始まりのエピローグ
雲に覆われた雪の降る寒い日。
とある場所で、森が広がっている。
青く生い茂るその場所には獣道すらなく、人の出入りする気配はない。
人を拒むような森の向こうで、小さな草原が広がり、更に向こうに海が広がっていた。高い崖から見下ろせば、波が何度も定期的に打ち付けられている。
雪が一粒ずつ、波の中へと音も無立てずに消えて行く。
その崖から少し外れた所に砂浜が広がっている。
砂浜に打ち付ける波はどこか悲しい音色を奏でながら、水平線の向こうまで存在した。そして、その波音を消すかのような慟哭が、解放された世界に虚しく響いていた。
波際で、一人の少年が立っている。歳は十代半ば程。白銀の髪が風に靡き、血のような真紅の瞳が降り行く雪を映し出す。先程の泣き叫びが嘘であるかのような無表情を貼り付け、その頰には涙の跡が見える。
片手に恐ろしい程綺麗に磨かれた短剣を手にして。
その目は赤色から白に染まりつつある。
少年は自らの首に切っ先を添えた。
そして、彼は自分の首を突き刺した。
鮮血が空を舞う。
血が宙にある雪に注ぎ、雪を赤く染め、溶かす。
そのまま海面へと落ちて、その赤すら薄く消えていく。
波の中へと呑まれた少年はそのまま海へと引きずり込まれた。
海の中で剣を引き抜く。蓋が消えた首からは血が無尽蔵に流れ出た。それも海の中へと消えて行く。
ただ、消えて行く。
彼の側には誰もいない。
誰一人存在しない。
深い海の中に沈んで行く。
暗闇の中へ沈んで行く。
何処にも届きはしない。
いずれは薄暗い光さえ届かなくなる。
それで良い。
これで良い。
揺らぐ視界の中で、赤く混じる波を見る。
それすらどこか他人事のようで。
白く舞い落ちる雪も、彼に届かずに消えて行く。
何を望んだのか。
何を思ったのか。
それが本当に自分の望みだったのか。
それすらもう、分からない。
でも、もう終わる。
だから、これで良い。
体が沈んで行く。
何処までも深い海の底へ。
誰の手にも届かないその場所へ。
これは悲劇だったのだろうか。
あるいは喜劇だったのだろうか。
彼の側には、誰もいない。
その瞼の裏にあるのは、白い少女の姿。
走馬灯のように、彼は自分の人生を振り返った。
沈み行く世界の中で、もう二度と変えられぬ過去を思い馳せた。
どう足掻こうと動かない運命の筋書きを思い描いた。
故に彼は声にならない声で呟いた。
その声は泡粒となって消える。
この世界に残した言葉は、ただ一言だけだった。
下らない。
その言葉すら、消えて行く。
この記憶の中で、何かを見つけられるのだろうか。
目を開けたまま、彼は自分の記憶を思い返した。