Knife Master《完結》   作:ひわたり

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罪過

眼前に迫った銃弾を、岩の拳は直前で弾いた。

そのまま攻撃圏内に入った赤い銃を殴りつける。赤い銃は銃身でそれを受け止め、地面に跡を付けながら衝撃を一身に受けた。元々、岩の拳の攻撃は他の青の欠片を上回る。加えて、段々と体を蝕む何かも大きくなっており、痺れが拡大していくのも感じた。

「…………っ」

流石に急がねばならない。

このままではやられる。

赤い銃は機動量を上げた。地を駆け、壁を利用しながら縦横無尽に駆け巡る。そうして銃を乱射した。

攻撃対象は、死神の鎌。

「!」

死神の鎌は銃弾の嵐を掻い潜る。

分断していた攻撃をいきなり絞られた為、対処が一瞬だけ遅れた。

銃弾が爆発し、その向こう。

死神の鎌の眼前に銃底が迫った。

死を前にした死神の鎌が思ったのは、たった一つのこと。

「死ねない」

死ぬわけにはいかない。

死神の鎌は、そう呟く。

走馬灯のように記憶がフラッシュバックした。

破壊神が産まれたあの日。

全てが殺されていった日。

思い出すのは血に塗られた体と、覆い被さった体。そして、冷えていく温もり。

自分が父親と慕っていた人は、自分を庇ったが為に体を半分失った。

下半身からは大量の血が流れ落ち、死神の鎌を赤く染めていく。失われた己の腕と、父親の血が地面で混ざり合っていった。

洗脳でも教育でもなく、死神の鎌は、確かに父親から愛されていたのだ。

自分がどうやって逃げたのか覚えてはいない。

破壊神が逃したとは考え難いが、動くもの全てを襲っていた彼から何故逃げ切れたのか。その疑問を解く鍵は無かった。気付けば山の中で、父親の死体を抱えて座り込んでいた。

兎に角、死神の鎌は生き延びた。

生き延びてしまった。

父親を犠牲にして、自分だけが、生き延びた。

逃げた当初、死神の鎌は父親の死体を抱えたまま、このまま死んでしまおうかとも考えた。

しかし、神化人間の体で簡単に死ねる筈もない。失った腕の出血もいつしか止まり、回復に向かっていた。元々、食事も睡眠も必要としない体だ。精神の疲労はあるものの、このまま居ても死ぬことは出来ないだろう。しかし、死体は違う。このままにしておけば腐るし、この環境下では虫も死体を食い荒らすだろう。

それは許せない。

それだけは許せない。

そんなことなら、いっそ。

まだ綺麗な、このままで。

そして、死神の鎌は、父親を食べた。

死神の鎌は泣いた。大粒の涙を止めどなく零しながら、父親の死体を食らっていく。強靭な歯は男の肉、内臓、骨をも砕く。肉を裂き、血を啜り、呑み込んでいく。脳みそを噛み千切り、目玉を飲み込む。味など感じるはずもない。嗚咽しながらも、父親の肉体を喰らい尽していく。

零れ落ちる涙はそれ以上に広がる血の海の中へと落ちて消えて行った。静かな山の中に咀嚼する音が大きく響いていた。

やがて、その音も消えていく。残ったのは血塗れの一人の少女だけ。

その青い瞳は、憎悪の塊を燃やす。

殺す。

殺す殺す殺す。

あの男を、必ず殺す。

死ねない。こんな所で死ぬわけにはいかない。

あいつを殺すまで、死ねるわけがない。

死神の鎌は暫くしてから、ナイフ使いが二重人格を形成した理由を知る。故に、更に憎しみが募った。自分が母親を失ったからと、私の父親まで奪ったのかと。

何度かナイフ使いと対峙し、一度それを問い掛けた。

それに対し、ナイフ使いは

『そうか』

と呟いた。

『言い訳はしない。二重人格を作るきっかけは俺の所為だし、二重人格も俺の人格に変わりない。故に、恨め。そして、それで貴様の気が晴れるというならば、俺を殺してみせろ』

