ただ少女と猫が旅をするだけ   作:Awaa

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纒足の娘

 

 陵青県(りょうせいけん)乳河(にゅうこう)に面した都市で、夜市(よいち)で名を得ていた。

 

 中心地では至る所で火が焚かれている。赤、青、黄、橙……、様々な色の提灯(ちょうちん)も灯り、真夜中でもなお明るい。灯りのせいか冬でも街に入れば暖かいくらいで、冬季に風の大陸を旅する流離人(さすらいびと)の中には、陵青県の夜市を目的に諸国を廻る者もいた。

 

 夜には通りを屋台が埋め尽くすのはもちろん、木造都市のありとあらゆる場所が飯屋に変貌して、馬や輿(こし)が行き交う。人の声も絶えず、歌や笛、太鼓の音も聞こえていた。

 

 (シア)妓館(ぎかん)の並ぶ路地裏に入ったところにある、一軒の飯屋に入った。偶然見かけた店だった。そのこじんまりとした飯屋は大きな妓館の間に挟まれていた。他に客はいない。妓館に客を取られているのだろう。外から聞こえる妓女(ぎじょ)琵琶(びわ)の音が寂しく響いていた。

 

 まず夏は肉汁したたる羊肉串を食べた。花椒(かしょう)がふんだんに(まぶ)されていて舌が痺れるが、それがまた良い。

 

 それから羊肉で出汁(だし)をとった饂飩(うどん)を食べた。浮いた脂が熱い汁を熱いままに封じているから体が温まるし、たっぷりと酢の入った羊骨湯(ようこつとう)と、発酵した味噌の味が良かった。

 

 中でも一番気に入ったのは、(ねぎ)と羊肉をこれでもかとぎちぎちに詰め込んだ焼餅(おやき)である。焼餅とは胡麻を(まぶ)して焼いた肉饅頭で、噛めば表面がかりりとして生地(きじ)はもちもち、中はじゅわりとして口の中で旨みが広がるものだった。

 

「君は葱を食べたら死ぬんじゃないのかな。猫は葱を食べたらいけないって聞いたよ」

 

 夏は小狸(シャオリー)にせがまれる毎にぽいぽいと床に焼餅を落とした。それを美味そうにはぐはぐと声を出しながら猫が食う。

 

 そして店主が言った。

 

「さあ、次は何を食べる。作ったことのあるものなら何でも出してやる」

 

「もうお腹いっぱいだよ。十分食べた。串が10本、饂飩(うどん)が5杯、焼餅(おやき)が数えきれないくらい」

 

 小狸は『まだ食べられるぞ!』と、夏の座る椅子を掻いた。

 

「そうか。なら甘味はどうだ?」

 

 夏は頬杖をついて、純朴な感じに柜台(カウンター)越しの店主を眺めた。

 

「何か焦っているのかな。入り用かい?」

 

 店主はぎくりと体を強張(こわば)らせる。

 

「たまに店の裏を気にしている様子だったけど、誰かいるの?」

 

 そして店主はため息を1つ吐いて、頭を掻きながら言った。

 

「まあ、なんだ。あと饂飩を40杯ほど食べてくれたら、必要な薬を買えるだけの稼ぎを得られる……、ってやつだ」

 

「あと40杯を僕1人で(まかな)おうとしていたのかい?」

 

 言って夏は店の裏、(れん)をくぐった。そこは後院(へや)になっていて、低い寝台の上に少女が横たえていた。

 

 そっと顔を覗いてみる。まったく動かないから寝ているものと思ったが、実のところ起きていて、しかし目は(うつ)ろ、小さく呼吸をするばかりだった。夏のことには気がついたようだが、反応するほどの元気はないらしい。

 

 夏は彼女の足を見た。

 

纒足(てんそく)だね」

 

 都会で流行し始めている施術で、足に布を強く巻いて成長を阻害する。すると足だけがくしゃくしゃに折り畳まれたようになり、役人好みのする可愛らしい小さな足に仕上がるのだった。3寸(10センチメートル)程度に収めるのが良いとされた。

 

 夏が見るに、左足の小指と薬指が壊死して取れかけている。

 

