転生お嬢様な俺は、どうやらヒロインらしい   作:緑茶わいん

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転生したら幼女だった

「あなたとなら、いい、ですよ……?」

 

 仲の良い男子の部屋に二人きり。

 彼のベッドに仰向けになって、服は少しはだけた状態。

 ほんのり頬を染めながらそっと見上げると。

 

 理性と本能がせめぎ合うような、そんな少年の顔。

 

 外出前にシャワーを浴びてきたので、まだシャンプーのにおいが残っているはず。

 同級生からも羨まれる黒のロングヘアは倒れた拍子にふわりと広がり。

 年頃の男子と比べると明らかに華奢な体格が、こうなるとはっきり見比べられる。

 

 お互いの鼓動さえ、伝わってしまいそうなほどの静寂の中。

 

 ──男からしたら理想的なシチュエーションだよな?

 

 『俺』はそう、心の中で呟いた。

 今世では清楚な黒髪お嬢様である自分は、前世ではどこにでもいる男子大学生だった。

 当時の記憶が残っているおかげで、男がぐっとくるシチュエーションはだいたいわかる。

 後はこうして、意中の相手に、逆の立場から再現してやるだけだ。

 

 一秒、二秒。

 

 時が少しずつ動くたび、『主人公』の理性が一方に傾いていくのがわかる。

 良い雰囲気になるとすぐに発生する乱入イベントも、今日は、起きる気配がない。

 

 ──これは、高得点。

 

 視界の端に「ヒロインポイント獲得」の表示が流れるのをちらりと確認し、俺は、唇に浮かぶ笑みを深めた。

 もしかしたら、一秒後には邪魔が入るかもしれない。

 こうして一歩リードしたとはいえ、他のヒロインたちはみんな油断ならないつわもの揃い。

 

 けれど、この日のこのシチュエーションの余韻は、彼の中にずっと残るはずで。

 

 長かった、と。

 走馬灯のように、これまでのことが次々と頭をよぎっていく。

 どうして俺が、こうして恋愛ゲームのヒロインみたいなことをする羽目になったのか。

 

 それを説明するにはまず、前世の俺についても少し話す必要があって──。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

「好きな人ができたの」

 

 人生最後の日。

 俺は、一年以上付き合ってきた彼女から突然そう告げられた。

 大学四年の秋だった。

 同じ会社に就職が決まって、落ち着いたら結婚しようと話していた。アパートも、同居もできるように広めの部屋にした。

 

「だから、別れてください」

 

 なのに、彼女は本当に幸せそうに別の男のことを想っていて。

 ……正直、どう了承したかは思い出せない。

 ただ、喫茶店を出た彼女は、新しい彼氏に笑いかけて腕を組んでいた。

 しばらく立ち直れないまま放心して。

 気づいた時には、テーブルの上のコーヒーはすっかり冷めていた。

 

 女の子にフラれるのはこれで五回目。

 幼稚園でも、小学校でも、中学でも高校でも、付き合ってた子にフラれた。

 女運が悪い、というか恋愛に向いていないのかもしれない。

 

「俺なら、誰かと付き合ってる時に他の人を好きになったりしないのに」

 

 ふらふらと店を出た後、まっすぐ帰る気にもならずにあてもなく歩いて。

 

「お前が悪いんだ! お前が、俺の気持ちを弄ぶから!」

 

 たどり着いた駅前広場で、ナイフを振りかざす男を見た。

 彼の前には怯えた表情で座り込んだ女性。

 

 ──ストーカー、というやつだろう。

 

 他の通行人は遠巻きに様子を窺っている。

 スマホを耳にあてている人もいるが、今からでは間に合わない。

 思った時には身体が勝手に動いていた。

 強引に割って入って女性をかばう。左胸に、熱。

 

 倒れた俺は、流れ出した血を他人事のように感じながら、ああ、と思った。

 

 もし生まれ変われるのなら、今度は、一人の相手を愛し続けたい。

 意識が、だんだんと遠くなって。

 

『あなたの望み、叶えましょう』

 

 最後に、そんな声が聞こえたような気がした。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 ──あれ? 俺、死んだんだよな?

 

 俺はぱちぱちと瞬きをして、目の前の景色をもう一度確かめた。

 鏡の中に、愛らしい顔立ちをした幼女がいる。

 どことなくお嬢様めいた顔立ち。将来は美人に育つだろう。

 こんな子を外で見かけたら、転んだりしないか見守ってしまうかもしれない。

 もちろんやましい気持ちは一切なく。

 

 って、どうしてこんな子が鏡に映っているのか。

 

 俺はこんな美少女ではなくただの男子大学──あれ? あれぇ?

