Knife Master《完結》   作:ひわたり

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奈落

下らない。下らない。下らない。

下らない。

下らない。

下らない。

あと何度、俺は。

俺は。

……下らない。

 

 

「すまなかった」

開口一番、神殺しは恵に頭を下げた。

彼が神殺しという事実と、急に謝られたという事実に恵は混乱した。

「え、え?」

「ワケがわからないと思うが、俺はお前という存在を利用した」

頭を下げ続ける神殺しに、恵は少しだけ冷静になる。

「えっと、色んな事情はナイフ使いから聞きました。だから、貴方の言う利用も、一応分かってるつもりです」

「なら、尚更すまない。無関係な貴方の心を無闇に傷付けた」

神殺しの真摯な姿勢に、恵はあやふやに持っていた神殺しのイメージが作り変えられていった。騙されてるかも、と頭の片隅で思いはするが、少なくとも不快な態度ではない。

「取り敢えず顔をあげてください」

恵は神殺しの話を聞くことにした。

神殺しは全て素直に答えた。

自分が行ってきたことと、何故こんなことをしたのかという理由。そして、これから行おうとすることも包み隠さず話した。

「ナイフ使いが変われる可能性があったのはシロの死体を見た時だけだ。死体を確認し、処理し、そして奴は変わらずにいる」

それはつまり

「ナイフ使いはもう、変わることはできない」

何も変わらなかった。

シロの死をもってしても、ナイフ使いは変わることができなかったのだ。僅かな可能性も、シロの願いも無駄に終わった。

だからもう殺すしかない。

ナイフ使いを殺すしか未来はない。

「どうして、私にそんな話を?」

「利用してしまったから、話すのは筋だと思ってな」

勘違いしないで欲しいんだが、と続ける。

「葉山さんに何かして欲しいと思っているわけじゃない。寧ろ、何もしない方が良い。ナイフ使いを殺せるにしろ何にしろ、表世界に戻りたいなら何も関わらない方が良い。貴方に出来ることは何もないからな」

