Knife Master《完結》   作:ひわたり

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指針

ナイフ使いは跳躍を繰り返し、鉄塔の上で止まる。都会から少し離れたこの場所。夜の暗闇の中で、遠くに見える人口の光が眩しく感じられた。

既に資料にあった場所へは足を運んだが、案の定というべかきか、何の変哲も無いただのビルだった。

「…………」

少しだけ待つと、ナイフ使いの横に黒い影が降り立った。

「……ナイフ使い」

神殺しがそこに立っていた。

暗闇に溶け込むその姿で、それに相反する姿に対峙する。

「何だ」

ナイフ使いは街に目を向けたまま口を動かす。無表情に、無感情に、言葉を出した。

「シロの事についてなら聞かんぞ。もう済んだことだし、必要な行為だった。それだけの事だ」

それだけの事だと、ナイフ使いは切り捨てた。

シロの事をそれだけだと、言い捨てた。

「……っ」

先手を出され、神殺しは出鼻を挫かれる。それにより、シロについて何も言えなくなってしまった神殺しは、代わりに別の事を問い掛けた。

「…………。いきなり裏政府から出たが、何かあったのか」

ナイフ使いは視線を合わせずに淡々と答えた。

「銃と槍の行方が知れん。罠の可能性が高い」

端的な答えであったが、神殺しはそれで十分に理解した。

「……成程。あいつら、協力はしないにしても、殺し合うとは思わなかったな」

対ナイフ使い戦への為だろうかと、神殺しも内心首を捻る。

「それで、助けに行くつもりか」

「さぁ、どうするかな」

ここまで動きはしたが、果たして助けに行くべきかどうか。何が最良なのか、状況を鑑みて判断する。

「助けない事が今後に繋がるならそうするし、何も無いのなら戦力の低下は避けたい。お前はどう思う」

「……俺は」

「言っておくが」

神殺しが答えようとしたところで、ナイフ使いが言葉を被せた。

「感情で、下手な情で動くな。何が最良かで考えろ。後戻りは既に出来ないのだから、望む結末に向けた理論で答えろ」

その台詞に、神殺しは言葉を飲み込む。

神殺しは一度顔を伏せ、目だけでナイフ使いを見る。ナイフ使いはずっと前を見ており、神殺しとは一切目を合わせない。

「……俺は」

助けに行くべきだと、そう思った。そこに理由はない。きっと失うのを恐れたからだ。凪の死を経て、シロの死を避けられずに此処まで来た。かつても多くの人を殺した。

先の為には裏世界を壊すだけでなく、神化人間も殺すべきだとも考えた。

しかし、それでも、出来るなら最小の被害だけをと。

自然と願っていて。

誰もこれ以上失わずに済むことを考えていて。

「…………」

だから、ナイフ使いの言葉は冷水を頭に掛けられたみたいであった。理想と夢と現実は違う。

夢を欲するならば、理想を捨て、現実の方法を選び取るしかない。

神殺しは手を握り締める。凪の死を抱えた手を、力を込めて握り締めた。

「……青の欠片達が考え無しで動くとも思えない。それに、もし今神化人間を失うのならば、裏政府だけが損失を被る訳ではない」

ナイフ使いが生きている段階で神化人間が減れば、裏世界の損失である。普通に考えればナイフ使いを殺すまでに神化人間は生かしておきたいだろう。裏政府も裏組織も同じ考えである筈だ。なら、青の欠片達のこの行為は、ナイフ使いが仮に死んだとしても、神化人間達が裏世界に従わないという暗示にもなる。

「場合によっては裏世界の崩壊を早められる」

神化人間の数が減ることにより、裏組織同士の混乱を招き組織同士の潰し合いを誘発させる。裏世界から逃げ出そうとする者もいれば、それを防ぐ者もいるし、攻撃対象にする者もいるだろう。

ナイフ使いの対処に神化人間が減るのは心許ないが、現段階でチームプレイが出来ないならば下手をすれば邪魔にしかならない。

「……だから」

だから、俺は。

 

 

神の杖はビルの屋上から外を眺めていた。

目の見えぬ彼に夜景は映らないが、雰囲気を肌で感じ取る。神化人間としての勘が、何がまた大きく動いたと告げていた。

かつて神の杖は神殺しに、二重人格を殺せる可能性があるのは神殺しだけだと、そう告げたことがある。背中を押すような発言をしたことを思えば、今このような事態に陥っているのは自分にも責任の一端があるだろう。

