Knife Master《完結》   作:ひわたり

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価値

生きる。

死ぬ。

俺達は生死が希薄だった。

自身の生死は曖昧で、他人の生死は今でもどうでもいいと思える程に。

本を見る。テレビを見る。

殺人事件の報道や自殺のニュース。

自殺はいけない。殺しはいけない。

死の否定が今の世界の常識である。

俺たちが学んできたことは真逆のこと。

俺は生きたいと願った。殺されかけたあの瞬間、生きたいと思った。そうして得た生は、あまりにも曖昧過ぎて。

何故生きているのか。

きっとその答えは永遠に見つからない。きっと答えなどないのだから。

自然の形態を考えれば、後継を残す為に自然の摂理として生を得て行くのだろうが、そこから外れてしまった俺達は何なのだろうか。

あいつは下らないと一蹴するだろう。

奴は死ななければいけない存在。仮に生きたいと願おうとも、存在自体が脅威である限り、命を狙われ続ける。世界にとって邪魔な存在。世界を壊しかねない存在。だから死ななければならない。苦痛すら感じることの出来ぬ生を終えなければいけない。生命の不幸とされている死をもって。

彼が助かるのは死ぬことだけで。

恐らく、死ぬことが幸せなのだろう。

大き過ぎる生の不幸は、小さな死の不幸により解決される。

それでも、そこに意味はあるのだろうか。彼にとって、それは本当に幸福な事なのだろうか。一度でも良いから、彼女の側で笑えれば、それで良いのではないか。

お前が苦しむ程に、この世界は大事なのか?例え、感情を出すことで自身の体が乗っ取られ、世界を壊すことになろうとも、自身の死が変わらないのであれば、少しの幸せでも得た方が良いのではないか。

世界など、どうでも良いと、そう思えるのなら。

それでも、奴はそうしない。

それをしない。

何故なのだろうか。

世界などどうでも良いと言っているくせに。

その言葉とは裏腹に、この世界には価値があると思っているのだろうか。

俺はこの世界に、未だ価値など見出せないのに。

 

 

 

 

神化人間が裏世界に浸透して幾許かの月日が流れた。

裏政府と裏組織が互いに神化人間を保有し、無関係は神化人間達がそれを見守る。

裏世界は神化人間という武器を手に入れたことで徐々に表世界をも侵食していく。無関係な人間が巻き込まれる度に、記憶を弄れる神の眼が裏政府、裏組織関係なく動いていた。冗談かどうかは定かではないが、情報屋冥利に尽きると本人は笑っていた。

神殺しはどちらの立場も取っていなかったが、裏組織に手を貸すことが多かった。と言うのも、裏政府が持つ神の欠片、ナイフ使いに拮抗出来るのは、同じ神の欠片である神殺しのみだからである。裏組織は金を積んでも神殺しを仲間側へと引き入れたかった。その為、ナイフ使いと神殺しは現場でよく顔を合わせていた。無論、敵同士として。

しかし、実際に刃を交えることはしなかった。

「ジャンケンで決めようか」

「そんな下らんことで決断するのか」

「良いじゃん。俺はグー出すぜ」

「無駄に心理戦に持ち込むな」

二人が戦えばどんな被害になるかは本人達がよく知っている。神の欠片と青の欠片の戦いならまだしも、神の欠片同士の戦いでは設備が整っていなければ周囲の破壊は必須。場所によっては要らぬ損害を被る事になり、表世界にも知られかねない。昔とは違って、鼻から真剣の殺し合いであるし、肉体的にも成長している。被害の大きさは計り知れない。それがどんな結果を産もうとも、ナイフ使いも神殺しも面倒な事になるのは分かっている。何より、本気の殺し合いが出来ないので、神殺しのやる気はまるで無かった。

「じゃあ、トランプしようぜ」

「…………。もう何でも良い」

そう答えたナイフ使いのすぐ横に、吹き飛ばされてきた人間の頭が血を撒き散らして落ちてきた。

「そういや、サッカーの起源て、子供が頭蓋骨を蹴ったことって言われてるんだっけか?サッカーするか?」

神殺しの頭に銃の流れ弾が迫り、当たり前のように剣で弾く。

「衝撃を操作して蹴ったとして、お互いそれに追い付けるか?」

「無理だな。ああ、それにしても」

神殺しが周りを見る。

防護服に身を固め銃を持つ男達と、機械のような服を纏い、銃を乱射する人間達が争っていた。絶え間なく銃弾が飛び交い、それでも特殊な素材で作られた壁や床は穴が開くこともなく、銃弾を弾いている。始めは清潔感のある白い床も、今では薬莢や潰れた弾丸、そして人間の死体と血で溢れていた。

