初めて見る表示に頭が混乱する。
慌ててウィンドウを表示し、ポイントの残数を確かめると──うん、今朝確認した時よりも1ポイント少なくなっている。
なんでだよ!? くそ、こんな時に限ってクロは一緒じゃない。
ええと、あれだ、要するにポイントがプラスになる条件の逆なわけだから、俺がヒロインとしてあるまじき行いをしたことが原因で──。
「そうか? じゃあ、俺はこれで……」
ブブーッ!
「待って!」
一人、少年が踵を返しかけたところで二度目のマイナス表示が発生、俺は反射的に彼の腕を掴んだ。
ぶっちゃけ、もう必死である。
幸い少年は立ち止まってくれて「どうした?」と訝しげにこちらを見てくる。
わかった。とにかく、彼をないがしろにするのはヒロインとして駄目な行動らしい、ならば、どうにかして行動を共にしなければ。
俺は、迷子になって「とりあえず歩き回ろう」と判断するような、ごく普通のお子様相手に、上目遣いになった。
「あのね、やっぱり、一人じゃ心細くて」
ぴろん、と、今度は『ヒロインポイント:+1』の表示。ポイントの増減があまりにも即物的すぎる。
が、少年は俺の戸惑いや内心のツッコミなど気づくはずもなく「そうか?」と応じて。
「じゃあ、一緒に探そうぜ」
「待って」
それはそれでありなのかもしれないが、さすがにここでこれ以上、非論理的な行動を取る必要性が見えない。
日頃から「誘拐されるかもしれない」と言われている俺である、できるだけ、一人でふらふらする時間は少ないほうがいい。
「こういう時は迷子センターに行くものなの」
じっと訴えかけると、少年はあろうことか、めちゃくちゃ嫌そうな顔をした。
「なんでだよ。はぐれたのは親父とお袋のほうだぜ?」
いや、お前が迷子になったんだよ!?
思ったが、同じように迷子になった身としては偉そうなことも言えない。
「向こうもそう思ってるかもしれないよ。……少なくとも、わたしはパパとママから、迷子になったら迷子センターに行きなさいって言われてるの」
わりとがちでこの少年に縋りながら「お願い」と囁いて。
「一緒に行ってくれないかな?」
すると、なおも面倒くさそうにしながらも「場所はわかるのか?」と言ってくれる。
……なるほど、困っている俺に声をかけてくれたように、基本的には世話焼きの、心優しい少年なのだろう。
若干アホだけど。若干アホだけど。
ぴろん、と、二回目のポイント加算が行われ、失った分をなんとか取り戻せたことが確定しつつ、俺は彼の手を引いて迷子センターへ向かった。
と、しばらく歩いたところで「自分で歩ける」と手を振り払われてしまう。
「そう? じゃあ、わたしからはぐれないようにしてね」
「む。偉そうに言うなよ。お前何年生だ?」
「わたし? わたしは二年生」
「……なんだ、一緒か。小さいから一年生かと思った」
むっとして「男子と女子じゃ身体の大きさが違う」と説教してやろうとして……この年頃だと、女子のほうが成長が早いんだっけ? とわからなくなる。ふだん、女子しかいない学校にいる弊害だ。
まあいいか、と、俺は少年が勝手にどこかに行かないように注意しつつ迷子センターに到着。
なんか妙に落ち着いている女子と、面倒くさそうではあるものの不安そうではない少年のペアに、係の人たちは「お名前入れるかな?」と優しくしてくれて。
「四条莉緒です」
「とうまかずや」
館内放送を入れる間、俺たちは子供用の待合室のようなところで待つことに。
「ね? これなら、パパとママがここに来てくれるんだよ?」
「……それはわかったけど、やっぱり自分で探したほうが早かっただろ」
ああ、うん、わかるわかる。この年頃の男子ってのは無駄に行動力と自信に満ち溢れているんだよな。で、余計なことして怪我したりする。……よく後に残るような怪我とかしないで無事だったな、前世の俺。
「わたしは、あなたが……えっと、かずやくん? が一緒にいてくれて、嬉しかったよ?」
微笑んで視線を向ければ、少年はなんだか照れたように目を逸らした。
「そっか。……なら、まあいいか」
おや? 意外と可愛いところもあるな、この男子。
大人目線でほっこりする。子供というのは素直なら可愛いものなのである。
「かずやくんは、ここになにしに来たの?」
