Knife Master《完結》   作:ひわたり

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裏世界

数年前。

 

日本。深夜のある都会。

店やビルが煌びやかに電気を消費し、まるで昼間のような明るさに覆われている。酒を浴びるように呑んだスーツを着た男達が歩き回り、まだ年端もいかない少女達が路上で笑い声を上げている。明るい街で、現代の人々は夜空を見上げるような事はしない。この光では星すら見えはしないだろう。

その空を、一つの影が過った。

その事に誰も気付きはしない。例え気付いたとしても、目の錯覚や気の所為として処理した事だろう。あり得ないことからは目を逸らすのが、人としての道理である。

「…………」

一人の少年がビルの屋上に降り立った。

十代前半程の少年。白銀の髪を月が照らし出している。赤い双眸を細めて、その顔無表情を貼り付けて立っている。感情をまるで感じさせない異質な雰囲気は、動いていなければまるで人形のようだった。

「……こちらナイフ使い。目的地に到着」

無機質な声で無線を使う。

『こちらレッドガン。こっちもOKだ。ライトスピアはどうだ?』

『私も準備良いわ』

『しかし、情報が本物として、俺達三人が必要なのか?』

「私語は慎め。どちらにしろ潰すだけだ」

『保護も忘れないように』

『じゃ、行くぞ』

「作戦開始」

少年が双剣を携えた。鏡のように磨かれたその短剣は、恐ろしいほどに綺麗だった。

瞬間、少年、ナイフ使いの足元に穴が開く。ナイフ使いの姿はビルの中へと消えていった。

 

 

 

何故こんなことになっているのか。

葉山恵は、混乱の最中そう思っていた。

あるビルの中で、手錠を掛けられた状態の自分に、ただ呆然とする。窓から外の景色は見えず、鏡のように自分の姿を映し出す。生まれつき異質な髪の色と目である、同色の青が窓に反射する。制服を見て、そういえば学校帰りだったと、頭の片隅でそんなことを思っていた。そのまま今日の出来事を振り返る。

いつもと変わらない1日だった。仕事に行く父親の背中を見送り、母の朝食を食べて高校へと登校。友達と話し、授業を受け、部活をした。いつもと変わらない1日。いつも通りの、何の変哲も無い日常。

それがいきなり崩れた。

恵は友達と別れた瞬間に、ワンボックスカーへと連れ込まれた。悲鳴を上げる間も無く薬品を嗅がされ眠りに落ち、気付けば手錠を掛けられ、訳の分からぬ小さな部屋に居る。

見張りの男と思しき人物が、ずっと退屈そうにパイプ椅子に座っている。

その手に銃を持ちながら。

銃は本物だろう。見た事はないが、その確信がある。出来の悪い映画を見せられているような気分で、でもこれはどうしようもない現実で。

恵はまともに考えることさえ出来ずに、今もこうしている。

ドアが開き、大きな体の男が入ってきた。

「よう、交代だ」

「あいよ。ところで、結果はどうだった?」

「どうもこうもあるかよ。普通に考えて、本当に神化人間なら、まずここまで連れてこれねえだろうが。仮にそうだとしてもかなり出来損ないの失敗者だ」

「だよな。全く、連れてきた奴は今頃大目玉だろ」

神化人間。失敗者。

恵が訳の分からぬ単語に顔を上げる。

二人の男が、自分の頭上を飛んでいった。

「……え?」

間抜けな声が出るのと、男達が壁に激突するのは同時だった。

肉がぶつかる生々しい音を耳にしながら、恵の視線はドアの向こうの人物に注がれていた。

 

白。

 

それが、その少年を見た第一印象だった。

歳は恵と同じかそれよりも少し若いくらい。白銀の髪に白い服装。その両手には綺麗過ぎる双剣が握られ、無機質な瞳だけが唯一、血のように赤く染まっていた。生気を感じさせない雰囲気に、感情の無い表情。人形のような綺麗な少年だった。

ただそこにいるだけなのに、恵はぞわりと寒気を覚えた。

人間味を一切感じない少年が、ただ恐ろしかった。

誘拐。拘束。銃。

夢のような出来事から、一気に目を覚まされる程の冷たい一滴。

「あ……」

震えることも出来ず、無意味な言葉が零れ落ちる。

「貴方は、何?」

それは多分、致命的な一言だった。

少年が僅かに目を細める。

「こちらナイフ使い。目標を発見。E2ブロック」

『了解。処理開始』

『処理開始。サポートに入る』

「了解。保護に移る」

少年、ナイフ使いが動く。双剣を懐にしまい、恵の側まで来ると、手錠を手で折った。まるでスナック菓子でも折るような気軽さに、恵の思考が追い付かない。

「ついてこい、葉山恵。拒否権はない」

「な、なんなの?何が何だか……」

「悪いが質問は受け付けない」

開かれ放しのドアがノックされる。そちらに視線を向ければ、赤い髪の少年が立っていた。コートを見に纏い、だる気な猫背で子供らしい笑みを浮かべて、青い瞳を輝かせている。身の丈に合わない大きい銃を片手に持ち、快活な表情で笑う。

