ワンダショ編だと言ったな。あれは(半分)嘘だ。
バーチャルシンガーを誰にするかでかなり迷った今回。
terror
セカイで作業をしていると唐突に視界が閉ざされる。一瞬見えた手からして誰かに覆い隠されたようだった。
「だーれだ?」
このセカイではまだ聴いたことのない声だ。高く響く、けれどどこか芯の通った少年のもの。
「……鏡音レン?」
「はっずれー」
言葉とともに目隠しが外され、振り返るまでもなくその犯人が姿を現した。
「正解はボク、鏡音レンと」
「アタシ、鏡音リンでしたー」
背後から左右に分かれてこちらを覗き込む双子はクスクスと笑っている。それはいたずら好きな子供のようでもあり、戯れに姿を現した人ならざるなにかのようにも思われた。どうやら声を出していたのはレンだが目隠しをしていたのはリンだったということらしい。
「なら正解でいいだろうに」
「問答無用」
「言い訳なんて聞きたくなーい」
二人は背中合わせに腕を組んでくるくると独楽の如く回った。
二人の服装はゴシック調でそれぞれはアシンメトリーだが、二人合わせればところどころが鏡に映したようなシンメトリーになっている。見るからに二人でひとつといった装いだ。
教室の方にまだいないバーチャルシンガーであることもそうだが、彼らが一度に複数人現れたことはあちらのセカイでもなかったことだ。既に仕組みの理解は放棄しているものの、どうしても気にはなる。
「頭数が増えるというのも考えものだね。またワタシの出番が遠のいてしまう」
「そこは奏多の甲斐性に期待するしかないわね」
割と本気で残念そうにぼやきつつ、意外にもその辺はやたらと律儀な先輩二人である。
「ところで奏多」
「気づいてる?」
「……なんのこと?」
不意に動きを止めた姉弟がそんな言葉を投げて寄越す。
「やっぱり気づいてなかったんだ」
「あの星、だんだん遠ざかってるよ?」
「……は?」
左右対称に背中を合わせたまま、こともなげに告げる二人。その間に砂粒のように小さな極星が瞬いていた。
「フェニランだー!」
先頭を行く咲希がテンションの高めな声を上げる。
フェニックスワンダーランド。通称フェニラン。
フェニックスと言いつつペンギンのフェニーくんをマスコットキャラクターにしているテーマパークである。今日はここでショーキャストのアルバイトをしている司先輩のご厚意で招待してもらった形だ。
「意外と変わってないね」
「来てなかったって言っても三年かそこらだし、こんなものだろうさ」
テーマパークの改修なんて下手に手をつけたらそこだけ浮きそうだし、フェニランは結構昔から今のままだと聞いている。コンセプトが確立されているからこそ変えるところも少ないのだろう。
「いたいた! お兄ちゃーん!」
「お、咲希!」
合流した司先輩、そして友人で同じくキャストだという三人はいずれもメルヘンな装いだ。
「ようこそ諸君、我がフェニックスワンダーランドへ!」
「『我が』って……」
「アンタのじゃないでしょ」
クールそうな女の子とツッコミが重なる。自然と目が合ったので軽く会釈をすると目を逸らされた。
「ねえねえ、せっかくだしみんなで一緒に遊ばない?」
咲希たちの同級生だという鳳さんがそう言った。なんでも夕方のショーまでは時間があるそうで。
「みんなといーっぱい仲良くなれれば、とってもわんだほいだと思うんだ☆」
「わん……?」
「えむくんの口癖さ」
独特な語彙に首を傾げると、どことなくチェシャ猫を思わせる神代さんから補足が飛んだ。司先輩の仲間というだけあってあの人に負けず劣らず個性的だ。
そういうわけで、僕ら五人に司先輩たちワンダーランズ×ショウタイム──そういう劇団名らしい──の四人を加えたしめて九人の大所帯で園内を回ることになった。
テーマパークというものは世界観が大切だというのはよく聞く話だ。単なる遊園地よりもとりわけ非日常性が重要で、例えば千葉の某ネズミの国では園内から外──つまり日常の世界が見えないといった、世界観に没入させるための設計上の工夫がなされているのだとか。
