「何とかならんのか!」
会議室を怒号が響いた。
目を瞑る者や頭を抱える者、唸り声を出す者も居たが、円卓の誰一人答えを返せる者はいなかった。
その場に居る紅蓮は、会議の無意味さを噛み締めながら、どうしてこうなったのかを思い返した。
『一週間後、神化人間の決戦を行う。場所はここだ』
事の発端は送られてきた一本の映像。神の眼が映ったそれは、一方的に神化人間と裏世界の行方を左右する重要な事を告げた。
この映像は裏世界全てに届けられており、裏組織の大半は既に諦めている所も多かったが、曲がりなりにも政府である裏政府があきらめるわけにもいかない。
だからと言って、会議をして決まる筈もなく、無駄な徒労だけが募っていく。
当然、神の眼とコンタクトを図ったが、彼は完全に行方を眩ませた。情報屋として使っていた者達も困り果てている。また、知られたくない情報を握られたまま姿を消された為に、血眼で探す組織もあった。
だが、裏世界が総力を上げても神の眼は捕まらなかった。それどころか、居たという噂すらある日を境にぷっつりと途切れてしまった。
まるで、この世界から消えてしまったかのように。
「紅蓮」
「はい」
名を呼ばれて現実へと戻る。
「ナイフ使いの様子はどうだ?」
「依然、変わりありません」
何も変わらない。
少なくとも、第三者からはそう見えていた。ナイフ使いはここに来てから今まで、何も変化がない。
「しかし……」
ただ一つ、変わった行動を取ること以外は。
「相変わらず、シロの居た部屋に入り浸っているようです」
ナイフ使いは殆どの時間をシロの居た部屋で過ごすようになっていた。その事が判明してからカメラを設置しているが、彼は座っているだけで身動ぎ一つしない。早送りをしても静止映像と何ら違いはなかった。既に物は全て撤去してあるので、カメラだけが置いてある不自然な部屋となっているが、ナイフ使いはそこに居る。
「……そうか」
何故その部屋にいるのか。シロがかつて居た場所だからか。
それを尋ねることも、裏政府はしなかった。何がナイフ使いの感情の琴線に触れるか分からない。不用意な発言一つで二重人格に変わる可能性がある以上、下手な接触や発言は皆が控えていた。
だから、ナイフ使いが勝手に赤い銃と光の槍の死体を処理した時も言及は避けた。
最早、ナイフ使いは時限爆弾だけでなく、巨大な地雷でもあった。触れれば死を意味する存在に、どうする手立てもなかった。
「…………」
幼き頃に接触した紅蓮でも何も出来ない。もうその場所に彼はいない。
会議室を沈黙が支配する。
事態を動かす事は、彼等には不可能だった。
会議室を出た紅蓮は自室へと戻る。
椅子に腰掛け、深い溜め息を吐いた。
「……ん?」
胸にしまっていた携帯が震える。
見ると、非通知が表示されていた。このタイミングで電話かと、予感を感じさせつつ電話に出た。
「……もしもし」
『初めまして、紅蓮さん』
神の眼かと思って出たが、声からして違う人物だ。変声期すら使っていない。
……だが、私の事を知っている。
「誰だ?」
『神の杖です』
それは彼にとって、予想外の人物からの言葉であった。
「……何の用だ?」
『単刀直入に言います。数日後行われる神化人間の決戦。その後、どのような結末であれ、裏世界は壊されます』
誰がどのようにとは言わない。壊されるのは決定事項だと、結論付けている。
『今後どうするかは貴方の自由です』
「……何だと?」
てっきり何かを要求してくるかと思えば、何もない。それが逆に不信感を呼ぶ。
「どういうことだ」
『そのままですよ。この情報を知り、どうするかは自由です。そのまま滅びる裏政府にいるも良し、尻尾を巻いて逃げても良し。選択は貴方の自由だ』
ではこれでと、通話が切れた。
紅蓮は電話を見つめながら神の杖の言葉を反芻する。
