昔会っていることを知っているのはこっちだけ、と精神的マウントを取っていたら、一方的に顔と名前を向こうに知られることになった。
いや、探偵のおかげでこっちも知ってるが。
知っていることを知らせてしまうと「どうして知ってるの?」というターンが発生してしまう。
「お食事の途中でしたらお邪魔ですね。では、わたしはこれで──」
印象を残せれば十分だろうとそう告げれば、横に立った
「四条さんって、昔テレビに出ていましたよね?」
「ええ、ほんの一時期ですけれど。よくご存じですね」
小学三年の終盤、バレエのコンクールで優秀な成績を収めた俺は「天才バレエ少女」とかもてはやされて一時期、注目を集めた。
おかげでテレビなどにも出演させてもらい、お小遣い稼ぎにも役立ったのだが……国内でトップの結果を出したのは後にも先にもその時のコンクール一度きり。
胸が大きくなった今はたとえ練習しても昔のようには踊れない。
俺の返答に、少女は「ほら!」と兄を見た。
得意げにされた主人公──
「言われればそんな気もするような、しないような」
「兄さんは注意力がなさすぎます。遥姉さんもそう思いますよね」
「うん、カズくんは普段ちょっとぼーっとしてるところあるよね」
親しい女性二人にディスられ「ひどくないか!?」と声を上げる一矢。
「ふふっ。みなさん、とても仲良しなのですね」
「まあ、昔からの付き合いだからな」
なんでもないような返答。それが、少しばかり羨ましく思える。
「覚えていなくても当然だと思います。わたし、あの頃とは随分変わりましたから」
「そんなことありません! あの頃からすごく可愛くて──私にとって、四条さんは憧れでした!」
「ありがとうございます。あなたも、なにかスポーツを?」
少女は嬉しそうに「はいっ!」と頷いて、
「中学校からテニスをやっていて……あっ、私、藤間結弦です」
「藤間さん、ですね。それから、お二人は……お兄さんと、お姉さんでしょうか?」
「あー、俺と結弦は従姉妹なんだ。事情があって一緒に住んでるけど」
「私はカズくんたちの近所に住んでて、昔から一緒に遊んでたんだ」
俺は「そうだったんですね」と微笑んだ。無事に情報を入手。
「ね、四条さんもお昼ご飯でしょ? 一緒に食べて行かない? あ、でも、さすがに四人は座れないか」
「そうですね。誰かが誰かの膝の上に乗らないといけなくなりそうです」
冗談めかした言葉に、遥と結弦はごくりと唾を呑み……揃って一矢を見た。
「そうだな。じゃあ、結弦が遥か、四条さんに乗せてもらったらどうだ?」
この朴念仁、お前はラノベ主人公か……って、似たようなものか。
「私はそれでもいいけど……」
ちらっと視線を送ってくる結弦は、なんとも可愛らしい。
歳は一緒だというのにどこか妹オーラのある少女に「わたしも構いません」と答えると、ぱっと表情が輝いた。
結果、初対面の女の子を膝の上に乗せながら焼きそばパンを開封することに。
「お、重くないですか、四条さん」
「いいえ。わたし、こう見えて頑丈なんですよ」
ちなみにお嬢様らしく、お尻にはハンカチを敷いた。
「焼きそばパン……四条さんって、意外と庶民派?」
「どうでしょう? わたしは一般家庭出身ですが……実のところ、焼きそばパンを食するのはこれで二度目でして」
「いや、それ、絶対一般家庭じゃないだろ」
ツッコミを入れつつも、一矢少年はどこか居心地が悪そうだった。
結弦と遥に挟まれていたところ、結弦の位置に俺が座ったため──初対面の美少女と肩が触れ合うような位置関係に。
俺が彼の立場なら絶対にどきどきする。
ぴろん。
「焼きそばパン、美味しいです。ソースの濃い味付けが麺類をおかずにしてくれているのがわかります」
