旅と猫と某少女   作:Awaa

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緑洲の街

 

 本日、三烏烈日(さんうれつじつ)。3羽の金烏(きんう)はどこまでも高く羽ばたき、力一杯に光を放っている。空の青は海の色をしていた。

 

 三烏烈日は稀な天候である。長くは続くことは少ないが、それでも一旬(いっしゅん)(10日)ほど炎威が続けば各地に壊滅的な被害を(もたら)した。特に盛夏にそれがあると悲惨である。

 

 まだ仲春(ちゅうしゅん)だというのに、のぼせる程の気温であった。道の先まで歪んで見えて、花朝節(かちょうせつ)の頃にこれほど暑いのも珍しい。

 

 猫は尾っぽを下げて歩く。しばらくは頑張っていたが、ついに舌を出してはあはあと息をするようになり、途中から夏が抱きかかえた。

 

「重すぎるな。少しは痩せたら」

 

 太ることこそ男の本懐だと思っているので、猫は無視をした。

 

 さて、街道沿いに生えていた松の木は徐々にその間隔を広くして、さらに行くと灌木(かんぼく)ばかりが生える土地となり、やがて干からびた荒地となった。

 

 一帯は苦土(くど)と呼ばれる土地で、草木は生えず、土も白い。太古、北方の太国辺民(たいこくへんみん)が過放牧を繰り返したことで土の女神『后土(こうど)』が怒り、天から雨が如く塩を降らせてこのような土地になったと言い伝えられている。

 

 夏は白い土の上を歩き続けた。どこまでも白い大地だった。四方、地平線の先まで白い大地が続く。吹き付ける風は熱気を孕み、僅かに潮の香を乗せている。

 

 大地の白と天空の青の境界線がはっきりとしすぎていて、まるで異界に迷い込んだかのようだった。夏と猫を見ているのは天に輝く金烏だけで、何処(どこ)にも人はいない。

 

「この方向に進めば平沙県(へいさけん)があるはずなのだけど、中々見えてこないね」

 

 猫はぜえぜえと息をしている。体の内から熱い塊が迫り上がってくる感覚まであって、今にも乾物になってしまいそうだった。

 

「そんなに辛かったら獣の姿に戻って、一気に空を駆けたら良い。歩くよりも早く街が見つかる」

 

 猫は無視をした。もうそんな体力もない。

 

「こうなってしまう前に開明獣(かいめいじゅう)の背に乗って荒地を越えてしまうべきだったかな」

 

 (いささ)かの後悔を胸に、歩いて歩いて歩き続けて──、遠く、白の大地に立つ影を見た。

 

「──ん? 街だ」

 

 猫は顔を上げた。

 

「街が見えたよ。平沙県だ」

 

 存在感ある街だった。

 

 街の中央は高台になっているようで、そこに立派な(ろう)がある。道観(どうかん)か、(ある)いは寺だ。

 

 高台を取り囲むように家々があって、街全体は城壁でぐるりと囲まれているようだった。建物は白い土で出来ているのか、どれも眩しく太陽の光を反射していた。

 

 門の側には掘もあるようだが、あれはもしかしたら、緑洲(オアシス)なのかも知れない。

 

 塩を上手く抜いているのだろう、城壁の外には緑の葡萄畑(ぶどうばたけ)が見えた。

 

「凄い。こんな僻地(へきち)にこんな立派な街があるだなんて。旅人たちは助かるだろうね」

 

 夏はみずみずしい葡萄畑を越えて、大きな泉に渡された橋を行った。そして開け放たれた門扉の前で立ち止まる。普通であれば、ここに門番なりがいるばずだが……。

 

「何処にもいないな。幾らでも通行料を取れそうな街なのに、商売っ気がないというか、何というか……」

 

 門を潜ると街中に塀が張り巡らされていて、道が細かく分けられていた。まるで迷路のようだった。

 

「過去に籠城(ろうじょう)でもしたのだろうか。兵が入り込まないように厳重な作りになっている」

 

