Knife Master《完結》   作:ひわたり

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外界

震える親の顔が目の前にある。

笑顔になろうと努力しているようだが、頰が引き攣っていて無理をしているのは丸わかりだった。

脳の発達と研究員という一般人の存在により、自身の異常性はよく理解していた。また、裏世界や表世界で常識が全く違うことも認識していたので、それぞれで立場を使い分けることも簡単だった。だから、異常の中で育てられていても、こうして表世界でも隠れて生きていけるのだ。

ただ、あからさまに無理をしている親を見ると、そこまでしなくともと此方が気を遣いそうになる。

どうせ親という名の他人なのだから。

……俺が恐ろしいのなら話掛けなければ良いのに。

そんな怖がっていては何も楽しくないだろうに。

食事なんて味気無くて。

部屋の中の仕事も覚束なくて。

きっと根は真面目な男なのだろう。

まったく馬鹿らしい。

こんな事は、俺も望んでもいないのに。

誰も望んではいないのに。

俺は、ただ……。

…………。

 

 

「神殺し」

「ん」

凪の声で神殺しは我に返る。

何だと彼女の顔を見ると、どこか不安げな顔で神殺しを見ていた。

電車の中で揺られながら、それなりに人が多い車両に座っている。世間が休日な事もあり、神殺し達の年齢でも気にされることはなかった。また、神殺しは雰囲気に溶け込む事が上手く、今の風体は学生と何ら変わらない。ナイフ使いや他の神化人間は拭い難く異質な雰囲気を漂わせるが、神殺しは一般人のそれと変わらぬ存在になれていた。敢えて言うのなら目の傷が目立ちはするが、別段気にされる程の物でもなかった。

電車に乗ることが初めての彼女は切符の買い方も分からず、神殺しが実際にやって見せてそれを真似していた。外の刺激に楽しみながらも不安を抱えている凪は、結局の所、神殺しに頼り切りになっていた。

「これからどうするの?」

凪は外に出たがったが、何処へという明確な目的は持っていない。外のことはテレビや本でしか知らない為、どこであっても彼女の目的は達せられるだろう。取り敢えず、移動に関しては神殺しに一任していた。

「着いてのお楽しみだ」

凪は此処まで来たら神殺しに騙されるような心配はしていないが、目的地を秘密にされると気になって仕方ない様子だ。ちなみに、神殺しは態と目的地を知らせずにいる。

何故かと言えば、目的地を知らせてしまえばその事に関して質問責めにされるのが目に見えているからだ。彼女の性格上、はぐらかしてもしつこく聞いてくるだろう。

ここに来るまでですら電車のことを散々訪ねてきたのだ。一々答えるのも億劫だと思えても仕方ない。

「…………」

凪はそれ以上聞いてはこなかったが、気になることは変わらないようでソワソワしていた。小さな子供のような様子に、神殺しは呆れながらも少しだけ笑った。

電車を降りた先で向かったのは都内の動物園。

遊園地などの、物の説明や遊び方や待ち時間などがある物よりも、この方が良いだろうと踏んだ。人生を室内だけで過ごしてきたのだ。自然と触れ合える方が、彼女にとっても良い事だろう。

予想通りと言うべきか、凪は燥ぎに燥いだ。

神殺しの手を引っ張り、アレはこれはと説明を求めては忙しなく引っ張り続ける。そこらにいる家族の子供よりも楽しそうだと、神殺しはどこか冷めた頭で思っていた。

冷めた思考が思う。何をしているのかと、自身に問い掛ける。こんな事に何の意味があるのかと疑問を投げかける。

「お母さん、なんか吐きそう」

「あら、大丈夫?風邪かしら?」

隣に居た親子の会話が耳に入る。それを聴き、鹿を見ていた凪に声を掛けた。

「なぁ、お前は風邪を引いたことあるのか?」

脈絡のない質問に、凪が目を瞬かせる。

「え?あるけど?」

「……そうか」

当然ながら神化人間は風邪を引くことはない。風邪を引くということは、一般人の体と変わらないということだ。

……本当に、コイツにどんな価値があるんだ。

その疑問が解明する気配は全く無かった。

その後も動物園を歩き回っていると、凪が足を止めた。手を繋いでいる神殺しも必然的に足を止める。彼女は動物ふれあいコーナーの看板を見ていた。

兎などの小さい動物の姿と、抱き上げて楽しそうな顔をしている人達がそこにいる。

「行くか?」

当然行くと思っていた神殺しの予想は、凪の首振りに否定された。

「……いい。行かない」

凪は看板から目を離し、神殺しに振り返って笑った。

「行きましょ」

「……お前が良いなら、良いが」

その笑顔に、神殺しは何となく違和感を覚えた。ただ、何が引っかかるのか、自分でも分からなかった。

動物園を出た二人は食事を取る為に店を探す。

「あ、あのさ。露店とか無いの?」

凪の唐突な提案に眉を寄せる神殺し。

「ねぇよ。祭りじゃないんだから、そこら辺にあるわけないだろう」

「たこ焼きでも何でも、外で食べれる物はないの?」

「何でだ?」

「食べ歩きしてみたい」

行儀が悪い話だが、言われてみれば外で食事もした事がないのだろう。たこ焼きかホットドッグぐらいならその辺で売ってるかと、少しだけ探し回り、チェーン店のたこ焼き屋で購入する。

