恋愛ゲーム、あるいはラブコメマンガの中のような世界に放り込まれてしまった俺(前世男、現世幼女)。
ここではヒロインポイントなるものを使って自分を強化できる。
そして、それをやりくりして主人公を落とすのが目的。
俺は、神の遣いを自称する黒猫のぬいぐるみを抱き上げて。
「ポイントが手に入る基準はあるのか?」
「君はヒロインだからね。ヒロインらしい行動を取ればポイントが加算されていく。基本的には、行動の大きさに応じて1~3ポイントだ」
「けっこう入るけど、基準があいまいだな」
役に立つようで立たないぬいぐるみは「そこは自分で探ってもらおうか」とあっさり答えた。
考えてみると、こいつがいるおかげで今はいちおう一人と二匹なのか。
「ね。あなたの名前、クロでいい?」
莉緒モードで尋ねれば、黒猫のぬいぐるみ──クロは「安直すぎやしないかい?」と抗議してくる。
「ここの犬は貫禄もなにもないくせに『バロン』なんてたいそうな名前をもらっているじゃないか」
「じゃがいもでも男爵になれるんだから、バロンにも十分権利はあると思う」
名前は有無を言わせず「クロ」に決定。
「で、ポイントの使い道か。設定が変わると記憶まで変わるとか言われると、めちゃくちゃ使いづらいんだが」
「なら、自身の容姿や能力にでも使っておいたらどうだい?」
なるほど、それなら周りへの影響は最小限に抑えられるだろう。
「……なあ、特典を入れ換えると『元からそうだった』ように書き換わるんだよな? じゃあ、子供のうちはこのGカップ要らないんじゃないか?」
「そうだね。まあ、追加でポイントを払えば、小学生や幼稚園から巨乳になれるけど」
「高校生くらいの頃を想定して設定してただけだろ、たぶん」
とりあえず胸をGカップからAAカップまで削ると7ポイントも浮いた。
デフォルトはAカップで0ポイントだが、AAカップにすると-1ポイント消費、つまりポイントが増えるようだ。
さっき手に入れたポイントと合わせてこれで8ポイント。
「前世のおかげで勉強はある程度できるんだよな……。知能とか記憶力とかもしばらくいらないんじゃないか?」
「頭をぱーにしすぎると前世も思い出せなくなるし、持ってる知識を活用できなくなるよ」
さらにクロは「特典をうまく配分する機転も利かなくなるかもね」と脅してきたので、俺はぶるっと震えて「頭ぱー作戦」を断念した。
「じゃあ、お嬢様らしく芸術系のセンスとかに振っておくか。幼稚園ならけっこう役に立つだろ」
音感とか色彩感覚とかに振ったら、前世で上手く歌えなかった曲も歌えるようになったし、誰もが一度は憧れるだろう「好きなマンガキャラのイラスト」なんかもけっこう上手く描けるようになった。
楽しくなってあれこれ試しているうちに時間は過ぎて、俺は月曜日──幼稚園に行く日をあっという間に迎えた。
◇ ◇ ◇
幼稚園に、主人公や俺以外のヒロインがいたりするんだろうか?
車に揺られながら俺はぼんやりと考えた。
クロいわく、俺はヒロインで、主人公の相手役(の一人)らしい。
ただし、主人公がどこの誰かは不明。
ついでに他のヒロインもどんなやつか不明。
わからないことだらけである。
本人いわく、
『別に君が勝たなくても僕らは構わないからね』
あまり贔屓しすぎると他の子が可哀そうだ、とのこと。
『他のヒロインも俺と同じような転生者なのか?』
『いや。彼女たちに前世の記憶はないし、ヒロインポイントのシステムも開示されていない』
『開示されていない……ってことは、システム自体は適用されてるのか?』
『もちろん。彼女たちが無意識にそれを用いているのに対し、君は意識的に用いられる、という話さ』
もっと胸が大きくなりたい……と願い、ポイントが余っていれば叶えられる、みたいな感じか?
『そいつらに会ったときに「こいつが主人公です」みたいな表示は』
『出るわけないだろう。君は現実をなんだと思っているんだい』
すでにゲームみたいなシステムを見てるんだからしょうがないだろ!