ああ、必ず、殺してやる。

だから、こんな所で死ねないのだ。

父親の怨みの為に。

私の憎しみの為に。

私には、復讐しかないから。

もう、これしかないから。

だから。

「死ねない!」

「!」

一瞬。

その一瞬が、明暗を分けた。

赤い銃の弱っていく体は、一瞬の時間を境に、死神の鎌の反応速度を下回った。

赤い銃の銃が死神の鎌を殴りつけ、死神の鎌の鎌が赤い銃の肩を切り裂く。全く同時にぶつかり合った結果、互いのダメージは相殺された。

それを見越し、岩の拳が赤い銃に迫る。しかしそれでも、赤い銃は抗った。そのまま死神の鎌を無理矢理吹き飛ばし、向かってきた岩の拳へとぶつける。

衝撃で硬直した2人に、赤い銃は銃口を向け

 

目の前に、光の槍の死体が落ちた。

 

何か、モノが落ちてくるのは分かっていた。

殺意のないそれを無視したからこそ、銃口を彼らに向けた。

しかし、視界の中に、彼女の姿を映し。

モノだった気配と。

穴の空いた胸から。

既に死んでいるのは理解して。

「……ぁ」

なのに。

赤い銃は自らの武器を手放し、光の槍が地面へと落ちる前に手を伸ばした。

考える前に。

理解する前に。

無意識に彼女を掴もうとした。

その時、赤い銃の喉元を、岩の拳が抉り取った。

赤い銃が己に返る前までの時間。その間を与えずに、彼の喉の半分以上を引き千切る。

骨ごと引き抜いた喉は皮一枚のみで繋がり、一瞬後に血が噴水のように吹き出した。

「…………」

……死んだな。

死の直前、どこか冷静な思考がそう考える。痛みはない。体の感覚は全て消え失せた。既に頭の中も闇の中へと沈んでしまっている。

霞んでいく視界の中で、己の腕が、光の槍を抱えるのを見た。

それで、それだけで、良かったと。

心の底からそう思えた。

「……勝ったか」

岩の拳が呟く。

握り締められた手を離し、赤い銃の肉と骨を地面へと落とした。血を浴びて、髪や服を赤く濡らされている。地面に倒れた赤い銃の死体からは血が大きく広がっており、鉄臭さを辺りに充満させていた。

