幸い、まだヒロインポイントの残量はそれなりにある。
これを使って、ヒロインレースに乗り遅れないための対策を立てておく。
1ポイントを消費し、実家からの援助を強化。
「あのね、雛瀬さん。お願いがあるんだけど……探偵さんって、雇えたりしないかな?」
小学校へ移動中の車内で話を持ち掛けると、さすがに雛瀬さんは少しだけ面食らった様子を見せた。
「莉緒様ご自身が依頼するのは難しいかと。私個人や、四条家を通して依頼するのであれば可能でしょう」
「じゃあ、それをお願いすることって、できる?」
「……それは、件の少年のためでしょうか?」
彼女が、かずやくんのことを快く思っていないのは想像できる。
そのうえで、俺は「うん」と答えた。
「あの子がきっと、わたしの運命の人なの。だから、あの子が将来どこの学校に入るのか、知っておきたい」
「莉緒様。その決断がなにを意味するか、わかっていらっしゃいますか?」
基本的に俺に優しい雛瀬さんが、珍しく厳しい声を出した。
「私は四条家の人間です。皆さまのお世話中に起こった出来事については基本的に、余さず報告を行っております」
「うん、わかってる。わたしが探偵をお願いしたことも、おじいさまたちに知られちゃうんだよね?」
「はい。加えて、その行為は、莉緒様が自覚的に『四条家の権力を利用した』ということになります」
権利には義務が不随する。
「大旦那様が一方的にお小遣いを与えるのではなく、莉緒様がおねだりをするということは……莉緒様に、四条の娘として振る舞う覚悟があると、そう認識される理由になります」
さらなる習い事を求められたり、学校での成績を上げなくてはならなかったり、今まで以上に母の実家へ顔を出さなくてはならなかったり。
そういった、おそらくは母が煩わしいと思って捨てた事柄について、引き受けなくてはならない。
逆に言えば、それを受け入れさえすれば、俺には旧家のお嬢様としての立場が与えられる。
「うん。あの子ともう一回会うためなら、わたしはなんだってするよ」
その返答に、雛瀬さんは一分以上も黙って。
「何故、莉緒様が、その少年のためにそこまでするのか理解に苦しみます」
「それは、運命だから」
俺が転生させられた理由なのだから、これ以上の答えはない。
はあ、と、雛瀬さんはため息をついて「かしこまりました」と答えた。
「忠言を失礼いたしました。莉緒様にお覚悟があるのならば、雛瀬は快く、あなた様のお力になりましょう」
「ありがとう、雛瀬さん。わたしが後から嫌な思いをしないように、いろいろ言ってくれたんだよね?」
四条家の人間である雛瀬さんからしてみれば、俺が四条家に積極的に関わるのはむしろ望むところのはず。
罠にかけてでも望ませてもいいくらいだ。
なのに、差し出口になりかねない忠告までしてくれたのは……俺個人に対して、ある程度の配慮をしてくれているということ。
だから、俺は彼女のその気持ちを嬉しく思う。
「……本当に、莉緒様は、人の上に立つ才能がおありです」
こうして、雛瀬さんを通して四条家は、だいたいの背格好と名前、後はあのショッピングモールにアクセスできる範囲に住んでいること以外わからない少年について、人を使って調査を行ってくれることになった。
幸いまだ時間はある。
少なくとも俺が次の進路を決める頃までに、彼の住所と進学先、周りにいる主な女についての情報を得ておきたい。
そうすれば、ヒロインレースが本格的に始まるのが中学校なのか高校なのかだいたい判断できるだろう。
「ですが、莉緒様。お気をつけくださいませ。おそらく、莉緒様のお考えを知った大旦那様は、あなた様を手元に置いておきたいとお考えになります」
「従兄弟の子と、わたしを結婚させようとするかもしれない、ってこと? うん、それはがんばる。……わたしが結果を出して、かずやくんとの結婚を認めてもらえるようにすればいいんだよね?」
優秀で、祖父の眼鏡にかなう子ならある程度のわがままは許される。
その上で、かずや少年が「婿養子になってもいい」と考える程度に彼を魅了、結ばれることができればこっちの勝ちだ。
あるいは、彼と俺が結ばれることが四条にとっても益になる、あるいは祖父があの少年に惚れこむような展開に持っていくこと──こちらのほうが、より主人公に尽くすヒロインとして望ましい態度か。
人を陥れるようなこと以外なら、できることはなんでもやってやる。
ヒロインレースというのはそれくらい過酷なものなのだ。
ぴろんと、『ヒロインポイント:+1』の通知が来る。
……傍から見たらだいぶヤンデレムーブだし、ポイントがマイナスではなくプラスで良かった。