ただ少女と猫が旅をするだけ   作:Awaa

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そして丝路(シルクロード)へ

 

 船は南門碼頭(なんもんふとう)に到着した。安河府(あんこうふ)に寄りたければ、ここで下りる。

 

 碼頭に下り立てば、遠く離れた場所からでも存在感のあった府の城壁が、見上げる程に高く(そび)えていた。見事だった。仮に兵や獣が押し寄せようとも、府は無事だろう。

 

 碼頭も府の最寄りらしい賑やかさで、街に入らずその場で商売をする屋台すら並んでいた。(いた)る所でもうもうと湯気が立ち、食欲を(そそ)る羊骨湯の香りがしている。

 

「全員が全員、府に入るわけではなさそうだね」

 

 他の船から下りたであろう商人の何人かは城壁の方面には向かわずに、それとは反対方向、遠くに見える街へと続く街道を行こうとした。街は五蓮県(ごれんけん)といい、太国(たいこく)においてはそこそこに栄える街だった。

 

 近くにいた老いた商人が言うには、

 

「もちろん府は稼げる。だがこのところ、武器の類を持っていると捕えられるらしいからな。護身用の短剣すらも危ないって話だ」

 

「本当に?」

 

「まあ、ただの噂だとは思うが、念には念を入れて府で商売するのはやめるのさ。商人ってのは臆病な方が長く続けられるものでね」

 

 そう言い残して、老いた商人は五蓮県へと荷台を引いて行ったが、大多数の商人はやはり府に向かうようだった。

 

 商人の言う噂が気にはなったが、(シア)は安河府南門へ歩き始めた。安河府に入れば目的の丝路(シルクロード)に合流したと言ってもよく、しかし五蓮県(ごれんけん)にまで行けば丝路からは外れてしまう。

 

 府は城塞都市である。東西南北の大門をくぐる以外に府に入る道はなく、各地から来た商人や僧侶、旅人などが行列を作って街道を埋めていた。

 

 人垣越しに、巨大で真っ赤な門が見えた。発色からして朱漆(しゅうるし)で、何度も塗り重ねられた事が分かる。もちろん安価な染料ではないから、この街が如何(いか)に経済的に発展しているかを門の色が物語っていた。

 

 猛烈な人の波に沿って歩いていると、猫が何か不穏な気配でも嗅ぎ取ったのか、足元でふがふがと言った。

 

「え? 何? 門兵に単刀を奪われるんじゃないかって?」

 

 猫は先の商人の話を気にしているらしい。

 

「存外に小心者の猫だね。仮に奪われたとしても、剣の霊力が持ち主を焼くかも。不気味がって捨てたのを、こっそり拾って回収すれば良い」

 

 それを聞いて猫は呆れたように尾っぽを下げた。なんとも威厳のない仙である。天誅(てんちゅう)を下すくらいの気概は見せて欲しいものだが。

 

 行列に混じって門を潜ろうとした時、門兵が夏を止めた。

 

「旅人か?」

 

「そうだよ」

 

 門兵はじろじろと夏の体を見た。

 

「女1人で? 珍しいものだな……」

 

 そして猫が毛を逆立てた。何か妙なことを働いたら、元の姿に戻って、その頭を(かじ)ってやろうと考えたが──。

 

「長旅ご苦労。ゆるりとされるがよろしい。もうすぐ日暮れだ、早く宿を探した方が良い。賑やかだが治安は良くないぞ」

 

 夏は念のために件の噂について尋ねてみる事にした。

 

「何の変哲もない単刀だけれど、腰に下げておいても良いかな?」

 

 すると門兵は幾度か(まばた)きをして、

 

「もちろん。護身用だろう? わざわざ取らんさ。女が手ぶらで一人旅なんかしていたら、それこそ危ない」

 

 夏と猫を互いに目を合わせた。噂は噂なのかもしれなかった。

 

 そして少女と猫は門をくぐる。

 

「さすがに丝路(シルクロード)の街は賑やかだね」

 

 門の先は大街(だいがい)──すなわち目抜通りだった。幅広の道を馬車や輿(こし)、人の群れが行き交っている。

 

