「……うーん」
「いかがなさいましたか、莉緒様?」
ある日の夕方。
スマホ片手にうなっていたら、雛瀬さんから心配そうに声をかけられた。
本日、両親はともに帰りが遅い模様。
こういう時の夕食はだいたい宅配か雛瀬さんの手料理の二択である。
なお、もともとは母の実家の使用人である雛瀬さんは俺が料理や洗濯、掃除を「お手伝い」しようとするとほぼ必ず拒否してくる。
この点、母なら娘とのふれあいが嬉しいのか、なにかしら簡単な作業を言いつけてくれるのだが。
……いけない、話が逸れた。
「うん。わたしでもお金を稼ぐ方法がないかなって調べてたんだけど、なかなかいい感じのがないなあって」
ちなみにバロンはクロがやる気なさげに動かす尻尾にご執心である。
本気で飛びつけば捕まえられるのにわふわふ肩前足で追いかけるだけなあたり、じゃれているだけなのだろう。
「資金が必要であれば、大旦那様に相談なさっては?」
眉を寄せつつ呟く雛瀬さん。
母の父、つまり俺の祖父は女の子の孫が可愛くて仕方ないらしく、今までにもあれこれと援助してくれている。
そして、彼が俺用にと積立てているお小遣いはいまだに毎月増える一方だ。
「それはそうなんだけど。おじいさまやみんなに頼っているだけじゃわたし、ただの金食い虫じゃない?」
「莉緒様にはそれだけの価値があるからこそ、大旦那様も目をかけていらっしゃるのです」
「そうかなあ……? わたしが成長しても、そんなに稼げるかわからないよ」
なので今のうちに、少しくらいは稼げるようになっておきたい。
「子供でも稼げそうなのは、やっぱり今なら配信かなって思ったんだけど」
「莉緒様のお顔を不特定多数に晒すのはおやめください」
「だよね」
実家ではネットに俺(や従兄弟)の画像が出回っていないか定期的にチェックする仕事もあるらしい。不埒な輩を無限に増やしそうな真似は止めたいに決まっている。
「ね、雛瀬さん。配信はだめだけど、テレビとかならOK? 女優とか、モデルとか」
「そうですね。芸能人は公人ではありませんが、それに近い性質を持ちます。テレビ局や出版社、事務所がその安全にある程度の責任を持つわけですので、まだ理解はできます」
まあ、配信者も広い意味だと芸能人なのだろうが。
事務所に所属せず、個人でやっている人も多いので一般人との境界線がかなりあいまいだ。
特にアバターを使った配信者はアニメキャラなど架空の人物に対するような遠慮ない扱いをする者も後を絶たない。
「大旦那様にもその傾向はおありですが、年配の方ほど権威を重んじる傾向があります。テレビ局や出版社は配信サイトなどよりもよほど信頼できる、と、お考えになるでしょう」
「うん。それはわたしもちょっとわかる」
長年やってきた歴史があるってことは、少なくともその間は経営を続けられてたってことで、潰れないだけの実力と信頼を受けてきたってことだ。
「でも、芸能人なんて簡単になれないよね」
なりたくてもなれない人がたくさんいる世界である。
家族が芸能関係者で、そのままモデルやら声優やら映画出演やらできちゃうようなラッキーガールもそれは中にはいるだろうが……。
「莉緒様でしたら簡単にスカウトを受けられるのでは?」
「でも雛瀬さん、大手のちゃんとしたところじゃなかったらその場で断るよね?」
「それはもちろん」
じゃあ並のアイドル事務所とかじゃ納得されないだろうし、下手な仕事を始めると勉強する時間が取れなくなってしまう。
将来、結婚後の副業として作家とかを考えたこともあったが、あれは才能もいる上に、賞に応募したりしてうまいこと行く必要がある。
そう簡単にお小遣い稼ぎは──。
「……あれ? でも、できなくはないのかな?」
配信とはちょっと違うが、ファンから直接応援してもらうサービスも今はあるわけで。
◇ ◇ ◇
俺が目をつけたのは文章ではなく絵、つまりイラストだ。
自慢じゃないが、俺の芸術センスはけっこう高い。
記憶を取り戻したばかりの頃に振ったポイントはそのままにしてある、というかさらに追加で割り振って能力が強化されているからだ。
ふと我に返ると、なんでポイントを振るだけでセンスが良くなるんだって話だが。
それを言ったら頭の回転が速くなるとか家が金持ちになるとかも同じだ。
クロいわく、頭がぱーになったら思考力も鈍るらしいし、こう……強化にしろ弱体化にしろ、ポイントの影響を受けると俺の一部が改変されるんだろう。
深く考えるとめちゃくちゃ怖いのであまり考えないことにする。
とりあえずはそこそこいいタブレットと適したペンがあればいいだろう。
費用は5万~10万くらい。
お小遣いはそこそこもらっているし無駄遣いもしないほうだが……さすがにちょっと手持ちが厳しいか。
ならばと、ヒロインポイントを割り振って、お年玉の額を増やす。
結局祖父からのお小遣いだって? まあその通りだが、この場合、祖父の経済状況そのものがアップグレードされて「お年玉の額を増やしても問題ない環境」に変わったので、おねだりしてお金を出してもらったのとはちょっと違う。祖父の懐は追加で痛んではいない。
「ふふん。これなら気軽にお絵描きできるねっ」
もっと早く買っても良かったなと思いつつ、すいすいと絵を描く。
機材に慣れるまでに時間はかかりそうだが、描きたくても絵心のなかった前世と違い、描きたいものが表現できるので楽しい。
描いているとバロンが「なになに?」とばかりに寄ってきたので、じゃあ描いてみようとモデルになってもらったところ……うん、さすがにわんこはモチーフとしてレベルが高かった。
猫? あれは昔の名だたる画家でもなかなか可愛くは描けなかった、なんて話もあるくらい難易度の高い生き物だ。ひょっとしたら神様が特別につくったのかもしれない。
描いた絵をみんなに見てもらうためにSNSやお絵描きサイトのアカウントも作った。
姉と妹のコンビという設定で、支援サイトは雛瀬さんに登録してもらった。
最初はぽつぽつとした反応だったものの、コツコツ描いていくと慣れもあってだんだんフォロワーが増え始め、半年も経つ頃には支援サイトでもちょっとだけ──お菓子を買うのに使えるくらいの額を稼げるようになった。
むう、我ながら絵は悪くないと思うんだが……やっぱり健全絵だけでは限界があるか。
「あのね、雛瀬さん。もっとお客さんを集めるためにはえっちな絵があるといいと思うんだけど……」
「そこまでお金に困ってらっしゃるのであれば大旦那様に相談しましょう」
「だよね」
仕方ないのでちょっとえっちな絵を模索するくらいにした。
身近にモデルがいるといいんだけど……自分の姿を鏡で見て参考にすればいいか? できればもうちょっと年頃の女の子がいいが、人のを参考にするのもちょっと申し訳ないし。
もちろん身バレしないために顔なんかは適度に変えつつ絵にして投稿すると、そのうち「ロリの描写に定評のある絵師」みたいな評価が付き始めた。
ついでに「こんな可愛い子が現実にいたらな」「いや、いねえよこんな美少女」みたいなコメントも。いや、いるよ、ここに!
ともあれ、なんかロリ絵師にされてもあとあと困りそうなので、じょじょに「可愛い女の子と綺麗な風景、あと動物」を描くような方向性に軌道修正した、がんばって。
なお、この後俺はバレエ関連で注目され、ちょっとだけテレビに出たりもして、お小遣いも入ってくるようになるのだが、それはまた別の話。