 うまく考えがまとまらない。

 頭の中に別個の二種類の記憶があって、それが急ピッチで整理されている最中のような。

 ぐわんぐらん揺らされているような感覚に眉をひそめていると、足元からおん! と声がして。

 

「……バロン?」

 

 唇から、まだあどけない、可憐な声が漏れた。

 俺の呼びかけにおん! と答えた白くてもふもふの大型犬──サモエドのバロンは、そのまま足にじゃれついてきて。

 おかしい。

 前世では実家で猫を飼っていただけで、わんことは縁がなかったはず。

 いや待て、前世?

 

「莉緒、どうしたの?」

 

 今度は洗面所の外から母の声。

 

「ううん、なんでもない」

 

 まだ若い女性のその声に俺は自然とそう答え、ああ、と納得した。

 小さな手を持ち上げ、ぷに、と押すと柔らかな感触。

 しゃがんでバロンを撫でてやると尻尾をぶんぶん振って喜ぶ。

 そうだ。

 今の俺は莉緒。四条莉緒(しじょう りお)。五歳。

 家族は父、母、それからサモエドのバロン(五歳、オス)。

 

 前世の俺は死んで、この莉緒に生まれ変わった。

 記憶が戻ったことで混乱してわけがわからなくなってしまっていたらしい。

 前世と今の記憶がだんだん区別できるようになって思考が安定してくる。

 

 人生経験の差か、前世ベースに近い人格に統合? 再構成されたようではあるものの。

 莉緒としての記憶もちゃんとあるし、その影響も受けている。

 やろうと思えばちゃんと幼女として振る舞えるのがその証拠だ。

 

「おいで、バロン」

 

 おん!

 愛犬を連れて自室に戻り、ぬいぐるみのたくさん並んだベッドの上に。

 特にお気に入りのくまさんを抱きしめつつ「しばらく大人しくしていたほうがいいな」と思っていると、

 

「やあ、どうやら記憶が戻ったようだね」

 

 声がした。

 バロンが喋ったわけじゃないよな? と思い視線を送ると、大型犬は「なにか?」とでも言いたげに首を傾げるだけ。

 あらためて声のしたほうを見ると、そこには黒い猫のぬいぐるみがいて。

 四本脚で器用にこちらへ歩み寄りながら、俺をじっと見つめていた。

 

「ようこそ、次の人生へ。さて、君にはここで物語のヒロインになってもらう」

「は?」

 

 そんな話、いま初めて聞いたんだが?

 

「ひょっとしてお前、神様の遣いかなにかか?」

「ご名答。なんの説明もなしじゃ君も困るだろう? だからこうしてボクが来てあげたのさ」

 

 ふんす、と胸を張る黒猫ぬいぐるみ。かわいい。

 

「知っての通り、君は一度死んで生まれ変わった。ここは前とは別の世界だ」

「そうなのか? 特に変わったところはなさそうだが」

「一見そう見えるだけだよ。その実、この世界はとても重要な法則に支配されている」

「法則?」

 

 万有引力とか、宇宙には重力がないとかを連想しつつ尋ねれば。

 返ってきた言葉は、俺の想像をはるかに超えていた。

 

「この世界には主人公がいる」

 

 意味を理解するのに数秒かかった。

 

「……つまり、あれか。俺はゲームとか、マンガとか、そういう世界にいるのか?」

「似たようなものだと思ってくれていいよ。ただ、筋書きはない。この世界にも、そして君の人生にも」

 

 なんだか、でかい箱庭にでも放り込まれた気分だった。

 それを覗き込んでいるのは顔も名前も知らない神様だ。

 

「主人公ってのは何者なんだ? なんかすごい力を持ってるとか?」

「主人公は主人公さ。この世界は彼のためにある。世界に選ばれただけの、ただの人間だよ」

 

 狐につままれたような話。

 ただ、こうして猫のぬいぐるみが喋っているのは事実で、しかもそいつは俺の前世についても知っている。

 どっきりでした、で済むとは思えない。

 いいように利用される感じなのは納得がいかないが……。

 悩んだところで「わう」。

 

「ん?」

「なんだ? ああ、この家の犬か……って、こら、お前、なにをする!?」

 

 そこまで大人しくお座りしていたバロンが、待てに飽きたのか、神様の遣い(自称)に飛び掛かり、わふわふと遊びだした。

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