Knife Master《完結》   作:ひわたり

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名前

裏政府。

裏世界の裏組織を撲滅する為に作られた組織は、一つの組織に目を向けていた。

神化人間。

人造人間を造っている、裏組織の中でもトップクラスの組織。

人造人間を造っている組織は幾つもあるが、この組織ほど抜きん出た技術を持った組織は他にはない。別の裏組織ですら解析不能と言わしめるほどである。

その組織を壊滅させる為に作られたチーム。リーダーである男、通称「紅蓮」は電話機の前で腕を組んでいた。顔中に刻まれた歴戦の傷は歪められ、無駄のない筋肉がジッと組まれている。

「……神の眼か」

 

 

電話が掛かってきたのは数分前。

紅蓮は何か進展があったかと、受話器を取って耳を当てた。

「私だ」

『……神化人間捜索チームのリーダー、紅蓮だな』

子供の男の声。

無論、秘匿の回線番号を知っている子供などいない。この部隊自体も少数人数で構成され、極秘裏に動いている。裏政府の人間ですら知っている者は少ない。

……つまり、この声の主の可能性の一つは

「貴様、神化人間か」

『御名答。話が早くて助かる。俺の名は神の眼』

神の眼。神の欠片。

神化人間の中でも最高クラスの神化人間。

電話口の向こうからクスクスと笑い声が聞こえる。声を変えずに地声で電話を掛けてきたのも態とかもしれない。

『言っておくけど、逆探知なんて無意味だから。それより、君達にとっての朗報を教えよう』

「朗報だと?」

子供の癖にやたら偉そうな口調であるが、彼は普通の子供ではない。紅蓮は警戒心を持ったまま聞き返す。

『神化人間を造っていた組織が壊滅した』

紅蓮はそれを聞き、微かに眉を顰めた。彼の言葉を鵜呑みにする紅蓮ではないが、真実にせよ偽りにせよ、何故この神化人間がそんなことを裏政府に言うのか。裏に何かあるのか。

「……それは確かに朗報だろうが、私達はその場所を知らない」

『ああ、だから教えてやるよ』

……罠か?

それが紅蓮が真っ先に疑ったことだった。

『罠じゃないさ。まあ、信じる信じないは任せるがね』

紅蓮の思考を読んだかのように言う。

「……では、貴様の目的は何だ」

『親切心とは思わないか?』

「思わんな」

『だろうな』

変わらず、こちらを馬鹿にするかのような返し方である。

『人間とは大きくなる程に、与えられるだけでは不信感を持つ。面白い精神だよな』

「下らん問答をする気はない」

『俺は下らん問答が好きなんだがね。それで、俺の目的か。取り敢えず、壊滅した理由から話そうか』

神の眼は、一人の神化人間の話をする。神の刃の暴走。二重人格の形成。逃げた僅かな神化人間と研究員。そして、現在。

『今、奴の二重人格は抑えられ、元に戻っている。いや、正確には戻っているとも言い難いが……貴様に言っても分かることでもないか。兎も角、今は安全だ』

敢えて俺の目的を語るならと、前置きして言う。

『神の盾の生存』

神の盾。二重人格から神の刃を目覚めさせた存在。

「何故、その少女を?」

『あいつが居なければ、再び二重人格が現れた際、止められる人間が存在しなくなってしまう。それでは駄目だ。今、下手に世界を壊されたくはない』

「何故だ?」

神の目の声色から、冗談の気が無くなり、ただ一言を本心から語る。

『俺はまだ、世界を知らない』

それが本音だというのは、紅蓮にも伝わった。

「……なら、神の刃を殺したほうが早いのではないか?」

神の眼の次の発言には、既に先ほどの雰囲気は消えていた。

『そりゃ駄目だ。奴を殺そうとしたら、二重人格が目覚める。二重人格は神の盾を前にしても、彼女を殺し掛けるまで動いていた。下手に彼女の前で殺そうにも、先に二重人格が目覚めるだろう』

「殺そうとすることが、目覚める原因だと?」

『奴の目覚める条件は、俺の予想では二つある。どちらか一方でも当て嵌まればアウトだ』

……神の眼の話に飲まれかけているな。

そう自覚した紅蓮は、一度目の眉を揉んでから返答した。

「それで、その条件は?」

『自分を含め、誰かを殺すこと。そして、一定量の感情を出すこと』

「……殺しは分かるが、何故、感情が?」

『人間として生きることが引鉄なんだよ』

つまり、これから白い少年は、永遠に感情を殺して生きていかねばならない。

喜ぶ事も、笑う事も、悲しむ事も、嘆くことも、怒ることも、何一つ出来なくなる。

それを辛いと思う事すら出来なくなる。出来なくさせなくてはならない。己の意思で。

「…………」

……それは、何とも。

ならば、いっそのこと。

『奴を捕らえて永久凍結させるのは、賭けだぞ』

「……俺の思考を読むな」

コールドスリープさせて、その上で殺す。あるいは将来に放置する。永久凍結が事実上の死でなくとも、二重人格が『死』と認知したのなら、それが二重人格を表に出す原因となる。

