女王陛下「隣国の人権団体がうるさいのだ」   作:埴輪庭

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「はあ、一体何だと言うのだ、やかましい連中よ」

 ◆

 

「はあ、一体何だと言うのだ、やかましい連中よ」

 

 ナーロウ王国四代目国王──いや、女王、ヒナ・ナーロウはため息まじりにボヤいた。

 

「どうなさったのですか? 陛下」

 

 プロジェ・クート宰相は心配そうな表情を浮かべている。プロジェは公私に渡って長年ヒナを支え続けてきた忠臣だ。

 

「隣国の人権団体がうるさいのだ」

 

 ヒナは再び溜息をついた。

 

「ああ、トキシック・アスホールとかいう……」

 

 うむ、とヒナは頷き、パイプを手に取る。これはいわゆる煙草とは違い、ハーブを煙にして吸い込む事で心身をほんのちょっぴり癒す代物である。

 

 トキシック・アスホールとは(くだん)の人権団体が名乗っているわけではなく、各国がそう呼んでいるいわば蔑称であった。東国に於いては毒を吐く者──すなわち、『毒者』と呼ばれる事もある。

 

 この団体の活動内容は自分達の常識・理想を各国に押し付け、それが守られないとなると何日もデモをしたり、不快なビラを撒いたりする。

 

「連中は我がナーロウ王国に於ける貴族の在り方がよほど気に食わぬらしい」

 

「そう申されても、といった所ではありますなあ」

 

「うむ、この国では貴族とは国家の部品である。それは家格に関係なくそうだ。妾とて国のための部品に過ぎぬ」

 

「はい。我々は幼少期より非常に多くの予算を掛けられ、成長するための環境を与えられてきました。この国の貴族として相応しい存在になる事が義務付けられており、それは自身の才覚で以てなされなければなりませぬ」

 

「その通りだ。そしてその義務を果たせなければ処刑もありうる。貴族として豪奢な暮らしをはじめとした権利を享受しておきながら、この国の貴族として成長できないのならばそれは本人の責任なのだ」

 

「他国ではわかりかねますが、少なくともこのナーロウ王国ではそうなっておりますな」

 

「うむ、そんな事は言うまでもないのだが、そうだ。()()()()()そうなっている。連中の価値観に沿う政策をとる国も探せばあろうな。しかしそれが世界の基準というわけではない。その国の基準はその国ごとに異なるのだ」

 

 ヒナはハーブの煙を細く吐き出した。煙は応接室の天井へとゆっくり昇っていき、白漆喰の梁にあたって所在なく散る。応接室の壁にはナーロウ王国歴代の肖像画が飾ってあり、初代国王の油彩は今もなお眉間に深い皺を寄せたままだ。子孫たる妾を見下ろし続けて百二十年、あの皺はいよいよ深まっておるな、とヒナは思う。

 

「奴らめ。先日処刑したヴェルニエ公爵家の倅と、ドラ家の小娘の件で文句を言ってきおった」

 

「あの舞踏会の婚約破棄騒ぎの一件でございますな」

 

「そうだ。連中、こんなことを言ってきおった。『子のやらかしは親の責任である。然るに、件の騒動を引き起こした令息令嬢を処刑したナーロウ王国の処置は転倒している。処刑されるべきは親であって子ではない』」

 

「確かに育てた責任というのもあるやもしれませぬが──」

 

「それはあくまで他国の常識、その者個人の常識であり、このナーロウ国では当てはまらん。この国にはこの国の常識があるのだ」

 

 ヒナはパイプを煙草盆に戻した。戻すついでに灰を二つ三つ取り落としたが、そのまま放置する。掃除はメイドの仕事である。

 

「仰る通りでございます。我が国の貴族子女は政略結婚の維持を本分として育成されます。婚約者が公衆の面前で両家の体面を毀損しかねぬ振る舞いに及んだ場合、これを諫め、場を収め、家と家の盟約を守るのが責務でございますれば」

 

「ドラ家令嬢はその職務を放棄し、ただただ傍観していたわけだ」

 