今の情報で紅蓮をどうしたいのか。目的は不明だが、仮に深く考えずに自分が取る行動をすると仮定する。まず、残りはしないだろう。既に機能しているか怪しい政府だ。見限るのは問題ない。なら、このまま逃げるのかといえば、それも有り得ない。自分の正義感はそれを良しとしない。
やるとするなら、するべきことを成してから。
「……成程」
紅蓮がやるとするなら、神化人間の情報をこれ以上広めない行動をするだろう。
情報の削除と、様々な物資の撤去。
そしてこれは、誰かに強制されるわけでもなく、自分で選択する行動だ。神の杖に言われずとも行っていただろう。
ただ、事前に言われた分、猶予期間が出来たということだ。
「……ちっ」
読まれているようで不快だが、自分の成す事に変わりはない。
紅蓮は立ち上がる。まずは人材集めだ。
残された時間は少ない中、彼は自分の正義感に基づいた行動を開始した。
獣の爪がビニール袋を片手に暗い場所を進んでいた。様々なパイプが入り乱れた狭い空間。無機質な鉄の匂いを感じながら、何処からか漏れてくる僅かな光源を頼りに突き進んで行く。絡みつきそうな管の中を器用に立ち回りながら歩いて、そろそろかと、パイプを軽く叩いて態と音を立てた。
そこで待っていると、声が降ってきた。
「よう」
天井の隙間から毒の斧が顔を出した。顔だけ出ている為、非常にシュールな光景である。
「おう、コレ持って来たぞ」
毒の斧は張り付いていた天井から降りると、獣の爪から袋を受け取った。中から掌に収まる小さな茶色の瓶を取り出すと、蓋を開けて呑み込んだ。
「なんか薬漬けみたいだな」
薬や飲み物を飲む習慣のない進化人間にとって、非常に稀な行動に笑う。
「ある意味正しい。特に俺は毒を使いまくってるしな」
そう言って、瓶を丸ごと口に入れて噛み砕いた。異様な音が鳴り響くのも気にせず、咀嚼し呑み込んで行く。気にし過ぎとは思うが、僅かな形跡も残さない手段である。
「それで、神川凪とやらの毒性はナイフ使いに効きそうか?」
「なんとも言えん。結局賭けだな」
都会に無数の罠を設置しているが、中には既にナイフ使いに気付かれたのもあるし、勘で避けられるのもあるだろう。二重人格の所為か、死に関わることは無意識かつ敏感に察知されている。
「他の奴らの様子はどうだ?」
「顔には出しちゃいないが、全員が全員、気を張ってるな」
死神の鎌は次が復讐できる最後の機会だと力を入れている。金にしか興味を向けていなかった鉄の鎖も訓練に励んでいるし、鉄の拳もまた同じだ。
他の二人はともかく、金に固執していた鉄の鎖までやる気になっているのに意外に思うと共に納得もしていた。
皆、色々な理由や事情を持っているのは確かだが、根本的には一つのことを無意識に思っている。
生き残ってしまったのだ。
あの地獄から、二重人格から、自分達だけが生き残ってしまった。そして、自分達には何もなかった。失うまでもなく、元々空っぽだったのだ。それを、親の仇や金などで詰めてきたが、空洞は埋まりきらなかった。
ナイフ使いから逃げないのは、アレが死だからだ。
青の欠片達は、死に場所を求めていた。
「……ん?これは何だ」
同じ袋に入っていたアナログなテープレコーダーに気付く。獣の爪を見れば、眉を寄せて顔を顰めていた。
「神の眼から送られてきた物だ」
「内容は?」
答えを聞いて、獣の爪の反応の理由を理解した。
「ナイフ使いの弱点、だとよ」
胡散臭い答えであった。
神の眼が態々こんなことで嘘を吐くわけもないが、何故自分達にナイフ使いの弱点とやらを教えるのか。
「理解出来ん」
「同感。しかし、内容を聞いて、確かに効果はあると思ったよ。弱点かと言われると微妙だがな」
聴いてみるかと、スイッチを入れる。
そこから出てきた内容に、毒の斧は獣の爪と同じく、複雑な表情をした。