「最高の素材が手に入ったわ」
ウィッチは艶然と笑むと、少年の頬をそっと撫でた。
「この子なら、今までの魔物とは比べ物にならない化け物になる。そうね……この国、いいえ、世界を支配することだってできるかも」
「そんなこと、絶対にさせない……っ!」
唇を噛みしめたフェニックスは、両手で握った杖から魔力光を連射する。
しかし、そのことごとくは不可視の障壁によって弾かれてしまう。
「ねえ? あなたも、強くなりたいでしょう? 男の子なら、力づくでなにもかも蹂躙してみたくなるものよね?」
悪い魔女からの、甘い囁き。
少年マンガのヒーローに憧れる年頃の男子には、たまらなく魅力的な提案だ。
まして、口にしたのが妖艶な美女。
俺の額に汗が浮かぶも──少年は、鼻で笑うようにして魔女の誘いを跳ねのけた。
「はっ。誰が化け物になんかなるかよ。そんなの、格好良くもなんともないだろ」
ああ。
やっぱりこの少年は、まっすぐで、純粋だ。
悪い奴の誘いになんて絶対に乗らない。
……それはまあ、冷静に分析してみれば、小学三年生だとまだ「大人のお姉さんからの誘惑」がどれほどの価値かわかっていないだけじゃないかとか、いろいろ言えるが。
それでこそ、俺の見込んだ男、この世界の主人公だと思わず笑う。
俺は、フェニックスと目くばせをし、同時に動いた。
「カズくんを──」
「離しなさいっ!」
光弾による足止めからの、渾身の飛び蹴り。
今までの魔物ならば大ダメージ確実のコンビネーションに──しかし、ウィッチは、空いている手を軽く振るだけで対応した。
不可視の衝撃波が光弾、そして俺を吹き飛ばし、
「きゃああっ!?」
フェニックスと衝突した俺はそのまま揃って地面を転がり、ようやく止まる。
慌てて立ち上がった時には、ウィッチは黒い宝石のようなものを一矢少年に近づけており、
「ぐ、あああああああっっ!?」
「カズくんっ!?」
胸のあたりで固定された宝石は、禍々しい、触手のようなものを伸ばして少年の身体を覆い始める。
「くっ、このっ、俺になにする気だ……っ!?」
「うふふ。あなたはこれから魔物になるのよ。悪いことしか考えられない、とっても悪い魔物にね」
「ふざけるな、あいつらが心配するから、俺は早く帰らないと……っ、あああっ!?」
これは、まずい。
「フェニックス。時間がないわ。あの宝石が彼を侵食しきったら、おそらく手遅れ。その前に、なんとしてもあいつを止めないと」
「……うんっ。カズくんは、私が、絶対に助けるっ!」
俺たちは二度、三度とウィッチに挑みかかった。
攻撃するたびに俺たちの技はさらに洗練されていく。
フェニックスの光弾はひとまわり大きくなり、さらに形を変え、弾ではなく槍のような、より攻撃的なフォルムに。
それなのに、結果は一度目と同じ。
何度も吹き飛ばされたせいで衣装は汚れ、身体にも小さな擦り傷がいくつもできる。
魔女はくすくすと笑って、
「あらあら? 二人とも、そんなに弱いなんて思わなかったわ。これなら私の魔物たちのほうがよっぽど強いんじゃないかしら」
「そんなはずは──」
言い返しかけて、俺は「もしかして」と気づいた。
「クロ。あなたから見て、わたしたちの攻撃の威力はどうだった?」
戦闘の間、少し離れた場所から見守っていたマスコット──もとい、神様の遣いである黒猫は、「そうだね」と答えて。
「見た目は凄そうだけど、中身が伴っていない。特にフェニックスの攻撃はハリボテ同然だ」
「そんな、私、こんなに必死に!」
「フェニックス、残念だけど僕も同感だピヨ。今のフェニックスは焦りと怒りに囚われて、愛の力を出し切れてない」
魔法少女というのはすごいが、同時に、ままならない存在だ。
敵と戦っている最中でさえ愛や勇気や希望を忘れてはいけない、忘れてしまえばたちまちその力は減少して、勝つことができなくなる。
身体強化と物理攻撃だけで戦っている俺は比較的、その影響が薄いようだが。
「フェニックス。もう一度思い出しましょう。あなたが魔物と戦うのはどうして? 彼を助けたいのは、どうして?」
焦る少女は「でも」と訴えるも、すぐに「ううん」と首を振って。
「そうだ、そうだよね。……私は、みんなを守りたい。カズくんが好きだから、魔物になんてなって欲しくない!」
言い切った少女の身体から、さっきまでとは比べ物にならない魔法の力が溢れてくる。
「さすがね。そうよ、それでいいの。さあ、もう一度頑張りましょう!」
