旅と猫と某少女   作:Awaa

10 / 10
䍺が来る…

 

 その客桟(やどや)掌櫃(おやじ)は言った。

 

「この街は夜が早くて驚いたろう」

 

 確かに、出店の主人たちが店を畳む支度をし始めたのは、日晡(じつほ)の頃だった。茶楼(ちゃろう)に至っては金烏(きんう)が天高く昇る時に戸を閉め、夜に稼ぐ妓楼(ぎろう)ですら紅灯(ちょうちん)が灯っていない。

 

「ここ最近、夜になると出るんだ」

 

 出る? 何が?

 

「怪物さ」

 

 掌櫃が深刻な声色で言った時──、小さく、ずん……、と床が揺れた気がした。

 

「来やがったぜ、嬢ちゃん」

 

 帳台に置かれた蝋燭の火が、風もないのにふらりと揺れる。猫は微かな揺れを感じ取り、耳をピンと立てる。

 

 ずん……という響きは徐々に大きくなってゆく。天井からぱらぱらと(ほこり)が落ちて来て、家がみしみしと音を鳴らし始めた。

 

 なんだろうか。

 地震ではない。

 言うなれば、何か、大きなものが──、

 こちらへと近寄って来ている……。

 

 まさか、大熊?

 それとも象?

 

「バカを言うんじゃねえっ。そんなありきたりな動物じゃねえやっ……!」

 

 掌櫃は冷や汗を頬に伝わせながら続けた。

 

「怪物って言ったら怪物なんだ。信じられねえなら、そこの窓から外を見やがれ!」

 

 夏は大堂(ひろま)の格子窓から外を眺めた。

 

 一切の灯りの無い街、夜の(とばり)。強い風が吹いている。窓から見えるのは街の中心でもある辻で、通り沿いに並ぶ、芽の膨らんだ(えんじゅ)の枝が風を切る音が聞こえている。天に輝くは青い月、あまりに細すぎる繊月(せんげつ)

 

 何があるようにも見えないが、ずん……という(いや)な響きだけが、少しずつ、確実に、大きくなっている気がした。

 

「ほら、見ねえか! あれだよ、あれ!」

 

 掌櫃が夏の後ろから窓を覗き込んで、焦ったように言った。

 

 夏は目を細めて、掌櫃が見上げる先、夜空を凝視した。細い月がゆっくりと闇に飲まれる。次いで星々の瞬きも闇に消えてゆく。

 

(……雲がかかっただけのような?)

 

 一瞬そのように思ったが、()ぐに心の中で否定した。

 

 何と言えば良いか、(ろう)のようなものが星も月も隠してしまったような気がした。たとえば元宵節(げんしょうせつ)山車(だし)が移動していて、それが星空を遮ってしまったかのような──。

 

(……え?)

 

 それを見つめている内に外の暗がりに目が慣れて、空を遮るものの正体がわかった。わかったと同時、夏は目をまんまるに見開き、次いで、片肩にかけていた背負袋をぼたりと落とした。

 

「お、大きい山羊(やぎ)

 

 二足歩行をする巨大な山羊であった。高さは(ろう)なんかよりもよっぽど大きく、10(じょう)(30メートル)はあるだろう。

 

 それはゆっくりと右足を前に出し、大街(めぬきどおり)に下ろす。ずしん。客桟(やどや)が激しく揺れる。

 

 次にゆっくりと左足を前に出し、街の中央を流れる川の中に足を下ろす。ばしゃん。川の水が激しく跳ねて、客桟(やどや)の屋根に降り注いだ。(ひょう)が降って来たかのような重い音がした。

 

 山羊は街を横断してゆく……。

 のったりと、のっそりと、横断してゆく……。

 

「今ん所、建物が潰されたりはしてねぇが、いつかはぺしゃんこになっちまうんじゃねぇかと、気が気じゃねえや」

 

 巨大な羊男は街を過ぎて闇の中に消えていった。ずしん、ずしんと、地響きも遠ざかる。

 

「噂じゃあ、あれは(かん)とか言う怪物らしい」

 

 䍺とは、洵山(じゅんざん)という金と(ぎょく)を産む魔山に住む怪物である……、と言い伝えられる。

 

「でも、怯えるのも今日までさ。明日にゃあ、あの怪物を追い払えるはずだ」

 