 猫はか弱くにゃあと鳴いた。そんなことはどうでも良く、早く水が欲しいらしい。

 

 夏は塀の迷路を進んだ。右へ左へ、ぐねぐねと曲がりくねる道を行き、体感一刻(15分)ほどが経ったところで、ようやく広場らしい所に辿り着く。

 

 実に美しい広場だった。御影石(みかげいし)で作られた石畳が眩しい。広場の中央には水を高く上げる噴水、飛沫(しぶき)がきらきらと陽の光に輝く。

 

 噴水の周囲にはこれまた見事な池があって、そこから水路が四方に伸び、水を流している。街を巡るのだろう。

 

 広場を取り囲むように回回(イスラム)都市風の家々が立ち並ぶ。要所に椰子(やし)の木も植っていて、風が吹けば葉擦(はず)れの音が耳に心地よい。街を流れる水路のお陰か、風が吹けば熱い頬を冷ましてくれた。

 

 整備された都市、水の楽園。金烏は建物の影をくっきりと落とす。

 

 猫は尾っぽを立てて夏から飛び降り、池へと走って行った。慌てた様子でちゃぷちゃぷと水を飲み始める。そして、夏は辺りを見渡す──。

 

「──どうして人が1人もいないんだろう」

 

 広場に点々とある出店には誰も立っていない。だが売り物であろう古々椰子(ココヤシ)棗椰子(デーツ)などの果物は綺麗に積まれていた。

 

 平屋根の家々を覗いてみたが、中には誰もいないようだった。青い陶瓦(タイル)に彩られた室内、絨毯(じゅうたん)の上には何も置かれていない。

 

 もちろん外を出歩く人はおらず、何処にも(ごみ)は落ちていない。家の裏に回っても(かわや)の臭いすらしない。何処に行っても、うっすらと、常に、茉莉花(ジャスミン)のよい香りがしている。

 

「変な街だ。誰かが夢見たような理想的な街並み……、生活の跡が何処にもない……」

 

 夏は人を求めて街の中心へ、つまり道観へと行ってみることにした。そこならば道士がいてもおかしくはなかろう。

 

 道観へと続く長い長い階段を上る。美しい牌楼(もん)が現れる。扁額(へんがく)に記された名前は陽慶観(ようけいかん)、聞いたことのない道観だった。

 

 群青(ぐんじょう)で青く塗られた鮮やかな柱。門は朱漆(しゅうるし)で真っ赤に色づく。琉璃瓦(るりがわら)はきらきらと輝いて見えた。

 

 そして門扉は閉ざされておらず、やはりここも開け放たれていた。

 

「不用心だね」

 

 石敷きの中庭へと進む。立派な大香炉から煙が立ち上り、芳しい香のかおりが漂っている。

 

 回廊に囲まれた中庭、正面には極彩色に彩られた本殿。造りが三層の(ろう)になっていて、これも美しい出来栄えである。佇まいに一切の無駄がなかった。

 

「にゃあ」

 

 猫が鳴いた。

 

「何? 喉が渇いた? あれだけ飲んでいたじゃないか」

 

「にゃあ」

 

 飲んでも飲んでも喉の渇きが潤わなかったと言う。

 

「……」

 

 それで夏は(あご)に手をやり考えた。

 

「……僕たちのように違和感があって、道観まで上って来た人間もいるはずだ」

 

 (ほの)かな疑念を元に、中庭の白い砂利をざっと蹴った。即ち地面を探った。何らかの異変は見当たらない──。

 

「いや、やっぱり、砂利にしては妙だ。音が軽すぎる」

 

 しゃがみ、それを拾い上げる。指でつまみ、よくよく観察──。

 

「白骨だ」

 

 とげとげと繊維が残っている部分もある。石であればこうはならない。

 

「僕たちは妙な所に迷い込んでしまったようだね」

 

 何故そんなものが中庭に敷いてあるのか──。悪趣味であるとか、そういう次元ではない。何か、ワザとらしさを感じる──。

 

