「タイマーはセットしましたね? では、今から5分後にスタートしてください。制限時間1時間以内に私を見つけられればあなたの勝ちとしましょう」
衆人環視の中。
風紀委員長はそう告げ、さっと身を翻した。
向かっていくのは校舎の方向。
5分の待機を命じられた一矢は小さくため息をつくと、手にしたスマホをタップする。
近づけば、65分のカウントダウンが始まったところだった。
「
「四条さんか。……ああ、結弦や遥と仲が良すぎだって言われちゃってさ」
苦笑する彼。
「結弦さんは兄妹ですし、鳳さんとも幼馴染でしょう?」
「俺もそう言ったんだけど。まあ、勝てば認めてくれるらしいから」
今どき生徒同士の恋愛くらいでとやかく言うのもどうかと思うが。
争点は不純異性交遊。
ただのお付き合いはOKだけどキスやエロいことはNG、一矢たちの場合は身体的な距離感が近すぎる……ということなら話はわかる。
「1時間ですか。入学したばかりの生徒には不利な条件ですね」
「ああ。でも、5分で隠れられる場所も限られてる。それに、目隠しは条件になかったから」
「風紀委員長が向かった方向はわかっている」
頷いた一矢はすでに校舎へと視線を送っていた。
「ですが、校舎だけに絞るのも危険かと。昇降口以外にも出入り口はあるのですから」
そこまで告げてから、俺は「ルールを確認させていただいても?」と尋ねる。
「協力者を得るのはOKなのでしょうか」
「風紀委員長がどこに行ったか聞いて回るのは禁止。スタート時点でここにいた人間と手分けをするのは可、だったけど」
答えた一矢が俺を見つめる。
「では、わたしがお手伝いするのは問題ありませんね」
「いいのか? お手伝いさんが迎えに来るんじゃ」
「雛瀬のお迎え時間は融通がききますし、もともと美術部に顔を出すつもりでしたので」
ぴろぴろりん♪ あまり聞かない効果音は『ヒロインポイント:+2』の通知だった。
「ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えさせてくれ」
「お安い御用です。結弦さんや鳳さんにも協力していただければよかったのですけれど……」
「いや。俺の問題にあいつらを巻き込むのはだめだ」
遥たちとの関係を疑われているのだからばりばり当事者だろうに。
ただ、恋愛ムーブ的には一矢が負けて「いちゃいちゃするのは恋愛的行為」と認定されるのもそれはそれで美味しいかもしれない。
そう考えるとあの二人は協力しづらいか……?
「では、たまたま居合わせたわたしくらいはこき使ってください」
言っている間に5分が経過。俺たちは校舎に向けて歩き出す。
しまった、風紀委員長をクロに追わせれば良かったか? いや、さすがにそれは介入のしすぎだ。
ヒロインとはいえ、主人公の活躍を奪いすぎてはいけない。
「藤間くんの問題、ということであれば、ここは正念場ですよ」
「わかってる。やるからには全力でやるさ」
呼吸を整えると、一矢の表情は一気に引き締まった。
戦いに臨む男の顔。
同性としても異性としても、素直に格好いいと思う。
「他のルールは、鍵のかかった部屋は対象外。職員用の場所も使用禁止」
「では、職員室や特別教室は基本的に除外ですね」
鍵の「かかった」部屋が対象外なので、鍵をかけられる部屋だけどかかってないからOK、は、可能性としてはあるか。
「俺さ。かくれんぼは小さい時によくやったんだ。遥や結弦と一緒に遊ぶことも多かったから」
「身体能力の差で勝ち負けが決まると楽しくありませんものね」
「結弦は俺より運動神経良かったけどな。……だから、かくれんぼで使われそうな場所はだいたいわかるんだ」
上履きに履きかえた俺たちは一階の廊下に。
一階には職員室等が並び、生徒用の教室は二階から順に三年生、二年生、一年生の順。
「わたしは幼稚園でやった程度なので、拝聴しても?」
