転生お嬢様な俺は、どうやらヒロインらしい   作:緑茶わいん

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新たな決意

 天音学園のトイレは子供でも使いやすく、また綺麗で清潔な場所だ。

 女子トイレにあるという伝説の「水音を流す装置」に出会ったのも今は昔、小便器のない空間に戸惑うこともなくなったものの。

 俺はいま、あまり人の来ない、教室から離れたトイレの個室にいた。

 

「────っ!」

 

 上がっていることは基本的にない便座を上げ、そこに顔を近づけると同時に、こみ上げる吐き気のままに胃の中のものをすべて吐き出す。

 出てくるのが胃液だけになると、口の中が酸っぱくなった代わりに気分はだいぶ楽になった。

 

「………はあ」

 

 我ながら、この醜態に情けなさを覚えつつ、いったん水を流して。

 ついでだからほんとに用を足してからトイレを出ると。

 

「え」

 

 なぜかそこに、俺の友人一号二号がいた。

 

「どうしたのみゆちゃん、えりかちゃん。ふたりもトイレ?」

 

 平静を装って尋ねれば、エリカの青い目がぎらりとこちらを睨んで。

 

「じゃないわよ。あんた、ここのところおかしいわよ。なにかあったんじゃない?」

「そうだよ、莉緒ちゃん。なにか悩み事があるなら話して」

「あ……っ」

 

 心配、されていたのだ。

 情けなさに加えて申し訳なさを覚えながら「ありがとう」と口にし、苦笑を浮かべる俺。

 

「でも、ちょっと、なんて説明したらいいのか」

 

 するとエリカは眉をひそめ、俺に顔を近づけて、

 

「もしかしてあれ? 生理、始まっちゃったとか?」

「違うよ!?」

 

 さすがに早すぎるだろう……って、俺もそのへんの平均値はよく知らないけど。

 

「ならいいけど……。じゃあなに? あんたのことだから、誰かにいじめられてるとかじゃないんでしょ?」

「エリカちゃんはわたしのことなんだと思ってるの」

「あのね、莉緒ちゃん。もし病気とかならお父さんに……」

「ううん、大丈夫。ありがとう、みゆちゃん。でも、病気とかじゃなくて。ちょっと悩んでることがあるだけ」

 

 ショッピングモールでの一件から一週間。

 俺はいまだ「下手を打てば自分が消えるかもしれない」というプレッシャーを克服できないでいた。

 不意にこみ上げてくる吐き気にトイレへ駆け込むことが増えたのは、ぶっちゃけるとそのせいだ。

 

「……じゃあ、ご飯の時に聞いてもらってもいい?」

「いいけど。あんた、ちゃんと食べられるのよね」

「ご飯は意地でもちゃんと食べるよ!」

 

 まあ、その後で吐いたら意味がないわけだが。

 

 

 

 

「それで、なにを悩んでるデスか?」

 

 誰だこの似非外人──と思うなかれ、これが新・外面モードのエリカである。

 映画効果で簡単な英語ならぱっと出てくるようになったものの、それでは他の子と話がしづらいということで、日本語カタコトの外国人っぽい喋り方を始めたのだ。

 そんなに中二病ムーブがしたいのかとは思うものの、そこは本人の希望なので仕方ない。

 

 俺は洋食メニューのグラタンにフォークを差し込みながら「うん」と答える。

 

「わたし、運命の人を探してるっていうのは話したっけ」

「会ったこともない人と結婚したいと言ってるのは何回も聞きましたデス。……もしかして、その人に会ったデスか?」

「……うん、まだ、運命の人だって決まったわけじゃないけど」

「えっ」

 

 隣でみゆちゃんが箸を落とした。

 トレイの中を転がったそれをみゆちゃんは慌てて拾って、それから俺のほうを見つめてくる。

 

「でも、えっと、会えたなら良かった……んじゃないの?」

「それはそうなんだけど」

 

 そこが説明の難しいところ。

 

「あらためて会ったら、思っちゃったの。……ああ、わたしの人生、この人と結婚できなかったら終わっちゃうんだって」

 

 エリカとみゆちゃん、二人が黙った。

 沈黙が痛い。

 せめてなにか言って欲しいと思っていると、ようやくエリカが口を開いて。

 

