ガイダンスを兼ねたHRが終わると、俺はさっそく席を立とうとして。
「ね、四条さんってもしかしてお嬢様?」
「どこの中学から来たの?」
逃がすかとばかりに複数人に囲まれてしまった。
その中には男子生徒もおり、みな興味津々といった様子。……あー、うん、このノリは久しぶりだから正直油断していた。
お嬢様学校の生徒もぐいぐい来るのは変わらないものの、やり方はもっと上品だ。
あと、高校での格付けの参考にしようとしている女子と違い、男子の目的は「どうにかしてお近づきになれないか」。
ぶっちゃけ、俺は藤間一矢以外の男子には興味がないわけだが。
あまり邪険にするのも今後の生活に差し支える。
「そうですね、わたしは天音学園の中等部から参りました」
「え、あのお嬢様学校の」
「ガチのお嬢様かよ……」
良い噂が流れれば巡り巡って一矢少年に届くかもしれないわけだし、差しさわりのない程度に受け答えをしていく。
「
「え。ええ、そうです。莉緒さんとは以前からのお友達でして」
流れでみゆちゃんも巻き込まれた。
「
軽く助け舟を出すと、みゆちゃんは目で「ありがとう」と言ってくれた。
みんなも多少加減はしてくれたものの──好奇心に呑まれた人間というのは簡単には止まらないもので、俺たちは受け答えだけで四苦八苦。
「……申し訳ありません、莉緒さん。私、所要を思い出しましたのでお先に失礼します」
「ええ、また明日。帰り道はくれぐれも気を付けてくださいね」
「はい、莉緒さんも」
明らかに無から発生してきた用事で席を立つみゆちゃんだったが、ここで逃げておいたほうがいいだろう。いきなりこの大攻勢をいなすのはきつい。
クラスメートたちも俺という他のターゲットがいるので無理にみゆちゃんを引き留めようとはしなかった。
ちなみに、もともと帰りは基本、別々という想定である。
部活とかで時間がズレることが多くなるだろうし、そろそろ独り歩きに慣れておくのも必要である。
変質者対策としてはお子様だけでなくお嬢様にも防犯ブザーは鉄板アイテム。
俺とみゆちゃんの鞄にもいざという時のために装着されている。
さて、俺はもうしばらくクラスメートの質問責めに付き合って──。
◇ ◇ ◇
「少し、遅くなってしまいましたね」
春風を浴びながら俺は一人呟いた。
HR開始からは既に30分以上が経過している。クラスメートたちには「帰りに寄り道していかないか」と誘われたものの、車を待たなければならないからとやんわりお断りした。
なお、雛瀬さんには「用事があるので」と、ゆっくり来てもらうように連絡済みである。
これで多少の自由時間が確保できるが、
「さすがにもう帰ってるんじゃないかな?」
「その可能性は高いかもしれませんね」
クロにそう答えつつも、俺は校内を散歩してみることを選択。
せっかくだから購買に行ってみるか。
入学式は昼前に終わりのため、購買、そしてその隣にある学食は閑散としていた。
校内に用があるのでなければ帰ってから食べるもよし、ファストフード店に寄るもよし、ここにこだわる必要はない。
が、俺の場合、今日この時が貴重なチャンスかもしれない。
「莉緒。お弁当は断っていなかったかい?」
「断りましたよ。社会経験を積んでおくために」
「前世でいくらでも経験しているだろうに」
それはそれ、これはこれである。
天音のあれこれ気を遣われた上等なそれとは一味違う、いかもな「それっぽさ」も含む設備に笑みを浮かべつつ──時間的に学食は少々厳しいか。
購買に行き、こちらも閑散としたラインナップから焼きそばパンといちご牛乳をチョイス。
焼きそばパンは莉緒としてはこれが人生二度目である。
小学生の頃、珍しく昼前に帰ってきた父から「ママには内緒だよ」と少し分けてもらったことがある。前世では幾度も食べたチープな味わいに感動したものの、父はその後母に所業がバレてしまい……「身体に悪い&莉緒の生育に良くない」とダブルで叱られていた。
残念なことにそれ以来、父が俺の前で焼きそばパンを食べることはなく。
戦利品を手に中庭に出た俺は、上機嫌にリズムを口ずさむ。
パッフェルベルのカノン。
バレエは──成長著しい胸の都合もあって、中一でやめてしまったものの、ピアノは今も続けている。
小一から九年間、年齢の半分以上親しんできたので音楽はもうなくてはならない。
幸い、中庭に人はいなさそうだし聞かれることもない……と、思ったら。
「…………」
死角になっていた場所から、一人の少女がひょっこり顔を出した。
さらさらのボブカット。
しなやかなで、かつ伸びやかな肢体は運動神経の良さを窺わせる。
輝きの強い瞳は愛嬌と意志の強さを表し。
胸はほどほど──ただし、これはヒロインとしての基準であり、同世代の平均から見るとかなり大きい。
……ばっちり、俺と目が合ったのはヒロインの一人、主人公の義妹である
思わず、ぱちぱちと瞬き。
エンカウントを狙ってはいたが──まさか、ほんとに出会えるとは。
ちらりと手元に視線を落とせば、俺の手には焼きそばパンといちご牛乳。しまった、締まらないことこの上ない。
とりあえずにっこり笑って「ごきげんよう」と挨拶してみる。
「こ、こんにちは」
ちょっと照れくさそうにしながら挨拶を返してくれた。
「申し訳ありません、お邪魔をしてしまいましたか?」
「あ。えっと……そんなことありません。綺麗な声だねって話してたところで」
おっと、しかも一人ではなかったのか。ということは。
「ごきげんよう。みなさまも、こちらの新入生ですか?」
周りこんでみれば、そこにはさらに二人の人物がいた。
仲良くベンチに腰掛けた──ひとりぶんのスペースが空いているのは、結弦がさっきまで座っていたからだろう。
今朝、ちらりと顔を合わせたばかりの主人公、藤間一矢と。
ふわふわしたセミロング。
人好きのする笑顔が印象的な愛らしい顔立ち。
俺のGカップに迫るサイズの大きな胸。
魔法少女として対面した頃からは見違えるように成長した元フェニックス──
彼らの膝の上には中身が半分ほどに減ったお弁当箱があり、どうやら昼食中だったことがわかる。
なるほど。
一矢の家は両親ともに家を空けがちで、遥があれこれ世話を焼くことも多いと聞く。
家に帰っても三人で適当に済ませるだけだから、いっそお弁当を持って行ってのんびり食べよう、ということになったわけか。
そこで順当にいかず特別感を出してくるあたり、さすが主人公とヒロイン。
無意識のうちにイベントに近づいていく習性をしている。
と、それはともかく。
俺がじっと見つめると、一矢は少し戸惑ったような表情を浮かべて「ああ」と答えた。
それから、さりげない風を装って視線が若干下がり──同時にぴろん、と、ヒロインポイントの加算音。
少年、女子というのは男子が思う以上に「おっぱい見られてるな」というのに敏感だぞ。
「こんにちはっ。ね、あなた、新入生代表で挨拶してたよね? たしか……四条さん?」
どうやら一矢も遥も、俺と昔会っていることには気づいていないようで。
にっこり笑って尋ねてくる遥に俺は「ええ」と答えた。
「四条莉緒と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
遥の言った通り、俺は学校側から新入生代表に指名され、入学式で壇上に上がった。
式には県議会を代表してれいかちゃんのお父さんが来ていたが、俺の顔を見てめちゃくちゃ気まずそうにしていた。