Knife Master《完結》   作:ひわたり

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強者

青の欠片達、神殺し、裏世界。

彼らの勝利条件はナイフ使いを殺すことに他ならない。自分の手で殺さずとも良い。ナイフ使いが死ぬのなら、彼らはその手段を取るだろう。ただし、ナイフ使いが死ぬ前提に、二重人格を覚醒させない制約が課せられる。

二重人格の引金は大まかに2つ。

感情を出さないこと。

自他問わず人を殺すこと。

普段の生活では前者が、戦闘では後者が大きな足枷となった。

表世界の人間達にとっては知らぬ存ぜぬの話であるが、ナイフ使いの脅威を知ったならば、同様に彼がいなくなることを願う筈だ。

神殺しに限って言えば、その先の自分の目外を満たす為に、戦うことを選択した。

では、ナイフ使いの勝利条件とは何か。

神化人間を全滅させることか。

裏世界を破壊することか。

自分が死ぬことか。

望みの持てない彼にとって、それはどれもきっと、勝利ではないのだ。

故に、今までの戦いも、この決戦も、何もかも無意味に等しい行為である。

生きることと同じくらい、無意味だった。

 

 

四方のビルが爆発する。

爆発を横目に見つつ、ナイフ使いは獣の爪の刃を弾き飛ばした。身体を捻るように、即座に後ろに迫った死神の鎌を回避する。振られた双剣は、死神の鎌の頰を浅く切り裂いた。ギリギリでナイフ使いの攻撃を避けた彼女は、その勢いのまま彼から距離を取る。ふっと、ナイフ使いの辺りがより暗くなった。ナイフ使いの頭上に迫ったコンクリートの塊。それを道路に沿って滑るように避けながら、ナイフ使いは肌で違和感を感じていた。

「…………」

……神川凪の毒か。

先程の爆発が毒の分子を拡散させたのだろう。仕掛け人は無論、毒の斧だ。この都会一帯に普通の人間がいれば、数分後には死に至る。それが目的ではなく、ナイフ使いの弱体化が目的だ。彼らにとって、逃げ遅れた一般人が死のうが、どうなろうが知ったことではない。

既に青の欠片達は薬を飲んでいる為、毒は効かない。ナイフ使いは時間を掛ければ弱体化するだろう。

「……っ!」

それまで、青の欠片達が壊れていなければの話だ。

ナイフ使いの斬撃が青の欠片達を襲う。壁へと飛び、更に跳躍して避けていく。彼らが跳ぶ度に地面は抉れ、壁が崩壊する。肉体の限界程の力を込めればそうなるのは当然だ。速さを得る代わりに踏み台は無事では済まない。

だが、ナイフ使いは違う。

破壊し得るその力を一点に集中させ、自らの跳躍力へと変化させられる。

一般人では目に見えない速度の速さでも、ナイフ使いはその数倍速いのだ。

青の欠片達は一点集中に移動し、ビルの間を抜ける直前で散開する。蜘蛛の巣のように張り巡らされた鎖を目にし、ナイフ使いは止まらない。

その速度を全て攻撃の衝撃に変え、鎖を斬りつけた。

同じ神化人間の武器であり、世界最高の頑丈さを持つ武器同士の衝突。攻撃を与えても鎖は折れない。だが、張り巡らされていたビルは衝撃に耐えられず、設置していた箇所が破壊される。鎖を緩める結果となる。鎖がナイフ使いの手に収まるのを恐れた鉄の鎖は自分の元へと引っ張り回収を図った。