「お疲れ。目標はそれか?」

「ああ。始末は任せる」

始末の言葉に恵が肩を跳ねさせる。はいよ、と答えた赤い少年が恵まで近寄り

「ひっ」

隣を通り過ぎた。

恵の背後からゴキリと、何かを折る音が二度鳴った。

吹き飛んだ男達がトドメを刺されたことは、想像に難くない。

「んじゃ、連れて行きますか」

「槍、他の処理はどうなった?」

『処理完了。後は掃除部隊に任せましょう』

「了解。目標を連れて行くから、地下に車を回せ」

『了解』

「さて」

ナイフ使いが恵を見る。

感情の無い瞳が人間を映し出す。

「今、お前の常識は壊れた」

淡々と口を開く。

「今、お前の世界は崩壊した」

恵の戸惑いなど関係無いと、ただ告げる。

「お前が大切とした物も、善悪も、常識も、今この瞬間失われた」

そして、彼は問い掛ける。

「生きたいか?死にたいか?」

その問いに真っ先に反応したのは、赤い少年、赤い銃だった。

「おい、ナイフマスター。その問いに何の意味がある?コイツに選択肢などない」

「…………」

ナイフマスターの顔には何の感情もない。

「そうだな。無意味な事だ」

下らない、とナイフ使いは呟いた。

「じゃあ、行くぞ」

「おう。じゃ、俺等についてこい」

赤い銃が恵を立たせて引っ張る。恵はそれに大人しく従うことしか出来なかった。そして、その部屋から出る時に、恵は見た。

「……え」

廊下に出ると、そこは血の海だった。

恵がそれを脳で理解しようとした時、気絶した。

「…………」

ナイフ使いが恵の体に衝撃を与え、気を失わせた。彼女の体が崩れ落ちる直前に腰を抱え、そのまま肩に担ぐ。荷物のような扱いに、流石に赤い銃が苦言を呈する。

「幾ら何でもそれは酷くないか?」

「別に良いだろ」

それより、と続ける。

「誘拐といい、この光景を見て呆然としたことといい、やはり裏の存在ではないな」

「だな。仮に同族としても失敗者だ。青の欠片ですらない」

「失敗者だとして、裏を知らないものか?」

「さあな。そこら辺はお偉いさんが知ってるだろ」

廊下は人間だったもので溢れかえっていた。五体満足の存在はなく、皆どこか欠損した形でそこにある。腹を抉られて内臓を剥き出しにしている者もいれば、頭を砕かれて、脳味噌をはみ出した者もいる。異様なまでの血生臭さが鼻を突いた。

「掃除が面倒だ。首を折るだけでよかったろうに」

「なに、掃除班はそれが仕事だ。給料分の仕事をしてもらわなきゃな」

血の足跡を残して二人はそのまま地下へと向かう。

階段を降り、扉を開く。何人かの死体が転がっている広い駐車場。地下の静けさと涼しさを感じながら、中央に止まっているワゴン車へと足を向ける。

窓が開き、金髪青目の少女が顔を出した。肩まで伸ばした髪を揺らし、気の強さを瞳で表している。

「お疲れ。何?目標が死んだの?」

荷物扱いになっている恵に顔を向けて、少女が問う。

「そんなヘマをナイフマスターがするわけないだろ。気絶してるだけだよ」

「レディの扱いではないわね」

「扱ったこともないからな」

ナイフマスターは恵を後ろの席へ寝転がせ、フードを被った。

「俺は軽く回っていく。後は任せる」

「了解。行こうぜ、ライトスピア」

「ええ」

赤い銃が助手席に乗り、光の槍と呼ばれた少女がアクセルを踏む。

車が行ったのを見送ると、ナイフ使いは屋上へと向かった。

眼下に世界が広がる。闇を知らぬ不夜城のように、ビルや建物から煌々と光が灯っている。

この中に沢山の人が蠢いていて、沢山の思想を抱え、沢山の命を持っている。

 

表があれば裏がある。

隣にあるのに、人々は今この時、人が殺されたことも知らない。

どんなことが起きようとも、目を向けることはない。

「下らない」

この世界は、本当に。

ナイフ使いが飛ぶ。

闇夜の中で、白い影が世界を過ぎった。

 

 

恵が目を覚ました。

霞が掛かったような朧な思考で周りを見渡す。白く、病室のような部屋。飾り気もなく、家具すらない。ただベッドのみが置かれた部屋。そのベッドの上に恵は寝かされている。

そして、その隣に、白い少女が居た。

「おはようございます、葉山恵さん」

少女が笑う。

肩まで伸びた白い髪。

折れてしまいそうな細い体。

足が不自由なのか、車椅子に乗ったその姿は、色合いもあって儚げな雰囲気が漂っている。

まるで、今にも死にそうなくらいに。

「そして、ようこそ、裏世界へ」

歓迎はしませんけどねと、少女が笑った。

 




毎日投稿出来るかは分かりませんが、出来るだけ書き上げ次第あげていきます
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