「ご主人様、甘いお菓子などは如何ですか?」

後ろから若い女性の声が響く。落ち着いた雰囲気で、長い髪をアップにして纏めている。使用人の姿をした彼女は、目が見えない彼にも優しく微笑みかけていた。

「お菓子?」

「とても苦々しい表情をしていらしたものですから」

「……成程。そうだな、貰おうか」

畏まりましたと、女性はお菓子と紅茶の準備を進める。

「なぁ、玲奈」

「はい」

神の杖が彼女の名を呼び、名を呼ばれた玲奈はそれに返す。

「何故君は、私に仕替えてくれるのだ?」

その言葉が深い所を聞いているのは、ニュアンスで理解した。

「そうですね……」

「率直に言っていくれて構わないよ。給料が良いとか」

「それは無いですよ。そのような理由で貴方様の下に就いている者はいません」

神の杖は本気で言ったのだが、玲奈は冗談と受け取ったらしく、クスクスと控えめに笑った。

「……信頼、感謝、尊敬。言葉にすれば色々と御座います。一言で纏めてしまえば、貴方様だからこそ、ということになります」

「……そうか」

「ご不満な回答でしたか?」

「いや、ある種、的を得ていた」

神の杖は他の神化人間と違い、他人と関わって生きてきた。

こうして人と付き合ってきて、理解したことがある。

他人と関わるということは、他人に自分を与えるようなものなのだ。様々な関係と、それを表す言葉は沢山あれど、結局は個人のそれに当たるのだろう。

多くの人と関わる程に自分を分け与え、また別の自分を作っていく。根幹の意思と分裂した自分が幾つも連なり、神の杖という人格を描き出す。

他人と関わらなければ、自分は一人だけのものだ。

だから、自分を失ってしまったナイフ使いがああなってしまったのは、ある意味で必然だとも思えた。

彼は自分以外の他者に、母親という個人に自分を求めてしまった。たった一人の他人に、自分の全てを分けてしまった。故に彼女を失ったことにより、誘発するように自身を喪失した。空っぽとなった箇所を埋めるように二重人格が作られ、それによって器までも壊されてしまった。そして、器として、シロを求めた。

そして、その果てにシロさえ失って。

もう周りに求める事は出来ず。

最後の支えを失った。

『彼』はそこから立つ事も、歩く事も、もう出来ない。

生を認められず、死を許されず、だからそこに居る。

そこに居続けるしかない。

それが、彼なのだ。

「玲奈」

「はい」

「例の件はどこまで進んでいる?」

茶菓子を用意していた玲奈の手が、ピタリと止まった。

「大凡、八割方は完了しています。あと一月ほどあれば、問題なく」

「……そうか。ギリギリかもな」

恵の出現は神の杖にとっても予想外であった。

神殺しが動くタイミングはあそこしかなかったから、ここまで急激に進行するのも仕方ない。しかし、静かに進めていた案件を突如早めることになってしまい、玲奈を含め多くの者達に負担を掛けてしまったと、心苦しく思っていた。

心苦しく思える程に親しく感じているのかと、内心自分に驚きもした。

「……ご主人様。これは貴方様を慕う一人の使用人としての戯言と受け取ってもらっても構わないのですが」

机の上に淹れたての紅茶を置き、口を開く。

「ご主人様が戦いに赴く必要はあるのでしょうか?」

「ある」

一切の迷いなく、神の杖は返答する。

「ナイフ使いを殺さなければならないのは決定事項だ。それは変わらない」

そうでなければ、世界は壊れてしまう。

シロが亡くなった今、ナイフ使いがいつ二重人格に乗っ取られてもおかしくはない。

二重人格に目覚めては手遅れだ。

ナイフ使いである状態で殺す必要がある。それは彼に感情を持たせず、また、死の自覚を与えずに即死させなければならないという事だ。容易ではない。

「確実に殺すには、私も行かなければならない」

それが、神化人間の務めでもあるのだから。

例え目が見えずとも、神の杖の戦闘力に変わりはない。囮の扱いでも役には立つだろう。

「……そう、ですか」

分かっていた答えだ。

だから、玲奈は彼の背中に、そう答えるしか他なかった。

「……紅茶が冷めるね。一緒に飲んでもらっていいかな?」

「……はい。ご一緒させていただきます」

今はそれしか言えなかった。

 

 

 

槍が唸り、爪が響き、鎖が鳴く。

高速戦闘を得意とする光の槍と獣の爪が激しくぶつかり合い、鉄の鎖が光の槍の動きを翻弄し、行動を制限していく。少しずつ、確実に光の槍は追い詰められていった。

「……くっ」

光の槍の頰を爪が掠る。赤い線が走った頰を無視し、獣の爪の強襲を弾いて行った。

このままでは不味いと思うが、引くことは頭に無い。

この二人から逃げ切れるとも思えないし、毒の斧が姿を見せていない。恐らくは万が一の為の見張りとして、赤い銃と光の槍の双方を狙って待機しているのだ。その状態からの逃亡は困難である。

何より、赤い銃が苦しんでいる時に離れる事など出来はしない。

「…………」

獣の爪は対峙しながらも、光の槍の目が死んでいないのを見ていた。追い詰めているのは獣の爪と鉄の鎖であり、時間を掛ければトドメを刺すまでいけるだろう。焦る理由もない。今後ナイフ使いと戦う事を考えれば、慎重である事は寧ろ重要となる。

しかし、強い精神力だと、素直にそう思った。

これ程追い詰められて尚、彼女は赤い銃の元へ行こうとしている。その意思は自分達には無いもので、一生手に入らない物だ。生きてから今まで、自分しか頼れなかった。

「だから」

……だから、俺は。

「貴様には負けん」

自分が間違いだったとは思わない。

だって、それ以外に無かったから。

それにしか縋れなかったのだから。

だから、負けはしない。

己の唯一のものを失うわけにはいかないから。

「……だから」

鉄の鎖が義手を引く。

瞬間、この通路の床、天井、壁が一斉に崩壊した。仕込まれていた鎖達の姿が光の槍の目に映る。崩壊する寸前に飛び出していた獣の爪は、銃弾のように光の槍へ飛翔した。

光の槍が迎撃しようと、獣の爪を突く。

その一瞬。

槍を持つ腕を、小さな斧が穿った。

瓦礫と鎖に紛れた向こう。その少し隙間とほんの僅かな瞬間。

骨で止まった斧は致命傷を与えないまでも、槍の矛先を僅かに変えた。

交差し、火花を散らす刃。

鋭い爪は光の槍の懐へ侵入し、彼女の胸を突き抜ける。

「っ」

血。

赤い血が。

赤。

「……赤」

紡がれた言葉を追うように、口から大量の血液が吐き出される。

肘まで突き抜けた獣の爪の先。赤く染まるその向こう。

小さな彼女の心臓が握られていた。

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