「あ、これ、お嬢様が庶民の食べ物で感動するやつだ!」
お嬢様の中の人はばりばりの庶民だけど。
「でも、焼きそばパンだけじゃ栄養が偏っちゃうよね。四条さん、良かったらこれどうぞ」
「よろしいのですか? では、お言葉に甘えて」
お行儀が良くないとは思いつつも、遥の差し出したにんじんのグラッセを口で迎える。
髪を押さえながら口を開くお嬢様を間近で見て、一矢少年はどんな感想を抱いたか。
ぴろん、と、またポイントの加算音。
「良いお味ですね。日頃からお料理をされるのですか?」
「うんっ。カズくんとユズちゃんを手伝ってるうちに興味が出てきて、いつのまにか得意になったの」
「こんな美味しいお料理を日頃から食べられるなんて、藤間くんは幸せ者ですね」
「ああ。遥も結弦もすごいよ。俺じゃこうはいかない」
褒められた遥は見るからに上機嫌になり、「今度また一緒にご飯食べようねっ」と俺を誘ってくれた。
「ありがとうございます。お邪魔でなければ、またご一緒してもよろしいですか?」
「もちろんっ。あ、じゃあ、連絡先交換しよ?」
「あ、わ、私もっ!」
遥と結弦、ふたりの連絡先まで手に入ってしまった。
残念ながら本命はスマホを出してくれなかったが……さすがにそこまでは望みすぎか。
焼きそばパンといちご牛乳を堪能した俺は、袋と紙パックを丁寧に畳み、結弦に膝から下りてもらって立ち上がる。
「それでは、また機会がありましたら。楽しい時間をありがとうございました」
「ううん、こっちこそ。またご飯食べようねっ」
「ああ、まあ、気が向いたらこいつらの相手をしてやってくれよ」
俺の目当てはお前だ、と思いつつ会釈をして、彼らのいるベンチから離れて──。
「莉緒。なんだか主人公よりヒロインと仲良くなっていないかい?」
「なかなかガードが固いようですね。ですが、将を射んとする者はまず馬をと申します。むしろ、彼女たちに嫌われないことが肝要かと」
それに、普通の女子高生みたいで正直楽しかった。
この胸の弾む感覚が、恋のときめきかと言われれば違うかもしれないが。
歩きながらクロと内緒話を交わしたところで。
「お迎えに参りました、莉緒様」
邪魔にならない位置に控えていた雛瀬さんがさっと現れた。
指定したお迎え時間は、既に数分前に過ぎている。
「待たせてしまってごめんなさい。つい話し込んでしまって」
「問題ございません。ですが、この時間の間食はお食事に差し支えるかと」
「育ち盛りだもの、パンひとつくらい問題ないわ」
平日、俺が行き来するのは四条の本家だ。
祖父は母が思っているよりもずっと俺に甘く、いろいろと融通を利かせてくれるものの──焼きそばパンを食べてきたから昼食が入りません、はさすがに通らない。
なので、お昼ご飯はさっきの焼きそばパンとは別にしっかり食べることになる。
うん、通常授業の日はお弁当なので、やっぱり購買で買い食いはなかなかできそうにない。
雛瀬さんと共に駐車場へと向かいながら、
「それにしても、見れば見るほど普通の少年ですね。顔立ちや能力はそれなりに秀でているようですが……」
「あら、彼はああ見えて、かなりできる方よ」
ぱっとしないように見えて実は凄い、は、この手の主人公にありがちな設定。
その例にならったわけではないだろうが、藤間一矢もまた、平時よりはイベントの際にその実力を発揮するタイプだ。
それを見るにはもう少し──多少なりとも新しい学校に馴染む時間が必要か。
「部活動が本格的に始まれば一端が見られるかしら」
「ふむ。彼は中学時代、帰宅部だったようですが」
雛瀬さんも予備知識としてあの少年の情報はだいたい把握している。
「ええ。彼は帰宅部。おそらく、高校でも特定の部活動には入らないでしょうね」