(しん)だろう。ここは彼の世界だ」

 

 蜃とは幻を生む獣である。苦難に(あえ)ぐ人間に都合の良い幻を見せて、自らの縄張りに誘い込み、それを喰らうのだった。たとえば水に飢えている旅人がいれば泉の幻を見せ、女に飢える酔っ払いがいれば美女の幻を見せる。

 

「塀の迷路は街の中に入った人間を逃さないためかな。美しい街も、出来るだけ人間をその場に留めておくためだろう。いや、違うな……」

 

 夏は砂利のようになった小さな骨を、指で砕いてぱらぱらと落とした。

 

「……救いを見せて、次いで違和感を抱かせて、最後には絶望させる。そうした人間の反応を見て楽しむ、下品な(しん)なのかも知れない。こりゃ、大物だ」

 

 夏は座り込む。

 

「小狸。つまり僕たちは餌らしい。力尽きたふりをしよう。これ以上反応が得られないと分かれば、遊びは終わり。襲ってくる」

 

 猫はゆっくりとその場に寝そべった。

 

「蜃と言っても種類は二通り……」

 

 蜃は『巨大な(はまぐり)』である場合と『(みずち)』の場合がある。どちらも気を放出して幻を作り出し、どちらも凶暴。

 

「蛤だったら開明獣(かいめいじゅう)になって殻を壊せ。蛟だったら、その額に単刀を叩きつけよう。さあ、どっちが出てくるか」

 

 ぐにゃり、と本殿が揺らめいた。続けざまに、がらり、と瓦が滑り落ちる。

 

「──来るぞ」

 

 本殿全体が横に傾き、回廊の(あら)ゆる柱がばきばきと音を立て、別殿も歪む。香炉は咳き込むように灰を散らしながら形を崩し、地面は震えて隆起し始めた。

 

 刹那(せつな)、夏の座っていた真下が急に抜けた。穴になったらしかった。

 

 落下する。落ちる先を見れば、五十の目を持つ不気味な(みずち)が大口を開けて迫っていた。

 

 夏は宙空で体を(ひるがえ)し刀を抜いた。刃が閃光を放つ。その眩しさに蛟は躊躇(ちゅうちょ)した。夏は隙を見逃さず、単刀を力一杯に額に叩きつけた。

 

 蜃は五十の目をぎょろぎょろと忙しなく動かすと、額から真っ黒な血煙が上がって、ぎゃあと金切り声をあげた。

 

 その瞬間、道観も回廊も別殿も、噴水も水路も家々も、塀も城壁も、全てがガラガラと崩れ去り、理想的な街は瞬く間に消え失せて、夏は白い土の上に尻餅をついた。

 

「いてっ! な、何が起こった? 小狸?」

 

 猫を探して周囲を見回し、5秒、6秒、7秒──、頭の上に猫が落ちてくる。

 

「……ああ、そうか。道観は高台にあったから、僕たちは落ちて来たわけだ」

 

 夏の目の前に横たわるのは、10(じょう)(30メートル)ほどの蛟だった。蛟とは龍に似た獣である。体は蛇か(なまず)のようにぬらりと艶めき、頭には鹿角があって手足は4本。龍のような(たてがみ)はない。

 

 蛟の額から血が漏れ出ている。ちるちると音を立てて、止まる気配がなかった。

 

「こんなに大きく育った蜃は見たことがない。何百年もの間、ここで旅人を狩っていたのかも」

 

 夏は蜃の顔を蹴り、ぴくりとも動かないことを確認すると、曲芸のように剣を振るって血を払った。白い土に、ぴっと弧が飛ぶ。

 

 足元を見れば、白骨が転がっている。人間のものばかりではなく、山羊(やぎ)や馬などの動物の骨もある。その殆どが風化していた。

 

 そして周囲には何もない。地平線の先まで続く白い大地、天には三烏、真っ青な空、熱風。街の全ては幻──。

 

「行こう、小狸」

 

 少女と猫は何事もなかったかのように旅を再開した。

 

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