この話ははるか昔。時代にすると西暦160年あたりの物語である。
ここは洛陽。天下もだまる帝の住まう都である。日時は太陽も上がり昼に限りなく近付いたころ。
都の中心をみると活気がよく、人々が溢れ楽しく過ごしている様子が見て取れた。
そこに住んでいる母娘は八百屋で野菜を買っていたし、とある所では子供たちが溜まりなにやら遊んでいた。
いたって平和な日常が目の前には広がっていたのである。
しかし、そこから少しだけ目をそらし都の外側へと目を向けてみよう。
するとそこは燦々たる様子で、中心で見られた活気など微塵も無かった。
役人であろうか。一人の体格の良い男が民家を訪れていた。見ると、どうやら税を徴収しに来ているようだった。
「おぉ!? 今月のはちょーっとばかし額がすくねぇんじゃねぇの?」
お金が入った袋を持った役人は持った袋を顔近くで上げ下げし重さを量りながら言った。
「も、申し訳ありません。今月は作物の収穫がよく無くて売れなかったのです……」
そう言われた相手。(仮にAとしておこう)Aは頭を申し訳なさそうに下げるだけだった。
役人は、はぁ……。と、溜息を深く着いた。
「まったくよぉ。おめぇさんは誰のお蔭でここにいれると思ってんだ? 俺様がこうやって税を徴収してお上さんにちゃーんと上納してるからだろうが……」
「はい」
「それを、こーんなぽっちでお上さんにどうやって申し上げれば良いんだよ!!」
「申し訳ありません」
それを聞いたAはついにその場の雰囲気と自身のもつ罪悪感、この役人にたいする申し訳なさから地面に頭を着いた。
「図がたけぇんだよ!!」
役人はその地面につけてある頭を思いっきり、その重そうな足で踏み潰した。
痛々しい声をAはあげるが、不満を言うことなくその状況を耐えるのみだった。
それからしばらく暴言と暴力をAに与え続けた。
「し、しかたねぇから俺の方からこれっぽっちで話を通しておいてやるよ」
男はそう言うとその家から出て行った。
男はこんどは少し離れた家へと向かうと、そこでも同じ事をした。
男が受取っている税は本来の価格よりもかなり水増ししたものであった。
また、違う場所。入り組んだ家の間。日の当たらないようなところ。そこに視点を当ててみると。
薄い着物をはおり、身体はやせこけその目は光を映しておらず、混沌としている瞳をした子供がいた。
両親等はいないのだろうか?
そこに、その地域の子供たちのグループがやってきた。
「おい、まだ、コイツ生きてやがるよ」その中の一人が騒ぎ立てる。
その様子はやせこけた子供はボーっと光の無い目で見ていた。
「まったくこの目を見てるとイラつくなぁ」
別の子が言うと、その子はいきなりそのやせこけた子供を蹴り飛ばした。
やせこけた子供は身を守る等の動作を見せずその蹴りを思い切り腹に受けた。
「うぐぇっ」
やせこけた子供は、容易に蹴り飛ばされ、地面に突っ伏した。
そして、痛みが残っているのか腹を押さえうずくまっている。
「「「ぎゃははははははは!!」」」
うずくまる子供を見た周りにいる子供たちは、腹を抱え笑い始めた。
蹴り飛ばした子供は周りで笑っている子供たちを見て気をよくし、ニヤリと笑う。
そして、もう一度やせこけた子供に蹴りを入れようと足を後ろに思い切り振り上げる。
その足を子供の横腹あたり目掛けて足を振り下ろそうとした。「まてぇい!!」すると、蹴り飛ばした子供の後ろから制止の声がした。
蹴り飛ばした子供は、その声に驚き振り下ろそうとしていた足を止めた。そして、その顔には止められた不満感から怒りに歪み、後ろに振り返った。
「誰だ!!」
そこにいたのは、自信に満ち溢れた表情。とんがった前髪。仁王立ちでドンとそこにいた。
「俺か!? 俺の名前はな、姓は胡、名は棒、字は伯子だ!! ちなみに俺はお前らみたいなヤツラがだいっ嫌いだ!!」
胡伯子はそういうと、拳を振り上げ子供たちへと向かっていった。
「正義の鉄槌を食らえ!!」
地面に横たわっている少年は自分の事でありながらも、先ほど目の前で乱闘がおこっている事を他人事のように眺めていた。
その目には自分の意思という物。光が無かった。
(あれは、だれだろう……。)