広い自然公園へと赴き、ベンチに座って食べる事にした。

「熱いから気を付けろよ」

「そんな馬鹿じゃない……熱っ!」

「言った側からそれか」

自販機で買ったドリンクを手渡すと、凪は凄い勢いで飲んで行く。

「…………」

……このまま一緒に居ても、コイツの特別性が分からんな。いっそ、神の眼にでも聞くべきか。

「熱いけど美味しい」

「……そうか、良かったな」

ニコニコ笑う凪を見ていると、何となくどうでも良い気分になってきた。

コイツに関しては、地道に調べていくかと自分の中で結論を出す。

「……む」

丁度食べ終えた頃、神殺しが二つの気配を察知した。

神化人間独特の気配に加え、異常なまでの異質感。

道の向こうに、二つの白い影が見えた。

ナイフ使いとシロ。

こちらが気付いているということは、向こうも当然気付いているだろう。シロを連れていることから、任務で出ているわけではないと分かるが、神殺しは凪を連れている。最悪、この場でも戦いは避けられない。神殺しの中に凪を渡す選択肢は無かった。

神殺しの雰囲気が変わったのを感じたのか、凪は黙り込んで不安げな表情を見せた。

「……よう」

神殺しは立ち上がり、近付いてきたナイフ使いとシロに挨拶する。

「……ああ」

「こんにちは」

ナイフ使いは素っ気なく返し、シロはお辞儀をする。彼らの足が止まった。

神殺しはいつでも戦闘出来る体勢にあり、それに対してナイフ使いは

「何を身構えている?」

疑問を呈した。

「……?」

その発言に、神殺しは逆に困惑した。

「……裏政府から命令が下りてないのか?」

「お前が裏政府の施設に入り込んだ情報は受けているが、それだけだ。お前をどうしろというのは受けていない」

「凪の事は?」

神殺しが凪を手で示す。ナイフ使いの視線が凪に向かうと、無機質な瞳を見て凪は背筋を凍らせた。

ナイフ使いはすぐに視線を神殺しに戻した。

「知らんな。誰だ」

ナイフ使いはハッキリとそう答えた。

「…………」

……どういうことだ?俺が凪を誘拐したのなら、当然対抗できるナイフ使いが動くと思っていたが。しかし、ナイフ使いは誘拐どころか凪を知らないと言う。施設側が凪を誘拐されたのを裏政府に知られたくなかったということか?

「……なぁ、ナイフ使い」

「何だ」

「ちょっと、一緒に考えてくれないか?」

一応敵側な筈のナイフ使いに、神殺しは助言を求めた。

神殺しは一から十まで全て話し、凪の立場や現状も事細かく説明した。

ナイフ使いが命令以外で裏政府の為に働くとも思えないし、実際話さないだろう。バラされた所で神殺しは特に心配する点もなかった。

凪はシロと一緒にベンチで待っており、少し離れた木の所で神殺しとナイフ使いとで話した。

「……で、どう思う?」

「さてな。その情報で確定できるのは、お前に命令した裏組織が神川凪という情報を独占したいこと。裏政府の施設は裏政府に情報を隠蔽していること。そして、施設側は今の事態を重要視していないということだな」

「奇妙だな。裏組織と施設で価値の認識にズレがある」

裏組織は神殺しを使ってまで凪を欲しがり、オマケに他の裏組織に知られたくないのは確実である。対して、施設は裏政府に報告もせず、また凪を再び捕まえるような動きを見せていない。裏組織に捕まっても構わないような感じだ。

「施設は神川凪を収容していた。神川凪の個体については施設の方がよく知っている。つまり、裏組織が考える程、神川凪の存在は重要ではないということだろうよ」

更に奇妙な点を挙げれば、データではなく神川凪の個体を求めたこと。丁重にと命令されたことから、生きていることに価値があったということになる。

「裏組織に凪の家族が居るとか?」

「そんな生易しい世界じゃないだろ」

「だよな」

どうしたもんかも頭を掻く神殺しを、ナイフ使いは横目で見た。

「俺としては、何故あの人間の為にお前が命令違反したのかが腑に落ちん」

ナイフ使いの言葉に、神殺しは苦笑いを浮かべた。

「これはな、口で上手く説明出来るもんじゃないのさ」

「そうか」

ナイフ使いはそれだけで踏み込まない。

彼らの距離は離れもしなければ、近付くこともなかった。

 

 




風邪が悪化しました。
皆様も気をつけてください……。
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