「そんなくだらないことで悩んでたデスか」

「く、くだらなくはない……んじゃないかなあ」

 

 自分でもどうかとは思ってるけど。

 

「ううん、くだらないデス。だったら別の男と結婚するなり、他にやりたいことを見つけるなりすればいいだけじゃないデスか」

「それは」

 

 一般論で言えばそうなのだが、俺の場合、主人公から遠ざかっただけでどんどん存在が削られてしまう。

 失敗は許されない環境で彼を狙わなければ……。

 

「えっと、あの、私も、莉緒ちゃんがそんなに悩むことないと思う」

「みゆちゃん」

 

 俺の一番の親友は、言いづらそうにしながらも真剣に、こっちの目を見て言ってくれた。

 

「もし告白してみてだめだったら、その時は仕方ないよ。その人が莉緒ちゃんの良さをわからなかっただけでしょ? そうしたら、別のことすればいいんじゃない?」

「……そっか」

 

 言われてみれば、俺は「主人公を落とそうとしなかったら最悪消える」としか言われていない。

 ヒロインレースに負けたうえで退場する分には……別に問題ないんじゃないか?

 後でクロに確認してみなければはっきりしたことは言えないが。

 

「ありがとう。みゆちゃんのおかげで気が楽になったかも」

 

 微笑んで言えば、みゆちゃんは照れくさそうに真っ赤になった。

 

「ううん、莉緒ちゃんの助けになれたならよかった」

「って、あたしもほとんど同じこと言ったわよね? なんでみゆだけ」

「あ。言われてみるとその通りかも。うん、エリカちゃんもありがと」

「あたしだけ感謝が軽い!」

 

 

 

 

 帰ってクロに確認するとあっさり「そうだよ」と返事が来た。

 

「ヒロインとしての行動から遠ざかればペナルティがある。でも、決着がついた後なら君がどうするかは自由さ」

「……なんだ」

 

 そんなに単純なことだったのか。

 主人公を──かずやくんを落とす努力はしないといけない、が、結果負けヒロインになったのなら、それはヒロインとしての役目を終えたということ。

 エピローグの後日談とか、ファンディスクとかで別の男と付き合い始めたり、仕事に生きる女になったとしても減点対象ではないわけだ。

 

「ならもっと早くそう言ってくれよ」

「言おうと思ったけど、君があまりにふさぎ込んでるから声をかけられなかったんだよ」

 

 そりゃまあ、お前下手したら死ぬぞレベルの事態だったからな。

 

「なあ。ところで、このヒロインレースってのはいつ始まって、いつ終わるんだ? 高校で決着がついたと思ったら大学編が始まったりしないよな?」

「さあ、それはボクにはわからないね」

 

 ほんとこいつ肝心なところで役に立たないな、と、俺はクロをつんつんした。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 ほっとしたらプレッシャーを感じてるのが馬鹿らしくなってきた。

 俺は結局、今まで通り、あいつを落とすことを考えていればいいのだ。

 

 一途な女になると決めた以上、適当に相手をして最後に負けるつもりで挑んだりもしない。

 

 ターゲットの有力候補に出会えたのだから、むしろ一歩前進じゃないか。

 そう思って前向きになったら、ひとつ大事なことに気づいた。

 

「なあ。俺はあいつと普段会えないから、ポイントを手に入れるチャンスは少ないよな? でも、この前みたいに会えた時はぽんと3点も入ったじゃないか」

「そうだね。君はだいぶへこんでいたみたいだけど、2点マイナスで3点プラスだから、収支はプラス1点だ」

「でもさ。例えば幼馴染がヒロインなら、小さい頃からポイント貯め放題なんじゃないか?」

 

 俺の問いに、クロは妙に嬉しそうに「よくわかったね」と言った。

 

「そうさ。君の立ち位置では男子と関わる機会そのものが少ない。主人公と出会うためにも工夫がいるから、直接的なアプローチによるポイント獲得は限定的になるんだ」

「マジか」

 

 いまこうしている間にもファースト幼馴染とセカンド幼馴染と義理の妹がポイントを稼ぎまくっていたりするかもしれないとは。

 これは、あれだな。

 

「じゃあ、勝ちに行くなら、もっとガチで行かないとダメじゃないか」

 

 俺はぐっ、と、拳を握った。

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