転生お嬢様な俺は、どうやらヒロインらしい   作:緑茶わいん

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莉緒のならいごと

 小学校での生活が落ち着いてきた頃、俺はいくつかの習い事を始めた。

 具体的になにを習いたいか、なにを習わせたいかについては親子で活発な意見交換がなされたのだが。

 雛瀬さんがこちらでの滞在時間を増やしてくれたことは、ここでも効果を発揮した。

 平日、両親がいない時に習い事への送り迎えをしてもらえるからだ。

 

 おかげで習い事の数をだいぶ増やせる。

 放課後──うち一日くらいは英語の勉強会に使うとして、それ以外は予定を入れてしまっても問題ない。

 エリカの孤立は俺たちと仲良くなった時点でだいぶ解消されているので、急いで英語を習得する必要はないわけだし。

 

「英会話は、別で通わなくても大丈夫かしら」

 

 俺に習い事をさせるにあたって、特に熱心だったのは意外にも(?)母だった。

 お手伝いの立場である雛瀬さんは、あまり強硬に「莉緒様にたくさんの習い事を」とは言わないし、言えない。

 一方、お嬢様として育った母は「最低限これくらいの教養は必要」というラインが一般人よりだいぶ高かった。

 父は「莉緒のしたいものだけでいいんじゃないかな?」というスタンスだったものの、当の娘(俺)が乗り気であるため特に反対はせず。

 

「うん。エリカちゃんたちと勉強してるから」

 

 えへんと胸を張ってみた俺ではあるものの、実情として「映画を字幕で見ているだけ」の勉強会は果たして親の目にどう映っているか。

 まあ、お菓子を食い散らかしたり大声で騒いだりはしていないし、有名な洋画を鑑賞するのは実際、教養としてもわりと有効である。

 

「それじゃあ、早いうちからやっておかないとだめなものを優先しましょうか」

「うん!」

 

 結果、俺はひとまずピアノのレッスンとバレエ教室に通うことになった。

 

「やる気があるようで何よりだけど……君は君で、わざわざ自分から負担を背負うあたり、なかなか奇特な性格をしているね?」

 

 この報告に、自称神様の遣いであるクロは呆れた様子だった。

 

「なんだよ。ヒロインを全うしてるんだから褒めてくれてもいいだろ」

「それはそうだけどね。……普通、異性に生まれ変わって、しかも小一から習い事をいくつもさせられたら、うんざりするんじゃないかな?」

 

 そう言われると、まあ、俺も一般人と少々異なる感性をしていることは認めざるをえないが。

 

「自慢じゃないけど、付き合った女の子の数だけはそこそこ多いからな」

「ああ、全部向こうから別れ話を切り出されたんだったね」

 

 言葉のナイフが突き刺さり、俺は危うく致命傷を負いかけた。

 

「それはそうだけど。そこじゃなくて、付き合った彼女の趣味に付き合わされたりもしたって話。だから、女の子が好きそうなものにはそこそこ耐性がある……と思う」

「なるほどね。相手の好みに合わせて勉強までしていたと……。案外、そういうマメすぎるところが別れる原因になったんじゃないかな?」

「お前、俺を精神的に殺しにかかってるのか?」

 

 黒猫のぬいぐるみは「まさか」と平坦な声を出して、

 

「まあ、せいぜい頑張るといいさ。ボクとしては君の頑張りが報われるかどうか、見守るだけだからね」

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 こうして始まったピアノレッスンとバレエ教室。

 主に女の子の、それも、ある程度裕福な家の子が身に着ける教養の類──きっと華やかで、明るい声の漏れる楽しい時間なのだろうと想像していたのだが。

 蓋を開けてみれば意外にも、なかなかに過酷な日々が待ち受けていた。

 

「もう一度やり直してください」

「四条さん、足が上がりきっていませんよ」

 

 ピアノのレッスンは、奏者として一線で活躍するのは難しい技能者の家に通い、個別指導、あるいは少人数で教えを乞う形式が多い。

 俺の通うことになった教室も、昔コンクールで賞を取ったことがあるという先生の家で、一対一で教えてもらう形で。

 そのためレッスン中は、大人の女性が真剣に見守っている中、えんえんピアノを弾くことに。

 

