見せてやろう、結界魔法の可能性を   作:田中左近又兵衛

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プロローグ

寒い土砂降りの夜だった。

 

水瓶(みずがめ)を誤ってひっくり返してしまったような雨が土を泥へと変える。

街道の脇にある鬱蒼とした森は輪郭だけを映し、暗闇の中で壁のように聳え立っていた。

 

街道の一部が途切れている。

 

道の端を示す轍と、人の往来によって踏み固められた土は乱れ、雨によってできた小さな水流には()()が混じっていた。

 

複数の鎧を纏った人間が地に伏していた。

 

騎士だろうか。揃った鎧を身に纏い、その手には剣が握られている。中には火の消えた松明を手にしたままの魔法師もいる。雨に濡れそぼった先端からは油脂が漏れ、二度と火が点かないことを克明に示している。

 

「まさか…二体いたとは…」

 

それに反応するように巨大な影が荒く息を吐く。

 

暗雲が立ち込める中、まだ立っているものが一人。

泥にまみれ、雨水に濡れた姿を晒す金髪の騎士だ。

名をセシル。討伐任務の帰りに起きた襲撃によって壊滅した少数騎士団の長を任されていた。

 

既に体力、魔力共に残り少ない。

身体を薄く覆う魔力の光は途切れかかり、まるで風に吹かれる蝋燭を思わせた。

 

遡ること数日前、彼女は都市から討伐任務を任され、それを為した。

任務内容は魔物の討伐。狂瘴を纏う魔物の発見報告を受けて組まれた討伐隊は下手人たる魔猪を仕留め、帰還する途中だった。

 

状況が変わったのは雨が降り出してから。

ポツポツと振り始め、「小雨か?」と騎士の一人が呟いた途端、一気に表情を変えた。

殴りつけるような豪雨は松明の灯を瞬く間に奪い、黒い雲は月明りをひた隠しにした。

拠点へ早く戻ろうと歩を速めたその時――それは現れた。

 

雨粒が地面を叩く音の中、異音を察知した魔法師は、ふと振り返った。

 

しかし、気づくのが遅かった。

 

四肢を投げ出し宙を舞う魔法師の悲鳴を耳にしたセシルたちは直ぐに剣を抜き、吹き飛ばした元凶を見つけた。

 

それは――討伐したはずの魔猪。

 

「バカな、討伐したはずだ!」

 

騎士の誰かが叫ぶ。

 

「まさか、蘇ったというのか…?」

 

「そんなはずはない!隊長がトドメを刺したはずの傷がない、恐らく別の個体だ。それに信じたくないが――あれからも狂瘴を感じる」

 

比較的冷静な騎士が暗闇の中で必死に状況を分析した。

 

その時、セシルの脳裏を魔猪討伐時の記憶が過ぎ去った。

 

確か、討伐した魔猪はメスの個体。

あの時の個体はこんなにも大きくなかった。キバもだ。

赤く光る双眸は射殺さんばかりに騎士たちを睨み、筋肉は盛り上がり四肢に漲る力は今にも解放されようとしている。

 

身体的特徴から導き出されるはオスの個体。

 

絶対の殺意から考えられるのは――

 

「――(つがい)……?」

 

誰かが発した疑問に答えたのは巨大な魔猪の空を揺らす咆哮だった。

 

 

逡巡から戻ったセシルの頬を冷たい風が撫でる。湿った、ただでさえ少ない体力を奪う風。

全身に痛みが走る。骨が軋むような、割れるような悲鳴が神経を伝う。

自分が現実逃避なんてするなんて思わなかったと、セシルは苦笑いした。

 

知恵を持たぬ獣がしたとは思えないほど完璧な奇襲は、セシルたちを壊滅に追い込むには十分すぎた。地面は泥濘と化し、動こうとする足を絡めとりともすれば滑って体幹を崩す。

それに対し、魔猪は巨大な体躯によって地面を確実に蹴り、圧倒的な暴力で蹂躙してくるというのだ。もし雨が降っていなければ、襲撃前に少しでも気づけていればと、負け惜しみのような観念がセシルを支配していた。

 

「ぐぅッ!」

 

