中学時代の
勉強も運動も芸術も、苦手なものは特にない。
別の言い方をすると、得意な項目もない。
一見、どこにでもいる普通の高校生だが、それは違う。
学年一の秀才とそこそこ話ができ、サッカー部のエースにある程度食らいつき、料理も裁縫もしれっとこなす。
彼は「なんでもできる」タイプの才能の持ち主だ。
また、義妹である結弦をはじめ、他の者への面倒見もいい。
誰かが荷物を重そうにしていれば手を貸し。
日直を代わってくれと頼まれれば引き受け。
男子と女子が話をする際の橋渡しを務めたりもする。
結果、入学して一か月も経たないのにさりげなくクラスの中心人物に。
つい頼みごとをしたくなる人当たりの良さがその秘訣だろう。
「楽しいお話をありがとうございます、
「いいのいいの、こっちも特進の話聞かせてもらうしー」
普通科一年、烏丸さんは俺の隣で購買のパンをかじりつつ笑った。
校門から続く並木道の、いちばん大きな木の下。
彼女が見つけた密談スポットは、なるほど、ちょっと気合いを入れないと昼食に使うのは難しい。
ギャル一歩手前のような容姿の少女は話し好き、特に噂話を集めるのが趣味だという。
こちらから声をかけた時は少し面食らった様子だったものの、情報同士の交換を持ちかけるとすぐに了承してくれた。
「でも、四条さんが藤間君を狙ってるなんて意外ー」
「ふふっ。もしかして、それも雑談の種になりますか?」
「大丈夫、こんな面白い話は大事にするから、簡単には話さないって」
貴重な情報があれば交換条件に出されると。
俺は「隠しているわけではありませんのでご自由に」と微笑み、
「ぜひまたお話聞かせてくださいね?」
「もちろん。そっちもいい話期待してるよー?」
中学から、四条の娘としての英才教育を受けるようになった俺は、人を使う側としての心得も祖父から叩き込まれた。
現代社会においては個人の運や勘、運営センスだけでは限界がある。
大事なのは情報を集め、それを効果的に運用すること。そのためには探偵や情報屋のような人間もうまく活用しなければならない。
実際、俺は家経由で探偵に一矢の情報を集めてもらったわけだが。
情報源が家からのものだけだと偏ってしまう。
自分用の情報屋が欲しいな、ということで、ヒロインポイントを消費して校内の事情通とコネクションを得た。
烏丸さんがその結果「どこかから生えてきた」存在なのか、それともベストな相手がマッチングされたのかは怖いので考えない。
◇ ◇ ◇
俺は悩んだ末、美術部に所属することを選んだ。
顧問も指導してくれるものの、基本的にはおのおの好きなものを描いたり作ったりしている感じ。
ノルマとしてコンクール出品用の作品さえ提出すれば出欠も自由、というのがありがたい。
一矢は言った通り帰宅部。
結弦は女子テニス部期待の新人として精力的に活動を始めた。
遥も悩んでいたものの、最終的には料理部に所属。
もしや「将来の夢はお嫁さん」か……!? と思ったら、パティシエや料理人も視野に入れているらしい。
ちなみにみゆちゃんは帰宅部。
放課後は図書館等で自主的に勉強に励むためである。
すでに英語はかなりのレベルに達しているみゆちゃんだが、医者になるにはドイツ語もいるし、なにより医学部合格のために基礎学力が相当必要になる。
「みんなそれぞれに夢を追っているのですね……」
のんびり高校生活を楽しむつもりの俺ももう少し……いやいや、俺だって「将来の夢:素敵なお嫁さん」のために主人公攻略を頑張っている。
美術室で絵を描く姿もきっと見てもらえればドラマチックなシーンになるだろうと、放課後、部活動に向かっていると。
「決闘だ!」
「風紀委員長が一年生の男子に手袋叩きつけたんだって!」
廊下に響いた声に思わず足を止めた。
「……いや、決闘ってなんだよ」
しかも手袋って、騎士が当たり前にいた時代じゃないんだぞ、とツッコミを入れたところで、俺の肩にいたクロが声を上げた。
「どうやら改変が起こったようだね」
この学校には存在しなかったはずの風紀委員会が発生し、かつ、決闘制度なるものが「以前からあったこと」になっている。
小学生の頃に発生した魔法少女騒動と同じ現象。
「今度は誰がやらかしたんだよ……?」
「さあ。キミ以外の者はシステムを意識的に使えるわけではないからね」
「そういや、それってどの程度のものなんだ? 精度っていうか……具体的には、どのくらい願えば『こう』なる?」
クロは俺の問いかけに「時と場合によるとしか言えないな」と答えた。
「例えば、ある日突然胸が大きくなるのと、美男子がクラスに転校してくるのではどちらが現実的だい?」
「そりゃ、まあ、転校じゃないか?」
「そうだね。でも、本人が強く願っているのは胸のほうだったりする。意中の相手がいるのなら、他の美形には興味がないだろうしね」
「ああ、願いの強さと、実現のしやすさが一致するわけでもないのか」
したいことでも内心諦めてしまっていれば叶いづらくなる。
「加えて言うと、今は『改変』が起こりやすい状態だ」
「は? なんで?」
「キミたちが思春期を迎え、一か所に集まったからさ。無意識が作用しあい、より現象を引き起こしやすくしている」
「じゃあ、具体的に誰の願望か絞れないかもしれないのか」
だとするとやっぱり、解決するにはイベントを良い感じのところまで進めるのがいいか。
どうやら騒ぎが起こったのは昇降口の前あたりらしい。
駆けつけた時には人だかりができており、聞いた通り、一年生の男子と三年生の女子が中心で向かい合っている。
俺の身長は163センチ──女子としてはそこそこあるものの、人が邪魔でよく見えない。
「これはどういった騒ぎなのですか?」
ちょうどよく見知った顔を見つけて尋ねれば、噂好き女子の烏丸さんは「ああ、四条さん」とにやにやした。
「王子様が風紀委員長に絡まれたみたいだねー。不純異性交遊を疑われるような行動は慎めって」
「あの、とりあえず王子様はさすがに恥ずかしいのでやめてください」
事態の中心は予想通り、一矢か。
「あの子、よく女の子と一緒にいる子だよね」
「でも、たしか『兄さん』って呼ばれてなかった?」
「そうだけど、もう一人いただろ」
よく一緒にいる子に俺は含まれていないか。ほっとしたような、残念なような。
様子を見ていると、野次馬の人数が少し減った。
帰るのを優先した人が出たか、ちょうどいいと覗き込み、ようやく二人の姿が見えた。
制服姿に鞄を持った一矢と、制服に「風紀委員」の腕章をつけた女子。
風紀委員長というと、なんとなくこう、竹刀を持った長身ポニテ女子とかを想像したが。
実際は黒髪に眼鏡をかけた、どっちかというと委員長が似合いそうな風貌だった。
でも、そうか、校則違反を取り締まるくらいだしお堅い子だよな。
「勝負の方法はわかりましたね?」
「はい」
すでに話はそこまで進んでいたようで、今にも決闘が始まる様子。
「烏丸さん、決闘ってどのようなことを行うのですか?」
「あ、四条さんは知らないか。それはねー」
なんでも、決闘方法は昔から伝統的に決まっているらしい。
決闘らしくフェンシングでは心得のある者、運動の得意な者が有利すぎるため、女子や文科系の者でもそこそこ対抗できる方式が選ばれている。
つまり、
「かくれんぼだよ!」
なんでだよ!?