Knife Master《完結》   作:ひわたり

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隠微

ナイフ使いはシロと遠出をしていた。

普段は裏政府の近くでしか散歩をしないのだが、気分転換にとシロが申し出たのだ。ナイフ使いがついているならと、裏政府側も文句は無く要望を通した。

当然だが、二人は目立つ。揃って白髪と赤目の容姿であり、特にナイフ使いは異質な雰囲気であった。一人だけならば一般人は本能的に彼に見向きもしないが、シロがいると必然的に目を向けてしまう。車椅子であり、儚く白い存在は、ナイフ使いにとっては悪い意味で雰囲気を相殺されてしまうのだ。

「良い天気だね。サフィアさんから許可を貰って良かった」

周りの事を気にせず、シロは笑顔でいつも通りに話していた。

ナイフ使いは周囲に興味すら持たないが、シロも周りを気にしていないようだ。

「それで、公園で良いのか」

「うん」

シロは自然が好きだった。

人は好きだが人混みは好きではない彼女は、喧騒とはかけ離れた場所を好んだ。ナイフ使いは特に何か言うわけでもなく、シロの要望に答えた。

「ビャクは何処か行きたい場所はないの?」

「無い」

ナイフ使いはシロの質問に一切の迷いなく返答した。人にも物にも興味を持たない彼が場所に興味を持つ筈もない。それはシロも承知の上であるが、些か寂しさを感じた。

「……む」

公園の入口でナイフ使いが小さな声を漏らした。

「どうしたの?」

「神殺しが居るな」

産まれてから一度も戦闘をせず、下半身を不随にしてからはのんびりと生きてきたシロ。体が丈夫なだけで、感性などは一般人のものと何も変わらない。それに対し、ナイフ使いの鋭さは相変わらず恐ろしい程に研ぎ澄まされていた。

「そうなんだ」

シロは言葉通り、そうなのかぐらいにしか思わなかったが、ナイフ使いは疑問を頭に浮かべていた。神殺しがわざわざ公園に来るような性格ではないのは知っている。何故こんなところへと、足は自然と神殺しの元へ向かっていた。

出会った時、神殺しは一人の少女と共にいた。

聞けば裏政府の施設から誘拐してきたそうだが、ナイフ使いは一切知らない。自分とシロに関わらなければ裏政府自体もどうでもいい。その為、知らなくて当たり前なのもあるが、神殺しが関わっているのならナイフ使いに話が来ない筈がない。

神殺し同様、ナイフ使いも奇妙だとは感じたが、関係ないかとほぼ無関心であった。

「他に分かることはあるか?」

神殺しの質問に、ナイフ使いは首を左右に振る。

「さあな」

答えてから、一つ思った事があった。

伝えるべきかと一瞬考えるが、言ってしまっても特に問題ないだろうと口を開く。

「いや、一つだけある」

「何だ?」

裏組織でもなく、裏政府でもなく、単純な神川凪の一個人に対して。

「あの女は」

ナイフ使いだからこそ、気付ける事実。

「生きる事を諦めている」

ザワリと、風が吹き抜けた。

 

 

綺麗な人。

それが凪がシロに抱いた第一印象だった。

神殺しとナイフ使いが離れた事で、シロと共に残された凪であったが、上手く話かけられないでいた。

その白い容姿と折れてしまいそうな華奢な体。触れただけで怪我してしまいそうな程に綺麗な肌。車椅子が脆さを増幅させており、話し掛けただけで消えてしまいそうな変な危うさがあった。