振るわれる牙を剣で捌く。

しかし、完璧に軌道から逃れることはできず、押し飛ばされる。

地面をゴロゴロ転がり、どうにか立て直すが、ジリ貧である事実は変わらない。

 

剣に雷を宿す。しかし、その雷光すら今は心許なく見えた。

 

迫る巨躯に対し、セシルは泥に足を取られながらも半歩だけ横にズレて突進の軌道から逸れる。

すれ違いざま、過ぎ去る魔猪の身体に引っ掛けるように刃を立てる――が、針金のように硬い獣毛に阻まれ、雷は散り、浅い切り傷を作るのみに留まった。

逆に持ってかれそうになったセシルの脇腹を後ろ脚が掠め、彼女の防具を歪ませながら跳ね飛ばす。

 

なんとか剣を手放さずに済んだが、状況は一つたりとも好転せず。

 

もし、万全の状態であれば。

もし雨が降っていなければ、雷魔法の威力が分散することがなかったのに。

ないものねだりをしたって仕方がないのに、セシル亜hそう考えずにはいられなかった。

 

 

魔猪の繰り出す突進や踏み付けは当たれば必殺。

機動力が著しく削がれたこの状況で未だ立っていられるセシルは若くしてリーダーを任される程の有望株であった。

 

しかし、悪あがきも終わろうとしている。

 

もはや五体は限界同然。

魔力で強化された身体であろうとも泥による抵抗の増加は確実に疲労を蓄積させ、追い打つように風雨が筋肉を冷やす。剣を握る手は震え、息も絶え絶えに肩を上下させるセシルは背後を見遣る。

 

そこにはまだ息をしている騎士が何人か。

 

彼らだけでも生き残らせたい。

なれば、刺し違えてでも一矢報いてみせる。

全身にできた切り傷から血を流しながらも変わらず動く魔猪を見据え、覚悟を固めた。

 

「すまないトール。家には帰れそうにない」

 

それは大切な肉親へ向けた独り言。自然と零れたそれは暗雨へと消えていった。

 

相対する魔猪が前傾姿勢に入る。丸めた背の、背筋がメキメキと盛り上がり引き絞られた弓の弦のように力を溜め続ける。

太く頑丈な牙がセシルに向き、雨粒を巻き込んで外気を吸い上げる鼻孔から噴き出る気炎はさながら蒸気機関のよう。

真っ赤に染まる目がセシルを捉え、巨躯からは信じられぬほどの速度で駆けた。

 

あと数舜で魔猪はセシルの元へたどり着き、その憤怒とともに振り上げた牙が胴体を突き破るだろう。

 

その極限の中、セシルは――静かに突きの構えを取った。

 

狙うは魔猪の片目。そこに剣先を合わせ、ゆっくりと後ろに引く。

瘴気に侵された魔物は目が禍々しく輝く。この暗夜においても狙いがつけられるほどに。

何もかもが魔猪に味方する絶望的状況において、それだけはセシルに好都合であった。

 

ここでやらねばならない。

初撃を食らい、頭から落ちたまま沈黙している魔法師は恐らく死んでしまっただろうが、他の騎士はまだ生きている。

仕留めることは無理でも、この命をもって手傷を与え、撃退する。

 

魔猪が猛然と迫り来る。

 

広い蹄が泥を叩き、大規模な水飛沫を上げる。

 

間合いに入った魔猪が牙を振りかぶる。

 

痛みが意識から消える。

 

時間が引き延ばされ、剣を握る感覚だけが残る。

 

魔猪の顔が視界に広がり――

 

 

 

轟音を上げながら静止した。

 

「――え?」

 

思わず呆けた声が漏れる。

仕方あるまい。身が砕けようと一矢報いん。そう覚悟を決めたはずだったのだ。

 

しかし、よく見てみると半透明な壁がセシルと魔猪を隔てているのが分かった。

魔法師は死亡しているはず。

では誰が――

 

「無事か!?」

 

後ろから声。己と同じ満身創痍の騎士から出る声ではない。

振り向くと、外套を被った男が立っていた。

 

 

ーーーーーー

 

 

あっぶねぇ。

間一髪だったわマジで。

 

駆け付けるのが遅かったら目の前でミンチよりひでぇ絵面が展開されるところだった。

結界を展開する速度を鍛えておいて正解だったなこりゃ。

 

ただ。助からなかった奴もいる、か。

いや、今はよそう。先に目の前のバケモンイノシシを片付けてからだ。

 

「戦闘音が聞こえてきた。様子を見に来たんだが、随分えらいことになってるな」

 

「…っああ、番を討伐したんだ」

 

あー、成る程?

