「雛瀬とも、長い付き合いになったわね」
春、始まりの季節は車の窓を開けて外の空気を感じるのが心地いい。
通学路の景色がこれまでと異なるのを楽しみながら、俺は独り言のように言った。
幼稚園の頃から数えて三代目となる黒くスポーティな車。
運転する雛瀬さんの表情は、かつての硬さが嘘のように柔らかな微笑だ。
昔は沈黙の多かった車内も今はむしろ、彼女から話題を振られることが多い。
今回も、俺の呟きにすぐに返答があって。
「私は、一生莉緒様についていくと誓っておりますので」
「もう、そんなことを言って。また今日も、たくさん写真を撮るつもりなんでしょう?」
「もちろんです。先代の時代はまだアルバムが全盛だったそうですが、今はデジタルデータとして無限に保存できます」
確かに現像代はかからないが、保存媒体の容量はあるだろ。
「さて、そろそろ
「ふふっ。お友達と揃って登校なんて、少しどきどきするわね」
三年間──四条本家と天音学園中等部で揉まれた俺こと
とはいえ中身はそれほど変わっておらず、
「ごきげんよう、莉緒さん」
「ごきげんよう、実結さん」
幼稚園からの親友と言いあって、お互いにくすくすと笑いあった。
「なんだか照れくさいね、莉緒ちゃん」
「うん。二人で話す時は堅苦しくないほうがいいと思う」
天音の高等部制服ではなく、地域有数の進学校の制服──すなわち、俺と同じ白ブレザーを纏ったみゆちゃんの後ろから、みゆちゃんのお母さんが「本当にありがとうございます」と俺たちに声をかけてくる。
「どうか実結をよろしくお願いいたします」
「責任を持って実結様をお預かりいたします」
「わたしが登校するついでですから。お気になさらないでくださいませ、お母さま」
お母さんとも長い付き合いだ。彼女は笑顔で俺たちを見送ってくれた。
「みゆちゃんと一緒に登校できるなんて、なんだか嬉しい」
「莉緒ちゃんはずっと車登校だったものね」
天音にはそういう子もかなりいるが、俺たちがこれから通う学校はレベルこそ高いものの、金持ちの子から庶民まで幅広く受け入れている学校。
おまけに共学である。
今までとは勝手が異なることも多くあるだろう。
それでも、ここでしか学べないことはきっと多くある。みゆちゃんが敢えて外部の高校を受験したのにも、男のいる環境に慣れるため、というのが含まれている。
ちなみに、エリカはそのまま天音の高等部に進学した。
連絡は取りあっている──というか、昨日もメッセージアプリでやりとりをした。9年間あのお嬢様学校で揉まれた彼女も今はもう立派なお嬢様である。
「莉緒ちゃんの好きな人も、同じ学校なんでしょう?」
「………うん」
俺はこくんと頷くと、スマホ内に保存した画像の一枚を表示。
最近撮られた
出会った当時はただのやんちゃな子供といった感じだった彼も立派に成長し、年頃の青年になった。
顔は、わりと整っている。
目立つタイプではないが、多くの人が好感を持つような風貌。
身体は特に筋肉質ではない──ように見えて、必要十分な程度には鍛えられており、優しさと精悍さを同時に感じさせる。
そして、その周りにはなぜか美少女の影が見え隠れする。
主人公にはわりと多いタイプ、つまり、ヒロインの相手として不足はない。
俺がくすりと笑うと、みゆちゃんが心底困ったような表情でぽつりと。
「前から思ってたけど、莉緒ちゃん、それ隠し撮り……」
「あら。悪用しなければ露見することもない……つまり、訴える者もいないもの」
お嬢様モードで答えた俺は、にっこりと笑みを浮かべてヤンデレムーブを誤魔化した。
◇ ◇ ◇
高校の近くで下ろしてもらい、みゆちゃんと一緒に短い距離を歩く。
昔はあどけなかったみゆちゃんも、高校生になって清楚な美少女へと成長している。
隣を歩く俺はGカップかつ艶やかな黒髪ロング。
背筋を伸ばして二人で道を行けば、多くの生徒から視線が集まってくる。
その中に多く、男子からの熱っぽいものが混じるのが今までにない特徴だ。
みゆちゃんは凛とした表情を崩さないまま、唇だけを動かして、
「………本当に、殿方というのは度し難い生き物ですね」
「ふふっ。みゆさんにも、いずれ素敵なお相手が見つかるのではないかしら」
みゆちゃんの男性嫌いは歳を重ねるほどひどくなっている。
ここで共学に通って男慣れしておくのは良い判断だと思う。
まあ、思春期男子の悪い面に触れて余計悪化しないことを願うばかりだ。
と。
「莉緒。良い具合にお出ましだよ。少し後ろに、三人連れ立って歩いてる」
魔法少女の一件などでポイントを割り振られ、俺用のマスコットとしての機能を有しているクロが俺にだけ教えてくれる。
認識阻害を発動中の彼女は基本俺にしか存在を察知できず、また、それとは別に、質量やサイズを多少無視して肩や頭に乗ることもできる。
「ええ。……おあつらえ向きのシチュエーションですね」
俺は、偶然を装って後ろを振り返り──藤間一矢と視線を交わらせた。
幼い頃に出会ったことのある少女と運命的な再会。
しかも、彼女は見違えるように美しくなり、正真正銘のお嬢様として花開いていた。
ぴろんと、耳慣れた音が響いてヒロインポイントが加算される。
「莉緒さん?」
「ごめんなさい、なんでもないの」
一矢の両隣には彼の幼馴染である魔法少女ブロッサム・フェニックス──もとい、
俺と同じヒロインたち。
容姿も負けず劣らずの美少女、しかも主人公と昔から一緒にいる強敵だが……本戦開幕後に登場するヒロインにはそれなりの戦い方というものがある。
そして、恋愛系のゲームやマンガでは、ヒロイン格の美少女の中にも「メインヒロイン」と「その他のヒロイン」がいる。
多くの場合、メインの座に君臨するのは、物語の本格始動と共に印象的な登場を果たした者。
どうだ幼馴染&妹、これはお前たちには真似できないだろ。
「まあ、君はどう考えても一番手よりも二番手、レッドじゃなくてブルー、メインヒロインの引き立て役の負けヒロインってタイプだけどね」
うるさい、誰の味方だこの黒猫。
◇ ◇ ◇
入学式を無事に終え、両親+雛瀬さんに写真を撮られまくり。
せっかくなのでみゆちゃんとのツーショットも撮ってもらって。
ある程度の時間を目途に新入生は教室へ。
無事、主人公(一矢)と同じ学校になれた俺だが、クラスは同じになれなかった。
ヒロインポイントを使えば「運の良さ」も買える。
ただ、これに関しては運でカバーできない。
一矢たちは『普通科』で、俺とみゆちゃんは『特進科』だからだ。
人生の有利を蹴って、想い人と同じコースという手もあったが、祖父に認められる理屈を絞り出せなかった。
一矢を落とせなかった場合、従兄と結婚する約束があるし箔付けは必要。
まあ、それはそれで構わない。
これからは同じ学校なのだからいくらでも会える。
それこそ、培ってきた運の良さが発揮される場面。
物語を鑑賞していて思ったことはないだろうか? 「こいつら、いくらなんでも偶然出会いすぎだろ!」と。
これが、そういうものなのである。
俺たちは主人公とヒロイン。
イベントの起こりやすい運命にあるので、歩き回るだけでしょっちゅうなにかに出くわすのだ。