Knife Master《完結》   作:ひわたり

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誘拐

古びたホテルの一室。

お世辞にも綺麗とは言えない空間で、一人用の狭い部屋。古びたテレビは罅が入り、電灯は時折点滅を繰り返す。埃臭いこの場所で、四人の男女が集まっていた。

ベッドに腰掛けている獣の爪。

テーブルの椅子に座る毒の斧。

壁に寄りかかっていた薄黒いの髪で青目の少年、岩の拳。

そして、ドアが静かに開き、一人の少女が顔を見せる。紫の髪はボサボサで、切れるほどに鋭い瞳は青色に染まっている。そして、その少女には右腕がなかった。

「よう、デスサイズ」

獣の爪がニヤリとした笑みを貼り付けて死神の鎌に話し掛けた。

「あら、ビーストクロー。ナイフマスターと戦って死んだとばかり思ってたわ」

「は、相変わらずキツイな。そう言うなら今現在、ここにいる全員が生き残ってるのが奇跡だろ」

「時間がない。無駄話は止めて、話を進めよう」

岩の拳が閉じていた目を開けて話を進めた。

「これで裏組織に属する神化人間全員だ。各々理由はあると思うが、ナイフ使いの抹殺に変わりはない」

「その目的だけで言うなら、裏組織も裏政府も関係ないけどね」

「だからこそ、オレ達が争っても意味はない。仲間とも思っちゃいないが、敵である必要もないだろ」

異論はないと、誰も反論をしない。

「んで、こうして極秘にオレ達だけで会ってるのも裏組織に知られたらマズイわけだが」

根本的に神化人間が脅威であることに間違いはない。機械や兵器と違い、己の意志を持ち思考する存在はそれだけで脅威に成り得る。この集会が知られたら、裏組織も彼等を殺す為に動くだろう。いくらナイフ使いを殺す為とは言え、神化人間が複数で協力し合うのは容認出来ないからだ。神化人間達が協力し合えば、それを止める手段は無い。

「その時はその時だよ。どちらにせよ、ナイフ使いを殺すまでは俺達にも手出しはしないと思う」

「分からねぇよ?人間、焦ると何でもするもんだからな。どちらにせよ、余計な邪念を抱かれて邪魔をされても敵わない。一先ず、オレ達がナイフマスターを殺す為には、やったことのないチームワークが必要だ」

「チームワーク?仲良しごっこでもしようというの?」

鼻で笑う死神の鎌に、岩の拳がジロリと睨み付ける。

「僕らは単体ではナイフ使いには勝てない。君の腕が良い証明じゃないか?」

「貴様……」

岩の拳の手袋が軋み、死神の鎌の鎌が怪しく光る。

「だから啀み合うなっつーの。やりたいならナイフ使いを殺した後にしろ」

「その時に生き残ってたらな」

「余計なこと言うなよ」

一瞬だけ全員の視線が鋭く交差する。先ほどの言葉通り、彼等は自分達が仲間同士であると思ったことはない。ナイフ使いを殺すという同じ目的の為に協力しているのみで、少しの揺さぶりでその関係は簡単に崩れ去る。

「何か嫌な感じだけど、何してんの?」

そこに新しい少年の声が割って入った。髪を異様な黄緑に染めた少年で、柔らかな笑みを浮かべている。どこか人良さそうな顔つきでありながら、その立ち姿に隙は無い。

「鉄の鎖。来るとは思わなかったぞ」

「失礼だね。呼んだのは君達じゃないか」

大げさに肩を竦める鉄の鎖を、死神の鎌は視線を動かして睨みつけた。

「本当に金で動くコイツを使うの?」

「戦力は少しでも欲しいからな。出来れば赤い銃と光の槍も仲間に加えたいが、作戦上無理がある。神殺しも俺達の作戦に乗るかは微妙だ。この五人が、戦力となる」

「チームワークと言っても、このオレ達がこうして集まるだけでも大変だからな。二人一組や三人なんかでたまに組んで訓練するぐらいが関の山か」

「あー、盛り上がってる所悪いけどさ」

鉄の鎖が声を掛けて、全員の視線を集めた。

「今さっき、ちょっと面倒が発生した」

「面倒?」

次に発せられた言葉に、その場にいた全員が言葉を失った。

「シロが裏組織に誘拐された」

 