死ぬかもしれなかった。

神化人間同士が本気で戦い合えば当然の結果だ。どちらかが生きて、どちらかが死ぬ。本気の死合いだったから、この結果が生まれた。

ナイフ使いを殺す為に、戦いで協力し合えないなら必要はない。だから、彼らを実験台として殺した。自分達の計画と、実力を計る為に。

「無事か」

上から毒の斧が降りてきた。続けて獣の爪と鉄の鎖も着地する。

「……まあね」

「死体を落とすなんて趣味の悪い真似、あんたしかしないわよね」

死神の鎌はそう言って、毒の斧を軽く睨んだ。

「使える物を使った結果だ」

使えるものならば遠慮なく使う。それが者でも物でも変わらない。それで何かを得られるのなら、そちらを選ぶ。

「……さて、なら、この死体達はどうする?お前が言うように、使えると思うか?」

皆が考え込む。

武器は特殊なのに変わらないが、使い慣れた武器でなければ不要なのは当然である。ナイフ使いが相手なら、赤い銃のように死体を使って隙を誘うなども出来はしないだろう。

「利用価値は、ないだろうな」

そう結論付けて

「なら、俺が貰おう」

感情のない声が降り注いだ。

「!!」

戦いが終わり、確かに気が抜けていた。しかし、決して油断していたわけではない。

……なのに。なのに何故。

「ナイフ使い……!」

ナイフ使いは当たり前のように、彼らの背後に立っていた。

今この瞬間に殺されていたという事実に体が冷える。ナイフ使いが殺しができるかどうかは別としても、不意打ちを行うことは出来ただろう。

「構えるな、今ここで戦う理由は無い」

全員が武器を構えるが、ナイフ使いは表情を変えずにそう言った。余裕を見せつけるような発言に、死神の鎌が食い付く。

「何よ……。戦う理由なんて、貴方を殺したいからで充分よ」

「ふむ、なら訂正しよう。貴様らにとって、今ここで戦うのは得策ではあるまい」

ナイフ使いは何も変わらない。武器を向けられても、殺意を向けられても、何一つ変わらない。

「個人でなく複数と組み合わさり、毒や罠を使用し、状況判断で奇策を練った。神化人間でありながら、ここまで連携を上手く行ったのは素直に評価しよう」

「上から目線かよ」

「そのつもりはない。だが、有利な状態でも、大なり小なりダメージを負い、疲労があるのは否定出来まい」

ナイフ使いが足を進める。

全員、構えを解かないままナイフ使いの動きを見守る。

「万全の状態でないにも関わらず俺と戦うのか。それで、俺を殺せるのか」

「…………」

「無理だと言うのなら、今この場は大人しく引け」

2人の死体を前に、ナイフ使いは足を止めた。

「そして、必要ないというのなら、コレの処分は俺がしようと言うのだ。裏世界の何者かに神化人間の情報を与えても厄介だからな」

「……良いだろう」

獣の爪が武器を下げ、ナイフ使いの提案に乗った。

「獣の爪……!」

「俺達に必要ないのは確かだ。今、ナイフマスターと戦うのも最善とは言えん。ここは引こう」

全員が一瞬だけ目を合わせる。

全員、それが一番だと理解している。ただ、ナイフ使いを目の前にし、殺意という感情が邪魔をしているだけに過ぎない。

「……了解」

一番ナイフ使いへの憎しみが深い死神の鎌が飲んだことにより、全員武器を下げる。

「ナイフ使い」

「何だ」

「絶対に俺達は、お前を殺す」

「……ああ」

待っている。

そして、青の欠片達は去り、ナイフ使いだけが残された。

それを見計らい、気配を殺していた神殺しが降り立ち、ナイフ使いの横へ並び立つ。

重なった赤い銃と光の槍の死体を見下ろし、言葉を落とした。

「……本当にこれで良かったのか」

戦いの邪魔をしない。

神殺しの答えに、ナイフ使いはそれに同調した。

その結果がこれだ。赤い銃と光の槍の死。これが、決断の末に得たものだ。

「……俺が」

神殺しの表情に影が落ちる。

……俺がそう決めたから。だから、また2人が命を落とした。また、俺が殺したのだ。

「神殺し」

ナイフ使いは布を広げ、その上に赤い銃と光の槍の死体を乗せる。作業を行いながら口を開いた。

「お前は提案しただけだ。その考えは俺にもあった。故に決断し、実行したのは俺だ」

ナイフ使いは2人が殺される前に此処を見つけていた。見つけていていながら、そのまま放置した。

2人の死を見送った。

2人を見殺しにした。

「お前がシロを殺す時も、俺はお前に何もしなかった。俺がそうしたんだ」

「……ナイフ使い」

「これはお前の結果じゃない。俺の選択だ」

布を結び終えたナイフ使い。立ち上がった所を、神殺しが胸ぐらを掴んだ。

「ふざけるな……」

怒りの篭った目がナイフ使いを映し、感情の無い瞳が神殺しを映す。