 バレエ教室は俺と同じくらいの歳の子からもう少し大きな子まで、それなりの人数が同時に参加する形式。

 先生がお手本を見せてくれて、それを見様見真似で繰り返す。

 そうやって基本がわかってきたら毎回おさらいのごとく披露させられて、だめなところがあれば容赦なく指摘が来る。

 練習の部屋は壁の一面が鏡張りになっていて動きの細部までわかる仕組みなので、なかなか気を抜けない。

 シューズは独特の形をしており、バレエの動きも普段しないようなものばかりなので──変な筋肉が痛くなるし、慣れないうちはわりと気恥ずかしい。しかし、笑ったらふざけているとみなされて叱責が飛ぶ。

 

 軽い気持ちで習いに来た子供は泣くぞ、こんなの。

 実際、習い始めた頃から時間が経つにつれてバレエ教室の参加人数は減っていったし、教室が終わる頃には辛くて泣きそうになっている子も複数いた。

 ピアノ教室のほうも、先生の予定がだんだん空き気味になっているのがなんとなくわかって、ああ、やめた子もいるんだなとわかってしまう。

 それでも、

 

「莉緒、習い事はどう?」

「楽しいよ! できないことができるようになるのは、なんでも楽しい!」

 

 俺は、根気強く通い続けた。

 先生方としては、もちろん仕事だから、月謝をもらうためにやっているだけ……という面もあるだろうが、やっぱり、その芸術の普及のため、もっと明確に言えば、自分の手で有名アーティストを育て上げたいという熱意があってやっているわけで。

 指導に熱が入るのは、それだけ彼女たちが本気だからだ。

 前世にて、大学生になるまでにそれなりの努力と挫折を繰り返してきた俺としては、大変だからと投げ出す気にはならなかった。

 

 ……まあ、そうやって熱意を見せるとどういうわけか、先生方もさらに厳しい指導をしてくるんだが。

 

「すごいよな。難関を頑張って突破しても、また新しい難関が待ってるんだぜ」

 

 レベルを上げてやっとの思いでボスを倒しても、次のステージでは二つ前のステージのボスが雑魚敵で現れたりする感じだ。

 試行錯誤自体が楽しいうちはいいのだが、ステップアップの労力が大きくなっていくと、ふと「あれ? これこんなに頑張る意味ある?」となったりする。

 プロになって、例えばオリンピックで戦うようになってもなお、終わりのない研鑽が続くのなら──類まれな天才以外は、頑張っても楽にはならないのではないか。

 

 そうこぼすと、クロはやれやれといった様子で、

 

「初めから上を見すぎているから、そんな風に思うんじゃないかい?」

「それもそうかもな」

 

 誰だってそういうところはあるだろう。

 どうせやるなら、隠された才能を発揮してめきめきを腕を上げ、大会でも好成績を残してみんなの注目を集める……みたいなのに憧れる。

 スポーツもののマンガのテンプレの一つに「冴えない帰宅部がスカウトされて才能を発揮」というのがあるように。

 だから、めちゃくちゃ地味なところでつまづきまくるとやる気がなくなる。

 

「頑張れば確実にレベルは上がるんだよ。現実的に到達できるレベルには、誰かしら同レベルのライバルがいるだけで」

「ああ、恋愛もそうだね」

「……だとすると、この世界の主人公を狙ってる俺は、世界最高峰の恋愛バトルをしないといけないわけだよな?」

 

 世界最高峰の恋愛バトルってなんだよ。

 

「とにかく。レベルが上がる以上、体感で楽になってる感じはしなくても……世間から見た位置づけは上がってるんだよ。人からの評価が欲しくてやるのが全てじゃないにしても、相対的に上手くなってると思えばやる気も出るよな」

 

 とはいえ、俺は別に芸術家になるつもりも、バレリーナになるつもりもない。

 将来の夢が「素敵なお嫁さん」なのは変わらないわけで、となると別に、ある程度のレベルに到達できさえすれば問題はないわけだが。

 まだ見ぬ主人公にアピールすることを考えれば──化け物お嬢様として、同世代トップクラスの実力を身に着けておくのも悪くない。

 

「……もうちょっとポイント振って才能上げておくかな」

 

 ちまちまと能力を底上げしつつ精力的に取り組んだ結果、そのヒロインらしさを買われてか、また『ヒロインポイント:₊1』の通知が来た。

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