうことにして流そうと思っていたのに鋭い質問だ。

「まあ、はい。でも僕が言いたいのは芸能人相手だから緊張するとかそういうことじゃなくて」

 嘘を言ったわけではないがきちんと説明するのは気が進まなかった。なにせアイドル本人を目の前にして門外漢の勝手な考えを語らなければならないのだから。

「曲じゃなくアイドル個人を好きになるってことは、そのアイドルの見た目とかパーソナリティに惹かれるってことだと思うんです」

 僕だってアイドルの楽曲は好きだし、聴くこともある。音楽は聴いたままを感覚的に好きになることができるから。曲自体には多面性がないと言い換えてもいい。歌い手や聴き手の知識や解釈によって表現や受け取り方が異なることはあっても、楽譜に書き起こされればそこに差はない。

 けれどアイドルは──人間はそうはいかない。

「テレビで見る姿がアイドルの素なのかは、わかりませんから」

 表と裏、あるいはもっと。目には見えない腹の底。そんなの誰にだって当てはまることだけど、アイドルを見ていると余計に思う。その笑顔は偶像なんじゃないかと。

 露悪的な本性を隠しているとまでは言わない。仮に本当に建前と本音を使い分けていたとして、否定するつもりもない。僕もよくやることだし、それ以前にすべて偏見に過ぎないと言われればその通りだ。

「身構えてるように見えたのは、たぶんそういうことです。気を悪くしたならすみません」

 花里さんも黙ってしまったことから察するに結局空気を悪くしてしまっただろうか。申し訳なく思っていると桃井さんが神妙な顔で口を開いた。

「それは、雫のことがあったから?」

「きっかけのひとつって意味ではそうかもしれません」

 雫さんをテレビで見たことも何度かはある。その姿は普段話す時とは雰囲気が明確に違っていた。最初は普段と仕事でスイッチを切り替えてるのかと思っていた。でも、創作の中のアイドルに触れてからアイドルの裏を気にするようになって。その時に雫さんのことを思い出して一人で思い込みを深めていった。結果的にはそれもまったくの思い込みではなかったのだけど。

 それまでのアイドル「日野森雫」は演出だった。そんな告白が本人の配信の切り抜きとともにネットで拡散された。

 納得と同時に感嘆があった。編集なしの生配信で実際に苦悩の跡を滲ませながらも前に進もうとする姿は、超然とした姿よりももっと輝いていた。

 それはそれとして見えている部分がアイドルのすべてじゃないという一例が出たのも事実なわけで。

「あの配信を見てたら他のメンバーもいい人たちなんだろうなと頭ではわかってるんですけど、やっぱり少し気を張ってしまって」

 長々と話して熱くなっていた体を冷ますために話を戻す。やっぱり自分語りなんてするものじゃない。

「……ありがとう、十六夜くん」

「え」

 覚えのない感謝の言葉に声が漏れる。隣に座っている桃井さんは目が合うと屈託のない表情を浮かべた。

「雫はちゃんと勇気と希望を届けられたんだなって。生の声を聞けたのが嬉しかったの」

 大した事を言っていないのにそんな風にまっすぐな笑顔を向けられるとそれはそれでむずがゆいのだけれど。それでもまあ多少は恥をかいた甲斐もあったかもしれないと思えた。

「今の話、雫にもしてあげたらどうかしら」

「何の罰ゲームですか。二人も雫さんには内緒にしてください」

 こんな羞恥を味わうのはもうたくさんだ。柄にもなくしゃべりすぎてしまったことを後悔しながら桃井さんと花里さんにはしっかり口止めをお願いした。

 

 

 

 

 教室も賑わい、もうそろそろ予鈴が鳴ろうかという時間になって開いていた文庫本の上に影が差した。視線を上げれば一人のクラスメイトが席の傍らに立っている。普段あまり話さない、体育会系の男子だ。

「なにか用?」

「十六夜にちょっと聞きたいことがあってさ」

 そう言って手元のスマホをいじること数秒。突きつけられた画面は一般的なSNSのものだとわかる。

「これって十六夜じゃないか?」

 その男子が指示した投稿は二枚の画像が添付されている。一枚は知らないカップルの自撮り写真で、もう一枚はどうやらその背景の一部を拡大した画像らしい。

 二枚目の画像に注意を向けて──血の気が引く。

『これ雫様じゃね?』

 画素が荒い上にピントが合っていないから断言はできない。けれど知っている人が見ればかろうじて判別できそうな背中越しの横顔が二人分。

「……そうかもね。それがどうかした?」

 視線は外さずに頬杖をついて、長く深いため息を気づかれないように飲み込んだ。

 

 

 

 

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