Knife Master《完結》   作:ひわたり

1 / 58
始動の序章
始まりのエピローグ


雲に覆われた雪の降る寒い日。

 

とある場所で、森が広がっている。

青く生い茂るその場所には獣道すらなく、人の出入りする気配はない。

人を拒むような森の向こうで、小さな草原が広がり、更に向こうに海が広がっていた。高い崖から見下ろせば、波が何度も定期的に打ち付けられている。

雪が一粒ずつ、波の中へと音も無立てずに消えて行く。

その崖から少し外れた所に砂浜が広がっている。

砂浜に打ち付ける波はどこか悲しい音色を奏でながら、水平線の向こうまで存在した。そして、その波音を消すかのような慟哭が、解放された世界に虚しく響いていた。

波際で、一人の少年が立っている。歳は十代半ば程。白銀の髪が風に靡き、血のような真紅の瞳が降り行く雪を映し出す。先程の泣き叫びが嘘であるかのような無表情を貼り付け、その頰には涙の跡が見える。

片手に恐ろしい程綺麗に磨かれた短剣を手にして。

その目は赤色から白に染まりつつある。

少年は自らの首に切っ先を添えた。

 

そして、彼は自分の首を突き刺した。

 

鮮血が空を舞う。

血が宙にある雪に注ぎ、雪を赤く染め、溶かす。

そのまま海面へと落ちて、その赤すら薄く消えていく。

波の中へと呑まれた少年はそのまま海へと引きずり込まれた。

海の中で剣を引き抜く。蓋が消えた首からは血が無尽蔵に流れ出た。それも海の中へと消えて行く。

ただ、消えて行く。

彼の側には誰もいない。

誰一人存在しない。

深い海の中に沈んで行く。

暗闇の中へ沈んで行く。

何処にも届きはしない。

いずれは薄暗い光さえ届かなくなる。

それで良い。

これで良い。

揺らぐ視界の中で、赤く混じる波を見る。

それすらどこか他人事のようで。

白く舞い落ちる雪も、彼に届かずに消えて行く。

何を望んだのか。

何を思ったのか。

それが本当に自分の望みだったのか。

それすらもう、分からない。

でも、もう終わる。

だから、これで良い。

体が沈んで行く。

何処までも深い海の底へ。

誰の手にも届かないその場所へ。

これは悲劇だったのだろうか。

あるいは喜劇だったのだろうか。

彼の側には、誰もいない。

その瞼の裏にあるのは、白い少女の姿。

走馬灯のように、彼は自分の人生を振り返った。

沈み行く世界の中で、もう二度と変えられぬ過去を思い馳せた。

どう足掻こうと動かない運命の筋書きを思い描いた。

故に彼は声にならない声で呟いた。

その声は泡粒となって消える。

この世界に残した言葉は、ただ一言だけだった。

下らない。

その言葉すら、消えて行く。

この記憶の中で、何かを見つけられるのだろうか。

 

目を開けたまま、彼は自分の記憶を思い返した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。