「裏政府と裏組織の久し振りのドンパチだってのに、何で俺たちはこんなことしてんのかね」

神殺しはボヤきながらも自身に当たる銃弾だけを綺麗に弾いていく。ナイフ使いも同じように双剣で受け流しながら答えた。

「俺達がやったら、俺達以外全滅するからな」

ナイフ使いは殺しが出来ずとも、戦闘不能に陥らせることは出来る。両手足を折ってしまうことなど造作も無い。

つまり、神殺しとナイフ使いが互いを無視すれば裏政府も裏組織も全滅し、お互いが戦っても周りに甚大な被害が出る。

邪魔になるなら戦わないと、二人は大人しくしているのだ。普段二人だけの時は話し合いをし、落とし所を決めて帰るのが無難だが、今回はそらぞれの突撃隊がいる。

現在、裏組織の内部で裏政府による攻撃が行われていた。神化人間を保有してからは初めての大規模戦闘となる。それでも、表世界に知られないように暗黙の了解は互いにあった。

裏組織が神殺しを雇ったことは情報屋を通じて知っていたので、裏政府もナイフ使いを連れてきた。

その結果がコレである。

「そういやさ、神の眼に会ったらしいな」

「ああ」

「何か言ってたか?」

ナイフ使いは神の眼にある能力の劣化版が自身にも備わっているらしいと、包み隠さず話した。おそらく出来るのは対象の行動を一時的に操るくらいとも。

それを聞いた神殺しは眉を寄せる。

「えー、ただでさえお前に勝てるか分からないのに、そんな能力持つなよ。卑怯だぞ」

ブーイングする神殺しに淡々と返す。

「知るか。第一、使い方も知らないし、劣化の能力が神化人間に通じるとも思えん」

「しかし、何でそんな能力があるの教えたのかね。知らなければそのままだったろうに」

「さてな。色々言ってはいたが、真意ではない気がする」

「ふーむ。あいつの考えは分かんねえな」

降参とばかりに両手を挙げる神殺し。その両腕の間をランチャーの弾が通り抜けて、後方で激しい爆発音が鳴り響いた。

「最近は変わりあったか?」

「ないな。それこそ、今回のコレが大きい動きだと思うが」

ナイフ使いの目と神殺しの目が合わさる。

「……コレに裏があると?」

裏とは、ナイフ使いを殺す策略。

ナイフ使いの二重人格の引鉄の一つに感情があることは、既に裏世界に知れ渡っている。裏政府も今はナイフ使いを味方として扱っているが、あくまで立場上だ。中では仕事以外はナイフ使いを無視されているに等しい。感情が鍵となるからその行動は正しいのはナイフ使いも分かっている。そして、何かしらの方法があった時、ナイフ使いを処分する動きを取ることも承知していた。

「銃と槍も別の仕事で動いている。この突撃策で俺を引っ張り出したことに意味があるかと思ったんだが、今の所その様子は無いな」

「ふむ……」

ナイフ使いが居なくなれば裏政府の戦力となる神化人間は赤い銃と光の槍のみ。裏政府と裏組織が拮抗している中で戦力を失うのは手痛いが、ナイフ使いの脅威に比べれば安いものだろう。

「裏政府と裏組織が組むにしても、時期尚早というか、まだ交わりきれない気もするな」

「いつかは俺を殺せる時が来るのか」

「さあね。その時、お前は大人しく殺されるのか?」

「無理だな」

誰かを殺すのも二重人格の引鉄となる。

しかし、自分が死のうとした場合も、二重人格を引き起こしてしまう。誰かの中には自分も含まれているからだ。

それは二重人格を抑え続けているナイフ使い本人がよく理解していた。

二重人格が出そうになる度に、彼は感情を殺し続ける。いつも、いつでも。

ただ無になる。

「俺は、死を受け入れられない」

死体の山を思い出す。

血の海を思い出す。

母親の首を思い出す。

あの時、粉々に壊れた心を、彼は壊し続ける。粉になっても何度も叩き壊し続ける。

何度も何度も何度も何度も。

それを辛いと叫ぶことも、嫌だと泣き叫ぶことも許されずに。

 

 

 