その違和感を抱いたのは園内の一角、ドリーミングエリアを歩いている時だった。
「……ん」
ドリーミングエリアとはその名の通り夢をコンセプトにしたエリアだが、それにそぐわないアトラクションがいくつか見受けられる。昔来た時にはなかったから、ここ数年で造られたものだろう。見たところその多くはいわゆる絶叫系だ。
パーク側の意図なんて僕の知るところではないけれど、個人的にはよくない変化に感じられる。
「あ、このゲームも懐かしいね」
穂波の声がした方を見れば、パークの中にいくつかあるミニゲームのコーナーが見えた。これはボールを投げて積み上げられた的の缶をすべて倒せば大きなぬいぐるみがもらえるというものだ。
「あったなぁこんなの」
昔五人で来た時はみんなで挑戦して結局参加賞の小さいフェニーくんキーホルダーしか手に入れられなかった。それにしたってカラーバリエーションが四種類しかなくて、最後に挑んだ僕は仕方なく──というほど渋々ではなかったけれど、一歌と同じ青色を選んだのだったか。
覗いてみれば景品は相変わらず赤青黄緑の四種しかない。
「あのフェニーくんのぬいぐるみ、すっごくふかふかなんだよ!」
「ほう、奏多が挑戦するのか?」
そういうつもりではなかったのに、いつの間にやらみんなが集まって僕がやる流れができている。
「それじゃあせっかくなので」
三段に積み上げられた六つの缶に対してボールは野球で使うのとほぼ同じ大きさのものが三球。多いように見えるが的自体もそこまで大きくないことを考えれば妥当な塩梅だろう。
当てる場所が上すぎると全ては倒せず、安定した下段を狙うのにはボールよ勢いが必要になる。すなわち求められるのはコントロールと球の威力の両立だ。
一投目。しっかり腕を振って放ったボールは三段目の缶に命中して そのうち二つを弾き飛ばす。安定を欠いた一段目と二段目の缶が連鎖して崩れ、早くも残るは一つ。小さくなった的に慎重に二投目を当てれば一球残してぬいぐるみが僕の手に渡った。
「すごーい! 簡単に取れちゃった!」
「偶然偶然」
まさかこんな普通に取れるとは、あの頃の苦労が嘘のようだ。しかしながら別段欲しかったわけでもなく、インテリアとして飾ろうにも癖が強い。その時、ぬいぐるみの入った袋に釘付けになっている志歩に気づく。そういえば志歩はフェニーくんが好きだったような覚えがある。
このフェニーくんは後でセカイに飾っておくとしよう。
日も傾いた頃、一休みしようということになった。
「ふう」
コーヒーカップで地獄を見た以外は概ね楽しかったと言えよう。司先輩と同じカップを選ぶとは、我ながら迂闊にもほどがある。終わってしばらく地面が揺れてまともに立てなかったと言えばその不用意さが伝わるだろうか。
「なんだか私、ギター弾きたくなってきちゃった」
司先輩たちが軽食を買いにいってくれている間に話題はバンドのことになっている。それだけ練習が体に染みついているということだろう。
ちなみに僕のボイストレーニングの方はあまり進歩がない。強いて挙げるなら少しだけ声が安定してきたことくらいか。分かっていたことではあるけれど、思い通りにいかないのは悔しいものだ。
正直なところ焦りがある。経験でも成長率でも劣っていて、僕が小さな一歩を踏み出す間にみんなはもっと大きな歩幅で進んでいる。このままでは追いつくどころか離されるばかりだ。だからといって歩みを止めるつもりはないけれど、じれったいことこの上ない。
それに僕のレベルが一歌たちに追いついたところで四人に加わることは現実的ではない。Leo/needはバンドの構成として完成していて、僕が入る余地はない。
性別が違い、学校が違い、実力が違う。同じ宙にいても彼我の距離は果てしなく広がり続けている。レンとリンが言っていたセカイの異変も要はそういうことなのだろう。
「もっとうまくなって……プロになって、いろいろな人に聴いてもらいたいって思ってる」
「プロになる、かぁ。アタシには想像できないかも」
