三つの太陽が天に輝く。
軽風、空を渡る。天高く湧いた
夏と李玄は風を顔に受けて街をゆく。夏は猫を肩に乗せ、李玄は抜け殻──つまり老人の亡骸を背負っていた。
押してみれば木戸が動く。
中に入って、まず乳香の残り香がした。遅れて、深まった所にある異臭が鼻をつく。
「鉄臭い」
部屋をぐるりと囲んだ棚が寂しい。昨日は所狭しと商品が並んでいたはずだ。残っているのは地味な古銅器や土器くらいで、
「盗まれたのかな」
「残ったお宝の方が良い値がつきそうに見えるが──、まあ、
言って李玄は、店の奥の扉を蹴り開けた。住居部分だった。
狭い室内。小太りの店主が寝台で寝ている。李玄が素軽い感じで近寄り、そっと覗き込むと、
「胸を一突き」
べっと舌を出して夏に振り返った。
「なあ、聞いたか。
「なんだ、面白いものって」
「死体が吊り下がってるんだとよ」
二人は人の流れる方へと向かった。人々の頬は好奇心に赤らんで、遠くから来たであろう農民たちもわくわくとして駆け足になっていた。遠い禿山を撫でて吹く春風が、野次馬たちの背中を押して急かしている。
「死体がそんなに珍しいかね。ちょっと街道を歩きゃあ
李玄が人を押し除けて道を作ってゆく。
「ちょいとごめんよ〜、はいは〜い、通るよ〜。この変態お爺が死ぬ前に死体をみたいみたいって言って聞かねえんだ、ちょいと見せてやってくんねえか〜」
近づくにつれて大門の様子が徐々に分かる。軒下に何人かの男が吊るされているようだった。
そして扁額を見上げられる程まで近づいた時、吊るされた男たちの正体が分かった。
夏は小さく呟く。
「乞食」
「李玄、これをどう見る」
李玄はうーむと考えて、
「たとえば、俺たちと同じようにどこぞの
びゅうと風が吹いて、陳大郎の懐から一枚の紙がひらりと落ちた。夏はそっとそれを拾った。
「なんと書いてある?」
「『南境第一の侠客にお会いでき、光栄でありました』」
南部一の侠客。よく陳大郎が
李玄は片眉を上げて陳大郎を見上げる。
「よお、南部一の侠客。相手は強敵だったか?」
陳大郎の体は他の亡骸よりも傷んでいた。胸や肩、
「最期まで戦ったようだな、兄弟。アンタ確かに南部一の侠客だ」
大門が開き、下役人たちが現れた。その内の一人がじゃあんじゃあんと
「ええい、群がるなっ!! 群がるなっ!! 見せ物じゃないぞっ!!
それから夏と李玄は街を出て、ひたすらに
白や紫、黄色の野菊、
夏は唐突に足を止めた。そして周囲を見渡す。禿山と雲以外に陽を遮るものはなく、つまりは日当たり良好。茶色くなった冬の枯れ茅萱までもが十分に残っている。
「うん。ちょうどここがいい。僕だったらこういうところに決める」
そして夏はどっぷりとした岩の上で
猫は茅萱の迷宮を行く。地面に顔を近づけ、くんくんと鼻を利かせ、ぴんと耳を立てる。
一杯の茶を飲むほどの時が経ったろうか、猫は遠いところに羽音を聞いて、にゃあと声を上げた。それで夏は岩から飛び降り、李玄は鉄杖から飛び降りる。
猫の鳴くところへ行く。仰向けの胴が落ちていた。夏が近くに立つと、地面が揺れてか、死体に
猫は亡骸の周囲をぐるりと一周、残り香からして
李玄は
「ひでぇことするもんだな。何が目的なんだ? まさか硝子の杯を奪いたかっただけ、ってわけでもねえだろ?」
次いで李玄は
「処女だ。お楽しみのあとに殺したわけでもねえようだぜ」
夏は亡骸に触れた。
「
「それはないよ。服装だけじゃなく、所作もしゃんとしていた。まず間違いなく府城の人間だ」
「だよなぁ」
夏は一帯を探った。
離れたところ、野菊が群生して咲き乱れている下に腐乱した死体があった。その付近にも白骨を見つけることができた。いずれも頭部は見つからなかった。
李玄は眉根を寄せて腐乱した体の、その
「腐っててよく分からんが、少なくとも体毛は黒くねぇな」
「
夏は周囲に誰もいないことを確認して単刀を抜いた。
「ここなら使えるだろう」
右手で眼前に刀を
単刀が仄かな白光を放ったのを認めて、
「
唱えた瞬間、天高い鰯雲は黒ずんで膨らみ、
胡座を組んでその場に座る。単刀の刃が雨に湿って鏡となり、夏の姿を写した。
亡骸に残った
──夏は単刀で死人の過去を見ようとしていた。
単刀の本来の役割は人を切ることでも獣を屠ることでもない。単刀は、その人間が仙に値するかどうかを知るために使う宝具である。
「そうやって俺の過去も覗いたのか?」
「うん。覗くというよりは体験するのに近いけれど」
単刀の中の
「僕の中には
「なるほど。元剣客も元将軍の人生もアンタの中か。それが強さの秘訣ってわけね」
「ズルをしているみたいで申し訳ないね」
「それで、夏夏は
夏は
自らの考えも手足の感覚も曖昧になり、やがて日向の薄氷のように、一瞬のうちに意識は溶け出して、夏は名前のない世界に旅立った。