Knife Master《完結》   作:ひわたり

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能力

下らない。

下らない。

下らない。

「ビャク」

やめろ。

「私の前なら大丈夫でしょう」

その笑顔を向けるな。

俺に笑いかけるな。

俺と話すな。

「だから」

頼むから、お願いだから。

俺に構わないでくれ。

俺を、一人にさせてくれ。

「泣いていいよ」

俺を、この俺を。

俺を、一人に、して

しないで

「ビャク」

助け

…………。

殺せ。

殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。

「下らない」

感情を殺せ。

思いを殺せ。

自分を殺せ。

「下らない」

考えるな。

思考するな。

心を殺せ。

まだ足りない。

まだ殺せ。

殺して殺して殺せて。

殺し尽くせ。

感情を、思いを、心を。

殺し尽くせ。

下らない。

「下らない」

下らない。

下らない。

……本当に、下らない。

 

 

 

ナイフ使いの任務達成率は100%。

一度の訓練で全て覚える彼は、任務を機械のように達成していく。今回のように、事前に神化人間がいることが分かっていれば、ナイフ使いを投入することも少なくはなかった。

赤い銃と光の槍では、相手側に神化人間がいれば任務を失敗することもあった。青の欠片と神の欠片の差であると言えるし、ナイフ使いの過去の努力の基礎が高かったのもその要因である。

裏政府も裏組織も、互いが神化人間を使っては任務を達成しようとし、同じく神化人間を使ってそれを防ごうとする。鼬ごっこのような事が暫く続き、やがて神化人間の活動は、彼らが生まれた日本に終結するようになった。

 

 

ある日の昼下がり。

ナイフ使いが裏政府の休憩スペースを通り過ぎようとした時、一人の少年が目に入った。

サングラスをかけ、やたらファンキーな格好をした少年はナイフ使いに気付く。片手に持っていた缶コーヒーを捨てて、快活に笑って見せた。

「よう」

その少年がサングラスを外し、その赤眼を

「!」

瞬間、ナイフ使いは双剣を横薙ぎに払う。

ナイフ使いの双剣が、少年の首を捉える。文字通り首の皮一枚で双剣が止まる。鋏のように交差された双剣は少年の首を捉え、離さない。赤い生き血が左右から一筋流れた。

「……貴様」

あの時と同じ、自分の中に入り込まれるような気色悪い感触。

「神の眼か」

少年が笑う。

神化人間、神の欠片。

神の目が笑う。

「御名答。やはり、俺の能力を感じるようだな」

「能力?」

神の眼は笑いを絶やすことなくサングラスを掛け直す。

「取り敢えず、初めまして。ナイフ使い。俺が神の眼だ」

自らの首に双剣があるにも関わらず、それが普通であるかのように挨拶した。例えナイフ使いが殺しが出来ないと知っていても、その精神は異常である。

「何をしに此処へ来た」

「お前に会いにな」

剣を下げてくれないかと手でジェスチャーする神の眼に、ナイフ使いは逡巡した後に剣をしまった。

「何故、俺に会いに来た」

「経過観察。二重人格が出てからのその後はどうかってね」

神の眼がソファーに座る。ナイフ使いは立ったまま神の眼を見下ろした。

「自己紹介でもしておこうか。今は情報屋をやっていて、裏世界の様々な情報をやり取りしている。他にも、裏世界に入ってきてしまった、無関係な人間を表世界に帰すこともしている」

「戦闘は行わないということか?」

「そうだな。戦いなんて趣味じゃないし、乗り気でもない。やるなら勝手にやってくれって感じだ」

ナイフ使いは思考を回転させる。

思いついたまま、ボソリと聞いた。

「無関係な人間を帰すと言ったな。お前が言った能力とやらに関係があるのか」

ニヤリと、神の眼が笑う。邪気もなく、悪意も無い笑い。

「鋭いな」

一度裏世界を覗いてしまった人間が帰れるわけがない。決して表世界には見せられない物であり、知られてはいけないものだ。それは裏世界の共通認識であり、裏政府も裏組織も変わらない。口封じに殺されるか、取り込まれるかのどちらかである。

それを可能にするのは何か。

「お前の眼は、一体何だ」

眼を見た時に感じた感触。あれが恐らく、能力の正体。

「簡単に言えば、催眠術。悪く言えば、洗脳。支配能力みたいなものかな」

支配。穏やかではない単語に、僅かに目を細めるナイフ使い。

「どういう意味だ」

「俺は相手の脳に入り込んで弄ることが出来る。相手の記憶を読むことは当たり前。記憶を消すのはもちろん、改竄も可能だ」

脳に入り込むの言葉で内心納得する。自分に入り込む、という無意識の言葉に間違いは無かった。

……記憶改竄。だから、裏世界に来た人間も表世界に帰せる。筋は通った。しかし、それが支配とは呼べはしない。

「お前、人間を操れるのか」

その質問に、神の眼の笑みは変わらない。

「いや、正確には操れないな。さっきも言ったように、催眠に近いもので、ある程度行動させることはできるが、完全に操ることはできない」

……今はまだ。

そんな言葉が聞こえてきそうな発言だった。

「そして、能力はお前にもある」

「何?」

意外な発言にナイフ使いは聞き返した。

「俺ほどの能力は無いが、お前にも備わってる。だから、俺がやろうとしたら違和感を感じて攻撃しただろう?」

「確かに感じたが、そんな能力があるとは思えん」

「そうかな?例えば、人の思考がなんとなく分かる時があるとかないか?人に興味をなくした、今のお前でも」

「…………」

ナイフ使いは答えない。それが答え代わりであった。

「つまりそういう事さ。他人の記憶なんて弄れる事もないくらいだが、ある程度の行動なら制御できるだろうよ」

「……つまり」

ナイフ使いが思考を巡らせながら言った。

「昔のお前は、互いに同じ能力がある者同士だったから俺に会わなかったということか」

「そういうこと」

「…………」

ナイフ使いは思考を回転させ続ける。

……神殺しと戦ってた時でも、今でも、俺は違和感を感じて反応した。神殺しは目線だけを感じたみたいだが、俺は中へ入ってこようとする感触を味わった。だが、その何かが俺の中へ入ってきてはいない。つまり、俺は神の眼に脳を弄られたわけでも、記憶を見られたわけでもない。

