目には目を、魔法少女には魔法少女を。
認識阻害を纏っていれば一人で出歩くのも簡単だ。
「でも、魔法少女ってポイント的にどうなんだ? 高そうなんだけど」
「変身して敵と戦うだけならタダ同然のはずだよ。考えてみてごらん、そこになんらかの優位が生まれるかい?」
「え? そりゃ、魔法が使えればいろいろ……いや、日常生活でそんなに使わないか、魔法」
空が飛べたら学校行くのに便利かもな、とかはあるものの。
「変身しなければ魔法が使えない、自分が魔法少女だとバレてはいけない、戦う相手は基本的に『魔法少女の敵』のみ。仮にこの条件なら、ほぼ魔法なんて使いようがないね」
「あくまでも実利の大きさでポイント消費が決まる……か。なるほどな。
ん? ……っていうか、あの子が魔法少女にならなきゃ敵なんか出てこなかったんだよな? それってただのマッチポンプじゃ」
クロはカーテンのかかった窓の外を見やってため息をつくように、
「ポイントと時間を費やしてタダ働きをしているんだから、ボクとしては理解に苦しむよ」
「日常生活の潤いにはなってるんだろうし、恋の原動力になる可能もある……んじゃないか?」
さて、いったい「魔法少女になるための特典」はどこに……とウィンドウを開けば、黒猫のぬいぐるみはそれを一緒に覗き込んで、
「項目にない特典は詳細を願えば表示される。ポイントさえあれば君たちはおよそなんでも叶えられるからね」
「義務が大きい分、それなりに見返りもあるわけだな……」
日常生活では魔法が使えない条件で作成すると、魔法少女になるためのヒロインポイントはたったの2だった。
試しに変身してみると、クロは俺を見て「なかなか似合うじゃないか」と言ってくる。
他人事みたいに言ってくれて──そうだ、せっかくだからこいつも巻き込んでみるか。
思い立ったが吉日とウィンドウを操作すると、黒猫のぬいぐるみがぽんと変化する。
「わ!? ……こら、いきなりなにをするんだ。びっくりするじゃないか」
「いや、さ。前から思ってたけど、お前がぬいぐるみなの不便だろ? この際、魔法少女のマスコットになってもらおうかなって」
変化したクロは、見た目上はそれほど変わっていない。
新しい身体は艶やかな毛並みを持った『黒猫』。『のぬいぐるみ』はつかない。正真正銘、生きた黒猫である。
その身体を抱き上げ、確かな体温とぬいぐるみ以上の手触りに満足しつつ、頷く俺。
「なるほどね。新しいペットを購入して、それをボクの依り代に指定したわけか」
「そういうこと。これなら少しは外に連れて行きやすく……」
「わう!」
新しい遊び相手に興奮したのか、バロンがクロに飛びついた。
前足でしっかりホールドしてわふわふと甘噛みを繰り返す彼に、クロは「ああもう!」と悲鳴。
「またこれか! レディの身体をなんだと思ってるだ!」
「ん? レディ……? 俺、特に性別は指定しなかったけど……もしかして」
「ん? ああ、言ってなかったかな? ボク自身に性別はないけど、敢えて精神の性を定義するなら『女性性』になる。それに引っ張られて身体もメスになったんだろうね」
まじか。……まじか。
「クロがボクっ娘だったとは。実はお前、ヒロインの一人だったりしないよな?」
呆然と呟く俺に、クロは「今のところそんな予定はないね」と淡々と答えた。
ぴろん。『ヒロインポイント:+1』。
◇ ◇ ◇
こうして、魔法少女への変身資格を得た俺。
その恩恵として、街を荒らす敵──魔物の出現を感知できるようになっており、その能力が初めて発動したのは、その日の夜のことだった。
感覚としては虫の知らせで飛び起きた感じ。
両親を起こさないように静かに身を起こした俺は、傍らで眠っていたクロと頷き合う。
