旅と猫と某少女   作:Awaa

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不死身の䍺

 

 翌日、䍺は不死身だったという噂が(にわ)かに広まって、少なくない家族が小岸県(しょうがんけん)から去った。他の県の親戚を頼る家族が殆どだったが『死ぬくらいなら荒野を彷徨(さまよ)う』と無謀な選択をした者もいた。

 

 禁軍は壊れた投石機を辻に放置して街から撤退。結局それで終わりか……、とみな絶望する。

 

 人々は口にした。

 

「なんだよ情けない。天下の禁軍もまるで歯が立たねえとは」

「偉そうな鎧を身につけておいて、情けねえもんだ」

「雷将軍って言ったか? 偉そうに号令だけして、いざ䍺が迫ると、突っ立って見てただけらしい。俺だったら恥じて自刎(じさつ)するね」

「どうせ役人の親族で、将軍にまで取り立てて貰ったんだろう。見た目だけ立派なだけさ。良くあることだ」

「そうだな。あんまり言うと可哀想だから、このくらいで勘弁してやろうぜ。はっはっはっ……」

 

 掌櫃(おやじ)大堂(ひろま)の窓から人々がぼやきこぼす様を見て、悔しそうに舌打ちをした。

 

「なんでぇ。好き放題言いやがって。てめぇらも禁軍が来て浮かれてたじゃねえか。雷将軍はあんな山羊野郎に負けるタマじゃねえや。何千人と蛮夷戎狄(ばんいじゅうてき)を撃退して来たんだぞ」

 

「──ただいま」

 

 ぎいと音がして、出入り口が開く。夏と猫が客桟(やどや)に帰ってきた。顔が隠れるほど書物をどっぷりと抱えて、えっちらおっちらと覚束(おぼつか)ない様子であった。

 

「お、おいおい。アンタまだ街にいたのかよ。踏みつけられない内に街から出てった方がいい」

 

「ちょっと書楼(しょろう)に」

 

 書楼とは(すなわ)ち書庫で、この街に()いては県学(がっこう)にある。

 

「どうしたんだい、そんなに本を持って」

 

方志(ほうし)をありったけ借りて来た。古今東西の怪異を調べてみよう。䍺のことも載っているかも」

 

 方志とは地方誌のことで、その土地の地理や事件、政治についてを記すが、怪異などが記載されることもあった。

 

「僕が思うに、不死身の生物なんてのは有り得ない。何かしらの方法で退けられるはずさ」

 

「な、何でそう言い切れるんだ?」

 

森羅万象(しんらばんしょう)とは円になるものだからだよ。生物は存在することに意味があって、転じて滅することにも意味がある。意味は弧を作り、意味が重なって円になる。不死身だなんて一方通行の概念は、森羅万象に()いて不純物でしかないと思わない?」

 

「でも仙は死なねえ」

 

「仙だって死ぬことに意味があれば死ぬよ」

 

 夏は机の上にどさりと本を置いた。

 

「さあ、片っ端から調べていこう。大堂(ひろま)を借りるね」

 

 夏は方志を読んで読んで読み続けた。掌櫃(おやじ)は学がないから夏の読む本の半分も理解できなかったが、それでも茶を出してみたり、茶菓子を用意してみたりと夏のことを気にした。猫はまったりと昼寝をしたり転がったりして時間を潰す。

 

 そして夜が来た──。

 

 ずん……、と不気味な振動が街を揺らし、今日も闇の中から巨大な人型の山羊が現れる。

 

 掌櫃(おやじ)は窓から山羊の姿を見上げて、眉根を寄せた。

 

「䍺の様子がおかしいぜ。下を向いて、何かを探しているような……」

 

 䍺は眼下に広がる街に何らかを発見したのだろうか、『めえ』と小さく鳴くと、そこに向けてゆっくりと、確かめるような感じで、足を下ろした。

 

 遠くで土煙が上がるのが客桟(やどや)から見えた。

 

「お、おいおい。踏み潰したぞ。あのあたりは妓楼(ぎろう)があったような……」

 

