Knife Master《完結》   作:ひわたり

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弱点

「…………」

神の杖はビルの屋上の部屋にいた。

目が見えずとも、戦いが始まったのは気配で分かる。ここからかなり距離が離れているが、既にここも安全ではない。

「……なのに、何故、君はここに残っている」

窓に顔を向けたまま、神の杖は言った。暗い室内で、扉の向こう側に居たのは玲奈だった。いつものメイド姿で立ち、一礼して部屋へと入る。

「ご主人様の側にいるのは、当たり前のことです」

「何の為に色々教えてきたと思ってる。ここで君を死なすわけにはいかない」

……そもそも、何故神川凪の毒が撒き散らされた状況で普通にしていられるのか。

その疑問を感じ取ったのか、玲奈は淡々と答えた。

「毒が効かないのは、神殺しに貰った薬のお陰です」

恵を神の杖の下に預けに行った際、神殺しは玲奈に解毒剤を渡していた。

凪の解毒剤。その情報は毒の斧と神の眼しか持ち合わせていない。毒の斧が神殺しと関わるとも思えないので、恐らくは神の眼から情報を聞き出したのだろう。となれば、当然、これは相当高額な取引が行われた筈だ。何故、それを自分などに渡すのか。

玲奈は思った疑問をそのまま神殺しへとぶつけた。

『どうせ決戦で、毒の斧は凪の毒を使う。解毒剤は当然、神の杖も持ってるだろうし、これは俺が自分用に作った余りだ』

『それが、私に渡す理由にはなりませんが』

難しく考えるなよ、と言って、神殺しは笑った。

『これは、選択肢だ』

少しだけ、悲しげに笑った。

『神の杖を、お前はどうしたいか。』

 

 

「……アイツ」

何を考えているのかと文句を言いたくなったが、既に彼は戦場だ。今の状況で行っても問題はないだろうが、彼女を放置しておけない。先ほども述べた通り、既にここも安全地帯ではない。彼らの動き次第で此方が戦場になるのは十分に有り得た。

「紅茶を淹れます」

「……無理だ。ガスも電気もストップしてる」

神の杖が言うと、玲奈はくすりと微笑んだ。

「アイスティーですが、魔法瓶で持ってまいりました」

「用意が良いね」

やれやれと肩を竦めると、窓から離れてソファへと腰掛けた。玲奈は紅茶を魔法瓶から注ぐと、彼の前へと置いた。

いつもと変わらない行動。

いつもと変わらぬ風景。

でも、戦いは今起こっている。

「ナイフ使いは……」

玲奈が静かに切り出した。

「どうなるでしょうか」

それに対して、神の杖は一つの答えしか持ち合わせていない。

「さあね」

そうとしか言えない。

ナイフ使いが死ななければ世界は終わる。より正確に言うならば、二重人格が死ななければ世界が終わってしまう。

そう、本来殺すべき相手は、ナイフ使いではなく二重人格なのだ。

でも、二重人格だけを殺すなど、そんなことは不可能に近い。体はナイフ使いの物であるし、第三者が二重人格を消す為に何かしようとすれば、感情のトリガーとなる。何より、殺す行動に二重人格が反応してしまう。結果的に同じだ。何も変わらない。

何も変われない。

何も出来ない。

それがナイフ使いという人間の物語。

最悪が最善であり、自らの選択は存在せず、そして他者に委ねなければならない。希望も絶望も持てず、感情を押し殺し、人形のように存在するだけ。それを感じることすらできない。

孤独で闇の中から出られず、そこで消えて行くだけの運命。

でも、誰も助けない。助けてしまったら、世界が滅んでしまうから。世界まで行かずとも、多くの人間が死んでしまう。大切な誰かを死なせてしまう。

だから、助けられない。

死ぬことが最大の安らぎだと心を偽り、殺しの刃を彼に向ける。彼は死の引き金故に、それすら受け止められず、向かってくる者達を排除し続ける。

何度も何度も。

感情を殺し続けて、壊れた心を無心に砕かせながら、何度も壊し続ける。

救いなどあるはずもなく。

逆らうこともできず。

だから、今も尚、彼は存在する。

 

 

死神の鎌が吹き飛ばされた。

血を吐きながらも彼女は立ち上がる。既にその身はボロボロで、致命傷ではないものの、幾つもの傷を頰や手足に作っている。

致命傷が無いのは当然だ。

ナイフ使いは殺しができないのだから、致命傷など出来る筈もなあ。つまり、これほどの傷を作られているということは、本来なら何回も殺されているということだ。

「……知ってる」

そう、知っていたことだ。

ナイフ使いと自分達の力量にどれほど差があるのかなど、とうの昔から分かっていた。

ナイフ使いが殺せないから、そして自分達が連携を取っているから、今の決戦は成り立っている。これが殺し合いなら、とっくに自分達はあの世行きだ。

「……でも」

生きている。今この時を生きていることに間違いは無い。だから、立ち上がる。武器を持ち、殺す為に向かい続ける。一見すれば愚かしい行為だ。

……でも、私にはそれしかない。

もう、それしかないのだ。分かっているとも、ナイフ使い。我々はよく似ている。

互いに殺し合う意外、何もないのだ、結局。

何かを失った結果、それ以外何もなくなった。だから、戦うだけなのだ。戦う以外に縋るものがないから。

私はきっとまだ良いのだろう。復讐心を、囚われる物を持っているから。でも、お前には何もない。お前だけが何もない。ほんの少しだけ、本当に少しだけ、お前のことを理解してやろう。だから、お前を殺す。父を殺したお前を殺す。愛した人を殺したお前を殺す。同じく、誰かを愛した人を失った人間として、お前を殺す。

同族嫌悪。

「……だから」

死神の鎌は、再びナイフ使いへと向かった。

 

 

ナイフ使いが鎌鼬を放つ。

ビルの壁を登っていた獣の爪は鎖を利用して鎌鼬を躱した。壁に痕が刻まれるのを確認する間も無く、次々に放たれる鎌鼬を紙一重に躱して行く。何個か避けきれず、爪で防ぎながらナイフ使いの元へ急接近した。

無策に思える特攻に、ナイフ使いは僅かに眉を動かすが、対抗する為に双剣を振るう。

双剣の描く軌道は獣の爪を捉えた。

 

獣の爪の首が軌道上にあった。

 

「……!」

ナイフ使いの双剣が、直前で止まった。

獣の爪がナイフ使いに届く直前、一瞬早く回避が上回る。互いの距離が離れた所で、ナイフ使いが目線だけを動かして獣の爪を見た。

「……貴様」

通り過ぎた獣の爪。

ナイフ使いの反応と反射を確認し、確信する。

ナイフ使いの弱点。

それは殺しができないこと。

ここで重要なのは、ナイフ使いは意図的に殺しをやらないという点にある。

つまり

「殺されようとすれば」

ナイフ使いは、攻撃を止める。

 

 

 

 

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