 

 

「シロが誘拐されただと?」

無線での連絡に眉を寄せる赤い銃。

「どこの馬鹿だ、そんな事しやがったのは」

シロの存在は二重人格のストッパー。

白に手を出すのは、ある種の禁忌に触れるようなものだ。万が一の保険。下手をすれば世界崩壊を招く存在を止める鍵。その唯一の救いに手を出すなど、正気の沙汰ではない。

裏政府、裏組織、神化人間に関わらず、このニュースは裏世界を震撼させる。

「今はそんなこと言ってても仕方ないわ」

背中から掛けられた光の槍の落ち着いた声に、赤い銃は渋い顔をしながらも頷いた。

二言三言やり取りをした後に無線を切ると、互いに顔を見合わせる。

「……どう思う?」

赤い銃の言葉に、光の槍は思考を巡らせる。

「十中八九、シロを餌としたナイフ使いの殺害目的だろうけれど、あまりにも危険な賭けね」

「どうも、裏政府も一部だけ関与してるみたいだが……」

赤い銃と光の槍はずっとナイフ使いの命を狙い続けている。同じ裏政府に属していようが、それは関係ない。

それでも、ナイフ使いを殺すのは容易ではなかった。いつでも隙はない上に、瞬発力や反射速度も向こうが上。おまけに二重人格を出さない為には死を意識させずに即死させるしかない。それは神化人間相手には至極困難であり、特にナイフ使い相手には、より困難を極めた。

「……くそっ」

シロの誘拐でナイフ使いの感情が動く可能性もある。

不安と緊張が裏世界に広がった。

 

 

 

「……で、俺が助けに行けと?」

全員の心配をよそに、ナイフ使いはいつも通り淡々とした声で問い掛けた。

任務から戻ったナイフ使いはそのまま紅蓮の所に呼び出され、白の誘拐の話を聞かされた。

紅蓮はシロの事でナイフ使いが感情を出さないか内心覚悟していたが、それも、杞憂に終わる。

「シロを誘拐した組織は、神殺しを雇ったそうだ。お前でなければ救うことは出来ない」

ナイフ使いは、あの後別れた神殺しはそのままシロを攫った組織へ向かったのだろうかと、どうでもいいことを考えた。

「俺が言いたいのはそうではありません。シロを助ける意味はあるのか、というのを聞きたいのです」

ナイフ使いの言葉に、紅蓮は目を瞬かせる。

「……どういう意味だ?」

ナイフ使いは感情のない瞳で紅蓮を見つめた。

「シロは生きていることに意味がある。別に、常に近くにいれば二重人格が防げるというわけでもないですし、奴が出た時にシロがいれば良い話です。寧ろ、普段から俺の感情を無闇に動かそうとするアイツは、邪魔です」

邪魔だと、ハッキリとそう言った。

「攫った組織だってシロの重要性は理解しているでしょう。何かしらされるにせよ、殺されはしない。なら、別に無視しても構わないでしょう」

紅蓮はここに来て、自分達の認識の過ちを知った。

シロが餌として機能する前提が、そもそも間違っていた。

二重人格を抑えたのはシロであり、あの事件から今まで、ずっとナイフ使いを支えてきた。当然、彼女に対し、ナイフ使いも幾らかの情を持っていると誰しもが考えていた。

しかし、実際はそうではない。

彼はその情も余計なものと切り捨てている。完全に殺せている。シロを単純な道具として考えることができてしまっていた。

シロが誘拐された。だからどうしたと、生きてさえいれば良いではないかと、そう考えることができていた。

「確かに裏組織にストッパーを渡したことにはなります。……が、俺の二重人格が現れたのなら、それこそ裏政府だの裏組織だの言っていられない状況に陥るでしょう。別に裏政府が絶対に保有せずとも構わないのではないですか」