「っ!」

当然それは自分の居場所を知らせることになり、鎖と同じくナイフ使いも此方へと向かってくる。

ピタリと、瞬間的にナイフ使いが止まった。一瞬後にナイフ使いの目の前で爆発が起こる。爆煙の向こう、ナイフ使いの姿が見えなくなった代わりに、鎌鼬が飛んできた。

「チッ」

回収中の鎖をワザと波打たせ、鎌鼬にぶつけて相殺させた。鎌鼬を受けた衝撃で飛んできた鎖を無理矢理受け止め、再び暗闇に姿を消す。

「…………」

この時点で、ナイフ使いは相手の連携の形を理解していた。

獣の爪、死神の鎌、岩の拳がナイフ使いと直接ぶつかり合い、毒の斧と鉄の鎖が後方支援。先程から起こる爆発は姿を見せない毒の斧が遠隔操作しているのだろう。

「……それで」

……それで本当に、俺を殺せるのか。

また新たに岩の拳が攻撃を仕掛けようとした所で、ナイフ使いが姿を消した。そう錯覚させる速さに、岩の拳は目で追わず、感覚で来る方向を掴み取る。左腕を後方へ突き出すと同時に、衝撃が掌に伝わってきた。痛みを感じる間を惜しんで刃を握る。何とか攻撃手段を奪い取ろうとしたが、下策だった。開いた脇にナイフ使いの蹴りが直撃する。

「ぐっ!」

ごきりと、肩が鈍い音を立てた。

反射的に剣を離し、体を浮かせたのが幸いしたのか、肩が外れただけで済んだ。片腕が使えない状態での相対は不味いと後方へ下がるが、ナイフ使いが逃がすわけもない。

一瞬で距離を詰めてきたナイフ使いに、岩の拳が応戦する。双剣と拳。互いに速度を最大とする応酬が息を吐かせぬ攻防を続ける。岩の拳の手が弾かれ、一瞬無防備になった鳩尾に、ナイフ使いの蹴りがめり込んだ。

「がっ!」

真上へと蹴り上げられた岩の拳は血を吐きながら宙を舞う。ナイフ使いは追撃しようと跳んだが、攻撃を当てる直前に岩の拳を鎖が巻きついてビルの中へと回収した。

ナイフ使いは勢いをそのままに屋上まで飛び、周囲を警戒する。

屋上を囲むように、幾つもの物体が打ち上げられた。視界に入ったそれは、プラスチック爆弾だと一瞬で判断出来た。

爆煙が屋上を包み、静かな都会を爆音が鳴り響く。花火とは言えない黒々しい爆発が起こった。

毒の斧は続けて罠を作動させる。ナイフ使いのいたビルを倒壊させ、更に周辺のビルで覆うように崩壊させた。ビル内部に仕掛けてあった大量の爆薬を使用し、更に大きな爆発を起こす。

耳が遠くなる程の巨大な爆発を前に、青の欠片達は油断しない。

「手応えは?」

獣の爪の短い問いに

「無い」

毒の斧は正直に答えた。

瞬間、鎌鼬が青の欠片達を襲う。やはりかと舌打ちをする間も無く、攻撃を避けていく。攻撃対象を分散させる為、皆一度散り散りに別れた。

ナイフ使いは既に爆発の中に居なかった。1度目の爆発で一瞬速く逃げていた。手読まれてしまえば簡単に逃げられる。また、手を読まれないにしても、彼に死を意識させることなく瞬間的に殺す必要がある。

「ああ、まったく……!」

獣の爪は改めて面倒だと悪態を吐きながら、目の前に迫ったナイフ使いに応戦した。

 

 

「…………」

神殺しは攻撃音や爆発を遠目に見ながら頰に手をついてぼーっとしていた。

彼らの戦いが何処か遠くにあるように思えて、自分が何故ここにいるのかとふと理解できなくなった。

そして、理解した。

「……ああ」

俺は、戦いから離れ過ぎた。

凪が死んだあの日から、まともな戦闘など行っていない。そこから弱るような身体でもないし、ナイフ使いを殺す為の努力と経験も積み重ねてきた。技術面は昔より向上している。勘だって鈍っていない。

……だけど。だけど、手に握る双剣が重く感じる程、俺は弱くなった。

過去に幾つもあった選択肢。どれも過ちだとは思っていない。全て正しかったと胸は張れないけれど、最良であったのに間違いはない。

故に悔やみ、苦しみ、悲しみを想いながらここまで来た。

後には戻れないと分かってる。戻ったとしても同じ選択を取るだろう。自分が生まれたことは変わらない。二重人格から生き延びたことは、むしろ僥倖で。凪の死は避けられないものだ。そして、裏世界を壊す選択をする為に、シロを殺した。ここまで来た。たった十数年の生涯だけれど、ここまで来たのだ。

「……ナイフ使い」

もし、お前は過去に戻れるなら。

その過ちを消したいと思うのだろうか。

 

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