 夏は頁をめくりながら言う。

 

「投石機だよ」

 

「え?」

 

「昨晩、投石機で攻撃したろう。建端(たっぱ)のあるものは『自分に害をなす』と学習しちゃったのかも。楼閣(ろうかく)の類は壊すつもりかも知れない」

 

 夏の読み通りだった。䍺は近場にあった別の妓楼も破壊し、それから道観の楼を破壊し、大街(おおどおり)に面した茶楼(ちゃろう)も破壊した。

 

 粗方背の高い建物が無くなったのを認めると、䍺はいよいよ客桟(やどや)に向けて歩き出した。

 

「こりゃあまずい。ここもやられるかな……?」

 

「ん? ここ、2階建てじゃない? そこまで高い建物じゃない」

 

「実は3階がある。客には貸してないが、俺が住んでる」

 

 夏がゲッと顔を引き()らせて机の上の本を(まと)め始めたその時、辻に何者かが現れたのに掌櫃(おやじ)は気がついた。巨馬に跨った武人だった。左手には『御前』と書かれた吹き流しの大旗を持ち、右手には巨斧を手にしている。

 

「ま、まさか、雷将軍っ! 単騎で戦うつもりかっ!?」

 

 夏も目をパチクリとさせて、窓から辻を見る。

 

「雷将軍も䍺を倒せないまま京に帰れば、朝廷から毒酒(どくしゅ)(たまわ)ることになる。一廉(ひとかど)の武将なら死して帰るべしと覚悟を決めたのかも知れない」

 

 雷将軍は䍺を見上げて、大声を張り上げた。

 

「聞けえッ!! 梅花斧(ばいかふ)の雷、ここに見参ッ! か弱き民を脅かす獣は、この雷千山が成敗いたすッ!!」

 

 雷将軍は旗を投げて地面に突き刺すと、戦斧を振り回しながら䍺の右足に向かって駆けた。まずは(かかと)の筋に一撃、次いで(くるぶし)に一撃。

 

 䍺は嫌がって、雷将軍に向かって左足を下ろした。が、将軍の動きが素早くて捉えられない。将軍はその下ろした左足にも一撃、二撃、三撃。斧が月の光を薄く映して、まるで白銀(しろがね)の旋風であった。

 

「凄いぞ、嬢ちゃん。たった1人で山羊の足を止めてる! やっぱり雷将軍は本物の武将だ!」

 

 そして夏は方志を片手に言った。

 

「よし、雷将軍が時間を稼いでくれたおかげで、良い記述を見つけた! ここに䍺について書かれている!」

 

 方志の一頁、『昔有異獸䍺、為仙人以美酒封(䍺という異獣、仙人が美酒で封じた)』とある。

 

「酒? 酒で封じた?」

 

「これによれば䍺は亡霊だ。囚人の未練が寄せ集まって形作られたものらしい。鬱憤(うっぷん)が溜まってるんだろう」

 

「酒なんだな!? よっしゃ! 酒なら飛び切りのがあるぞっ!!」

 

 掌櫃(おやじ)は全速力で大堂を出て、建物の裏手に回り、夏もそれを追いかけた。敷地内に土蔵があった。(かび)臭い階段を降りて、冷たい部屋に入る。そこには沢山の(かめ)が並べてあって、掌櫃はその中でも取り分けて立派な甕の腹をぺちぺちと叩いた。

 

「もしも役人が泊まりに来る事があったら、じゃーんと出そうと思っていた秘蔵の羊羔酒(ようこうしゅ)だ」

 

 字面だけで言えば子羊の酒を意味する酒だが、実のところ薬膳酒の一種である。もち米や(こうじ)で作られていて、杏子(あんず)や子羊の肉、生姜を混ぜて熟成する。色は琥珀(こはく)色、ないしは(あめ)色。飲めば瞬時に体が温まるから、北方では重宝された。

 

「良くそんな上物を作れたね」

 

「こう見えて天下一の客桟(やどや)を目指してんだ。酒くらい自分で作れねえとな」

 

