【番外編】魔法少女の噂
俺こと四条莉緒が小学三年生の頃のある日のことである。
当時、母は第二子を宿したお腹がだいぶ大きくなってきており、無理のききづらい状態にあった。
その分は父がサポートしてくれていたのはもちろん、俺も微力ながら、食卓に皿を並べたり、サラダを作るのを手伝ったり、バロンの分の食事を用意したりと手伝っていて。
雛瀬さんは、俺が料理をするのを当初、難色を示した。
「莉緒様はそのようなことをなさらずとも。その分、私が働きますので」
「ううん、だめだよ雛瀬さん。これも花嫁修業なんだから」
花嫁修業と聞くと今度は父が微妙な顔をしたが、それはともかく。
「そうじゃなくても、将来なにが役に立つかわからないんだから。
覚えられることはなんでも覚えておいたほうがいいと思うの」
天音学園の家庭科の授業にももちろん調理実習はある。
というか、歴史の古いお嬢様学校なので、料理や裁縫といった技能はかなり重視されていた。
昔はよほどのお嬢様でない限り、嫁ぎ先であれこれするのが普通だったし、今みたいに家電が充実していたりしなかったわけで。
俺の説得に雛瀬さんはなるほどと頷くと、
「かしこまりました。ですが、莉緒様。刃物や火の扱いには十分にお気をつけくださいませ」
「うん。怪我したら痛いもんね」
と、子供っぽい返答をした俺だったが、前世でも料理の経験はある。
莉緒になってからはまだ本格的な料理をさせてもらえないものの、怪我や火傷にはしっかりと注意を払った。
「君は料理もできるのか。若い男にしては珍しいね。……いや、そうでもないのかな?」
後でクロからそんな感心をされたが、
「できなくて当たり前って時代ではなかったな。できる奴もそんなに多くはなかったけど」
男でも料理ができるべきだ、という風潮が広がった一方、便利な社会になったので「むしろ女の子だって料理ができなくてもいいんじゃない?」となってきていた。
「四番目の彼女──大学一、二年の時に付き合ってた子が食べるの好きでさ。美味しそうに食べてくれるのが嬉しくて、あれこれ覚えたんだよ。
最後のほうは自家製梅酒造ったり、お菓子作りにハマったりしてちょっとやりすぎた感があるけど」
「じゃあお菓子も作れるのか」
「慣れればお菓子もほうが簡単だぞ。あれは科学だから、分量や手順をしっかり守ればちゃんと美味しく作れる」
「君は男子より女子のほうが向いているんじゃないかな?」
と、クロの心無い言葉は置いておくとして。
話を戻そう。
そんなある日の朝食時、俺は両親のなにげない呟きに驚愕した。
「魔法少女のニュースもすっかり恒例になってきたね」
「そうね。最初は驚いたけれど、活躍してる姿を見てると応援したくなるわ」
「っ!?!?」
飲んでいた牛乳を噴き出しそうになった俺はけほけほとせき込み、慌てた母から背中をさすられた。
「ま、魔法少女って」
「? なに言ってるんだい、莉緒。もう一か月くらい前から何度も出てるじゃないか。ほら、あそこなんかそんなにここから遠くないよ」
テレビ画面に映っていた街並みは確かに、ここから徒歩でもいけなくはないかな? というところのものだ。
「魔法少女の出る土地って、ここの知名度も上がってきてるらしいよ」
「地価が上がって、おじいさまはほくほくしているかもしれないわね」
俺は小学校に行く前に、クロをひっつかんで鞄に突っ込んだ。
休み時間、人気の少ないトイレに彼(?)を連れ込んで「どういうこと?」と問い詰めれば、自称神様の遣いは「最近ボクの扱いがひどくないかな」と文句を言いつつも答えてくれる。
「ボクも知らないよ。大方、主人公か、他のヒロインの仕業じゃないかな」
「ってことは、この世界に当たり前に魔法少女がいるわけじゃないんだな?」
「そうじゃないことは君が一番よく分かっていると思うけど」
確かにそうだ。
ニュースを見て、両親の話を聞いた後、俺の頭の中には「魔法少女の活躍」に関するあれこれが流れこんできた。
増えると減るの違いこそあれ、れいかちゃんの記憶がフェードアウトした時と同じ現象。
つまり、世界への干渉力の強い何者かが行動を起こした証拠だ。
「……で、なんで魔法少女なんだよ?」
「なんでって言われても、キミくらいの年頃はそういうのに憧れるものじゃないかな?」
実際、俺のクラスでも魔法少女について話題にしている子は多かった。
「お話の中だけのことだと思ってたけど、本当にいると思うと憧れちゃう」
「可愛いよね。たぶん、私たちと同い年くらいかな?」
なお、みゆちゃんとエリカはそんなクラスメートを少し冷めた目で見ているグループで。
「ふたりは興味ないの、魔法少女?」
「そんなことないけど……芸能人とかと同じっていうか。あんまり同じ世界のことだと思えなくて……」
「あたしにとってはダディとマミィのほうがよっぽどヒーローデス」
そういう自分はどうなのか、と、二人に尋ねられた俺は、
「うーん、わたしもそんなに。日曜日のアニメも毎週見てるわけじゃないから」
女児の嗜みとしてチェックはしているものの、眠い時は潔く寝過ごすし、録画し忘れても特に気にしない。
その気になればサブスクで見られるし、と思っている間に忘れていることも多々。
「あ、でも、あの衣装はちょっと着てみたいな」
「それはわかりマス」
「わたしも、着るだけなら興味あるかも」
件の魔法少女はピンクをイメージカラーだ。
フリル多め、要所に白をあしらったピンクメインのドレスは、戦っている最中にスカートが翻って躍動感がある。
どんなにスカートが揺れても中の下着は見えず、ダメージを受けて衣装が傷つくことがあっても当人が大きな怪我をしたケースはゼロ、この状況を仕掛けた人物はかなりの少女趣味の持ち主と見える。
でも、さすがにあれを着てカメラに映るのは恥ずかしいかな……と思う俺だったが。
「やっぱり、何度見ても特定できないなあ」
魔法少女の正体がヒロインだとして、ではそれは誰なのか?
顔と名前がわかっているヒロイン候補は二人、そのどちらかなのか、それとも別の誰かなのか、見ればわかるはずなのに、ネットに上がっている魔法少女の写真やニュースの映像を見ても、さっぱりわからない。
「認識阻害的なやつか」
魔法少女の正体は不思議な力でわからないようになっている。
その手の作品のお約束だ。
「ヒロインと接触するチャンスかと思ったんだけどな」
「わう」
バロンをもふもふしつつ呟けば、クロは、あんまりいじめられなくなったのをいいことに近くで寝ころんだまま、
「近くで直接見れば効果を破れる可能性はあるんじゃないかな?」
「そういうもんか?」
「魔法少女の顔も知っている、変身していない時の顔も知っている、なのに特定できないんだとしたら、それは両者が繋がらないように認識をいじられてるってことだろう?
でも、キミは既に両者の繋がりを疑っている。
半ば特定を終えている者を騙しとおす強度はないかもしれない」
「なるほど、それならやりようはなくもないか」
よくわかっていないバロンは首を傾げつつ、俺にすりすりと頭を擦り付けてくる。
「ほう。そのやりようって?」
「普通に会いに行こうとしても、両親が行かせてくれない。
雛瀬さんに頼み込んだらいけるかもだけど……たぶん、それでも一般人は戦ってるところに近づけない。
戦いが発生したのが夜中とかだったらそもそも外に出られない」
なら、方法はひとつだ。
「……俺も魔法少女になって、あの子に会いに行けばいい」