咲希がそうこぼした刹那、志歩の表情に一瞬陰が差したのが見えた。
あの表情を、僕はよく知っている。それを黙って見過ごすべきではないことも。
でも。
『……奏多には関係ない』
「──っ」
脳裏に焼き付いたいつかの拒絶。そこにあった距離以上の隔たり。
僕が、目を閉じた日のこと。
司先輩たちのショーは思っていたよりもずっと見応えがあった。特にあの舞台装置の数々。
「ここってメインのエリアに比べたら規模自体は控え目ですよね。それなのにどうしてショーにも使えるくらい高性能なロボットがあるんですか?」
気になったことを舞台終わりの司先輩に聞いてみれば。
「ああ、それは類が作った発明品だな」
返ってきたのはすべてが神代さんの自作だという信じられない答えだった。
「化け物ですか?」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
神代さんはこちらの言葉遣いに目くじらを立てることもなくそう言った。
「僕としては君の方こそとんでもない才能を持っていると思うのだけどね」
「……というと?」
「僕も君の小説を読んだことがあるんだ」
こんなところにも僕の読者がいるとは。朝比奈さんの時といい最近は知り合う相手が小説家としての僕を知っていることが多い。書き手としてはありがたい限りだ。
「衝撃だったよ。言葉というものがあれほど鮮烈に映るなんて。物語に吞み込まれると感じたくらいさ」
「それは、どうも」
「それに司くんもよく君のことを話してくれるからね。いい刺激になっているよ」
神代さんがこちらの頭から爪先までを一通り眺める。金の双眸の奥には静かな熱が揺らめいていた。
「……なるほど」
神代さんが単なる演者でなく演出も担当していることは聞いている。同じ畑と言うほど傲慢になるつもりはないけれど、物語を表現するという意味では似通った部分もあるだろう。
でもきっとそれ以上に、僕とこの人は似ているのだ。
まだ一年生だというのに先生方は異口同音に進路の話を口にする。医師や弁護士を志す一部の意識高めな生徒を除けば、多くの同級生には未だ無限大の可能性が広がっている。かく言う僕もその一人だ。
幼い頃は毎日のように思い描いたはずの未来。早く大人になりたいと、そう思っていたはずなのに。モラトリアム真っ只中の高校生はどうしてか将来を見ようとしない。その瞬間が楽しいというのは今も昔も変わらないと思うのだけど。
これが志歩なら将来はプロのミュージシャンになると言うに違いない。それなら一歌は──咲希や穂波はなんと答えるだろうか。
手遅れになる前に話をする必要があることはわかっている。でも、どうしても踏ん切りがつけられずにいた。
学校を出た後に降り出した雨は電車を降りる頃には勢いを増していた。間抜けなことに傘を忘れているし、コンビニで傘を買おうにも今日はたまたま財布を家に置いて出ている。予報を見てもしばらく止む見込みはなさそうだ。教科書だけは濡らさないように脱いだ学ランでリュックサックを覆ってから駅の外へと踏み出した。
しばらく歩くと視界不良のなかでもよく目立つオレンジ色の髪の毛をした青年がビニール傘片手に正面から歩いてくるのが見えた。
「……お前」
どうやら相手もこちらを認識したようで、互いに足を止めた。
「こんにちは、東雲くん」
「……傘持ってねえのかよ」
「ついでに財布も家だね」
頷くと若干呆れたような中途半端な顔をされた。まあ顔見知り程度の仲だし素直な反応を返すのが躊躇われたのかもしれない。
「とりあえず入れよ。着いてくりゃ傘くらいは貸してもらえると思うぜ」
「あー……悪いね、気を遣わせて」
ここで見過ごすのも寝覚めが悪いと思ったのだろう。こちらとしても善意の提案を無下にするのは気まずい。お言葉に甘えて東雲くんが傘の下に開けてくれたスペースに身を滑り込ませた。
「一旦ここで待ってろ」