故に、白い少年は生きねばならない。

二重人格を目覚めさせないまま彼が死ねる方法を見つけるまで、生きてもらわねばならない。人間らしく生きることは許されず、人形のように生きるのみ。

その命を終えるまで、無意味な生を送り続ける。

「……それで、場所は?」

 

 

そして、紅蓮の率いる特殊部隊は神の眼が指定した場所へと赴いた。

木々の生い茂る中で、少数の人数のみを引き連れて草根を掻き分けて進んで行く。

方位磁石も効かないその最奥地で、それは存在した。建物自体も緑に覆われていて小山と言われても納得してしまう。だが、構造が不明な瓦礫の山が散らばっていれば、ここだと確信を得ることができた。何かが爆発した後か、周りの草木が焦げ目を作っている。昨日雨が降っていた為、周りには多くの水分がある。火事にならなかったのは幸いだろう。少量ではあるが血の跡も発見された。

「どうやって侵入しますか?」

「爆破で壊せるなら何とかなるかもしれんが……」

しかし、様子を見るに爆発で壊れているのは内部と扉だけで、外壁には罅一つ入っていない。

「試してみ」

みるかと言おうとした時、文字通り瓦礫が吹き飛んだ。

幸い横に居た為に部隊に被害は無かったが、数トンもある質量を簡単に吹き飛ばされた光景に、全員の思考が停止する。

唯一、紅蓮のみが即座に入口に銃を構えた。

その行為が無意味であることは分かっているが、周りに警戒を伝える意味でもある。全員が照準を合わせた後、煙の中から一人の少年が姿を現した。

「…………」

気配が虚げで、感情すらなく、何の表情も無い小さな白い少年。その両手には双剣が握られ、深紅の瞳が紅蓮達を映し出す。

「……誰だ、お前ら」

起伏のない淡々とした声で、少年が問う。

「……俺達は裏政府の人間だ。大人しく従えば、殺しはしない」

今の行動を見ても、紅蓮達の勝てる見込みは無い。故に、紅蓮は交渉に持ち込めないか試すことにした。元より、その手段しか持ち合わせていない。

「……裏政府。俺はその知識が無いから判別は出来ない。だが、装備をして此処に来たということは、此処がどんな所であるか知っていると判断しよう」

故に交渉しよう、と白い少年が言う。

「中に生き残りがいる。そいつを助けてくれ。代わりに、俺はお前らの組織の手伝いをしよう」

「裏政府に属すると?」

「ああ」

さてどうする、と紅蓮は思考を回転させる。

彼からの交渉は願っても無い話だが、今でも先でも、彼に暴れられたら止める術がないのも確かである。……助ける生き残りとやらを人質に使うか?

だが、そいつも復活したらどうなるかは分かったものではない。

紅蓮の思考を読んだのか、少年は淡々とした声で言った。

「……信用出来ないなら、一つ、証明を見せよう」

腕を振り上げ、近くの瓦礫へと振り下ろす。当然、瓦礫が耐え切れずに砕けた。

「…………」

少年は自分の手と瓦礫を見比べた。何がしたいのかと首を傾げる紅蓮達に、少年は右腕を左手で掴み

「!」

自ら膝で、全力で蹴り上げた。

酷く鈍い音が響く。右腕が赤く腫れ上がった。少年は構わずに、再度膝を叩きつける。

ボキリと、確実に骨の折れた音が鳴った。

「…………!」

紅蓮達の表情が驚きに染まる。

対して、少年は顔色一つ変えず、再び腕を

「ま、待て!」

隊員の一人が少年の肩を掴んだ。その行動に紅蓮は肝を冷やしたが、紅蓮の思いとは裏腹に、少年は何もせずに肩を掴んだ隊員に目を向けた。

「……何か?」

「何をしているんだけど君は!」

「証明だ」

少年は隊員の目の前に垂れ下がった腕を見せつけた。

「肉体を壊せば、本気度が分かるだろう。しかし、腕一本でコレとは。裏政府とやらが甘いのか?それとも、これが世界の常識か?」

少年は紅蓮に目を合わせる。紅蓮が隊長だと分かっているようだ。

「……そいつは確かに甘い所があるが、表の世界の常識でもある」

「……成程。常識を覚え直しだな」

少年は微かに嘆息し、施設の中へと足を向ける。

「これで信用してくれたのなら、中の奴を助けて欲しい。生き残りを漁ってみたが、1人が半身不随で、2人がかなり重症だ。まだ息はあるが、いくら神化人間でも治療しなければ、あのままでは数分で死ぬ」

