「ひどい目に遭った」
「なかなか可愛かったぞ。いいよな、ぬいぐるみと戯れるわんこ」
「君は自分のぬいぐるみを助けようとは思わないのかい!?」
「いや、うちのぬいぐるみは勝手に動いて神の遣いを自称したりしないし」
と、言ってはみたものの。
バロンに噛まれると痛むしべとべとになるので、できれば止めて欲しいところ。「これで遊んじゃだめよ、バロン」と声をかけ、代わりになでなでしてやる。
「はあ。なかなか猫かぶりが上手いじゃないか」
「お互い様じゃないか? というか、女の子に転生させたのはお前らだろ?」
「確かに。でも、容姿や家庭環境を決めたのは君だよ」
「は?」
遊ばれて毛並みが荒れたままの黒猫は「覚えていないかい?」と俺を見上げて。
「転生する前、君の魂に希望を聞いたのさ。あの空間での出来事は人が正しく認識できるものじゃないから、忘れてしまうのも無理はないけどね」
「ああ、いわゆる転生特典みたいなやつか」
言われてみると、神様のような存在? と話をしたような記憶がうっすらとある。
「自分がどんな選択をしたのか確認してみるといい。そうだね、ゲーム画面を表示するような感覚がわかりやすいんじゃないかな」
「そんなこと言われても……あ、できた」
視界にウィンドウを表示するようなイメージをしたら、そのまま半透明のステータスウィンドウのようなものが表示された。
『四条莉緒 女 5歳 ヒロインポイント:0/100』
見出しの下にはずらずらと文字が並んでおり、それらは「獲得済み特典」と「特典一覧」に分かれている。
獲得済みなのは家柄、資産、住居、父親の職業、母親の職業、容姿などなど。
「父は一級建築士、母はウェディングプランナー、将来の身長は158㎝、胸はGカップ。なかなかに欲望を詰め込んだね」
「うるさい。どうせなら欲張ったほうがいいと思ったんだろ、たぶん」
つまり、特典とは今の俺を構成する要素ほぼすべてを表すものらしい。
良い条件ほどポイントが多く必要になるようで、獲得済みの特典たちも項目ごとに消費ポイントの量が違う。
例えばバストサイズはおよそ1カップ上げるごとに1ポイントが必要だ。
「特典は書き換えも可能だよ。胸が大きすぎたと後悔したら試してごらん」
「そんなこともできるのか。……ん? じゃあ、家族の職業を変えたりもできるのか? そしたら今の家族はどうなるんだ?」
「経歴からなにから新しい記憶に入れ替わるから安心していいよ」
いや、怖えよ!?
というか、
「なあ、やっぱりこれゲームなんじゃないのか」
訝しんで言えば、黒猫はきっぱり答えた。
「この世界がゲームかそうでないか、そんなことを突き止めて君になんの得があるんだい?」
◇ ◇ ◇
「話を戻そうか。とにかく、この世界には主人公がいる。そういう法則だ」
わんこに負けるくせに言うことが壮大すぎる。
「主人公は絶対だ。あらゆるものは彼にとっての価値で評価される。どんなに存在でも、主人公から不要とされれば価値はなくなる」
「でも、俺の家庭環境はその主人公が決めたわけじゃないんだろ?」
「さっきも言った通り、主人公だってただの人間さ。自らの権能を自覚しているわけではないし、意識的に振るっているわけではない」
無自覚な神様、そんな単語が頭に浮かぶ。
「ヒロインっていうのは、つまり、主人公の相手役ってことか?」
「そうさ。正確には相手役の一人だね。他にも、彼の結ばれるかもしれない相手が何人かいる。誰が勝つかはまだ決まってない」
「俺はあくまでメインヒロインの一人、ってことか」
「ああ、なかなか理解が早いじゃないか」
──いちいち驚いてたらきりがないからだよ!