「目撃証言の通りにございます。仕掛けた令息と、収める義務を投げ捨てた令嬢──両者ともに、貴族としての義務を果たさなかった。王国法廷はそう判じました」

 

「給金を払うておる部品が、給金分の仕事をせぬのなら、部品を交換するより他に道はない」

 

「左様にて」

 

「貴族の子弟は十二で寄宿学院に入り、十六で社交界に出る。学院で四年、社交界で二年──合わせて六年。親元を離れた場所で自分の判断で振る舞う訓練を積むのが、我が国の貴族教育ぞ。その六年を経た成人が成すあらゆる行為の責はその親ではなく本人に帰すべきだと妾は考える」

 

「ご尤もでございます」

 

 今日でもう何度目だろうか。はあぁ、とヒナは大きくため息をついた。そして──。

 

「莫迦共め」

 

 と、吐き捨てた。

 

 ◆

 

「とは言え、陛下」

 

「うむ」

 

「全ての苦情を毒者扱いするわけにも参りませぬ」

 

「それは存じておる」

 

 ヒナはそう言うと、机の脇に積まれた別の革表紙へ目を遣った。こちらの冊子は薄い。胡桃の殻どころか、栗の渋皮ほどの厚みしかない。

 

「そちらは支援者からの陳情書か」

 

「はい。先月、王立演劇祭に寄進してくださった商会連合からの書状が一通」

 

「読んでみせよ」

 

 プロジェ宰相は薄い革表紙を開いた。

 

「『此度の演劇祭にて上演されし「乙女と剣の唄」につきまして、第三幕の侍女の台詞が現代の感覚に照らして些か無遠慮かと拝察いたしました。次年度以降の上演に際し、ご一考賜りますれば幸甚にて』」

 

 ヒナは煙草盆を再び引き寄せた。今度はちゃんとパイプを口に運び、ゆっくりと火を移した。

 

「これは聞かねばならぬ話だな」

 

「私もそう思います」

 

 ヒナは煙を吐き出してから、机を指で軽く叩いた。叩く音に合わせるように、ハーブの煙が天井へと立ち昇る。

 

「次年度の演劇祭の脚本を見直せ。第三幕の侍女の台詞は、当代の女性が口にしても耳障りでない言い回しに改めよ。文学性を損なわぬ範囲でな」

 

「承知いたしました」

 

「商会連合には礼状を送れ。『ご厚情と建設的なご助言に深謝申し上げる』とな。妾の名で出してよい」

 

「畏まりました」

 

 宰相は革表紙を閉じた。閉じる音が小さく鳴る。

 

 ◆

 

「プロジェよ」

 

「は」

 

「これが、妾なりの線引きだ」

 

「は」

 

「銀貨を一枚でもこちらの懐に投げ込んだ者の物言いには、妾は耳を貸す。たとえそれが辛口であろうと、こちらの腹の煮える内容であろうと、聞くだけは聞く。払うべきものを払っているのだからな。そういった声は国をより強靭にするための諫言である事も少なくはないからな。何せ金を出しているのだ、ハナから悪意で以て口を開いているわけでもあるまい」

 

「左様にございます」

 

「しかし、銀貨一枚も投げぬ者がデモを打ち、ビラを撒き、矛盾だらけの文書を送りつけてくる──これは我が国を憂いているというわけではなく、単に自身の常識を押し付けているだけの話だ。そのような者をどうすべきか考えておったのだが──」

 

「いかがなさるので?」

 

「口を縫い付けて、首を斬るというのはどうだ」

 

「なるほど、さすれば化けてでても恨み言は我々の耳には届きますまい」

 

「西方のカケヨメ王国でも似たような施策が採用されていると聞いた事がある。アスホールの連中も何人も処断されているそうだ。我が国もそのようにしようと思う」

 

「ご英断でございます」

 

 ははは、とヒナとプロジェは笑った。

 

 ・

 ・

 ・

 

 その一週間後、王都の中央広場に188個もの、口を縫い合わされた首が晒されていたという。

 

(了)

 

 

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