「なら、急ぐか」

……一応、警戒は怠るな。

紅蓮は隊に合図し、施設内に足を踏み入れた。天井が全て破壊された廊下の向こう。曲がり角を曲がろうとした矢先、足元で水音が鳴る。

「…………」

血だった。

先頭の2人が曲がり角の先を見て、固まった。

「……これは」

紅蓮がその光景に思わず呟く。

死が流れていた。

神化人間、研究員問わず、幾つもの死体がそこにあった。ある者は壁に叩き潰されてそのまま壁の一部となり、ある者は脳味噌をはみ出しながら目玉を零している。内臓が撒き散らされ、骨を突き出し、まだ新しい血の匂いを発散させながら、死がそこに広がっていた。

「何をしている?」

先を歩く少年に声を掛けられ、ハッと我に返る。

「これは……」

「俺がやった。奥は更に死体が多い」

構わずに進む少年の背を見ながら、紅蓮達が顔を合わせる。

「……おそらく、中はより悲惨な状況だ。ここで駄目だと感じた者はここで待っていろ」

3人だけをこの場に残し、紅蓮達は少年の後を追い続ける。そして、死体の川を抜けた先、大広間に出た。

血の海が広がっていた。

血の海に映えるように死体が無尽蔵に置かれ、更に、高い山が幾つも幾つもの連なっている。蒸せ返るような血の匂いが広間に充満し、空気を支配する。

この場では、生きていることが不自然な程、死が多く存在した。

あまりの光景と匂いに、死を見慣れたものでも何人かがその場で吐きそうになる。下を向くと、死体の顔があり、無機質な目を見て吐くのをぐっとこらえた。

「シロ」

少年が中央に横たわる少女に声を掛ける。

血の海の中で眠る彼女は既に死んでいるようにも思えた。

「こんにちは」

シロがにこりと微笑む。

この状態で笑えるのは大したものだった。それとも、ただ壊れているだけか。

「コイツは半身不随で動けない。向こうの死体の山の所に並べている男と女が居るが、そいつらはかなりの重症だ」

紅蓮は救出と応急処置の命令を下した後、三人が連れて行かれていくのを見ながらポツリと呟いた。

「あの少女以外にも生き残りが居たのか」

「何故、シロが生きていたことを知っている?」

「ある情報屋から聞いてな」

「そうか」

少年が納得しているのか紅蓮には判断がつかなかったが、少年はそのまま話を続けた。

「偶然だがな。おそらく、吹き飛ばされた時に巻き込まれて、そのまま死に掛けたんだろう。同じような奴らは何人もいたが全員死んだ。お前達が来なければ奴らも死んでいた。運が良かった、ということか」

運が良かった。

生きていることが幸運なのか、死んだ方が不幸なのか。この場合、生きていることが不幸に思えてならない。

「……神化人間よ。お前、名はなんという」

「神の刃と呼ばれていたが、最早その名は死んだ。あの子からはビャクと呼ばれているが、それも別段、俺の名ということでもない。好きに呼べ」

「ならば」

紅蓮は、少年の携える双剣を見下ろして言った。

「ナイフ使い。一先ず、そう呼ぼう」

ナイフ使い。

そう名付けられた少年は、双剣を掲げて言った。

「これはナイフではないぞ?」

「分かっている。だが、貴様は人間的に未熟だ。だから、ナイフで充分だ」

そんなものかと思ったが、別に拘りもないので、それで了承した。

「あと、貴様には敬語を教えてやる」

「常識を学べという事か?」

「ああ。常識ってやつは、社会への最大のカモフラージュだからな」

紅蓮は笑い、ナイフ使いは笑わない。

 

そのまま裏政府へと連れて行かれたシロと他の2名は治療を受け、ナイフ使いは裏政府へと属することとなった。

 

 