それであんなに怒り狂ってるのか。

狂瘴によって変じた魔物、ゲームにおいては“瘴魔”と呼ばれるソレは肉体のリミッターを外し、狂乱する化け物だ。

 

――『ベルセルクエスト』。

俺が転生したこの世界は前世で舐め回すレベルでプレイしたゲームだ。

ダークファンタジー風の世界観に見合う重厚な設定、ストーリー、難易度高めのバトルシステム、ルート分岐。題名の安直さとは裏腹に味わい深い硬派なゲームだった。

 

緻密にバフデバフをかけ、戦略を考えながら組み立てるターン制バトル。

ボスとして登場するキャラは軒並み超強化を貰うので、テキストから弱点を推察しコンテニューを重ねながらクリアしていくのは中々の達成感があった。

 

 

結界との正面衝突から立ち直った魔猪が後ろに飛び、体制を整えながら警戒心を露わにする。

 

しかしとんでもない馬鹿力だな。結界に走った衝撃が尋常じゃない。

これは、満足に動けないように妨害するのを主軸にするか。

 

「で、あんた、まだ剣は振るえるか?」

 

「私とて騎士の端くれだ。まだやれる」

 

「そりゃよかった。盾役は任せてくれていいぞ」

 

そう言った矢先に前に出る。

どうやら魔猪は先に俺を始末することにしたみたいで、肉薄する俺を待ち構えている。

躍り出た俺に対し頭部を振り回して攻撃してくるが、半歩後ろに下がって避ける。

 

追撃のために前に乗り出そうとした魔猪の足元に小さい結界を置いてやれば、躓いたようになり、もんどり打って横転した。

横倒しになった胴体に蹴りを入れるが――

 

かっってェなホント!!

思っちゃいたが、やっぱ駄目だな。

ゲームでもそうだったが、全ステータスが超強化されてることは分かった。

これは生半可な攻撃じゃ通じそうにねぇな。

 

あ、因みに俺が使える能力(スキル)は結界魔法と基本的技能である身体強化だけな。

発覚した時は絶望したもんだ。これでどうやって戦えばいいんだってな。

ただ、結界魔法に才能が集中しているお陰か勝手が効くのは不幸中の幸いだった。

 

「硬いな流石に…何か手があるんだろ?突進を避けようとしなかったのを見るに」

 

「…あれの皮膚はまともに剣が入らない。ただ、あの赤い目だけは例外だ。剣を突き立てることさえできれば、必ず倒してみせよう」

 

「承知だ。お膳立ては任せろ!」

 

最低限の情報共有が終わるや否や、魔猪が再度突っ込んでくる。躓くのを恐れたのか、飛びかかるように跳んでくる巨躯は押しつぶすようなプレッシャーを放つ。

左右に分かれるように避けると、再び俺が前に出る。

 

結界しか使えないことを受け入れた俺は、結界で何ができるかを試した。

分かったのは、結界とは魔力で構成された構造物だということ。

属性は存在せず、その強度、形状の自由はどこまでいっても術者の力量そっくりそのまま。

ゲームよりも自由度の上がった現実(この世界)において、結界魔法は単なる防御バフの枠を超えているのだ。

 

結界はよく創作で見るような半球に留まらない。

上手く成形できれば、トゲのような形にすることさえも可能だ!

 

「――!?」

 

「踏み抜いたな!」

 

――肉が裂け、骨が何がに当たって削れるゴリゴリという音が響き渡る。

 

遅れて辺りを揺らすのは魔猪の悲鳴だ。

鼓膜どころか頭蓋骨すら揺れるほどの音を前に結界を展開して物理的に防ぐ。

大きくのけぞった魔猪の前足には裂傷が。夥しい量の血が流れ出て泥濘を染める。

 

ただ、泥を底面としていたせいか思ったほど傷はついてないな。

設置した結界は円錐型。

それを踏んだ魔猪は自分自身の体重で傷を押し広げたということだ!