「俺みたいに貧乏をしない娘にしようと思ったんだ」

 

「それは成功した?」

 

「まあ、途中まではな──」

 

 娘の名前は蘭香(ランシャオ)といった。

 

 小さい頃からこの辺りでは玉娘として有名だったものだから、数え五つとなった時に()る名家の乳母に纒足を施してもらった。生まれ持っての美貌と、その纒足の成果もあってか、やがて男なら誰もが振り向く佳人となった。

 

 その後はめでたく官吏(かんり)(めかけ)にまで達したが、その美貌に飽きられてしまうと粗末に扱われ、そのことの気病みもあってか、壊死した指から妙な毒に感染し、生家に戻って来た。

 

 以降は父親である店の主人が看病しているが、どうにも回復する気配がない。工面して薬を手に入れても、徐々に弱っていくばかりだった。

 

「そうかぁ。小狸、君は足の小さな女の子は可愛いと思うかい?」

 

 猫はにゃあと答えた。どうやら嫌いではないらしかった。(みやび)な猫だと夏は思う。

 

「僕は天からの授かりものを大切にするのをおすすめするけどね。足があれば自分の意思で色んなところに行ける。自由だ」

 

「しかし、女が丈夫な足を持っていれば端女(はしため)になる他ない。特にこんな汚い飯屋の娘ではな」

 

「女はツラいね」

 

 夏は背負袋から小さな巾着袋を取り出すと、その中身の一粒を取り出した。赤色の小さな丸薬(がんやく)だった。

 

「これを飲ませてみよう。きっと、毒も消えるよ」

 

 人差し指に丸薬を乗せて、娘の口の中にくいっと突っ込む。

 

「な、なんだそれは。妙なものじゃないだろうな……?」

 

「妙なものと問われると妙なものなのだけれど……。言ってしまえば、辰砂(しんしゃ)雲母(うんも)を混ぜ込んだものだよ」

 

 店主は眉根を寄せてしばらく黙り込むと、突然閃いたようにハッと目を見開いた。

 

「まさか、丹薬(たんやく)……?」

 

 丹薬とは、世の凡ゆる病を退けるとされる薬である。材料は生命の証である赤の辰砂、龍の(ずい)である水銀、決して腐らない金、月を象徴する白銀、光を宿す雲母、邪気を退ける翡翠(ひすい)、毒消しの雄黄(ゆうおう)、それから鹿角や竜骨、鳳凰(ほうおう)の血などの仙獣(せんじゅう)由来の薬種を混ぜ込んだものである。

 

「何でそんなものを持っているんだ? アンタ、もしかして、仙人なのか?」

 

「あんまりその籍に(こだわ)ったことはないのだけれどね」

 

 夏は手背(しゅはい)で娘の額の汗を拭ってやると、すくりと立ち上がった。

 

「安静にしていれば良くなるよ。残念ながら足の形は治らないと思うけれど、人間、割り切って生きていくしかない」

 

 出て行こうとする夏の腕を、店主がぱしと掴んだ。

 

「な、なあ。もっと飲ませてやってはくれないか!? 3つ飲めば仙人になるのだろう!? 仙人になれば寿命がなくなるんだろう!? 天地の理がわかるようになるんだろう……? 俺は娘に楽をさせてやりたいんだ」

 

「仙人になったって、いいことばかりでもないよ。友人も家族も、僕の側からいなくなってしまうものだ。『孤独』は死よりも辛いものかもよ」

 

 そして夏はそっと店主の手に触れてやった。思うよりもひやりとしていて、驚いて店主は手を引っ込めた。まるで死人の体に触れたようだった。

 

「ごちそうさま。とても美味しかったよ」

 

 言って夏はそのまま店を出ていった。

 

「お前は僕より先に死ぬなよ。実はもう死んでもいい年だろう?」

 

「にゃあ」

 

「何? 次は(かゆ)を食べたい? これだけ食い意地が張ってれば、しばらくは大丈夫だろうか……。寿命は胃から来ると言うしね」

 

 路地裏の先、色とりどりの夜市に人の影が揺らめく。どこかの屋台が、新しい焼餅(おやき)が焼き上がったと銅鑼(どら)を鳴らしていた。

 

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