少年は先ほどまで腹に流れていた痛みが和らいだので、そのまますべるように地面に横になった。
顔を横に向け、乱闘の様子を眺める。
「てめぇら! よってたかって一人を苛めやがって!! お前達には人の心が無いのか!?」
胡伯子は多数相手にその拳を振り上げ子供たちに襲い掛かっていく。
「おい、なんだコイツ? 皆! とりあえず取り囲め!!」
「了解!!」
いきなりの行動に驚いた蹴り飛ばした子供であるが、一瞬で落ち着きを取り戻すと回りにいた子供たちに指示を出した。
指示を子供たちは分散し、胡伯子を取り囲んだ。
胡伯子はそんなもの気にすることなく蹴り飛ばした少年の所まで一直線で行くと、顔を狙いその振り上げた拳を突き出した。
「くらえぇ!! ぐぇっ」
しかし、胡伯子の後ろに回りこんだ子供により胡伯子は押さえ込まれた。
「よくやった! 今日はコイツをリンチするぞ!!」
「い、いや、ちょっとまて!!悪かった悪かった!! よし、ここはお兄さんと話し合いで解決しようじゃないか?」
押さえ込まれた胡伯子はいきなりあたふたしだし、態度をガラリと変えた。
しかし、そんな言葉を子供たちが聞くはずも無く胡伯子はリンチの対象となった。
「のーーーーーん!!」
(なんだあいつ。かっこわりぃ……)
「よし、もういいだろう。皆! 帰ろうぜ!! お前、今度舐めた真似したらもっとひどい事になるからな!!」
「あい、わかりました」
それからしばらくリンチをつづけていた子供たちは蹴り飛ばした子供の一声で暴行を止めた。
最後に蹴り飛ばした子供が胡伯子の襟を掴み顔を近づけると脅すように言った。
胡伯子の顔は腫れもとの顔がどんなだったか思い出せないほどだ。
子供たちは胡伯子の返事を聞くと各々家へと帰っていった。
地面に横になっている少年はそれからも動くことなく胡伯子を見ていた。
それからしばらく無言の時間が流れる。
「おい、お前。大丈夫か?」
そしてその無言の時間を打ち砕いたのは当然のごとく胡伯子であった。
少年はその問いに首を縦に振る。それをみた胡伯子はうん。と頷いた。
「ならよしだ。しかし、お前さんいつもあんな感じなのか?」少年は頷く「そうか、それは大変だな。けど、何でやり返さなかったんだ?」
胡伯子が聞くと少年は押し黙ってしまった。
「わるい。答えずらいんだったらいいんだ。」
少年は首を振りその言葉を否定すると始めて口を開いた。
「俺の両親は、戦争で死んでしまった。食べ物も全く無くて、普段は、川に行って魚を取ってきて食べてた。けど、あるとき思ったんだ、俺は何のために生きているんだろう。そう思った瞬間、生というものに興味がなくなった」
そう言って少年はうつむいてしまった。
二人の間に暗い空気がながれる。胡伯子はその話を聞いて少し考えるそぶりを見せていたがやがて笑った。
「おめぇも、両親がいねぇのか? それなら俺も同じだ。けどよ、俺は生きるという事に絶望した事はねぇ! 俺はいつでも全力で生きてるし、生きてきた。そしてそれはこれからも変わらないはずだ。」そう言って言葉を切る。そして直ぐに何か思いついたようだ。「そうだ! お前、俺と一緒に来ないか? 実は俺も子供だけのグループを作っていて、そこは中々楽しいし、居心地の良いところだぞ!!」
少年は、胡伯子の笑い顔を横になりながら見ていた。
そして、少年は胡伯子と視線を合わせるために座った。
「それ、いいかもな。でも、その顔でかっこいい事言っても全くかっこよくないけどな」
少年は胡伯子の腫れあがった顔を見て笑った。
「それをここで言う!?」
胡伯子は少年を連れ人通りの少ない表通りを歩いていた。
ここは、表通りであり日も高く上がっているのだが人通りは少ない。出店を見ても商品は少しだけで、その値段は暴利であった。
「まったくここらへんもひどいよな」少年は頷いた。「俺はよ。馬鹿だけど、大きくなったらここらへんを立て直してやりたいと思ってる」
胡伯子は清清しい笑顔をしながら、己の夢を語った。
少年は胡伯子をじっと見詰めていた。
「そんなことできるの?」
「分からない。けど、いつか俺はここに光を当ててやりたいと思っている。見てみろよ」