 

地面に設置するタイプの結界は最も基本かつ低燃費。展開する速度も速いが、こうやって支点とする地面自体が柔らかいとズブズブと沈んじまって上手く刺さらん。

前足が満足に使えない状況に追い込めたから良しとするが。

 

――ッッ!!!!

 

魔猪が恨み骨髄といった限りに残った三本の足で迫る。

空気を掻き分け一心不乱に突撃するその姿は圧巻だが、あいにく俺しか見えちゃいねぇようだ。

 

さて、ヘイトはもう十分。

 

「じゃ、後はよろしく頼む」

 

「――充填完了」

 

くるりと後ろを向いて歩く。

 

当然背後には魔猪が肉薄しているが、開戦時の焼き増しのように結界によって止められる。

去る俺と入れ替わるように飛び出した騎士の手には煌々と輝く剣が。

今か今かと解放される時を待つ剣の切っ先が捉えるは魔猪の片目。

 

逃れようとする魔猪の身体を、結界の複数展開で固定する。

 

まるで虫の標本を取るかのように。

杭を打つ。

 

背後に一本。

側面に二本。

 

徹底的に妨害させてもらう。

 

魔猪の瞳孔が限界まで絞り込まれる。

それが映すのは矮小な者に詰みまで持ってかれた驚愕か死が目前まで迫る恐怖ゆえか。

 

属性付与・雷電(エンチャント・ボルト)

 

満ちる魔力が雷に変換される。

バチバチと雷光を散らす剣を携え、騎士が突貫する。

 

身動きを制限された魔猪はただ視界に迫る峰を見つめることしかできない。

 

――静かに、かつ一瞬で目を剣が貫いた。

 

再度響き渡る魔猪の絶叫を意にも介さず、騎士が柄を握りしめた。

 

「――最大放電(フル・バースト)ッ!!」

 

剣に込められた魔力が一斉に万雷へと変換される。

放出されるソレは荒れ狂う雷の嵐となって魔猪の内部を蹂躙する。

丈夫な外皮は雷を封じ込める蓋となって逃げ場を与えない。

 

しかし凄い光景だ。

直接脳細胞に電気を流されてるからか、ガクガク震えてるぞ。

全身の筋肉が収縮して反りかえり、口と剣が刺さってない方の目から青白い雷光が漏れてる。

 

うわこっちに泥飛んできたんだが。血も混じってるし。

結界全部出しちゃってるし、もっと後ろに下がっとくか。

 

 

だんだんと弱くなる雷と比例するように魔猪の悲鳴も小さくなってきた。

脳が完全破壊された魔猪は糸の切れた人形のように沈む。

 

「やったな」

 

剣にしがみついている騎士に歩み寄り、手を貸して立ち上がらせる。

髪は汚れ、全身が血と泥にまみれているが二の足でなんとか立っている。

 

いつの間にか、雨がやんでいたようだ。

分厚い雲が裂け、月光が戦場を照らす。

 

「感謝する。貴方が来なかったら私たちは死んでいた」

 

 

暗闇で良く見えなかった顔も今なら視認できた。

金髪を肩まで伸ばした意志の強そうな目をした女性。

拭われた泥の下から現れた徽章(きしょう)を見て俺は思考を回した。

 

エンブレムは四辺形の中央に蛍石。ということは東部都市の騎士団か?

確かあそこは、『復讐騎士トール』が出てきたところだった気が――

 

 

「私はセシル・ベンドウィル。東部都市の騎士団、蛍石(フローライト)の所属だ。貴方の名前を伺いたい」

 

 

 

………。

 

 

 

「――ッッ!!!???」

 

あっぶな声出そうになった!!

無理やり口を閉ざしたせいで思いっきり舌噛んじまったが、どうにか声を出すことは抑えられた。

ベンドウィルってことはトールの姉ちゃんじゃねぇか!?

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