転生お嬢様な俺は、どうやらヒロインらしい   作:緑茶わいん

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おじいちゃんの提案

 古い日本家屋と言っても、積極的に補修やリフォームも行われている。

 離れの中には現代的なつくりのものもあるし、食事も和洋中などなどいろいろ出た。

 今回は「他に来客もいないので」と、家族用の居間での食事。

 ……と言っても、使用人なども控えているため、空間内には余裕で十人以上がいるわけだが。

 

 メインの煮込みハンバーグも主食の焼きたてパンも美味しくて、俺の若い胃袋はそっちに注意が向いた。

 テーブルマナーもいちおう、真似事くらいにはできる。

 母はお嬢様育ちだけあって完璧だし、学校の食堂でも先輩の綺麗な所作を見ることがあるので、できるだけ見て覚えるようにしていたのだ。

 それを見た祖父は「ほう」と感心して、

 

「まだ二年生だというのによくできている。教育は怠っていないようだな」

「特別に教えたつもりはないわ。莉緒が頭の良い子なだけ」

 

 答える母に、伯父がふんと気に食わなそうな態度。

 彼はちらりと、落ち着いた手つきで食事をしている長男を見て。

 

「てっきり、娘は公立の小学校にでも入れるかと思ったんだがな」

「あの学校には良い思いでがたくさんあるもの。莉緒にも幸せな学校生活を送って欲しかっただけ」

「わたしは楽しいよ! お友達もたくさんできたし!」

 

 敢えて空気を読まずに告げれば、祖父と従兄がにっこりと頷いてくれる。

 

「莉緒はこの家にも物怖じしていないようだ。……どうだ、莉緒? この家から学校へ通ってみないか?」

「お父様!」

 

 いきなりぶっこんできたな。

 俺には優しい祖父だが、母との折り合いは必ずしも良くない。

 

「えっと、そうしたら、ママとパパはどうなるの?」

「もちろん、こちらに引っ越して来てもいい。今まで通りの家で過ごしてもいい。別々に暮らすにしても、そう離れてはいないのだし、会いたければいつでも会える」

 

 実情としては、祖父は祖父で母にできれば帰ってきて欲しいだけ。ただ、彼の横暴なところが母には受け入れにくいといったところのようだ。

 

「莉緒は私たちが育てるって言ったじゃない」

「だが、この家にいた方がしっかりとした教育を受けられる。ピアノやバレエの練習も、ここなら好きなだけ行える。必要なら家庭教師をつけても良い」

「別に、高等な教育を施すことだけが子供の幸せにつながるわけじゃないわ」

 

 どっちも正解だとは思うけど、伯父が「そう言いながら、その子を天音に入れたんだろう」と茶々入れ。

 きっ、と、実の兄を睨みつける母の表情は、なんというか、かなり迫力があった。

 

「どうだ、莉緒。ここなら存分に『花嫁修業』もできるぞ」

「やめなさい、莉緒。お勉強やお稽古ばっかりで、お友達と遊ぶ時間もなくなるし、結婚相手だってお父様に決められちゃうわ」

 

 ……とりあえず、この家にいるのが母にとってあまり良くないのはよくわかった。

 

「ごめんなさい、おじいさま。わたし、まだパパとママと一緒に暮らしたい」

 

 本人の意向を伝えなければ収まりそうにないので、俺はきっぱりと祖父に答える。

 表情を輝かせる母、対照的に祖父は残念そうな顔。

 

「そこまで莉緒を縛り付けるつもりはないのだが……。いや、待て。莉緒、お前は『まだ』と言ったな?」

 

 確かに言ったが、普通の小学二年生にその顔を向けたら普通に泣かれるぞ、おじいさま。

 

「うん。ピアノやレッスン室も魅力的だし、植物図鑑もすごく楽しかった。でも、おうちでやりたいこともまだまだあるから」

 

 そこでいったん、俺は言葉を切って。

 

「中等部に入学するまで、待ってください」

 

 そうしたらこの家で高等教育を受けてもいい、と、宣言した。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

「どうしてあんなこと言ったの、莉緒?」

 

 両親と三人だけになると、母は泣きそうな顔で俺に尋ねてきた。

 

「パパとママといるより、この家のほうがいい? あのおうちと、バロンだけじゃ、寂しい?」

「違うよ、ママ」

 

 腕を回してくる母に、こちらからもぎゅっと抱き着いて、答える。

 