「うんっ!」
一度や二度で通じないのなら、通じるまで何度も挑めばいい。
俺は攻め方を変えた。
身を屈めるようにしながら地面に沿って走り、鋭くウィッチに飛び掛かる。吹き飛ばされてもすぐに受け身を取って起き上がり、再度挑みかかる。
再起のための時間を稼ぐのはフェニックスの役目だ。眩い光弾に戻った魔法は、不可視の障壁にダメージを入れ、ついにはぱりんと割ってのける。
「くっ……!」
初めて表情を変えるウィッチ。
彼女は障壁を再展開しながら「仕方ないわね」と呟き、自らの周囲に黒い触手を無数に生み出した。
「本気を出してあげる」
「あああっ!?」
「キティちゃん!?」
飛び掛かろうとした俺は触手にまんまと絡め取られ、宙に持ち上げられてしまう。
助けようと光弾の雨が降り注ぐも、別の触手がそれを妨害。
これが、ウィッチの本気か。
彼女単身でも街ひとつくらいなら破壊できそうだ。
今までの魔物とは桁が違う。
そして、今こうしている間にも一矢少年への侵食は進んでいる。
「……負けられない」
フェニックスが今すぐ『魔法少女の特典』を消去すればこの出来事自体なかったことになるんじゃ? とか、そんなことはこの際置いておく。
できないことを考えても仕方ないし、俺だってあの少年に魔物になられたら困る。
それに、ここまで来てしまったら、前世男子としての負けず嫌いが顔を出す。
今の力で勝てない敵が出てきたらどうするか?
答えは──勝てるようにパワーアップすればいい、だ。
脳内で特典のバージョンアップを提案すれば、要求されたヒロインポイントは1。なんだ、たったそれだけで強くなれるのか。
「フェニックス! こいつには……ウィッチには、わたしとあなたが本当の意味で力を合わせないと勝てないわ!」
「キティちゃん!? でも、力を合わせるってどうやって!?」
「いま、わたしとあなたは同じ気持ちでしょう? 願いなさい。ウィッチを倒して、あの子を救いたいって」
「! そっか、うん、わかった!」
胸に手を当てて祈るようにするフェニックス。
なにかを感じた魔女が触手を締めあげ、少女にも攻撃を加えるも──もう遅い。
俺たちの身体から湧き上がった「黒と桃色の混ざり合った光」が、魔女の触手を吹き飛ばしていく。
衣装が変わる。
どこかウェディングドレスにも似た豪奢なデザインはまさに、最終回にだけ描かれるファイナルフォームのそれ。
「ウィッチ、あなたはここで止めるわ!」
「こんな悪いことをして、反省しなさい!」
「っ、ここまでの力があるなんて。でも! フェニックスさえ倒せば、キティに浄化の力は──!」
「残念ね」
すべての触手をフェニックス一人に向かわせるウィッチだったが、フェニックスはそれらを踊るようにかわしきり、さらに拳や蹴りで一つずつ吹き飛ばしていく。
目を見開いた魔女がはっとしてこちらを振り返った時にはもう遅い。
十分にチャージされた浄化の光が、俺の両手によって頭上に掲げられている。
「力を共鳴させた今のわたしたちは、無敵なの」
「認めないわ、こんな、この世界は一度壊れて再生するべきで──っ!?」
光が、ウィッチを包み込んでいく。
魔法少女は殺さない。悪しき力を呑み込まれ、浄化された魔女は、徐々に元の姿を取り戻していく。
どうやら、地味な容姿の女子大生が元の彼女らしい。
どういう事情があってこんなことになったのかはわからないが……気絶して横たわった彼女からはもう、危険な感じはしない。
よし、これで──。
「カズくんっ! カズくんっ!? どうして止まらないの──っ!?」
はっとする。
ウィッチを倒しても、一矢少年への侵食が止まっていない。
浄化の余波をだいぶ食らったはずなのに、触手は、今にも彼を呑み込んでしまいそうで。
「どうやら侵食が進みすぎたようだね。このままだと、最悪の魔物が生まれてしまう」
いやクロ、そんなこと冷静に言ってる場合か!?
くそ、あれだけでかいことやってまだ足りないのか。もう2、3ポイントくらいつぎ込むか!? いや、違う。
物語のセオリーに則るのなら、ここは、劇的な方法で対応する場面。
インパクトさえあれば、おそらくは通る。
「こうなったら、最後の手段よ」
俺はもっともらしい表情を作ってフェニックスに告げる。
「あの子を救うには、最大限の愛を、直接的な方法で伝えるしかないわ」
「うん! でも、それってどうすれば……!?」
「簡単よ。……フェニックス、あの子にキスしなさい」