Knife Master《完結》   作:ひわたり

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終幕の鼓動
散華


最終決戦から幾許かの月日が流れた。

表の情報として流されたのは、不発弾の撤去の失敗。大爆発による都会の崩壊。都市の麻痺により世間は大混乱に陥ったが、神の杖の息がかかった者達により、数ヶ月を要して粛々と事態は落ち着いていった。

同時に、首都の壊滅により政府も大きく変わった。

表向きは解雇や責任を取る退職であったが、その実、裏政府の崩壊が根底にあった。

神化人間達の決戦から翌日、裏政府関係者の殆どが人間として壊れていた。

正気を保っていない者、記憶に障害が出た者、全身を壊され口すら聞けない者など。心の底から二度と裏に関わろうとしない者達を除いて、誰一人無事である者は存在しなかった。誰がやったのか、調べるまでもない。

紅蓮はサフィアを含め、信用出来る少数の人数を連れて裏政府から表の政府へと移った。裏政府の崩壊から、表政府への被害を最小限に控えるよう、彼は貢献した。

決戦以降、ナイフ使い以外の神化人間は姿を見せない。誰とも連絡が取れず、その間にも、ナイフ使いは裏組織を潰し続けた。裏政府同様、組織そのものだけでなく、人を一人ずつ確実に壊して行った。

壊して、壊して、壊れて。

淡々と、無尽蔵に沸く組織を、それ以上の速さで潰していった。

中には逃げ出す者もいたが、容赦無く追い掛けて壊した。ナイフ使いの存在そのものが恐ろしくなり、彼の手に掛かる前に心を壊してしまう者も少なくなかった。

ある程度の月日が経てば、ナイフ使い以外の神化人間は死んだというのが、裏世界の共通認識となっていた。

その頃には、表世界を侵食するほどに巨大化していた裏世界も見る影はなく、小さくなっていた。

神化人間の決戦から1年。

裏世界は、一人の神化人間の手により消滅した。

 

 

 

ある一軒家。

その一室で、洗い物を終えて手を拭く男の姿があった。少し長めの髪をゴムで留め、眼には古傷を残している。車椅子を動かして、洗面所の方へと声を掛けた。

「おーい、恵。そろそろ出なきゃマズイんじゃないか?」

「へ?ああ!本当だ!」

パタパタと慌しい足音が鳴る。長い青い髪の毛を揺らしながら、恵がやってきた。

「ありがとう、神殺し」

「いえいえ」

車椅子で無意味にクルクルと回りながら、神殺しは口の端で笑った。

裏世界が無くなったと、神の杖の配下から正式に通達されたのは暫く経ってのことだった。一応、身を隠していた恵は解放され、家族の元へと帰ることができた。

高校を一年を浪人する形となった恵は、大学へ進学せず、小説家の道を歩んだ。匿われていた間に書いていた小説を投稿した所、編集の目に止まり、世間的にも大きな評価を得たのだ。

今、彼女は神殺しと暮らしていた。

まだ若く、行方不明だった恵が離れることに家族は反対したが、恵の決意も固かった。強固な恵の意思に折れ、家族は妥協点として、近くに住むならばと了承した。

「別にそこまでしなくてもなぁ」

そう言ったのは神殺しである。

ナイフ使いの言葉通り、神殺しの足は動かなかった。車椅子生活を余儀なくされているが、本人は特に不便とは感じていない。大人しく身を潜めていたこともあり、すっかり死んだ者扱いされている。戸籍は神の杖の者に用意させ、今は別人として生活していた。今は上川の性を名乗っている。

確かに車椅子の生活だが、神殺しの蓄えは裕福だ。一生どころか、人生二回目を満喫しても問題ない金を持っている。元々の生活が変だったこともあり、あまり不便には感じていなかった。

「そんなだと、いつまで経っても普通の生活なんて出来ないよ」

恵は神殺しに反論した。

以外と世話焼き体質だったらしい恵に押され、また、彼女に惹かれていたこともあり、神殺しは同棲を承諾した。

彼女に助けられた部分が多い為か、どうも気持ちとして強く出れない神殺しは、いつの間にか尻に敷かれている気分を味わっていた。

「今日は泊まりだっけか?」

「うーん、時間によるかな。出来るだけ帰ってくるよ」

「了解」

神殺しから渡された鞄を持ち、恵が答えた。

「じゃあ、いってきます」

「ああ、いってらっしゃい」

恵と神殺しは唇を交わす。子供がするような簡単なキスをして、恵は日の下に出て行った。冬の冷たい空気が肺を満たす。

小説の題材にする為に話を聞きに行く。顔を上げた表情は、希望に満ちていた。

神殺しは彼女の背中を見送った後、自室に戻りパソコンを動かす。先ほども言った通り金はあるが、体裁として、部屋でも行える仕事をしているのだ。神化人間である彼からすれば、どんな仕事も簡単に行うことが出来る。趣味としては悪くないと、キーボードを叩き始めた。

また、冬の季節がやってきた。

 