「パパとママと一緒にいるのは楽しい。幸せ。バロンともずっと一緒にいたい」

「なら」

「でも、ちょっと憧れちゃうの。物語みたいな、お姫様みたいな暮らし」

「お姫様」

 

 きょとんと目を瞬く母。

 

「おっきなおうちで、雛瀬さんのほかにもいっぱいお手伝いさんがいて、ピアノも弾ける! それも体験してみたいなって」

「それは、やっぱりうちじゃお金が足りないってことじゃ」

 

 俺は、もう一度「違うよ」と答えた。

 

「ママは、このおうちで育って『普通の暮らしがしてみたい』って思ったんでしょ? わたしは、ふつうの暮らしを知ってるから『お嬢様の暮らしもしてみたい』って思ったの」

 

 人間、誰しも、持っていないものを望んでしまうもの。

 生まれつきガチのお嬢様だった母には四条本家の生活が合っていなかったが、裕福ではあるが普通の家で生まれた俺にはこの家での生活は憧れのそれだ。

 父がふっと息を吐いて「なるほどね」と微笑む。

 

「莉緒は君の小さい頃とは別人だ。幸せに育ってきたからこそ、好奇心旺盛で積極的な子になったんだよ」

 

 それはそうだ、ちょっと家を空ける時間は長かったが、父と母は俺のことをしっかり愛してくれていた。

 

「……それにね。たぶんお父上も、莉緒にはそこまで厳しくしないんじゃないかな?」

 

 母は、涙ぐみながら「どうしてそう思うの?」と尋ねた。

 すると父は「決まっているさ」と笑って。

 

「娘に嫌われるのはすごく辛いし、孫に嫌われるのはもっと辛いだろうからね」

 

 それはそうだ。

 結婚もできなかった俺だが、それはなんとなく想像できる。

 ……うん、それにしても、今の俺は嫌われる側じゃなくて嫌う側なわけで。「パパの洗濯物と一緒に洗わないで!」とかはできるだけ言わないようにしよう。

 

「それに、中学校に上がってからの話ならまだまだ先だろう? そんなに今から思いつめなくてもいいじゃないか」

「うんっ。わたしも、もしかしたら気が変わってるかも」

 

 たぶんないだろうなと思いつつもそう言うと、母はめもとの涙をぬぐって「そうね」と笑った。

 

「莉緒の結婚相手を勝手に決めようとするなら、お父様と刺し違えてでも止めてやるけど」

 

 あんまり洒落になってないというか、たぶんこれ、ガチで言ってるよな。

 思う俺の頭に、ヒロインポイント加算の通知音が響いた。

 

 

 

    ◇    ◇    ◇

 

 

 

 翌日の午前中。

 従兄と一緒に庭の草花を見たり、スマホで写真に収めたり、屋敷で飼っている犬や猫と戯れていると、メイドさんから「大旦那様がお呼びです」と声をかけられた。

 俺のそばについていてくれた雛瀬さんは元同僚にじゃっかんむっとした顔を向けて。

 

「私も同席しても?」

「ええ、もちろん」

 

 従兄は苦笑して「行ってらっしゃい」と送りだしてくれた。

 長い廊下を歩きながら、俺はなんとなく二人に尋ねる。

 

「あの、どうしてメイドさんの服を着てる人がいるの?」

「……ええと、それは」

「旦那様のご趣味でございます」

 

 言いよどむ雛瀬さんに対し、俺を呼びに来たメイドさんはきっぱりと答えた。

 

「だんなさま……ママのお兄さんだよね?」

「左様でございます」

 

 ええ……? 気難しそうな感じだと思ったのに。

 いや、「だからこそ」こういうのが好きなのか? そして、着せられている人の中にも「これはどうなの」と思っている人はいると。

 俺的にもかわいいとは思うが。

 男主人の命令だとわかると邪なものを感じて嫌かも、とか考えているうちに目的の部屋について。

 

「大旦那様、莉緒様をお連れいたしました」

「入れ」

 

 ドアを開けると、中は祖父の書斎だった。

 古い本が多く並ぶ本棚に、大きな机。

 机の上には、真新しい大きな封筒。

 

「来たか、莉緒。お前の希望していた、少年の身辺調査。その第一報を伝えておこうと思ってな」

 

 ああ、それは確かに両親のいないところのほうがいいかもしれない。

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