『うーん……顔も名前もわからない男を落とせってのも無茶だけど、とりあえず、できることからやってみるか』
『その意気だよ。頑張って彼を落としてくれ』
考えている間に車は幼稚園に到着。
俺が通っているのは、大学まである名門女子校の系列幼稚園だ。
前世で通っていた一般の幼稚園とは敷地の広さも建物の立派さも段違い。
「ありがとうございました。後はいつものようにお願いします」
俺と共に車を降りると、母はドライバーに声をかける。
家のお手伝いさん──ではなく、平日の朝だけお願いしている運転代行の人だ。
広いと言っても、園には通園ラッシュに対応できるほどの駐車場はない。なので、母はここで下ろしてもらって俺を預け、そのまま公共交通機関で出勤している。
車は家に戻してもらって鍵はポストの中だ。
それにしても、外に出ると自分の小ささが良くわかる。
まるで世界全体が大きくなったような錯覚。
歩幅も小さく、拳を握ってみてもろくな力は入らない。
男児だった頃はどうだったかというと、そんなもん気にせず走り回っていた気がするのでぜんぜん参考にならない。
「おはようございます、先生」
「おはようございます、莉緒さん。お休みの間はどうでしたか?」
「はい、バロンと一緒に遊びました」
「そう、それは楽しそうですね」
建物の入り口あたりで先生に挨拶。
お嬢様たちを預かる先生たちはしっかりした人たちで、子供相手にも礼儀正しく接してくる。同時に、俺たちを叱るときはとても怖い。
ちなみに園では可愛い制服着用である。
ボトムスはキュロットスカート。見た目はスカートだが中は半ズボンみたいなやつなので、『俺』的にもあまり違和感はない。
「それじゃあね、莉緒。良い子にしてるのよ」
「うん!」
母に笑顔で手を振って教室へ。
生活のルーティンをなぞっていると莉緒としての感覚が強く出てくる。
家で一人の時より寂しくないので、莉緒は幼稚園に行くのをわりと好んでいたようだ。
「みんな、おはよう」
教室にはすでに十人以上の女の子がいて、挨拶すると「おはよう、莉緒ちゃん」と返してくれる。
女の子。
専用だから当たり前だが、男子が一人もいない。しかもみんな大なり小なりお金持ちのお嬢様だ。
……なら、さすがに主人公はいないか。
クロは「彼」って呼んでいたから男のはず。女装男子の可能性はあるが、さすがにないはず……よな?
着替えのシーンの記憶を思い返してみて「これちょっと危険じゃないか?」と気づき、眉を寄せていると。
「おはよう、莉緒ちゃん。どうしたの?」
「あ、おはようみゆちゃん。ううん、なんでもないよ」
同じクラスの子の中でも特に仲の良いみゆちゃんが声をかけてきた。
笑顔で首を振って「お休みの間はどうだった?」と尋ねると、嬉しそうに「マリアがね、いっぱい写真撮らせてくれたの」と教えてくれる。
当たり前にスマホが取り出されるあたり現代っ子かつお嬢様だ。ちなみに俺も持っている。
画面に表示されたのはアメリカンショートヘアの可愛い女の子。
「可愛い!」
「うん。特にこれなんかよく撮れてると思うんだ」
「うん、すっごく可愛い! やっぱり猫もいいなあ」
動物好きなのは俺(莉緒)とみゆちゃんの共通点だ。
特にみゆちゃんは大の動物好きで、将来は親の跡を継いで医者になるか、それとも獣医になるか真剣に悩んでいる。
「ね、莉緒ちゃんのバロンの写真も見せて」
「いいよ。えーっとね……」
人懐っこいバロンは嫌がるどころか「ほら、撮れ撮れ」とポーズをとってくれるのでいい被写体である。
俺たちが動物写真で盛り上がっていると、少し離れたところから「ふん」と声がして。
「見て。れいかね、また新しいシール買ってもらったの」
「え、ほんと!? 見せて見せて!」
三、四人に群がられながら「どうだ」とばかりにこっちを見てきたのは、ウェーブの髪が特徴的な女の子。
クラスの子たちは基本的に仲が良いものの……それでも、こういう悪役令嬢っぽい子もいたりするのだ。