それは分かりきっていた。ナイフ使いからま言われていたことだ。

「……貴方は、死ぬつもりなの?」

恵の問いに、神殺しは少しだけ苦笑した。

「死なない為に戦うんだ。普通の生活を手に入れる為に戦うんだよ」

思えば、普通の生活を手にする機会は一度だけあったのだ。

ナイフ使いが初めて二重人格を暴走させたあの日。

生き残り、初めて空を見たあの日。

自由を欲したあの時、自分なら裏世界から逃げる事が出来たのだ。

「今更だけどな」

それでも、どの道こうなっていただろう。

二重人格の脅威は残ったままだから、戦わずにはいられなかった筈だ。

「……長い戦いになりそうだけど」

仮にナイフ使いを殺せたとしても、神殺しの願いを叶えるには裏世界を壊すしかない。それはどれほどの時間と労力を消費すれば叶えられるだろうか。

「それこそ、今更だ」

分かっていた。分かっていて、進んだ道だ。

「もう後戻りは出来ない」

神殺しは立ち上がった。

「じゃあ、もう行くよ。本当にすまなかった。俺と会うのはこれで最後かもしれないけど、達者でな」

「達者って、また古い言葉ね」

「映画見てて、一度使いたかったんだ」

そう言って悪戯っ子のように笑う神殺し。

無邪気な笑顔に、本当の彼はこっちなのだと恵は理解した。

「ねぇ」

だからか、恵は去ろうとする神殺しに声を掛けた。消えていこうとする神殺しを呼び止めた。

「珈琲でも飲んで行かない?」

恵の言葉に逡巡した後、一度だけ頷いた。

「……そうだな、折角だし一杯貰おうか」

「うん」

あ、と神殺しが思い出したように声を上げた。

「あ、砂糖とミルクは多めで」

「苦いの駄目なの?」

「甘いのが好きなんだ。この前、珈琲をブラックで飲んだんだが、苦くてなぁ。いつもは砂糖とミルク入れてるから、余計に苦く感じて参ったよ」

大袈裟に振舞う神殺しに、恵には少しだけ微笑んだ。

裏世界に来て、やっと恵は笑うことが出来た。

「…………」

湯気の立つ珈琲を置き、二人はカップに口を付けた。

神殺しは浅く息を吐く。

普通の人とこうして向かい合わせになるのは、これで二度目だ。

「……神殺し、さん」

「無理にさん付けしなくて良いよ。言い難いだろ」

「じゃあ、神殺し。少し嫌な質問しても良い?」

どんな質問か予想が付いている神殺しは、手でどうぞと示した。それを確認した後に、恵の口が開く。

「シロを殺して、後悔した?」

分かっていた質問だ。

だから、神殺しは即答する。

「後悔はしていない」

シロの死は必要だった。自分にそう納得させたし、事実必要な行為だった。もう後戻りも出来ないのだから、後悔するなど、殺した彼女にも失礼だろう。

「……ただ」

少しだけ。そう、ほんの少し。

「やるせないだけだ」

凪も、シロも。そしてナイフ使いも。

救えなかったし、救われなかった。

神殺しが抱えた物は無力感しかなくて。

どれだけ強くても、どれだけ力を持っていても、一人救うことさえ出来ない。

神化人間。そう言われても、結局自分は人間で。神などという懸け離れた存在にはなれなくて。

「…………」

その無力感は、今の恵にはよく分かった。何も出来ない自分を嫌という程実感させられているから。

ナイフ使いからすれば、やるせなさを感じられることだけでも幸せなのだろうか。

ナイフ使いは感情を感じないわけではない。感情を殺さなければいけない。どんなに辛くても、どんなに苦しくても、それを無くさねばならない。それがどれ程の労力なのかは、神殺し達には想像するしかなかった。

それしか出来ない人間だった。

 

 

赤い銃と光の槍はあるビルの中に居た。

裏政府の命令に従って此処へ来たが、現状まで誰一人遭遇していない。胡散臭さは任務を受けた時から感じていたが、ここまで来れば隠す気もなかったのだと分かる。何処かに神化人間が居るだろうと踏み慎重に行動しているが、それも今の所何も無い。

「……何なんだいったい」

時間稼ぎだとしてもワケが分からない。罠を張っているなら行動が遅過ぎる。敵側からしてコレに意味はあるのかと、赤い銃は首を傾げた。

二人は一応、一部屋一部屋を確認していくが、どれも無意味に終わった。

最後の部屋も赤い銃が中に入って確認するが、結局何もない。廊下で待機していた光の槍が振り返って聞く。

「一旦出ましょうか?」

そうだな。

そう答えようとして、瞬間、赤い銃の足元が粉々に崩壊した。

「!」

ナイフ使いと違って衝撃を操れない赤い銃では、粉々の足場では跳躍出来ない。

光の槍は手を伸ばそうとするが、扉の前を鎖が邪魔をした。槍で切り上げるが、斬れない。

「っ⁉︎」

頭上から天井が崩れ、刃が遅い掛かる。槍で受けるが、息を吐く間も無く斬撃が襲い掛かる。

光の槍はそれよりも一段階早く槍を振るい、斬撃を全て跳ね除けて、本体へと攻撃を繰り出した。

激しい金属音が響き、二人は一旦距離を離す。

「……ビーストクロー」

「よう」

立ち上がった獣の爪は、爪をギシリと鳴らせながら薄く笑う。

「悪いけど、ここで君は脱落だ」

廊下の反対側からも鉄の鎖が姿を見せた。ナイフ使いに斬られた手は義手となっており、鎖が巻き付けられている。分かっていたことだが、先程の鎖は鉄の鎖の物だった。

「……女性を二人掛かりなんて、恥ずかしくないの?」

「そんな感性はとっくの昔に捨てたな」

三人が動き、その衝撃で廊下が崩壊した。

 

 

深く深く落ちていく赤い銃は、慌てた様子もなく懐から二丁の銃を取り出す。

地面が見えた穴の途中で、横から瞬時に鎌が伸びてきた。赤い銃はそれを銃身で受け止める。弾き返すように体を離し、地面へと着地する。瞬間、背後から衝撃が襲う。紙一重でそれを銃で受け止めていた赤い銃は、衝撃を利用して跳躍した。

今度こそ無事に着地すると、自分を見る二人と顔を合わせた。

死神の鎌と岩の拳。

隙なく構えた2人が並び立つ。

「…………」

二人の攻撃を受け、手の痺れを感じている。

神化人間であるから攻撃が強いのは当然だが、それでも今までの威力と違う。

「……いや」

自分の体が弱っているだけだと、赤い銃は直感した。

「毒の斧も何処かに潜んでるな」

しかし、神化人間を弱らせる毒などあっただろうか。

赤い銃は内心首を傾げるが、一先ずは置いておくことにした。解決した所で情勢が変わるわけでもない。

光の槍が来ないということは、向こうも神化人間と対峙しているのだろう。これだけの人数となれば、向こう側の神化人間全員が集合している。

「随分と豪勢じゃないか」

赤い銃は笑う。

自分の死を前にして、笑う。

「レッドガン」

「貴方を殺す」

 

動き出した世界は止まらない。

 

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