「明日?」

 

「ああ。俺たちの訴えを朝廷が聞いてくれたらしい。禁軍(きんぐん)が明日到着するんだ。なんと一(そつ)(100人)だとよっ!」

 

 禁軍とはつまり国軍のことで、朝廷の勅命(ちょくめい)にて動くものだった。

 

 夏が思うに、まあ多分、恐らく、府城にいる曹佾(そういつ)が働きかけたものと思う。基本的に朝廷は、異民族相手でないと禁軍を動かしたがらないものだ。戦争と違い、獣の類を退けたとて土地や財産が手に入るわけでもないので、恩賞を与えにくい。

 

「へへへ。あのデカブツも、天下無敵の禁軍相手じゃあ歯が立たねえだろうぜ。安心して眠れる日も近ぇや……」

 

 翌日の日暮に、禁軍一卒が小岸県(しょうがんけん)に入城した。

 

 旗持ちが掲げるのは真紅の旗。真紅は禁軍を表す色で、中央に『行営(ぎょうえい)』の文字が書かれている。つまりは遠征軍を意味した。

 

 禁軍は華々しく迎え入れられた。街のあらゆる住民、それから城壁の外に住む農民までもが大街(おおどおり)に集まって、まるで凱旋(がいせん)と見紛うほどに大騒ぎ。女たちは兵の屈強な面構えに湧き立つ。それから、軍列には大きな投石機が5機もあって、子供達は目を輝かせていた。

 

「すごい騒ぎだ」

 

 夏も人の波の中で爪先立ちをして、禁軍の姿を見ようと背を伸ばす。

 

 軍を率いているのは黒い巨馬に乗った無骨な男らしい。いかめしい虎の変わり兜を身に付け、赤い鎧を纏っている。腹呑(はらのみ)は睨みを効かせた虎で、砂避けの黒い外套(がいとう)を羽織っていた。

 

 隣で掌櫃(おやじ)が目を輝かせながら言う。

 

「ありゃあ(らい)将軍よっ! 男なら誰でも憧れる益荒男(ますらお)だっ!」

 

 人々が『雷将軍、雷将軍』と一斉に唱和する。

 

 雷将軍はふんと強気に笑って、梅花斧(ばいかふ)──見事な梅の装飾の入った巨大な斧──を雄々しく天に突き上げた。西に沈み行く赫赫(かくかく)とした三烏が刃を赤に染める。

 

「この『鬼斬斧(きざんぷ)(らい)千山(せんざん)』が見参したからには、怪物の好きにはさせんッ!」

 

 誰もがわあと湧き立つ。感動で涙を流す者もいる。熱気は最高潮に達した。掌櫃も拳を振るって興奮している。

 

「こりゃあ(かん)(しま)いだな! 煮て焼いて食っちまおうぜっ! どっからでもかかってこいってんだッ!」

 

 禁軍一卒は辻に陣を構えた。

 

 投石機には軍付きの方士が術を施した砲弾『震天雷(しんてんらい)』が設置されている。直撃すれば大爆発を起こし、城壁が木っ端微塵(こっぱみじん)となる代物だった。兵は各々、(いしゆみ)を手に敵を待つ。

 

 兵は土人形のようにぴくりともしない。緊張感が漂う陣の様子を、掌櫃(おやじ)は宿屋の窓から眺めていた。

 

「さあ、そろそろ(やっこ)さんが現れる時間だぜ。頼むよ、禁軍……」

 

 夏も同じように外を見ている。猫は夏の頭の上でだらりと垂れて、時折欠伸(あくび)をしていた。暇らしい。

 

「──来たようだ」

 

 夏が言って、ずん……と地響きがした。昨晩と同じく、振動が徐々に大きくなる。

 

 そして(かん)は闇の中から現れた。考えていたよりも巨大だったのか、(ある)いは感情のない長方形の瞳に(おのの)いたのか、兵たちは唖然とした。

 

 雷将軍は恐れることなく『放箭(はなて)!』号令を発した。激しく銅鑼(どら)が打ち鳴らされ、兵が矢を放つ。

 

 一斉に放たれた矢はひゅんひゅんと闇を切り裂き䍺へと一直線、撃ち漏らしなく、どれも直撃したように思えた──。

 

「や、やったか!」

 