「ああ。要注意なのは『自分じゃまず隠れない場所』だ。無意識にそこを無視してしまうから、なかなか見つけられない。
結弦は一回、木の上に登って隠れてたことがあった」
「上はなおさら、意識して視線を向けないと気づきませんね。……なるほど」
そういうことであれば、うってつけの場所がある。
鍵はかかっていない。が、一矢にはまず隠れられない場所。
彼の足はその前で止まって。
「四条さんがいてくれてよかった。女子トイレに隠れられたら俺じゃどうしようもない」
決闘のためだからと言い訳しても、女子から変態扱いされるだろうしな……。
「わかりました。では、藤間くんは男子トイレを。それから、個室が施錠されているかは確認すべきだと思います」
「ああ。鍵がかかってなければいいんだからな」
あまり時間はかけられない。
俺たちはさっとトイレを確認し、風紀委員長がいないことを確かめた。
一階の部屋を半分ずつ手分けし、二階へ。
「一応下から順番に来たけど、一番可能性が高いのは三年生の教室がある二階だと思う」
「個人用のロッカーもありますね。……頑張れば中に入ることも可能でしょうか?」
「いや、さすがに無理じゃないか……?」
「あら。わたしはこの胸がなければおそらく入れましたよ?」
伊達にバレエをやっていたわけではない、身体の柔らかさには自信がある。
一矢は「そうか」と答えて視線を逸らした。
「でも、ロッカーを一個ずつ調べるのは現実的じゃない。風紀委員長が自分のを使ってる保証もない」
そこまでされたらどうしようもないと判断し、やはりトイレから確認していく。
しかし、二階のトイレにもターゲットはいなかった。
教室側の女子トイレではギャル風の女子がメイクにいそしんでいたものの、じっと視線を向けると「ん?」とこちらを睨んできただけでほぼ無視された。
まあ、話をしたところで風紀委員長の居場所を尋ねるわけにはいかないのだが。
……これ、やっぱりだいぶきつくないか?
時間に追われているのを感じながら二階を制覇。
教室の掃除用具入れなども含めると「鍵はかかってない個室」は意外と多い。相手が相当気合いを入れていたら「詰み」に近い気がする。
もちろん、逆にしらみつぶしを受けたら逃れようはないわけだが。
かといって、絶対に見つからない方法なんてないわけで。
「……あれ?」
俺はそこでふと、違和感を覚えた。
絶対に見つからない方法。
一矢の「自分では行けない場所」という発想はだいぶいい線行っていたのではないか。
そのうえでより勝率の高い方法を考えるのであれば──おそらくは「見つかってもその人とと判別されない方法」を選ぶ。
「まだ校内に意外と人が残っていますね」
俺は雑談を装って、一矢に「彼が持っていない情報」を流す。
「二階の女子トイレにもお化粧をしている先輩がいました。部活動をしている生徒も多いですし……運動部の練習に紛れ込まれたらわからないかもしれませんね?」
実際、それも良い手かもしれない。
あるいは演劇部にでも紛れて着ぐるみでも着てしまうか。
「紛れ込む、か」
三階をしらみつぶしにしながら、一矢は深く思考を巡らせる。
「そういえば、子供の頃ショッピングモールに行った時、おばさんの集団に揉まれて抜け出せなくなってた女の子がいたんだ。ああいう状態だとまず外からは見つけられない」
「そうですね」
誰だろうな、その間抜けな女子は(現実逃避)。
「……かくれんぼは隠れるゲーム。隠れた場所を探されなければ勝ちだ。だけど、本当にそうか? 本当に強いのは『見つかっているのに咎められない隠れ方』じゃないか?」
みるみるうちに、少年の思考が正解へとたどりついていく。
その様が、俺には妙に爽快に思えた。
「四条さん。その『メイクしていた先輩』のところに案内してくれないか?」
うん、おそらくはそれが正解だ。