シロは公園に居た。

一人で車椅子を動かしながら、広い公園を見ながら回っていく。自転車が通り易いよう舗装された長い道を辿りながら、鳥の囀りと陽の光を楽しんでいた。

「…………」

ピタリと、車椅子が止まる。

「何か御用ですか?」

その声が響いてから数秒。

木の陰から体格の良い一人の男が出てきた。

その男はシロの後ろに着くと、静かな声で語り掛ける。

「……大人しく付いて来てもらおう」

「私を殺しますか?」

あっさりと出てくる殺しの単語と、それを受け入れている心。彼女もまた、裏世界の人間であることに変わりはない。

「いや、餌と人質となってもらう。ナイフ使いのな」

シロは空を見る。青い空を、赤い瞳が映し出した。

「私は戦えません。なので、抵抗もしませんし、大人しく付いて行きましょう。あなた方に逆らうこともしません」

「…………」

「ですが、一つご承知下さい」

シロは声音を変えず、零すように言う。

「私が貴方達の期待するような役割を果たすという保障はありませんよ」

「どういう意味だ?」

本当は早くシロを連れ去りたい所だが、聞き逃せない発言に食いついた。

「おそらく、裏政府の一部の方と契約しているとは思います。なので、彼が私を助けに来ることは予定に組まれているでしょう。彼もその命令に従うでしょう」

ですが勘違いをしてはいけませんと、静かな声が言葉を紡ぐ。

「私は彼の留め具ではなく、二重人格の留め具なのです」

「……どういうことだ?」

「借りに、彼が来た時に、動いたら私を殺すと脅すとしましょう」

それでナイフ使いが止まる保障はどこにもない。

「私はあくまで二重人格が出た時の保険。つまり、別にいなくても構わない存在。だから、彼はいざという時は」

私を見殺しにするでしょう。

そう、シロは断言した。

「故に、あなた方は彼が来た瞬間に戦闘不能に陥られるかもしれません。五体満足でいられず、身動きも出来なくなる。結果として、立てた作戦は無に帰るかもしれません」

シロは後ろの男へ目を向けた。

赤く純粋な瞳は己れの死を当たり前のように受け入れていて、そして、他人の生命もまた同様であった。

「それでも、宜しいですか?」

誘拐もいい。人質も結構。作戦を立てているのも構わない。

それでも、自分に価値があると思うなと。

覚悟を持てと、その瞳が語る。

「……ああ、良いだろう」

どちらにしろ、今更後戻りはできない。

シロを使ったナイフ使い殺しの作戦。

ナイフ使いの二重人格を抑える唯一の存在を使うという、今や暗黙のタブーとなったシロを使う作戦。

誰もが頭を悩ませ、実践をしなかったナイフ使い殺しの作戦が動く。

初めての作戦にして、シロという貴重なカードを使うこれは、失敗すれば、それは神化人間以外による今後のナイフ使い殺しが無理だという証明にもなり得てしまう。

「…………」

車に乗せられたシロはの横に男が座り、運転手が無言のまま車を発進させる。

「目隠しは必要ないんですか?」

シロの言葉に男が首を振る。

「必要ない」

「……そうですか」

「……しかし、まさかこんなにあっさりと付いてくるとは思わなかったよ」

男は横目でシロの顔を見た。

「まさか、君もナイフ使いに死んで欲しいと思っているのか?」

「いいえ」

シロは窓の外を見ながら答えた。

「きっと、私の存在は、彼にとってストッパーの意味でしかないのでしょう。彼にとって、私はただの道具なのだと思います」

「…………」

「……私は彼の感情を見たことがない。彼は二重人格の為に、常に感情を殺し続けています。今も、そしてこれからも殺し続けるでしょう」

何をしても、何を見ても、何をやられても動かない感情。

動かせない感情。

そこには怒りもなく、悲しみもなく、喜びもなく、感動もない。

それは本当に生きていると言えるのだろうか。

「きっと、死んでしまえば楽なのです」

死の先に何があるのかは知らない。

苦痛かもしれないし、幸せがあるかもしれない。何もないのかもしれない。

そんなのは、死んだ者にしか分からない。

「それでも、私は」

彼を、救えないのなら。

「私は、彼の感情を見てみたい」

どんなものでも、彼の感情が動くのなら。

それで結果的に世界が破滅してしまおうとも。

「それだけです」

それでも、構わなかった。

自分の命など、どうでも良かった。

「……狂ってるな、嬢ちゃん」

「自覚してますよ」

シロは男に視線を合わせ、邪気もなく、憂いもなく、裏もなく。

ただ、純粋に笑った。

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