「お袋が一回来てみたいって言うからさ、仕方なくついて来たんだ。面倒なのに服選ばされるし、レストランでカツカレー食えるって言われたのに、混んでで入れなかった。最悪だよ」
「ふふっ。わたしはね、パパとママとお買い物に来たの。本を買ってもらって、洋食のお店でオムライスを食べたよ」
「うわ、いいなあ。お前、なんとなくそうじゃないかと思ってたけど、お嬢様だろ」
彼に詳しい説明をしてもわかってもらうのは難しいだろうと、俺は曖昧に微笑んで言葉を濁した。
「お嬢様って、普段なにしてるんだ? 家にプールとかあるのか?」
「ないよ、そんなの。サモエドのバロンと遊んだり、後は、お勉強したり、習い事に行ったりとか。普通でしょ?」
「いや、普通じゃないって。っていうかサモエドって犬の種類だっけ? どんなのだ?」
「白くてもふもふの、おっきい子だよ。すっごく可愛いの。かずやくんにも見せてあげたいなあ」
などと話している間に、お互いの両親が迷子センターに到着した。
母は再会するなり「大丈夫だった?」と抱きしめてくれて、俺は「はぐれちゃってごめんなさい」と謝った。
少年のほうは素直じゃない様子のまま「心配したんだから」「おう」といった会話を繰り広げ、さっさとここを後にしようとしている。
「あの!」
慌ててそれを呼び留めて……呼び留めてから、特になにを話したらいいかわからないことに気づく。
仕方なくスマホを取り出して「連絡先交換しない?」と言ってみるも、
「スマホなんて持ってないって。お袋がまだ買ってくれないんだ」
そうか、子供にもかなりスマホが普及した時代とはいえ、小さい子に持たせても使い方がわからなかったり、壊してしまう危険も高い。
一般家庭だと、このくらいの年齢では持っていない子も多いか。
……仕方なく、俺はなにかないかと探して──服についていたリボンをほどく。そして、少年の手首に素早く結んで。
「今日の記念。もしよかったら、持ってて欲しいな」
少年は「こんなものもらっても使わないんだけど」と言いつつも「いらないから返す」とは言わず。
「まあ、どうしてもって言うなら持っててやるよ」
「うん。ありがとう、かずやくん。もしまた会えたら、またお話しようね」
三度目のヒロインポイント加算音が響き、俺は少年と手を振って別れた。
少年のほうの両親はなんだかいい雰囲気だと微笑ましそうにしていて、うちの両親は、父のほうがじゃっかん憮然としていた。
「やっぱり、もっとしっかり莉緒を見ているべきだった。……まだ二年生なのに、好きな男の子ができてしまうなんて」
わりと本気で公開した様子の父に俺は苦笑して「大丈夫だよ、パパ」と答える。
「あの子がわたしの運命の人かどうか、まだわからないもん」
そう言いつつも、俺はほぼ確信していた。
帰るとすぐにクロを掴まえて、今日会ったことを話す。そして尋ねた。
「あいつが、お前の言ってた『主人公』ってやつなんだろ?」
黒猫のぬいぐるみに宿った自称・神様の遣いは、この期に及んでもなお「さあ、どうだろうね」と飄々とした回答。
「とはいえ、まあ、君のポイントを減少させられる人間となれば、ほぼ間違いないだろうね」
「それだ。なんなんだよ、ポイントが減るって。あいつとの接点を断ったら、どんどんポイントが減るっていうのか?」
クロはどうということもなさそうに「そうだよ」と答える。
「一回の遭遇で減るのはせいぜい3ポイントだと思っていいけど、次の機会をふいにすればまた3ポイント、そうやってどんどん減っていって、持っているポイントがなくなれば、最大値が削られることになる」
ぞくりとした。
「最大値が減ったら、俺の持っている特典はどうなるんだよ?」
「決まっているだろう。消費しているポイントからランダムに削られて、その分だけ特典の質が落ちる」
「……もし、最大値がゼロになったら?」
「素質も、家庭環境も、財力も、なにもかも存在しない人間なんていないと同じだ。つまり、君はこの世界から消失する」
主人公から目を背け続ければ、死ではなく、俺は「いなかったことになる」。
この世界がゲームだとするならば、ユーザーが気づくこともなく、ヒロイン人数が一人減る。開発の都合でありそうな話ではあるが、ヒロイン当人にしてみれば、死よりも過酷な状況に決まっていて。
「なんだよ。最初から、あいつに関わる以外の選択肢なんてなかったんじゃないか」