 夏と掌櫃(おやじ)は力を合わせて甕を外に出し、客桟(やどや)の前で蓋を開けた。複雑な薬膳の香りがふわりと漂うと、䍺は動きを止めて、じっと甕を見下ろした。それで将軍も馬の手綱を引き、様子を見る。

 

「お、おい。䍺に見られてるぞ。どうなる。俺たち、踏み潰されるのか?」

 

「分からないけど、方志の中の仙人を信じてみよう」

 

 䍺はゆっくりと(ひざまず)いた。次いで頭をぐぅっと地面に近づけた。2人の眼前に巨大な山羊の顔が迫って来て、掌櫃(おやじ)は恐れ慄き尻餅をつく。

 

 そして食われる──と、目を瞑った瞬間。奇怪至極ではあるのだが、䍺は布を捻るかのように細くなって、バキバキと自らの骨を砕きながら、ゆっくりと、吸い込まれるように、甕の中へと入っていった。

 

 掌櫃(おやじ)が目を開けたときには、䍺は完全に甕の中へと消えてしまった。

 

 夏が甕の中を覗くと酒は無くなっていた。空っぽである。

 

「……お、おい。どうなった? 俺たち、勝ったのか?」

 

「そうらしい。天下一の客桟(やどや)になる夢が潰えなくて良かった」

 

 雷将軍は静かさの中で佇んでいた。放心していたのに近く、ただ、肩で息をしていた。

 

 夏が将軍を見遣ると、それに気がついて、

 

「……よくぞ䍺を封じた。その手腕、見事である。名前は何と言う」

 

「夏。夏夏(シアシア)でも阿夏(アーシア)でも、お好きな方で」

 

 将軍は首を横に振った。

 

夏大侠(かたいきょう)。この礼はいずれ」

 

 弱きを助け強きをくじく者に対する、敬意を込めた呼び方だった。

 

「構わないよ。将軍が足止めしてくれたおかげだ」

 

「そして今から(それがし)が行う無礼──、すべて天子(てんし)のためと思って見過ごされよ。誠に(かたじけな)い!」

 

 雷将軍は地面に突き立てた旗を天に突き上げると、大きな声で叫んだ。

 

雷来々(らいらいらい)、雷来々ッ!! 奉詔(ほうしょう)誅獣(ちゅうじゅう)ッ!! 奉詔誅獣ッ!!」

 

 雷来々、奉詔誅獣──、雷が天子の(みことのり)を奉じて獣を征した。住民たちは将軍が䍺を倒したと知り、戸から、窓から、顔を出す。

 

 雷将軍は何度も何度も同じことを叫びながら街を駆け、やがて西門から街を後にした。

 

「行っちまった……」

 

「将軍は天子の面目を保った。誠の武人だ」

 

 掌櫃(おやじ)は片眉を上げる。

 

「しかしお嬢ちゃんが封じたようなものだが……?」

 

「いいんだよ。将軍は天下安泰を優先し、そして僕も天下安泰を望んでいる。お互いに役割を果たした」

 

 言って夏と猫は、雷将軍が出ていった城門とは反対方向、東門へと歩き出す。

 

「お、おい! お前まで行っちまうのかっ! 腹が減ったろう、何か作るよっ! 大堂(ひろま)に戻ろう!」

 

「悪いよ。酒を無駄にした」

 

「いいから。それじゃあお前さんが報われねえや! 腕に()りをかけて作るからよ!」

 

「であれば、本は書楼に返しておいて。そのくらいは頼んだってバチは当たらないだろう?」

 

 夏は片手を上げて、軽く振った。

 

 猫は名残惜しそうに掌櫃(おやじ)に振り返る。腕に()りをかけて作る料理が食べたかった。

 

 人々が灯りのない街に出てきて、『雷将軍、雷将軍』と声を合わせた。声がうねりとなって、街全体が歓喜の色に染まる。誰もが雷将軍がくぐった西門に向かって手を振る。

 

 小岸県でただ1人、掌櫃(おやじ)だけが、東へと去りゆく少女の後ろ姿を見つめていた。

 




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