丝路沿いの為に決して田舎ではなく、異国の気配も漂う美観の街ではあるが、大きな街ではなかった。
赤雁県を出てしばらく東にゆけば
とはいえ土砂を退けるのに長くはかからぬだろうと人々は言うので、
「何があるという街でもないから、寝転がるくらいしかやることがない」
夏は
「
市場の
「これだけぽかぽかしていると、いわゆる『眠くなる』って感覚もわかる気がするな」
広場の中央には一本の立派な梅の木があった。連日暖かい日が続いたからだろう、薄らと赤く色付く花を咲かせている。
梅の枝を行ったり来たりする
「街に着いた時にもいたね、彼」
猫は尻尾をぶんと振った。寝ているので話しかけないで欲しいらしい。
「何をしているんだろう」
その晩、関所まで様子を見に行った商人らが
彼らが言うに、未だ関所は開かれず。近隣の
翌日、夏はいよいよ回り道をするべきかと地図を広げて、長椅子に寝っ転がりながらそれを眺めた。
しばらくする内にまた青年が現れて、梅の木の側に立った。そして何をすると言うわけでもなく、少しばかり
ついに夏は気になってしまって彼に近寄ってみることにした。
すると彼は夏が近づいてきたことに驚いて、ハッと何かを隠すような素振りして振り返った。
「あっ、いやっ。お、お伺いして良いですか?」
「え?」
「栗色の髪をした、
夏は小首を傾げた。
「その娘の名は
青年が言うに、春燕は幼馴染であった。
春燕の家は貧乏である。それでも痩せた畑で何とか食い繋いではいたのだが、数年前の
半年後くらいに一度村に帰って来て『よい稼ぎ場を見つけた』と言い、そこそこの
青年が会えたのはその時ばかりで、春燕は会話の中でここ
青年はもう一度春燕に会いたいと思う一心で金を工面、それから一年経ってようやく赤雁県まで出てきたのは良いが、彼女の働き口が分からない。とびきりの美人であったから、茶楼で働いているのかと思ったけれど、そうでもない。
「まさか春を
そうした花街はなかろうとも、街角に立って体を売る女はどんな街にもいるものだった。だが夏はそれに関して、口を
「果たしてどこに行ってしまったのでしょう」
夏はうーんと唸って、
「僕も気にしてみるよ」
翌日、やはり関所は通行止め。良い回り道もなく多くの商人が立ち往生。おかげで茶楼も
夏は朝から山門へと続く石段に座って、遠巻きに広場を眺めて青年を待った。何となく勘が働いて、梅の木の側で佇む理由を知りたかった。近づくと何かを隠すような素振りを見せたから、その幼馴染と待ち合わせしているわけではないと思うのだが……。
南風に吹かれて、緑の
広場には都合よく人がいない。というより、青年は人がいないことを見計らって現れる。
夏は抜き足差し足、そーっとそーっと青年に近寄った。彼は一体、幹を凝視して何をしているのか──。背中越し、そっと覗き込む──。
(……
幹に空洞。
その中に、なんと小さな、小さな生物がいる。
いや、生物というか、人である。
小人だ。
三寸(約10cm)の小人が
寝台があって、
小人は火を焚き、湯を沸かし、そして茶を
次いで
たまに手を止めては氷砂糖をころりと口の中に入れて、甘味を楽しんでいる。
ほっぺに手を当ててご満悦。茶を飲んでほっと一息。
そしてその小人は栗色の髪をしていた。涙黒子もあるようで、二重瞼。美人であった。
「……うわあ!」
夏が目を点にして見つめていると、ついに青年は気がついて声を上げた。
「なっ、い、いつからそこにいたのですかっ……!」
「ああ、いや……。少し驚かせてやろうと思って」
青年は目を泳がせながら、
「……何か見ましたでしょうか?」
「え? 何かって?」
「い、いや。何でもありません。人の悪い旅人さんだなぁ、あはは……」
晩になって、夏は
(あれは
花魄は一般に花の精とされる。
しかし獣の類でも、もちろんそういう人種でもなく、その正体は亡霊だった。
花魄は人の無念が凝縮されて現れるものである。そのことは恐らく、青年も知らないだろう。
きっと青年は、木の洞に見える謎の小人が現実なのか、
花魄は自殺者が出た花木に宿るものである。つまり、過去に誰かが梅の木で首を吊ったらしい。
あの花魄は長い夢を見ている。生前に憧れた暮らしを、梅の木の中で再現している。未練がそうさせる。
何があって自死したのかは分からない。でも、梅の木で首を吊ったのは確実だ。
翌朝、
「ああ、そんなこともあったなあ。確かに、女が梅の木で首を
そう言って上機嫌の掌櫃は、金を数えるのを再開した。
夏は梅の木の側に立った。そして三つの太陽が天に輝く頃、青年は広場に現れた。
「やあ。茶楼の茶商に聞いたのだけれど、君の探している春燕という子は、府に向かったらしい」
「え? そうなのですか?」
「糸取りの仕事を
青年は笑みを浮かべた。心底安心した表情だった。
「そうなのですね。ありがとうございます。よかった。本当に良かった」
そうして青年は門の方へと向かって行った。府に向かうらしかった。
「……本当のことを言うべきだったろうか」
当たり前だ、と猫は乱暴に尻尾を振った。
その日の夕刻、関所は開通した。
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