「調査の結果、件の少年──
家の息がかかっているという探偵のしっかりしたレポートは難しいだろうから、と、祖父はかいつまんで教えてくれる。
最初のほうに書かれた名前の漢字表記に、俺は「こういう字を書くんだ」と思った。
「家族構成は両親、それから義理の妹」
「一矢くんのパパとママは再婚なの?」
「いや、母親の妹の子を引き取ったらしい。よって、血縁上は従姉妹だな」
「たしか、いとこ同士なら結婚できるんだよね?」
祖父は「ああ」と短く答えて目を細めた。
「良く知っているな。そうだ。だから、お前とあの子も結婚できるぞ」
「おにいさまはとってもいい人だけど、わたしは一矢くんを狙ってるから」
「ははは、狙っている、か。野心的なのは良い事だ」
それにしても、義理の妹とは。
まさに、恋愛ゲームかラブコメの主人公のような境遇である。
「特に調べて欲しいと希望のあった少年の恋愛関係だが……近所の家に住む同い年の少女と家族ぐるみの付き合いがあるらしい。言わば幼馴染だな」
「むう、義理の妹に幼馴染……手強い」
この二人は文句なしにヒロイン候補だ。
しかも、今の段階から主人公にアプローチをして、文字通りポイントを稼ぐことができる。
「小学校は近所の公立校だ。さすがに進路希望まではまだ調べようがないが……順当に、近場の公立に通うとすれば、ここだな」
添付された地図の一点を指さす祖父。
俺の家からだと、少年の家までよりもさらに遠い位置。
「通えないことはないけど、電車やバスだとちょっと大変かも」
「雛瀬に車を出させれば良い。……が、私としては賛成はできないな」
「おじいさまは、やっぱり反対?」
ふかふかのソファに座らせてもらったものの、隣に座る祖父とは座高が違いすぎる。
上目遣いに見つめれば、じゃっかん強面のやり手元当主は眉を寄せて腕組み。
「公立校では十分な教育が受けられん。それに、そこらの馬の骨に可愛い莉緒をくれてやるのはあまりにも惜しい」
「もしかしたら、すごい才能の持ち主かもしれないよ?」
「莉緒が好きになった男だ。その可能性はあるが……今の段階では可能性にすぎん。無理に彼を追いかけなくてもいいのではないか?」
ううん、と、俺は首を振る。
「一矢くんは、わたしの運命の人だから。あの子じゃないとだめなの」
「運命か」
祖父の顔がさらに渋くなった。
「娘は……莉緒の母も、そんなことを言って、お前の父と結婚した」
「じゃあ、わたしも幸せになれるかも」
「むう。……私とて、あの男がよくやっているのはわかっている。が、大事な娘を持って行かれたのだ。気持ちとしては収まりがつかん」
孫相手だからか、だいぶ口の紐が緩くなっているっぽい。
「おじいさま。どうしたら、わたしと一矢くんの結婚を認めてくれる?」
直球で尋ねれば「莉緒は会話の要点をよく理解しているな」と言われ、
「そうだな。……本人の心を動かす事は大前提。その上で、お前自身が四条家の子として十分な能力を示す事。莉緒の夫に相応しいと、藤間一矢自身に証明させる事」
だいたい、思い描いていた条件通りだ。
決して楽な条件ではないが、やってやれないことはない。
「それから、ひとまずはあれと婚約しておきなさい。無事に相手を射止める事ができた暁には解消すればよい」
「えっと、たしか婚約って法的な効力はないんだよね?」
「ああ。内々の話になるから、解消の話し合いも簡単に済むだろう。なに、これもすぐの話ではない。そうだな、莉緒が中学生になった頃で良かろう」
おそらく祖父は、約束を違えるつもりはないものの、高確率で自分の望んだ方向に話が進むと考えている。
そしてそれは現段階では正しいと言わざるをえない。
が。
「うん、わかった。おにいさまと婚約はするけど、恋愛とか結婚は保留ね」
俺に引き出せる譲歩はこの程度だろう。
後は、俺自身の努力によって利を広げていくしかない。
それに──婚約者のいる美少女が、その婚約者に目もくれず、自分に夢中になってるって──けっこう、そそるシチュエーションだろう?
「ああ。形だけでも婚約者がいれば、悪い虫を避けられる。もちろん、気が変わればそのまま結婚をしても良いしな」
気が変わることはないだろうが……俺は、祖父とのこの契約を書面でしたためてもらい、お互いに一部ずつを保管することにした。
それこそ法的な効力は怪しいものの、まあ、保険のようなものである。
そして──。
中学生になると同時に住まいを本家に移し、本格的にお嬢様としての教育を受ける。
祖父との約束は、数年後、そのままそっくり履行された。
進学先は天音学園の中等部。
決して楽ではない天音学園のカリキュラムを消化しつつ、複数の習い事をこなし、家の行事やら付き合いやらで色んなところに顔を出させられる。
両親とは別の家で暮らす生活。
電話やグループチャットは欠かさずしていたが、休みのたびに帰れるほど予定が空かなかったため、家に帰るのはときどき。
それでも、両親の顔を見られるひとときは癒やしになった。
小学三年生の時に生まれた弟に挨拶するのも心和む時間。
あ、ちなみにバロンは本家に連れて行ったので毎日のように顔を見ていた。
もちろん、本家では和洋含めた礼儀作法も叩き込まれ……俺は、たっぷりと三年をかけて、どこに出しても恥ずかしくない立派なお嬢様に成長した。
胸は、当初設定されていた通りのGカップ。
長く艶やかな黒髪に白く滑らかな肌を持ち、文武両道、成績優秀、お嬢様学校出身の非の打ち所がない美少女ヒロイン。
そして、高校は満を持して、主人公と一緒のところを選んだ。
運命に導かれたとでも言うべきか。
主人公──藤間一矢は、近所の公立中学から地域では一、二を争う進学校に入学した。
教育のレベルという意味では天音学園に一歩ひけをとるかもしれないが、天音は授業こそ厳しいものの進級基準はそこまで高くない、生徒の総合レベルや一般入試の合格ラインで言えばむしろ天音よりも高いくらいの学校。
お嬢様である俺が進学先に選んでもおかしくない、うってつけの環境。
「待っていてくださいね、一矢くん」
春風に黒髪を靡かせながら、俺は敢えて声に出して呟いた。
思えば、ここまで長かった。
前世の記憶を思い出してから約十年──ようやく、ここまでたどり着いた。
ここからようやく、俺の本当の戦いが始まる。
「せいぜい気を抜かないことだね。他のヒロインたちもかなりの強敵揃いだよ」
「ええ、把握しています」
長年の相棒となったクロの忠告に笑顔で応え、ゆっくりと歩き出す。
ヒロインとしての役割と全うするために。
あの日、血を流しながら誓ったことを本当にするために。
──四条莉緒と藤間一矢の、あるいは運命かもしれない再会は、もうすぐ近くにまで迫っていた。
莉緒が本番に挑むまでのおおまかな流れを描いたところで、時計の針をいったん本編まで進めました。
描ききれていない小・中学校での出来事については番外編や本編の合間に挿入していく予定です。
というわけでいったん番外編をはさみ、主人公(男のほう)視点でのプロローグに繋げます。