少年はそういわれて周りを見る。そこではちょうど八百屋の店主が数人の男に取り囲まれている場面があった。ここでは、大して珍しくもない事態だ。
「今は、ああいうのを見て何も出来ない。俺はまだ何の力もない子供だからな。けど、大きくなったら俺はああいうのをなくしていければと思ってる。未来っていうのは未知数だ。何も分からない未来、俺はそれに今より平和な世界が訪れてくれる事を願ってるんだ」
そう胡伯子は言うと「ハハッくさかったかな」と言って恥ずかしがりそっぽを向いてしまった。
そんな事は無い。少年はそう思った。このとき少年は胡伯子を憧れの存在としてみていた。
まぶしかったのだ。その、仕草が。表情が、目標が、行動が。
入り組んだとおりに入って行きぐるぐると道を回り、行き着いた場所。そこが、胡伯子のホームだった。
胡伯子はそこを【隠れ家】と呼んでいた。が、人によってそこは呼び方はまちまちで家とよんだり、ホームと呼んだり色々だ。(地の分では、隠れ家と表記する)
胡伯子は少年を連れ隠れ家と帰ってきた。右手を上げ、隠れ家に向かって声をあげる。
「おーい、帰ったぞぉぉ! それに、新しい仲間を連れてきた」
胡伯子はそう言って隠れ家の玄関を勢いよく開ける。
すると、同時に胡伯子より更に小さい子供が寄ってきた。
「「「おかえりー」」」
胡伯子は駆け寄ってきた子供たちの頭を撫で、顔の表情が緩んでいく。
「おぉ、ただいまただいま。今帰ったぞ。それより、銀二(ぎんじ)や参緋(さんひ)はどうした? 話があるんだが……」
「その二人なら、上でまだ寝てるよー」
胡伯子の問いによってきた子供の一人が、それに答えた。
「まーだ、寝てんのか? あいつらは……」
「おいおい、ちびっ子共、そう簡単に話すんじゃねぇよ。言ったろ? お兄さんとそれは内緒だって」
すると、奥の階段から一人の男が降りてきた。その場にいたものの視線は男に集中している。
「おっ、起きてたか」
「まぁな。あんなでけぇ声で叫ばれたらおきねぇ訳がねぇ」男はあくびをして間延びしながら答えた。
「それは、悪かったな。参緋はどうした? 寝てるのか」
「あぁ、あいつは寝てるよ。ぐっすりとな。俺よりのんびりやだ。それより、今回つれてきたのはそこのガキか」
男はギロリと少年を睨んだ。
その視線に少年はビクリと身をすくめる。
それを見た、胡伯子は咎めるように男を見た。
「おい、銀二。そういう目でひとを見るのはやめろって言っただろ」
「あぁあぁ、分かってるよ。悪かったなガキ」
銀二はそう言うと俺達に背をむけ再び階段を上りだした。
胡伯子は少年に向き直った。
「すまない。俺はあいつらと話すことがあるから上に行ってくるな。君はここで待っていてくれ」胡伯子は周りを見る。「皆、俺達の話しが終わるまでの間彼の相手をしておいてくれ。じゃ、いってくる」
胡伯子はそう言うと銀二の後を追い上の階へと上っていった。
少年はその後ろ姿を不安そうに見ていた。
しかし、そんな少年の気持ちとは裏腹に「お兄ちゃんはどこから来たの?」周りの子供から質問攻めにされてしまった。
その間少年の表情には、不安という文字が無かったので周りの子供たちのファインプレーである。
所変わり、隠れ家二階のとある部屋。そこでは胡伯子と銀二が一人の眠っている少年を見下ろしていた。
「おい、起きろー!」
そういって銀二は眠っている少年を足蹴にした。
「ぐぇ!!」
足蹴にされた少年は苦しげな声を上げ、目を覚ました。
「おいおい、俺を起こしたのは誰ですかー? まだ、夜じゃねぇじゃねぇか!!」
「うるせぇ! 何時までも寝てんじゃねぇよ」
「ぐぇ!」
銀二はもう一度足蹴にする。
「それより、話があるんだとよ」
「話ぃ?」
そういって銀二は隣にいる胡伯子を指差した。
一部始終を見ていた焦がしはなんていってよいか分からない表情をしていた。
「あー。そのだな。」
「なんですか。早く用件をいってくれぇ。おりゃあ、眠いんだよぉ」
「うぅむ。そうだな。端的に言うとだなー。家族が一人増えた!!」
「おい!」
その報告を聞いた少年はいきなり声を荒げ胡伯子に迫っていった。
隣にいる銀二は我関せずといった感じであくびをしていた。
