「莉緒、今日の学校はどうだった?」
「楽しかった! また新しい友達もできたんだよ」
入学から数日後の夕食時、母からの問いに笑顔で答える。
二度目の小学校だが、前とはだいぶ環境が違うのであれこれが目新しい。
一番戸惑ったのはお祈りの時間。
俺含めてほとんどの子は初めてなので、先生のやっているのを仕草だけ真似るところから。これから何年もやっていけばきっと自然に出てくるようになるだろう。
勉強はもちろん、つまづくところはなにもないものの、ずいぶんレベルが高かった。
簡単な漢字やちょっとした計算くらいはできる前提で進むので、しっかり準備してきてないとけっこう大変だろう。
「そういえば、入学式の時に話していた子とは友達になれた? ほら、あの青い目の」
続くその問いには「ううん」としょんぼりして答える。
「エリカちゃん、全然お話してくれないの。っていうか、わたしのこと避けてるみたい」
やっぱりあの時の話のせいだろうか、とこぼすと、父に「どんな話をしたんだい?」と尋ねられた。
「えっと……あんまり人に言って欲しくないだろうから、詳しくは言えないんだけど。あの子の秘密を言い当てちゃった、みたいな」
「ああ、それは莉緒がいけなかったね」
それはそう。それはそうなんだが、初手から英語で話してきた相手が、まさか英語苦手だとは思わない。
だからこっちも驚いて、こっそり確認したんだが……うん、向こうからしたら、俺が誰かにバラすかもしれないと気が気じゃないに違いない。
「無理に仲良くならなくてもいいんだし、あんまり頑張らなくてもいいんじゃないかな?」
「そうかも。でも、できれば仲良くなりたいんだ。きっと良い子だと思うから」
両親は微笑んで「頑張りなさい」と言ってくれた。
◇ ◇ ◇
小学校に入学後、雛瀬さんの車に乗るのは朝と放課後の二回になった。
幼稚園よりも少し遠くなったため、車内での時間は比較的ゆったり。
揺れる中でペンを使うのは難しいので、やっぱりスマホを使っての情報収集やちょっとした勉強を中心にしている。
「そうだ。雛瀬さんはどう思いますか? 話しかけられると英語で返すのに、ほんとは英語が苦手な子がいるんですけど……」
比較的距離が遠く、事務的な立場である彼女なら人に言うことはないだろうと尋ねてみた。
すると「不思議な方ですね」と怪訝そうな返答。
「そんなことをしても遠からず露見してしまうのでは?」
「うん、だから、その子もなるべく話さないようにしてるみたいなんだよね……」
日本語で話すと「英語はどうしたの?」と言われてしまうので、どんどん口数が少なくなってしまう。
一方、俺は「英語が得意」と言ってしまった手前、クラスメートから「ちょっと喋ってみて」と乞われることも多く──こう、遠回しに自慢しているような格好に。
「それは本人の自業自得なのでは」
「それはまあ、そうなんだけど。人にいいところ見せたくなる時ってあるじゃない?」
「……それで業務効率を落としていては本末転倒では?」
学校は業務じゃ──いや、子供は勉強とコミュニケーションが仕事か。
「じゃあ、エリカちゃんが効率よくお仕事できるようにしないとね」
「おはよう、エリカちゃん」
「っ!!」
HRぎりぎりに投稿してきた青い目の少女は、声をかけられるとあからさまにびくっとした。
そんなに怖がらなくても変なことはしない。
笑顔を浮かべて無害をアピールしながら、俺は彼女に告げた。
「今日のお昼、一緒に食べない? わたしと、みゆちゃんと、三人で」
みゆちゃんは少し離れたところから俺たちの様子を見守ってくれている。
一緒にお昼を食べてもいいか、というのは先に了承をもらっているものの、エリカについては「あの子、ちょっと苦手」とのこと。
それでも、孤立している彼女を心配して、機会を作ってくれた。
もちろん、そんなこちらの事情はエリカにはわからず。
「ホワイ?」
せいいっぱい、といった感じの英語でそう尋ねてきた。
整った顔立ちと、日本人離れした青い瞳のせいか「どうして私がそんなことしないといけないの?」と言われているように思える。
いや、実際そう言っているのかも。
「ただお話したいだけだよ。エリカちゃん、人が多いの苦手でしょ?」
「…………」
少女は、たっぷり十秒以上悩んでから「オーケー」と答えた。
そこで先生が教室に入ってきたので、俺は「ありがとう! また後でね!」と声をかけ、急いで席に戻る。
そして昼休み。
了承の返答をしてきたくせに、しれっとひとりで教室を出ようとしていたエリカを、俺はさっと捕まえた。
「さ、行こ?」
嫌がっている相手を引っ張っていくのは正しくないかもだが、俺は、お互いのためになるならずるくなることに決めている。
結局、エリカはしぶしぶながら俺たちと一緒に移動してくれた。
私立天音学園初等部の昼食は専用のカフェテリアを利用することになっている。
小学校からこんな設備を利用できるなんて贅沢すぎる、俺の前世なんか高校でも学食で、カフェテリアなんて大学でようやく出会えたっていうのに。
これは、なんでも食育等々の目的による措置らしい。
外食の真似事を小さい頃から経験させることで、施設の利用の仕方や他人への礼儀を学べるようにということだろう。
「今日はどれにしようかな。みゆちゃんはどれにする?」
「え? えっと、私はAセットかなあ」
「じゃあわたしはBセットにしようかな」
メニューは数種類だけだが、食べたいものを自分で選べるというのも嬉しい。
学費がお高いだけあって内容も凝っており、そのうえ、栄養士がしっかりバランスも考えてくれている。
これがタダで利用できるのだから驚きだ。
それぞれカウンターで料理を受け取ると、俺たちはなるべく端っこのほうの席を選んで座った。座席のルールはないが、低学年はカウンターから近いところに座れるようにお姉さん方が配慮してくれているので……せめて、内緒話がしやすいように、周りに同じクラスの子がいない席に。
「ワット?」
エリカは席につくとさっそく「それで、なんの用?」とばかりに切り出してくる。
ちなみに俺と彼女はクリームシチューがメインのBセット、みゆちゃんは肉じゃがやししゃもなどで構成されたAセットである。
「うん、ここならあんまり人に聞かれないかなって」
子供、しかも女の子ばっかりとあって、カフェテリアはわいわいとかなり賑やかだ。
近くにいなければ俺たちの会話内容までは聞き取れない。
俺が言うと、エリカは嫌そうな雰囲気を出しつつも、俺の真意をはかりかねているように眉をひそめる。
詳しいことは話していないので、みゆちゃんも少し不思議そうだ。
「あの、莉緒ちゃん、エリカちゃんとどんな話なの?」
「それはね……エリカちゃんと英語の勉強会ができないかなって」
エリカの視線が鋭いものに変わった。
こらえきれなくなった、というように、可憐な唇から日本語が漏れる。
「……もしかして、馬鹿にしてる?」
「ううん、そんなことないよ! ただ、お互いに教え合えたら、ふたりとも英語ができるようになって幸せかなって」
どうして、エリカが英語にこだわっているのかはわからない。
ともあれ、今はまだほとんど話せないのなら、これから話せるようになればいい。
「別に、いいけど」
「っ!」
ぱっと表情を輝かせて視線を送ると、エリカは仏頂面で、
「ウェアー……どこで、いつ、やるの?」
「えっと、それは、放課後かお休みの日に、わたしかエリカちゃんの家で?」
相談には少々、さらなる話し合いが必要だったものの、俺たちは無事に英語の勉強会の約束を取り付けることに成功した。
『ヒロインポイント:₊1』