「……そうだな」

否定はしない。否定は出来ない。

それは事実であるから。

「だが、裏政府の立場上、裏組織にシロを奪われたままでいるわけにもいかんのだ」

「そうですか。では、聞きますが」

ナイフ使いは表情を変えずに質問をぶつけた。

「今回の事で、俺をちゃんと殺せますか?」

紅蓮の表情が一瞬固まった。

それをナイフ使いは敢えて無視した。

「別に俺を殺すのは良いのです。ただ、殺したいのなら、本当に殺せなければ意味がありません。俺は自身の意思で死を受け入れられません。全力で抵抗します」

中途半端な殺しは二重人格を招くだけ。殺しきれる覚悟と保証はあるのかと、ナイフ使いは聞く。

「結局、シロ頼りなどということはなりませんか」

本当に俺を殺せるのかと、問う。

「……分からん」

紅蓮は正直に答えた。

「裏組織と協力していた者達を捕らえて尋問を行い、作戦も聞いた。内容は言えんが、私にはこれでお前が殺せるかどうかは判断つかない」

紅蓮にはナイフ使いを殺せるイメージが湧かない。

他の神化人間ならば、どうにかして空中へと誘い出し、ありったけの爆薬や攻撃を与えれば死に至らせる事も可能かもしれない。

しかし、ナイフ使いは衝撃を操れる。小石一つあれば、彼はその衝撃を利用して空中を自在に駆けることができるのだ。地も空も駆け巡り、思考し、甚大な被害を齎す小さな目標物。

それをどうやって処理すれば良いのか。

もしかしたら、水中なら可能かもしれない。どれだけ早く動けようとも、水圧の抵抗は掛かる。動きは見違えるように鈍くなるだろう。だが、二重人格の場合はどうなるのか。肉体のリミッターを外した状態で、水という衝撃の土台となるその場所は、結局変わらないのではないか。

ナイフ使いの衝撃は、衝撃の方向を変えることで成り立っている。空中の時も衝撃を前方に向けて、跳躍力と空気抵抗を引き裂くのに作用している。ならば、水中も同じではないか。寧ろ、幾らでも蹴れる分、有利に働く可能性もある。通常のナイフ使いなら兎も角、二重人格だけは計り知れない。

紅蓮は埋没しそうになる思考を現実に戻した。

「…………」

小さな子供の外見。

それを潰すには、どれほどの策略と生贄が必要になるのか、想像がつかない。

「……行け、ナイフ使い。お前を殺せる可能性があるのなら、私はそれに賭けてみる」

「……了解」

ナイフ使いは目を瞑って一度だけ頷いた。

「……向こうにはシロが居ます。彼女が生きている限り、万が一があっても、まだ大丈夫でしょう」

ただし二度目はない。

暗にそう言うと、ナイフ使いは部屋から出て行った。

廊下に出て進んで行く。擦れ違う人達はナイフ使いを怯えた目で見るか、無視をするか、あるいは親の仇でも見るような目で見るか。少なくとも、プラスの感情は何も無い。シロがこの場にいない以上、ここで二重人格が現れれば、ここのビルに居る人間達は皆、確実に死ぬだろう。だから、今、ここにいる者達はナイフ使いを恐れる。ナイフ使いに触れようとは思わない。別にナイフ使いもそれで構わない。それで良いと思っている。

「…………」

ナイフ使いは足を進める。

自身の死地を求め、彷徨い続ける。

その心を殺しながら。

脳裏に浮かぶのは、一人の少女の笑顔。

泣いてもいいと、伸ばされた手を思い返す。

「下らない」

また一つ、己の心を殺した。

 

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