同じ白色でもナイフ使いとは違い、とても彼らと同じ神化人間とは思えない。

「どうかしましたか?」

ジッとシロのことを見ていたのを自覚し、話し掛けられてハッとする。

「いや、ごめん。無遠慮に見ちゃって」

「構いませんよ。私、目立つのは自覚してますから」

慌てる凪に、シロは口に手を当ててクスクスと笑う。

目立つと言うより、目を惹くの方が正しいと凪は思ったが、言っても伝わらない気がした。

「ええっと……口調荒くてごめんね。私、神川凪」

「大丈夫ですよ。私はシロです、宜しくお願いします」

シロが握手の為に手を伸ばす。凪はその手を見つめて、小さな声で聞いた。

「貴方も神化人間なんだよね?」

「ええ」

凪は恐る恐ると白の手を握った。

そんな警戒せずともと言うシロに、慣れてないからと凪は返答した。

「あの男の人は神化人間て言われても違和感ないけど、シロさんはなんというか……全然違うね」

「ええ、まあ。私はちょっと特殊ですから」

「……シロさんも人を殺したことあるの?」

神殺しが人を殺すのを間近で見た人間としては、シロが同じ世界にいるとは思えないし、そんなことが出来るとも思えなかった。

「ないですね。そういうところも、裏世界では変わってるのですけど」

シロ自身が殺しをしていないにしても、それを当たり前のように受け入れていることに驚きを隠せない。

凪は自身の立場が普通の人とは違っているのは重々理解していた。それが根底にあった為、神殺しが自分を連れて脱出する際に人を普通に殺した事に何も言わなかった。複雑な気持ちを持ったのは確かだが、シロのような存在まで殺しを容認していると、やはり嫌な世界だと思わざるを得ない。

凪は自身の境遇をシロに語った。

今までずっと同じ部屋にいたこと。

人と触れ合わなかったこと。

そして神殺しに攫われたこと。

凪の話し方は上手くはなかったが、シロは嫌な顔一つせずそれを聞いた。

「では、貴方にとって神殺しはヒーローのような存在なのですね」

「そんなカッコいいものでもないと思うけど……」

勿論、感謝はしているが、何故自分を匿ったのかいまいち分からない身としては一抹の不安が残る。

「神殺しは迷いを抱えているみたいですから、貴方となら、それが見つけられると思ったのでしょう」

後は興味本位ですかね、とシロは笑った。

「……シロさんは」

凪は離れた男達の方を見る。

「どうして、あの人と、ナイフ使いと一緒に居るの?」

何故こんな良い子が、あのような人間といるのか。

冷たく、何もなく、人形のような。近寄り難く、本能的に拒否してしまいそうな、あの存在に。

初対面で話すらしていないのに感じる異質感。

「もしかして、彼の事好きなの?」

「好きですよ」

半分冗談混じりで聞いた質問は、当たり前のように返された。

驚いてシロの方を見るが、彼女は先程と何も変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。

「厳密には好き、とは違うのかもしれませんけどね。でも、私は彼を失いたくない。ずっと無になり続けている彼の変化を見てみたい。彼の心を動かしたい。彼が幸せなら、それで良い」

……例え、それで世界が滅びたとしても。

「私と彼が一緒にいるのは、それが一番良い状況になるからというのもあります。詳しく話すと長くなるので言えませんが」

ただそれでも。

「……彼はきっと、私と一緒に居たくはないのでしょう」

「何で?」

凪は言外にそんなわけないという意味を込めて言ったが、シロは首を振った。

「あの人は、怖がってるから」

感情を出すことを。

二重人格を出すことを。

誰かを殺めることを。

「私を殺すことを」

そしてその恐怖すら、無にしなくてはならなかった。

「おい、凪」

そこへ神殺しとナイフ使いが戻ってきた。

「そろそろ行くぞ」

「あ、うん」

凪は立ち上がり神殺しの横へ並び、ナイフ使いはシロの車椅子の柄を掴んだ。

「またね、凪さん」

「あ、うん。さようなら」

シロの挨拶に頭を下げて返す。ナイフ使いは何も言わず、背を向けてシロと共に去って行った。

本当に不思議な二人だと、凪は改めて思った。

「神殺しは何話してたの?」

「お前に関することとか色々。結局、謎が増えただけだがな」

ふーんと、生返事をする凪を横目で確認する。

……死にたがっている。いや、生きるのを諦めているだと。コイツが?

確かにその環境下にあった。だが、ナイフ使いの言い方は、今も尚そうであるということ。

凪は自由になれないなら死んでも良いと言っていた。生に対して執着は薄いのかもしれないが、それがイコール生きるのを諦めているには繋がらない。

「…………」

本人に聞いてみようかと考えたが、やめた。

本人に自覚がなければ意味がないし、変に意識させてもどうかと思ったからだ。

「お前は、どんな話をしてたんだ?」

「そうねぇ」

凪は神殺しと目を合わせて答えた。

「神殺しはヒーローの柄じゃないって話かな」

「何だそりゃ」

「まあまあ。そろそろ帰りましょう。流石に疲れちゃった」

「はいよ、お姫様」

長距離を出歩くことが無かった凪は疲れが溜まっていた。

神殺しは肩を竦め、彼女の我儘に従う事にした。

自然と繋いだ手は二人共意識したものではなく、本当に自然のものだった。

血に塗られた神殺しの手を、凪は振り払わずに握り返した。

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