「おまえ、今の状態でも、ここが結構厳しいっていうの分かってるよな? その状況でまた新しくつれてきた? ふざけてるのか?」
その大の大人も縮こまるような視線を胡伯子は受けていたが平然としていた。
それどころか、その言葉に対し笑ってしまうという始末。
「あっはっはっはっはっは、そんな事か! 大丈夫だ!! そんな事気にしなくても」
そんな返答を受けた少年は、拍子を突かれた表情をしていた。
「ふん。コハクが言うならそれでいいけどさ」少年はそっぽを向く。
今度はソレを聞いた胡伯子の目つきが鋭くなった。
「参緋、この俺様をあまり舐めるなよ。子供の一人や、二人まだまだ全然余裕だわ」
「ふん。」
「まー、そういう訳だから、了承しておいてくれ」
「寝る!」
参緋は毛布に包まって眠りに入ってしまった。
「銀二、俺は少年にここの説明があるから下に降りるけど、お前はどうする?」
眠りに入ってしまった参緋を見ながら胡伯子は窓際に座りながら外の風景を眺めていた銀二に尋ねた。
「俺はいいよ。そういうのは得意じゃないしな」
「そうか。」
胡伯子はそう言うと、一階へと降りていった。
「お前らは何やってるんだ……」
胡伯子が一回へと降りると少年が隠れ家の年少組に襲い掛かられ子供の中に埋もれていた。
胡伯子が来ると少年はその子供の山の中から這い出てきた。
「い、いや、俺にも何がなんだかよく分からなくて」
「はぁ、お前ら。お兄さん達は大切な話しがあるから違うところに行きなさい」
「「「はぁーい」」」
胡伯子はめんどくさそうに頭をかきながらそう言って、子供たちを解散させた。
子供たちも素直なので、皆素直に言う事を聞き、その場から離れた。
子供の山から解放された少年はよっこいしょっと立ち上がった。
「少年こっちへ付いてきてくれ」
胡伯子は親指で部屋の奥を指差し、その部屋へと向かって歩き出す。
それに少年も付いていく。
「ばいばーーい」
後ろにいる子供たちが手を振っていた。
少年はそれをチラリと振り返り胡伯子について行った。
少年が胡伯子のあとに続き入った部屋にはそれほど広くは無く、簡単な椅子が二脚あるだけだった。
胡伯子がその二つのうち一つの椅子に座ったのでソレに習って少年も椅子へと座る。
気優しそうな笑みを浮かべて胡伯子は少年を見た。
「どうだい? 俺の隠れ家は?」
「凄いと思う。皆笑っていたし……」
少年がそう言うと、胡伯子はガタッと前へ乗り出した。
「だろう? 俺も最初は苦労したさ。ここに来た子供は皆最初はふてくされたような、まるでもうこの世は終わりだ。なんて、表情をしてやがるんだからな。ふざけやがって」
「もしかして……、ここにいる子達も俺と同じく?」
少年は胡伯子の話しを聞いて思いついたことがあった。こんな事を聞いては不躾だろうか?そう、少年は思った。
そう言った胡伯子は当時を思い出し、本当に怒っているようだった。
しかし、胡伯子はそこで笑顔に戻る。
「あぁ、だけど、そんな事はどうでも良い。話を戻すぞ。ここに来たあいつらは絶望した顔をしていた。けどよ、今ではここを笑顔の家とか呼ぶ奴まで出てきて、俺はもう感激したね!!」
胡伯子はそう言って感極まり涙を流す。しかし、それも一瞬で直ぐに泣き止んだ。
「ふむ、まぁ、無駄話はそれ位にして、本題に入ろうではないか。具体的なことを言うと、隠れ家の規則というものだな」
少年は頷く。
「よし、では一つ目に、隠れ家では大怪我に繋がるような喧嘩はしないという事だ。」
「それは、喧嘩をしないという事ではないのか?」
「あぁ、俺達子供なんて喧嘩をすることなんて日常茶飯事だ。それに、言葉じゃ伝わらないものっていうのも確かにある。では二つ目に、朝の挨拶という物は必ずする事。三つ目、ここでは貧相ながら夕飯が出るのだが、それには絶対に参加すること。他にも色々とあるがとりあえずはこの三つを覚えておけば間違いないだろう! 分かったか?」
少年は頷いた。
「うむ。ならよし。分からないことは他のヤツラにでも聞いてくれ! っと、そうだお前の名を聞いてなかったな!」
「俺の名前は姓が聖、名が響、字が珀護だ」
「ふむふむ、なら珀護だな。よろしく!!」