「俺の罪まで貴様が背負おうというのか……!そうやって貴様一人で全部背負い込んで満足か……!」

「罪だと?お前は自分の行いが罪と感じたのか。なら、それは間違いだ」

「何だと?」

「言った筈だし、自分でも理解しただろう。全て『必要なこと』だったのだと」

必要なことだった。

シロの死も、赤い銃と光の槍の死も。

世界を変える為に。

「お前は自身が望む世界を手に入れる為に動いている。それは裏世界から世界を救うことも意味する。それをお前は否定するのか」

「…………っ」

「そして、俺はお前の行動を止める術と、今この2人を助けることが出来た。だが、俺はそれをしなかった」

だからこそ、もう一度言う。

「これは俺の決断なんだよ」

他の誰でもない、自分自身が選んだ道。

否定もしないし、させもしない。

「……全て、俺の業だ」

神殺しは歯を食いしばり、手を握り締める。万力を込めた拳は振り上げることもできず、震えるばかりだった。

ナイフ使いは胸ぐらを掴まれた手をやんわりと外し、2人分の死体が入った布を担いだ。

「じゃあな、神殺し」

俺を殺せることを祈ってる。

その一言と、血の跡だけを残し、神殺しから離れて行った。

「……っ」

神殺しは握った拳を振り上げ。地面へと振り下ろした。

「ざけんな!!」

激しい衝撃が地下とビル全体を襲う。神殺しは目を瞑り、悔し気に体を震わした。

「お前は、俺の罪まで全部奪って行くのかよ……!」

その言葉は、虚しく宙へと消えて行った。

 

 

夜中に海へと出たナイフ使いは、白と同じように赤い銃と光の槍の死体を沈める。布に包んだまま、2人をそのまま海底へと導いた。

「…………」

何故2人を一緒にさせたのか。何故そうしたのかは、自分でも分からなかった。暫くの間、沈んでいった海を眺め続けていた。

海から戻り、海岸へと着くと、そこに見知った顔がいた。

「よう」

神の眼が、そこに立っていた。

夜だからかサングラスを外しており、普段は隠されている赤い瞳がよく見える。

「何か用か」

「いや、元気にしてるかと思ってね」

「そんな質でもあるまい。シロが死んだ後だ。大方、二重人格の進行具合でも確認しに来たのだろう」

「分かってるなら聞くなよ」

神の眼は大袈裟に肩を竦めるが、ナイフ使いは特別反応を返さない。その代わり、一つ質問をした。

「……毒の斧に凪の性質を教えたのはお前か?」

「ああ、そうだ」

「何故?」

「何故?おかしなことを聞く。俺は情報屋だ。相手が情報を求め、それに相応しい対価を貰ったのなら、それを提供するのは当たり前だろう」

神の眼は情報屋だ。それは後にも先にも変わらない。彼は何も変わっていない。

「その情報を聞いて、それをどう扱い、どう調合するかは相手の自由。そういうことさ」

前と変わらない不遜な笑みを浮かべてここにいる。

「なぁ、ナイフ使い」

「……何だ」

神の眼はジッとナイフ使いの眼を見た。

暫し無言の時が続く。

「……いや、何でもない」

神の眼はサングラスを取り出し、背を向けた。

「じゃあな、ナイフ使い。生きてたら会おう」

「それはお前の望まない事だろう」

「さて、どうかな」

神の眼はサングラスを掛け、ナイフ使いの下から去って行く。遠く離れた所で、ボソリと言った。

「……俺に因子を与えられたことを気付かない程、弱っているんだな」

神の眼はナイフ使いに目を合わせた瞬間、己の因子を与えていた。前までのナイフ使いなら、その直前で止められていた筈。しかし、違和感を感じる所か、何かされたことすらも理解していなかった。それ程までに精神的に追い込まれているのだろう。

無感動でありながら。

無感情でありながら。

それでもナイフ使いの心は、もうどうしようもないほどに殺されていた。

死んだ心を何度も何度も殺して。

その果てにシロの死を得て。

限界すら超えてしまった心は、もう救えない。

それでもまだ傷付いて、壊れていくのだ。

粉々の心を、粉となってしまった破片を、何度も何度も何度も潰すのだ。

ずっとずっと、そうしていくしかないから。

自分が死ねる、その時まで。

「…………」

神の眼はナイフ使いに因子を仕込んだからといって、どうする気もなかった。他の人間も同じだ。精々情報を集めるのに利用するくらいであろう。その程度でしかない。

ただ、今まで抵抗できていたナイフ使いがこうなるのは、自分でも予想外に少なからずショックを受けていた。

「……どうなるのかね、これから」

それこそ、神のみぞ知るのだろう。

神の眼は夜の街へと消えて行った。

 

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