 掌櫃(おやじ)の顔が喜色に綻ぶが、

 

「ダメだ。効いていない」

 

 ()ぐに夏は否定した。確かに(かん)の体の至る所に矢は刺さったが、びくともしない。血も出ていないように見える。

 

 雷将軍が『曳索(ひけ)』と声を上げ、兵が綱を引く。次いで『放砲(はなて)』の声と共に、投石機から震天雷が放たれた。

 

 䍺の体に、顔に、胸に、肩に、股に、それぞれが直撃。チカッと真っ赤な閃光が走り、爆発炎上した。がぁんと耳を(ろう)さんばかりの音が街に響き渡り、䍺の姿は煙に消えた。

 

「こ、今度こそやっただろう!」

 

 䍺は凄まじい声量で『めえ』と鳴くと、唾を撒き散らしながら煙の中から現れた。夏の目には、やはりまるで効いていないように見えた。闇の中では断定しずらいが、毛皮に焦げすらないようにも思える。

 

 そして䍺は禁軍の布陣していた辻に右足を下ろした。兵らの殆どが衝撃で弾き飛ばされ、直接踏み潰された者もいた。投石機は横倒しになり、竿も架台も折れてしまった。雷将軍も䍺を見上げることしかできない。

 

 䍺はそのまま街を横断してゆくと、また闇の中へと消えてしまった──。

 

「あ、あれ? まさか、もうおしまい……? じゃあ、つまりは、その……、禁軍は負けちまった……、ってこと……?」

 

 夏は腕を組んでうーん、と唸った。禁軍は出来る限りの働きをしたとは思うが……。

 




続きます。
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブクマと評価で応援していただけると嬉しいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

変身ヒロインの内なる敵だけど乗っ取りとか考えてない。いやマジで(作者:三重雑巾)(オリジナル現代/日常)

変身ヒロインの力の源になっている内なる怪物▼関係は良好で変な事を起こすつもりも全然ない▼だけどある日ヒロインに成り代わらなきゃいけなくなって……?▼「アナタ、誰……!?」▼「ククク……(これどうすればいいの?)」


総合評価:2213/評価:8.59/連載:3話/更新日時:2026年04月12日(日) 23:00 小説情報

うす汚ねェクルタ族の血を増やしてやるし!(作者:黒岩)(原作:HUNTER×HUNTER)

なんか~あーしが旅出てたらなんか故郷滅んでてマジヤバイんだけど~……ウケない。とりま故郷再興っしょ!▼クルタ族のギャルでグルメハンターが適当に過ごします。


総合評価:6683/評価:8.38/連載:17話/更新日時:2026年06月01日(月) 18:10 小説情報

TSミステリアスダウナーお姉さんとして少年少女を惑わし続けてきた転生者の末路(作者:ソナラ)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

ミリナは、ミステリアスダウナー低身長巨乳長命種お姉さんだ。▼冒険者としての実績と、長命種故のなんとなく頼りになりそうな雰囲気から醸し出されるそれっぽい言動で、周囲の少年少女を惑わし続けてきた。▼しかし実際は、呑気に応援してるだけのロクデナシお姉さんだったのだ!▼そんなミリナが、ついに観念する時がやってきた。▼ミリナが背中を押した少年少女が成長し、世界を救って…


総合評価:8956/評価:8.88/連載:9話/更新日時:2026年04月07日(火) 07:05 小説情報

いや、死神とか聞いてないし(作者:わお)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

死神少女にTS転生してしまった一般人。▼本人はただの下っ端役職だと思っている。▼だがそんなはずもなく。


総合評価:2707/評価:7.82/連載:9話/更新日時:2026年05月20日(水) 20:31 小説情報

TS生体ユニットの幸せ余生計画!(作者:鰻重特上)(オリジナルSF/恋愛)

「目指すは快適な生体ユニットライフ! レッツ、快適な余生!」▼ ロボットアニメとSFが好きな普通の男子高校生が、鬱ゲーまっしぐら、みたいなSF宇宙世紀にTS転生して、生体ユニットの少女(余命数年)として「幸せな余生」を目指して頑張るお話。▼今回の被害者:相棒のパイロットくん。


総合評価:11452/評価:9.08/完結:16話/更新日時:2026年05月03日(日) 19:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>