 

雪が降りそう。

恵は空を見上げてそう思った。来た場所は田舎の海岸線沿いである。殆ど寂れた場所で、乗っている電車も二両しかない。この路線も近々廃止されるそうだ。森林が多い中を電車がゆったりと走る。

まだ日は高い。これなら今日中に帰れそうだと、少しだけ微笑んだ。

神殺しに連絡を取ろうかと携帯を取り出すと、丁度電話が掛かってきた。誰からかと確認すると、画面には非通知が表示されていた。

一応、左右を確認する。電車の中は恵だけだ。電話に出たとしても迷惑は掛からない。出るべきかと悩み、仮に仕事の電話だったら困るかと、通話ボタンを押した。

「もしもし」

返答はない。

「もしもし?」

次で返答がなければ切るつもりでいたが、応答があった。

『……その様子では、問題は無さそうだな』

誰かと一瞬理解出来なくて、そして、この声の主に気付いた瞬間、電車が止まった。

森林が開けた場所。

草原が広がり、海が見える。

赤い彼岸花が咲いたその場所に、白い姿が見えた。

野原に咲く一輪の白い花のように。

「……ナイフ使い」

彼はそこに居た。

あの頃から変わらぬ姿。

少しだけ背が伸びて精悍な顔つきになった。それでも、無表情で、無感情で、変わらずそこに在る。

窓硝子越しに、恵はナイフ使いを見た。

決して越えられない壁がそこにあった。誰も側にいない。孤独で、ただ一人で、壊れた世界に取り残された彼は、ずっとそこに居た。

『裏世界は無くなり、関係者も事実上消滅した』

終わったのだと、ナイフ使いは告げた。

神化人間の肉体は残っていなかったが、服の欠片や武器は全て回収し、処理済みである。裏世界も崩壊し、消滅した。

終わった。

後一つ、この命を残して。

『お前らの確認と、それだけを伝えに来ただけだ。じゃあな』

「待って!」

切られる直前で呼び止める。これが最後だと、その予感が確信に近い形で感じられた。

「貴方は……」

それでも、聞くことなどなかった。何もない。彼には、何も無かったから。どんな行いも、どんな言葉も、下らないと一蹴するだろう。

生きていて欲しいとも言えない。それは残酷な言葉だから。

感情を殺し続けて、ずっと人形のように生き続けるだけの人生など、生きているとは言えない。それを強要できるはずもない。

彼にとっての希望は、もう無いのだから。

だから、一つだけ、心の内を問い掛けた。

「貴方は、幸せだった?」

幸せ。例え、僅かでもその時間があったか。

偽りだとしても、裏政府にいた仲間。

白と過ごした日々。

母親と居た、幼き頃。

ナイフ使いは、答えた。

「幸せな時など、無かった」

たった一つの、確かな答えを。

 

 

神殺しは、ふとタイピングの手を止める。懐から取り出したのは、ナイフ使いの双剣の片方。

ナイフ使いは一度、この家を訪れていた。恵はいなかったが、神殺しはナイフ使いを家に上げて珈琲を淹れた。特に会話らしい会話はなく、現状を伝え合う、報告に近い形だけよやり取りが行われた。

「殺しが出来ないから、処理できなかった物もある。だが、月日が経てば風化するよう細工はしてきた」

「それは、殺しには含まれないのか?」

「現段階で、殺しているわけではないからな」

まだどうにかすることができる。完全に朽ちるまでは時間が掛かるから。それまで、どうにかすることができるなら、殺しではない。

最後に、ナイフ使いはこの剣を置いていった。

明言はしなかったが、恐らく、これが最後の挨拶代わり。

「なぁ、ナイフ使い」

穢れが一切ない刃の輝きは、まるで無垢な姿のようで。

「本当は、生きたかったんじゃないのか……」

真意を知る者は、誰もいない。

 

 

幸せではなかった。

人生のどの時間も、全て。全て同じだ。

幼い頃、ずっと貼り付けた笑顔で無理矢理笑っていた。母親に褒めてもらいたいが為に罪を犯し、不安を増幅させ、そして自分の所為で母親を失った。

シロと居た。

感情を殺し続けなければならなかった。だから何も感じない。だから、何も思わない。そう思い続けなければいけなかった。感情を無闇に揺さぶる彼女。それでも自分の側にいて、それを受け入れて、そして、シロを失った。

幸せを感じない幸せなど残酷でしかない。

だから

「だから、幸せな時など、無い」

それが全てだ。

それが、この人生の全てだ。

「もう会うことも無い」

せめて、お前らだけでも……。

「ナイフ使い……!」

ナイフ使いは携帯を握り潰した。唯一の繋がりを絶った。これで本当に、1人になる。

電車が動き出した。恵を乗せた電車は、ナイフ使いから離れて行く。彼は既にこの世界から背を向けていた。もう二度と振り返らない。

「……さようなら」

別れを告げず、言われることすら拒絶して、ナイフ使いは進んで行く。

その背中は、とても小さく見えた。

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