「……それを教えて、どうするつもりだ?」

「どうする?どうもしない。どうにかするのはお前さ、ナイフ使い。俺は能力を知らないままというのも損だと思ったから教えただけだ」

……本当にそれだけだろうか。この薄笑いの仮面の下で、こいつは何を考えている。

「……お前の目的は何だ」

「ん?神殺しから聞いてないか?俺が欲しいのは言葉にしたら一つで、その実、無限と言えるほどに溢れているもの」

それは、情報。

「即ち、知識だ」

それだけを願い、それだけを追い続ける。

収まりきらない知的好奇心と、異常なまでの知識欲。

どこまでも貪欲で、欲望のままに追い求める。

「成程」

ナイフ使いは理解した。神の目の存在を、彼の人間性を理解した。

神化人間は人間の根幹である三大欲求が無い。食事を必要とせず、睡眠を取ることもなく、性欲の捌け口もいらない。人間と成らざる人間。それが神化人間。

別の欲求だとしても、欲望は欲望。

知識欲。それに従順な神の眼。

それは、人間の証。

知識に貪欲な神は、どこまでも人間らしかった。

 

 

 

そいつはまだ理解していない。

能力の意味を理解していない。その重要性を理解していない。その特別性を、理解していない。

この能力は俺達だけにしか備わっていない。

俺達だけが。

この意味を知れ。

そして、これだけは間違えるな。

その力だけは間違えるな。

身体の力は二重人格に奪われる。お前の望まぬ使い方をされる。だから、それだけは守れ。

その力はお前だけのものだと自覚しろ。

使い方などどうでもいい。

お前の物だと自認さえすれば、それで。

 

 

 

「ねぇ、ビャク」

神の目と別れた後、シロの部屋を訪れたナイフ使いは、彼女から頼まれ事をされた。

「珈琲作ってくれない?」

「……ああ」

この部屋のキッチンは1人部屋として普通の作りだが、車椅子のシロには高過ぎる。シロが何かを食べたかったりする時は、大抵他の誰かに頼むのが殆どであった。

神化人間としての力も弱く、見た目からもか弱いシロは、そんな風に頼みごとを良くするので裏政府の人間と馴染んでいた。扱いとしては神化人間ではなく、マスコットのようなものであろう。無論、多くの人間が彼女をナイフ使いのストッパーとしか見ているが、シロの面倒をよく見ているサフィアなどは一個人としてシロを見ていた。

一応、シロの為に車椅子用の部屋作りを別の部屋でしているが、まだ完成はしていない。シロと出来る限り一緒に居るようにしているナイフ使いは、必然的に彼女の世話をするようになっていた。

シロの体をそんな風にしたのはナイフ使いだが、シロが物を頼む際も、ナイフ使いが白の世話をする際も、

そこに互いに罪の意識はない。友人とも、家族とも言えないような、当たり前のような関係だった。

「…………」

子供の体格ではキッチンは高いが、踏み台を使えば解決する。

ナイフ使いはお湯を沸かし、ドリッパーやサーバーを用意して、紙と粉をセットする。自分の手で珈琲を抽出した後、温めた牛乳や砂糖を混ぜた。何度もこうして作っているので、シロの好みは把握している。量の調整も万全で、そこに狂いはない。神化人間の実力の無駄遣いである。

マグカップに淹れた珈琲を渡すと、シロは一口飲んで、満足そうに頰を緩めた。

「美味しい。ありがとう」

「……どういたしまして」

ナイフ使いは感情無しに答え、サッサと器具を片付け始める。それを見て、シロが聞いた。

「ビャクは飲まないの?」

「水分は必要ない」

「そうじゃなくても、飲めばいいのに」

「必要性を感じない」

取りつく島も無いナイフの使いの発言に、シロが大袈裟に溜息を吐いて見せる。

「美味しい物を飲むだけでも、心は安らぐでしょう?」

「俺は物の美味い不味いを把握できない。だから無意味だ」

ナイフ使いはそのまま流し台で器具を洗い始めた。シンクに水が流れる音が部屋に響く。両手に珈琲の温もりを感じたまま、シロは彼の背中にポツリと零した。

「……一緒に飲んでくれるだけで、私は嬉しいよ」

冷たい水で手を濡らしながら、ナイフ使いは背を向けたまま返す。

「下らない」

下らない。

「誰と飲もうが同じ物だ。味に違いなどでない」

「そんなことないよ」

シロが否定する。

「少なくとも、私は美味しいと思うよ。貴方と一緒なら」

「嘘を吐け。俺と飲んだことないだろう」

「だから、一緒に飲もう?それが分かるでしょ?」

「…………」

結局、ナイフ使いがシロと珈琲を飲むことはなかった。飲むことはなくても、ナイフ使いは白の隣にいた。

二重人格に殺されかけても、彼の側に居るシロ。二重人格を出さない為に白の側に居続けるナイフ使い。

それが、今の二人の距離だった。

 

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