そう言って東雲くんは『WEEKEND GARAGE』というレンガ造りの店に入っていった。雨でわからなかったけれど、いつの間にか彼の拠点であるビビッドストリートに入っていたらしい。
しばらく立ち尽くしていると再び店の扉が開いて、出てきた活発そうな女の子と目が合った。
「びしょ濡れじゃん! はい、これ使って!」
「どうも」
受け取ったタオルで水気を拭き取っていく。欲を言えばシャツの中まで拭きたいが、インナーを着ているとはいえ女子の前で脱ぐのは躊躇われた。
「冬弥の友達、なんだよね」
「まあ一応は」
隣で首を傾げたような気配があった。なんとなくだが、たぶんこの人は友達が多いんだろう。
青柳くんは確かに友達だけど親友と呼べるほどではないというのが僕の認識である。それというのも特に友情を育むようなイベントもなくこれまでやってきたからだ。僕らの間には基本的に司先輩がいた。
対する青柳くんはきっとそんな区別はしていないのだろう。この間口出ししてきたのは僕というより咲希が関わっていたからだろうけど、それにしても無遠慮というかなんというか。とにかくそういうわけで青柳くんは苦手だ。
荷物と学ランも軽く拭き終わると店の中に案内された。バーのようなカウンター席が多いが全体としては木目調で明るい雰囲気だ。奥にはライブスペースらしき空間もあった。この雨のせいか客はほとんどいないようだ。
「青柳くんもいたんだ」
「ああ。随分降られたようだが、大丈夫か」
「東雲くんのおかげでなんとかね」
勧められるがままに席に着くと湯気を立ち上らせたコーヒーがお出しされた。見ればカウンターを挟んでマスターらしき人が立っている。
「あの、今財布持ってないんですけど」
「構わんさ。あとで傘も貸すから、気になるようなら返す時にでもまたウチに寄ってくれればそれでいい」
「何から何まで、ありがとうございます」
なんとも気前のいいことである。軽く頭を下げてカップを取ると指先からじんわりと熱が広がった。
「そういえば自己紹介してなかったっけ。私、白石杏。こっちは相棒のこはねだよ」
「は、はじめまして。小豆沢こはねです」
「十六夜奏多です。よろしく」
店にいた大人しそうな子も青柳くんたちの仲間だったらしい。青柳くんたちとは元々別で活動していたところを紆余曲折あって四人でチームを組むことになったのだという。
「しかし、天気予報を見なかったのか? 今日はこの時間から大雨になるとニュースになっていたが」
自己紹介が一段落したところで青柳くんがそう尋ねてきた。
「そうなんだ。考え事してたから聞き逃してたかも」
「考え事?」
「大した事じゃないよ」
そう言ったのに隣からの視線は途切れない。
「……歌の練習をするのにモチベーションというか目標が欲しいなって、それだけだよ。咲希たちは関係──ないってこともないけど」
それ自体は以前から考えていたことだ。四人を追って音楽の世界に飛び込んだけれど、道が交わらないというのなら僕は自分で歩いていく必要がある。
だから、作曲はともかく歌の方は。みんなと同じ舞台に立つということだけじゃない、なにか僕だけの目標が。
「そうか……それなら、俺たちのライブを観にこないか?」
僕の話を聞いた青柳くんはそう言った。
「それは……そのうち行くつもりではあったけど」
「行き詰まっているのなら新しい視点があった方がいいだろう。損はさせない」
青柳くんの言葉に応じたのは彼のチームメイトたちだ。
「生憎今日はこの天気だしな。ストリートを味わいたいってんなら晴れてる時にまた来りゃいい」
「そうだね。普段はみんないろんなところで歌ってるから、もっとにぎやかで楽しいと思うな……!」
「うんうん! 今度のイベントは対戦形式っていって、すごく盛り上がるから聴きにおいでよ!」
「……なら、お邪魔させてもらうよ」
雨音が少し遠くなった気がした。
元々ワンダショ編は別のエピソードをするつもりでしたがトワイライトパレードとResonate with youは挟みたかった。ただそれだとダショとの絡みが少なすぎたので同じく短かったビビバス編とがっちゃんこです。