「俺は嫌だね」

赤い髪の少年が言い放つ。治療中に目を覚ました赤髪の少年、赤い銃は事の顛末を聞かされ、最後にそう言った。

「俺は別に裏政府へ属しても構わない。だが、神の刃……今はナイフマスターか。奴と一緒に居るなど御免だね」

裏政府管轄の専門病院。

あの後運ばれた神化人間達はこの病院に収容された。ナイフ使いはここに来る途中の車で、折れた腕を応急処置をしていた。既に治り始めている腕は、3日もすれば完治していた。

三人の治療が終わり、ベッドに移動して数日経ってからも赤い銃は意見を変えない。後から目を覚ました少女、光の槍も赤い銃と同意見だった。

「私も嫌よ」

紅蓮は困ったように頭を掻いた。

彼らの意見もよく分かる。今回の事件の引き金を引いた二重人格を持つナイフ使いがすぐ側にいる。殺されかけた身で、それは受け入れがたいことであろう。同じ組織にいるだけで嫌悪感を表しても仕方がない。

だからと言って、このまま神化人間である彼らを野放しにもできない。裏組織に神化人間というカードを渡す機会を与えるのは許容できないからだ。だからと言って、いつ二重人格が出るか分からないナイフ使いも裏政府が管理しなければならない。

「…………」

どうしたものかと頭を悩ませている所へ、ナイフ使いが部屋に姿を現した。

「てめぇ……!」

ナイフ使いに飛びかかろうとする赤い銃を光の槍が抑える。ナイフ使いは無機質な目で彼らを見ながら、口を開いた。

「俺はいつ殺されても構わない」

全員の目がナイフ使いに向けられる。

「死を許容しようとすれば二重人格の引鉄となる。故に、抵抗はさせてもらうが、貴様らは俺を殺す機会を窺えば良い」

「だから近くにいることを我慢しろと?」

「あり大抵に言えばそういうことだ。別に俺としては、お前が逃げても問題ないが」

赤い銃の殺気を、ナイフ使いは平然と受け流す。暫く無言の時が続いたが、先に赤い銃が折れた。

「……良いだろう。いつか、お前の眉間に銃弾を撃ち込んでやる」

「……ああ」

ナイフ使いは一つ頷くと、その場を後にした。

そのまま中庭へ足を進める。花壇に植えられた花が風に靡き、植えられた大きな木が葉を擦れさせる。その向こうに、シロは居た。空を見上げ、光の当たる場所で、そこに居る。車椅子に乗り、髪を靡かせていた。長い髪は日光に輝き、落ち切れていない血の赤が目立つ。

「…………」

シロはナイフ使いの存在に気付かない。

青空を見上げ続けるシロを、ナイフ使いは木の陰から、ずっと見ていた。

「…………」

徐に懐から双剣の片方を取り出す。そのまま無言で白の背後へと近寄った。

「あ、ビャク」

流石にここまで近付けば分かったようで、シロは笑顔で振り返った。

「気配察知が鈍いな」

「んー、まあ、仕方ないかな」

死に掛けた身である。一度は実際に心臓も止まった。体にも後遺症が残っている状態で、既にマトモな身体ではない。

「それより、頼んだこと、お願いしていい?」

「ああ」

ナイフ使いはシロの髪を持つと、剣でバッサリと切り落とした。

鋏などよりよっぽど使い慣れていて、切れ味の良い剣を使いながら、ナイフ使いは器用に白の髪を切り落としていく。血の付いた髪は地面へと落ち、白い髪は短くなった。

「ありがとう、ビャク」

これで、神の盾は死んだ。

気持ち的な問題であろうとも、これはシロにとって必要な行為だった。新しい生を始める為の、特別な儀式。

「ねえ、ビャク」

シロは笑って、言った。

「泣いてもいいよ」

それがどういう意味を示すのか。それを分かっていて、シロは言う。

「私と一緒だと大丈夫なんでしょう?」

「……その可能性はある」

「なら、私といる時だけでも、泣いていいよ」

神の刃は泣かなかった。

心を壊した彼は泣くことすらなかった。自らの犯した罪を見て、受け入れて、その果てに壊れてしまった。死んでしまった。

シロがそれを知っている筈もない。

それでも、彼女は泣いていいと、泣いてくれと頼んだ。

二重人格が出る可能性を知りながら、頼んだ。

「…………」

ナイフ使いは答えない。

無言が、彼の答えだった。

無表情で、無関心で、無感情で。

彼は握っていたシロの髪を手放した。

髪も思いも、風に運ばれ、消えて行った。

 




このまま行くととんでもない話数になりそうな予感がするので、数日投稿で文章多めのスタイルに切り替えます。ご了承ください。
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