内心でツッコむ俺。
言いたいことは山ほどあるが、感情を抜きにすれば理解はできる。
もちろん納得は別だ。
「言っていいなら言うぞ。なんだよこの世界!? なんで俺が女になってるんだよ!? しかも相手が決まってるってなんだよ!?」
「まあまあ落ち着いて。言った通り、そこに文句を言ってもなにも生まれない」
俺はぬいぐるみの両前足をむにーっと左右に引っ張った。
「いたいいたい。こら、足がちぎれたらどうするんだ」
ぬいぐるみに痛みはないと思うが、俺は手を離してやった。
「とにかく、ヒロインとしての役割を果たすことだね。人生の目標が決まっているのは良いことじゃないかい?」
「……そう言われると、そうかもな」
黒猫を見つめながら、俺は頷いた。
思い出したのは、前世でのことだ。
付き合った付き合った子はみんな、俺から離れていった。
挙句、他人のストーカーに刺されて死亡。
「俺さ、前世では恋愛で『幸せな未来』って見られなかったんだ」
「そらしいね。それで? 今度は振り回す側になってみるかい?」
「いや。……その時さ、思ったんだよ。俺なら、一人を愛し続けるって」
好きになった相手なら幸せにしてやりたいし、幸せにしようと頑張らないといけない。それが、誰かと付き合うってことだと思う。
男だからとか女だからとかは関係ない。
「その主人公とやらが運命の相手だって考えれば、これも悪くないかもしれない」
黒猫は「ふうん」と相槌を打って。
「いいんじゃない? 少なくとも、ボクにとっては好都合だ」
こいつは俺にヒロインを全うして欲しいらしい。
目的はわからないが……どんな形であれ、二週目の人生を送らせてもらえるだけ感謝した方がいいんだろう。
俺はいったん、納得のいかないあれこれを棚上げして。
「やるよ。……それで? 主人公っていうのはどこの誰なんだ?」
笑顔を浮かべてそう答えた。方針が決まると気分もすっきりしてくる。
そんな俺を、作り物の黒目がじっと見つめ返して。
「残念だけど、今の君にそれを知る権利はない」
「バロン、この子ともっと遊んであげて」
「おん!」
「ちょっ、おま、この人でなし!?」
黒猫がなにやらわめいていたが、俺はすべて無視した。
◇ ◇ ◇
「莉緒。バロンと遊ぶのはいいけど、あんまりはしゃいじゃだめよ?」
「うん、だいじょうぶ。行ってらっしゃい、ママ」
幸い、一人で騒いでいたのは「バロンとじゃれていたから」と思ってもらえた。
休日だというのに仕事があるらしい母は「良い子にしててね」と俺を撫でてから、慌ただしく家を出ていった。
音を立てて玄関のドアが閉じると、一気に家の中が静かになる。
父は母よりも先に仕事に出ており、これで家に残されたのは一人と一匹だ。
気を遣ったのか、バロンがすりすりと足にすり寄ってきてくれて。
「ありがとう。大丈夫だよ、わたしにはバロンがいるもん」
俺こと四条莉緒の自宅はお高めのマンション。
家電も充実しているし、欲しいとねだったぬいぐるみは全部買ってもらえる。
大型犬可の物件を選んだのも、俺が少しでも寂しくないようにという配慮だろう。
ただ、両親は稼いでいるぶん、家を留守にしがち。
転生特典を決めた時には間違いなくそこまでは考えていなかっただろう。
おかげで幼い莉緒は、気丈に振る舞いながらも寂しさを抱えていたらしい。
今世の自分の記憶も感情ももちろん持っている俺は、その寂しさをしっかり自分のこととして受け止めて。
なまじ客観視できてしまったせいもあってか、瞳に涙がにじんだ。
──すると、ぴろん、と、頭に直接響くような音。
なにかと思えば視界の端に『ヒロインポイント:₊1』という通知が来ていた。
「ああ、言ってなかったね。ポイントは増やすこともできるんだ。うまく稼げば、より有利にヒロインレースを戦えるんじゃないかな?」