ぬいぐるみだった頃より可動域が広くなった彼、もとい彼女はより細かな動作が可能になった。
「じゃあ行こうか。変身して飛び出せば、キミの正体を知られることはないし、警察に捕まることもない」
「ああ。……っと、その前に、お前も認識阻害の範囲に含めておくか」
「それはいい。どうせなら、普段からキミにくっついていても回りからは気づかれないようにして欲しいな」
バロンがまたじゃれてくるようになったからな。
ポイントをさらに1消費してクロに認識阻害を付与すると、俺は瞬時に変身を済ませ、窓に手をかけた。
……いきなり飛び出すの怖いなこれ。
かすかに身体が震えるのを感じながら、きゅっと唇を結び──特典として保証されているんだからと、思い切って飛び出す。
落ち……るかと思った瞬間、身体がふわりと浮き上がって。
「わ! ……あはは、これ、ちょっと楽しいかも!」
浮遊感に包まれたまま、意思に応じて身体がくるくると回転する。
動きに応じて衣装のスカートが揺れ、まるでダンスをしているよう。
そんな俺の身体にぴょん、と飛び乗ったクロは「やれやれ」と息を吐いて。
「遊んでる場合じゃないんじゃないかな、莉緒? ……いや、今はその名前で呼ぶのはまずいか」
「そうだね。今のわたしは魔法少女。魔法少女──モノクローム・キティ」
念のため、窓は鍵を開けたまま閉じておき。
俺は夜風を受けながら、速度と高度を上げて二つ隣の市を目指し始めた。
◇ ◇ ◇
物理法則を無視した飛行能力はかなりの速度を俺にもたらした。
障害物の少ない空というのも手伝い、あっという間に魔物の出現ポイント付近に到着。
感覚を頼りに視線を巡らせば──ほんの数秒で、交戦中の魔法少女を発見した。
夜闇にきらめく白い輝き。
ピンク+白のドレスを纏った魔法少女『ブロッサム・フェニックス』。
愛くるしい顔立ちをした同世代の少女を肉眼で視認し、俺は、やっぱりそうかと頷く。
「一矢くんの幼馴染。あの子で、間違いないみたい」
「そうか。やっぱり、認識阻害も万能ではないらしいね」
俺たちは近くのビルの屋上からフェニックスを見下ろしている。
魔力で視力も強化されているらしく、ここからでも細部まではっきりだ。
「それで? 確認は終わったことだし、帰るかい?」
「まさか、さすがにそんなひどいことしないよ」
魔法少女が少女の望みであるように、魔物もまた少女の想像の産物だ。
今回の敵は、ふわふわした毛を持つネズミ科の動物(ただし人間大以上)。
もっとはっきり言うなら、おっきなハムスターである。
ちなみにその外見はだいぶ可愛いに寄っており、芸術的センスにもポイントを振っている俺から言わせれば「デッサンが甘い」。
「うーん……。でも、可愛すぎてあんまり街のピンチっぽく見えないなあ」
「いや、そうでもないんじゃないかな?」
少女とハムスターが対峙しているのは交差点の真ん中。
夜だから交通量は多くないものの、車の通行を邪魔してしまっている。
歩道からは複数名の一般人がスマホのシャッターを押し、マスコミ関係者と思われるカメラまで来ている。
「魔法少女が負けたりしたら、暴れたハムスターにみんなが怪我をさせられるかも」
フェニックスはそうはさせまいと、鳥の羽根をあしらった杖を振るって光る玉を生み出し、魔物にぶつけている。
ただしハムスターもただではやられてくれず、ぴょんぴょんとそれを回避してはフェニックスに体当たりや引っかき攻撃を仕掛ける。
本体に怪我はなく、服が破れても露出は抑えられるあたり出来レースに近いんだろうとは思うけれど。
「危ない!」
相手の攻撃を回避しきれなかったフェニックスが、攻撃をもろに食らいそうになる。
反射的に声を上げた俺は、そのままハムスターに攻撃を加えていた。