 道の両側には多様な店が並んでいた。

 

 湯気を吐き出す飯屋に色とりどりの布を並べる布店、獣の肝や乾燥した植物を(のき)に吊るす薬舗(くすりや)、そして、どんな建物よりも華やかで背の高い茶楼(さろう)

 

 出店(でみせ)は香料店が多く、街中異国の香りがしている。遥か西方の砂漠の土地からやってきたであろう美しい柄の絨毯(じゅうたん)を売る行商がいて、没薬(もつやく)を焚く屋台もあった。

 

 遠く見えるのは円頂(ドーム)で、あれは異教の寺院なのだろうか……。

 

 わからないことも多いが、とかく賑やか極まりなく、異国の音楽と祖国の音楽がないまぜになった何かが常に聞こえていて、夏が思い描いていた通りの丝路(シルクロード)の街だった。

 

「心が躍る。崑崙(こんろん)では見られなかった世界だ」

 

 ひとまず夏は宿を探した。時刻は既に(とり)(こく)、三つの太陽は()れた蕃茄(トマト)のように色づいて、山並みに消えてゆこうとしている。

 

「宿を取らないと広場で雑魚寝になる。(ある)いは夜明けまで食べ歩くか、だ」

 

 猫は別に構わないと言った風に尻尾をぶんと振った。番菜(ばんさい)、つまりは遥か西方の料理を味わってみたいとも思っているので。

 

 しかし流石(さすが)は府である。大街(だいがい)の宿屋はどこも満室、ならば巷子(ろじうら)に行ってみよう──、と大街から外れたところで巡検(じゅんけん)が2人、こちらに近寄ってきた。

 

 巡検とは(すなわ)ち街の見回り役で、兵ではなく下級役人のような存在だった。頭には幞頭(ずきん)、手には提灯(ちょうちん)、腰には棍棒を携えていて、歯向えば面倒なことになる。

 

 その上『これぞ好機』と言わんばかりにずんずんと寄ってくるので、夏は猫に話しかけた。

 

「門をくぐった時には目をつけられていたのだろうかね?」

 

 小狸(シャオリー)は僅かに霊力を放った。

 

「大人しくしておいて。悪目立ちはしたくない」

 

 そして無骨な巡検2人は、夏を威圧気味に見下ろした。薄らと笑みを浮かべている。

 

「貴様、帯刀しているな」

 

「門兵には(とが)められなかったけれど」

 

「黙れっ! 見たところ商人ではなさそうだ。女1人で旅をしているのか?」

 

「そうだよ」

 

「嘘をつくなっ! 胡虜(こりょ)間者(かんじゃ)じゃあるまいな。仲間はどこだっ! 言えっ!」

 

 胡虜とは、北方赤漠国(せきばくこく)の民を侮蔑(ぶべつ)する言葉である。安河府を包する太国(たいこく)とは幾度となく戦が開かれており、今もなお土地を取ったり取り返されたりとしている最中である。

 

「来いっ! お前の身元を検める!」

 

 巡検がぐっと夏の手を引っ張った。そのことで猫の体霊力が風を生み、小さく埃を舞い上げたが──。

 

「──小狸」

 

 夏の真っ直ぐな瞳に静止され、小狸はバツが悪そうに後ろ足で(あご)の下を掻いた。

 

「何をしたわけじゃないんだ、直ぐに疑いは晴れるさ。あとでまた会おう」

 

 そうして夏は両側から腕を取られて、半ば持ち上げられるような形で連れて行かれてしまった。

 

「いいかい、小狸。(ねぎ)の食い過ぎには注意! 県を出てから腹を壊してたろう、知ってるぞ!」

 

 その後、夏は衙門(やくしょ)に連行され、獄吏(ごくり)の詰所で簡単な尋問を受けた。

 

 次いで単刀を含めて(あら)ゆる荷物は取られてしまって、あっという間に(ごく)に入れられた。獄とは裁判を待つ未決囚(みけつしゅう)を押し込めておく場所で、大概は衙門の地下にあった。

 

