李玄は
「仙は無敵じゃあない。
言って李玄は闇の中を
「厄介な官兵は
だが──。
「問題は、あの門番2人だな。アイツらは
内宅の門前に男が2人。どちらも筋骨隆々の武人で、揃って同じ背格好。1人は
開明獣は言う。
「では、あの
九つの首の内、勇ましい武人の顔が舌舐めずり。遅れて美女の顔がほほほと笑った。
「ありゃあ双子だろ。顔も体もそっくりなら味も一緒か? 興味がある。それに人間は強ければ強いほど美味い。噛めば噛むほどに味が出る」
李玄は
「数百年ぶりに霊符を書いた。天帝に
召龍とは文字通り龍を
「
開明獣が問う。
「兵に囲まれて無事でいられるか?」
「そん時ゃ拳で倒すさ。そっちの方が得意だ」
李玄は剣を持たないので、代わりに右手の人差し指と中指を揃えて伸ばし、霊符を挟んだ。剣指である。宝剣を模す。深く呼吸をすると霊符がごおと火をあげた。次いで
「
李玄の足元、大屋根の瓦と瓦の間から、白い、霧か雲がふわりと漂い始めた。次第にそれは半透明の龍となって、のそりと体を起こす。龍はばちばちと音を立てて雷を纏い、闇空に明滅した。口から白い煙を出しながら、苦しそうに舌を出し、のたうち回るかのようにぶんぶんと尾っぽを振っている。瓦が弾かれ雪崩こむように落ちてゆく。
李玄は竜の額に立ち、
「
そして李玄は一つの建物に狙いを定める。
「──さあて、まずは馬だな。移動手段は潰す」
龍は雷鳴を轟かせ厩舎に向かって急降下、建物を木っ端微塵に吹き飛ばした。土煙が高く上がって、遅れて瓦礫がばらばらと地に降り注いだ。
「な、なんだっ!」
「厩舎の方だ!!」
騎兵たちが一斉に厩舎へと駆けつけた。李玄の龍は土煙を孕んで体を大きくし、さらに激しく雷を纏う。騎兵の馬は閃光と雷鳴に狼狽するばかりで、厩舎に近づくのを怖がった。しまいに暴れ始めて、手綱を引いても言うことを聞いてくれない。
一方で
弟の
「厩舎の方か。地面から稲光が伸びている……?」
景文は様子を見に行こうとしたが、兄の
「待て、景文。闇の中に何かが潜んでいる」
弟の景文は闇を
「デカいぞ……」
複雑な獣に思えた。見間違いでなければ尾っぽは複数あるようだったし、不思議なことに首も連なっていたように思える。
荒々しい息の音が闇の向こうから近づいて来て、景雄は武器を構えた。つうっと冷や汗が頬を伝った。
「地獄から
「俺たち、地獄の使者に迎えられるほどのことをしたろうか」
「
景文が武器を構える。
そして鋭い爪が土を叩く音が一回、二回と続いて──その獣は闇の中から現れた。
「……女!?」
兄の景雄が目を丸くして驚く。奇妙奇怪の獣の背に、銀髪の少女が乗っている。
その女は獣の背から身軽な感じで跳ぶと、景雄の肩に着地して、再び跳躍、門を跳び越えて内宅の庭に入ってしまった。
「しまった──!」
そして景雄は開明獣の前脚の一振りに弾き飛ばされ、固く閉ざされた門扉に体を打ちつけた。
夏は庭に降り立った。
小さな庭だった。中央に
外の騒ぎが尋常でないと思ったのだろう、侵入者の姿を認めると、
「退け」
女たちは手足を震わせて歯を食いしばり、緊張している様子だったが、退く様子がなかった。
「
正房とは
女たちは一瞬、安堵の表情を浮かべて互いの顔を見合わせた。
「誰だっ!」
「ええい、どけ! 女子供はどけ!」
体の大きい男が
服は乱れていた。見るに、急いで
「兵の身の上で知府の妾に手を出すとは、中々に豪胆」
儁乂はぎくりと顔を引き攣らせると、灯籠を前に突き出して、夏の顔を照らした。──
「誰だ貴様っ。盗賊かっ。ここは天子の法を執り行う
言って腰に
「この俺を誰だと思っている。武芸では負けを知らず、七尺(約2m)の大男さえも打ち負かした、大刀の
夏は手にしていた
「おい、聞いているのか、
そして儁乂はずいと寄って刀を振り上げた。
「この騒ぎ、1人で来たわけでもなかろう。何人いる? ──話したくなければ、それでいい。その首を掲げれば貴様の仲間も大人しくなるだろうからな」
夏は巻軸を読み上げた。
「略文。韋儁乂は天条を犯したと認め、
「──この命は天の権威に基づき、天道の
夏は血を吹き出し続ける儁乂を見遣ることもなく、巻軸を読み上げながら廂房へと歩く。
「
開けっぱなしの戸から廂房の前室に踏み入れる。妾の世話役であろう婢女が夏に包丁を向けたが、近づけはせず、部屋の角で震えるばかりであった。
「だ、誰じゃっ! 誰か入ってきたのか!?
奥の寝室から声がした。
「その数、少々に
夏は寝室に入る。甘い
豪華な化粧台に美しい青銅の鏡。連なる
「
「所業、
「来るなっ。来るなっ。誰じゃ、名を名乗れっ!」
夏は単刀で帷を切り裂いた。
帷の裏にいたのは、護身用の短剣を握りしめた、金の髪の女だった。瞳は赤く、肌は白く透き通っている。──
「判曰。
形神倶滅──
「どうして、わっちの名を……」
とうに捨てた名だった。太国に来てからは、
「即時執行。
夏が巻軸を閉じた瞬間、天雷が廂房に落ちた。それは天井を突き破って、
「
初老の男が慌てた様子で部屋に入ってきた。身なりは良い。知府だろう。
顔の凡ゆる穴から血を流し、力無く座り込む
「わっちは……ただ……。あなたさまのお側にいられなくなるのが……、怖くて……」
そして