翌日、䍺は不死身だったという噂が
禁軍は壊れた投石機を辻に放置して街から撤退。結局それで終わりか……、とみな絶望する。
人々は口にした。
「なんだよ情けない。天下の禁軍もまるで歯が立たねえとは」
「偉そうな鎧を身につけておいて、情けねえもんだ」
「雷将軍って言ったか? 偉そうに号令だけして、いざ䍺が迫ると、突っ立って見てただけらしい。俺だったら恥じて
「どうせ役人の親族で、将軍にまで取り立てて貰ったんだろう。見た目だけ立派なだけさ。良くあることだ」
「そうだな。あんまり言うと可哀想だから、このくらいで勘弁してやろうぜ。はっはっはっ……」
「なんでぇ。好き放題言いやがって。てめぇらも禁軍が来て浮かれてたじゃねえか。雷将軍はあんな山羊野郎に負けるタマじゃねえや。何千人と
「──ただいま」
ぎいと音がして、出入り口が開く。夏と猫が
「お、おいおい。アンタまだ街にいたのかよ。踏みつけられない内に街から出てった方がいい」
「ちょっと
書楼とは
「どうしたんだい、そんなに本を持って」
「
方志とは地方誌のことで、その土地の地理や事件、政治についてを記すが、怪異などが記載されることもあった。
「僕が思うに、不死身の生物なんてのは有り得ない。何かしらの方法で退けられるはずさ」
「な、何でそう言い切れるんだ?」
「
「でも仙は死なねえ」
「仙だって死ぬことに意味があれば死ぬよ」
夏は机の上にどさりと本を置いた。
「さあ、片っ端から調べていこう。
夏は方志を読んで読んで読み続けた。
そして夜が来た──。
ずん……、と不気味な振動が街を揺らし、今日も闇の中から巨大な人型の山羊が現れる。
「䍺の様子がおかしいぜ。下を向いて、何かを探しているような……」
䍺は眼下に広がる街に何らかを発見したのだろうか、『めえ』と小さく鳴くと、そこに向けてゆっくりと、確かめるような感じで、足を下ろした。
遠くで土煙が上がるのが
「お、おいおい。踏み潰したぞ。あのあたりは
夏は頁をめくりながら言う。
「投石機だよ」
「え?」
「昨晩、投石機で攻撃したろう。
夏の読み通りだった。䍺は近場にあった別の妓楼も破壊し、それから道観の楼を破壊し、
粗方背の高い建物が無くなったのを認めると、䍺はいよいよ
「こりゃあまずい。ここもやられるかな……?」
「ん? ここ、2階建てじゃない? そこまで高い建物じゃない」
「実は3階がある。客には貸してないが、俺が住んでる」
夏がゲッと顔を引き
「ま、まさか、雷将軍っ! 単騎で戦うつもりかっ!?」
夏も目をパチクリとさせて、窓から辻を見る。
「雷将軍も䍺を倒せないまま京に帰れば、朝廷から
雷将軍は䍺を見上げて、大声を張り上げた。
「聞けえッ!!
雷将軍は旗を投げて地面に突き刺すと、戦斧を振り回しながら䍺の右足に向かって駆けた。まずは
䍺は嫌がって、雷将軍に向かって左足を下ろした。が、将軍の動きが素早くて捉えられない。将軍はその下ろした左足にも一撃、二撃、三撃。斧が月の光を薄く映して、まるで
「凄いぞ、嬢ちゃん。たった1人で山羊の足を止めてる! やっぱり雷将軍は本物の武将だ!」
そして夏は方志を片手に言った。
「よし、雷将軍が時間を稼いでくれたおかげで、良い記述を見つけた! ここに䍺について書かれている!」
方志の一頁、『昔有異獸䍺、為仙人以美酒封(䍺という異獣、仙人が美酒で封じた)』とある。
「酒? 酒で封じた?」
「これによれば䍺は亡霊だ。囚人の未練が寄せ集まって形作られたものらしい。
「酒なんだな!? よっしゃ! 酒なら飛び切りのがあるぞっ!!」
「もしも役人が泊まりに来る事があったら、じゃーんと出そうと思っていた秘蔵の
字面だけで言えば子羊の酒を意味する酒だが、実のところ薬膳酒の一種である。もち米や
「良くそんな上物を作れたね」
「こう見えて天下一の
夏と
「お、おい。䍺に見られてるぞ。どうなる。俺たち、踏み潰されるのか?」
「分からないけど、方志の中の仙人を信じてみよう」
䍺はゆっくりと
そして食われる──と、目を瞑った瞬間。奇怪至極ではあるのだが、䍺は布を捻るかのように細くなって、バキバキと自らの骨を砕きながら、ゆっくりと、吸い込まれるように、甕の中へと入っていった。
夏が甕の中を覗くと酒は無くなっていた。空っぽである。
「……お、おい。どうなった? 俺たち、勝ったのか?」
「そうらしい。天下一の
雷将軍は静かさの中で佇んでいた。放心していたのに近く、ただ、肩で息をしていた。
夏が将軍を見遣ると、それに気がついて、
「……よくぞ䍺を封じた。その手腕、見事である。名前は何と言う」
「夏。
将軍は首を横に振った。
「
弱きを助け強きをくじく者に対する、敬意を込めた呼び方だった。
「構わないよ。将軍が足止めしてくれたおかげだ」
「そして今から
雷将軍は地面に突き立てた旗を天に突き上げると、大きな声で叫んだ。
「
雷来々、奉詔誅獣──、雷が天子の
雷将軍は何度も何度も同じことを叫びながら街を駆け、やがて西門から街を後にした。
「行っちまった……」
「将軍は天子の面目を保った。誠の武人だ」
「しかしお嬢ちゃんが封じたようなものだが……?」
「いいんだよ。将軍は天下安泰を優先し、そして僕も天下安泰を望んでいる。お互いに役割を果たした」
言って夏と猫は、雷将軍が出ていった城門とは反対方向、東門へと歩き出す。
「お、おい! お前まで行っちまうのかっ! 腹が減ったろう、何か作るよっ!
「悪いよ。酒を無駄にした」
「いいから。それじゃあお前さんが報われねえや! 腕に
「であれば、本は書楼に返しておいて。そのくらいは頼んだってバチは当たらないだろう?」
夏は片手を上げて、軽く振った。
猫は名残惜しそうに
人々が灯りのない街に出てきて、『雷将軍、雷将軍』と声を合わせた。声がうねりとなって、街全体が歓喜の色に染まる。誰もが雷将軍がくぐった西門に向かって手を振る。
小岸県でただ1人、
お読みいただきありがとうございます。
ぜひブクマで応援していただけると嬉しいです。