 夏は木格子の牢の中でごろりと寝転がった。(わら)が敷いてあって、寝心地はそこまで悪くはない。運が良かったのか取り替えたばかりのようにも思えるし、匂いもよかった。

 

 自分の他には流民(るみん)らしき人や酔っ払いなども牢に入っていて、それぞれ絶望していたり、気楽に鼻歌をうたっていたりした。

 

(あの巡検はずっと僕の後を着いて来ていたんだろうな……)

 

 恐らくだが、彼らは門の側で立っていて、偶々(たまたま)単刀が目に入った。如何にも高価そうな見た目だったから、売ればそこそこの小遣いになると踏んで、適当な罪を着せて捕えることにした。普段から同等の行為に及んでいて、碼頭で聞いた噂はこの事だったのかもしれない。

 

 しかし単刀を奪った巡検は無事だろうか。霊的な代物だから、俗世の人間が触れ続けたら(さわ)りがある。雷罰でも下ったら大変だ。

 

(というか、戸籍なんかどうやって調べる? 荷物の中には身分証もないし。今後のことを考えると、証となるものを持っておいた方が良いのかな)

 

 格子牢の外で獄卒(ごくそつ)──つまり牢屋番がジロジロと夏を見ていた。悪戯(いたずら)でもしようと考えているのだろう、ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべている。

 

 そこまで色気を感じる体かしら、と夏が自分の体の線をなぞって確かめた時、

 

「おい、女!」

 

 そして獄卒が声を上げる。夏を指差す。

 

「出ろ。もう一度お前の体を検め──」

 

 言いさして、獄卒は背後を振り向いた。そして他の獄卒も一様に(そで)を合わせて長揖(ちょうゆう)、深く頭を下げる。

 

 誰が来たのだろうと彼らが頭を下げる先を見てみると、そこに1人の男が立っていた。

 

 その男は官吏(かんり)風の出立ちで、美しい黒い髪を後ろで束ねていた。青銅の(こうがい)を頭に刺し、剣を腰に下げている。婦人受けしそうな眉目(びもく)の美男だった。歳は20か、(わず)かにそれを下回るようにも見える。

 

 男は牢の扉を開けると、膝をついて三度叩頭(こうとう)し、額を床につけたまま声を出した。

 

「度重なる無礼をおゆるしくださいませ、婉姈(えんれい)様」

 

 婉姈とは崑崙(こんろん)で暮らしていた時の回の(あざな)だった。字とは成人後につけられる正式な名である。本名である『回』と呼ぶことは、通常、無礼となる。老君くらいしか発することは許されていなかった。

 

 獄卒たちは目を丸くしていた。なぜ官吏が旅人に、しかも女に叩頭をしているのかと、理解できぬ様子だった。投獄されている未決囚たちも目をぱちくりと(しばたた)かせるしかない。

 

 さて、こうなれば夏は何か言わなくてはならなかった。()もなくば彼は未来永劫、額を床につけたまま過ごすこととなる。大袈裟だが、叩頭とはそういうものだった。

 

 だから夏は少しばかり困ったような表情を浮かべて、

 

起来(立て)

 

 と声をかけた。

 

 それで男はゆっくりと立ち上がり、じっと夏を見据えた。

 

「誰かと思えば曹佾(そういつ)か。参ったな、何でこんなところに」

 

 姓を(そう)、名を(いつ)(あざな)公伯(こうはく)。国家の栄枯盛衰(えいこせいすい)を何百年と見守った仙で、人は彼を曹国舅(そうこっきゅう)と呼んだ。──幾千年という時の中で、回が『国士無双』と認ずるに至った八仙の内の1人である。

 

「訳あって今は安河府に身を置いておりまする。このような仕打ちをしておきながら、無礼を承知で申しますが、この出会いはまさに太上老君(たいじょうろうくん)思召(おぼしめし)に他なりませぬ。折り入ってご相談が御座います」

 

 夏は小首を傾げた。

 

「必死だね、余程のことかい?」

 

「一大事に御座いまする」

 

「今の僕は夏で通ってる。君もそう呼んでくれるなら、話を聞いても良いよ」

 

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