和やかな光景のはずなのに、急に空気が重くなった気がする。
これがいわゆる、ヒロイン同士の修羅場というやつか。
答えるべきか、はぐらかすべきか。
答えるとして、それはどのような言い方をすべきか。
性格や状況によって正解は千差万別。
おそらく「最適解」というのは存在しないが。
思うに、負けヒロインが取りがちな選択肢、というのは存在する。
すなわち──誤魔化し。偽り。先送り。
「ずいぶんと率直なお話ですね」
俺がそう言うと、遥は「ごめんなさい」と眉を下げた。
「びっくりさせちゃったよね。でも、四条さんの様子──この前のかくれんぼの時とか、見てたら『きっとそうなんだろうな』と思ったから」
切り出してきたのは遥だが、結弦も同じように思っていることは表情でわかった。
二人してきゅっと手を固めているのは果たしてどんな答えを期待しているからか。
「……そうですね。きっと、きちんとお話しておくべきなのでしょう」
緊張の糸が、さらに張り詰める。
「はい。わたしは、藤間くんが好きです。彼に選んでいただくことが、いま、わたしの一番求めていることです」
「やっぱり、そうなんだ」
遥と結弦は、悲壮なほどに真剣な表情をしていた。
「お二人も、彼に恋していらっしゃるんですよね?」
尋ねると、はっきりイエスとは口にしないものの、頬を真っ赤に染めて下を向く。
それでは答えを言っているようなものだ。
「どうして」
先に顔を上げたのは結弦。
縋るように俺を見て、問いかけを口にする。
「どうして、兄さんのことを? まだ会って一か月くらいですよね?」
「初めて出会った時、確信したからです。彼こそがわたしの運命の人だと」
細かく言うと嘘が混じっているがおおむね真実だ。
小学二年生で出会った時から──いや、クロと出会って俺の役割を知った時から思い続けていたからか、はっきりと口にしてなお、それほど動揺はない。
誤魔化さない。
俺が選んだ方針は直球勝負。
ヤンデレ、電波系と思われそうな文句だが、敢えて、両親や祖父にそう口にしてきたのと同じようにはっきりと告げる。
事実上の宣戦布告。
とはいえこの場合、仕掛けてきたのは遥たちのほうだ。
「どうして」
もう一度口にする結弦だったが、彼女の視線は揺らいでいて俺を見ていない。
代わりに遥が口を開き、俺を見た。
「告白、するの? カズくんに」
「そうですね。いずれ、折を見て」
「……いずれ?」
少女には、今すぐにと言われなかったことが光明に見えただろうか。
しかし、時期を見計らうのはなにも手抜きではない。
「わたしは、好きなのであれば告白するべきだと思っています」
幼馴染にしろ義妹にしろ、その気があればとっくに勝負を終わらせられたはずのポジション。
あるいはそれはヒロインバトルのレギュレーション的制約、高校という舞台に移行するまで一矢は誰も選ばないという運命なのかもしれないが。
一つしかない宝物を指をくわえて見ているのは「勝つ気がないのか」と言われても仕方ない。
「ですが、告白を受けていただくには、わたしのことを好きになってもらわなくてはなりません。たった一度きりの大勝負。本気で成功させるために、今はまだ時期が早すぎるのです」
ゲーム的に言えば好感度が足りないので告白成功率が低い。
「わたしは、お二人とも仲良くしたいと思っています。せっかく新しい学校でできたお友達ですもの」
微笑んでそう告げたうえで「ですが」と続けて、
「本日はこれでお暇させていただきます。あまり遅くなると家の者が心配しますので」
「あの、四条さん。私……っ」
「大丈夫ですよ」
なにかを言わないといけない気がするけれど言葉が出てこない、といった様子の結弦を宥め、紅茶とお菓子の残りを胃に落とす。
自分の分くらいは片付けようと手を伸ばせば、遥が「あっ」と声を上げて。
「そのままで大丈夫だから。その……ごめんなさい」
「謝ることなんてなにもありませんよ。お茶、ごちそうさまでした」
藤間家を出る前に雛瀬さんにメッセージを送信。
彼女は最寄りのファミレスで時間を潰してくれている。向こうもコーヒーとケーキを楽しんでいるかもしれないので、こちらから合流することにしよう。
「お邪魔いたしました」
挨拶をして家を出るまで、遥たちは口数が少ないままだった。
それはまあそうだろう。
ライバルと思しき人物に牽制を入れたらフルスイングでぶん殴られたようなもの。
いきなり現れた部外者が事情も知らず、なあなあの関係に無理やり期限を切ってきたら誰だってどうしていいかわからなくなる。
「また派手にやったね。でも、彼女たちにチャンスをあげて良かったのかい?」
「良いんだよ。俺は別にあの子たちとギスギスしたいわけじゃない」
すぐには告白しないと明言した以上、それまでに遥か結弦が告白すればまあまあの確率で勝てる。
勝算が低いからと先延ばしにしたのはライバルに塩を送ることにもなる。
「言っても実際、いま告白してうまくいく気はしないんだよ。さすがにこの段階じゃまだまだ早い」
徐々に距離を詰めていくにせよ、適度に時間を置きつつになる。
遥たちに過度な警戒をされないことも考えると昼食にお邪魔できるのは週に一度が限度か。
放課後や休日に会うにはもう少し好感度を稼がなければ。
「ひとまずはキミが一歩リードか。この展開は覚悟の差が原因かな」
「そりゃ、こっちはとっくに覚悟できてたからな」
恋愛バトルに勝つのは原則一人。
ルール無用のバトルロイヤルと考えるとなかなかに修羅の世界である。
「でも、さすがにあれだけ発破かけられればなにかしらの変化はあるだろ」
果たして、それはどんな種類のものか。
◇ ◇ ◇
「なんか、遥と結弦が元気ないんだ。四条さん、なにか知らないか?」
数日後。まさかの、主人公が向こうから接触してきた。
彼にはまだ俺の連絡先を教えていなかったのだが。
学内における俺の情報屋──烏丸さん経由で連絡先がやり取りされ、程なく「今日の放課後、学校近くの公園で」とメッセージが来たのだ。
例によって俺の部活は休むのが簡単なのでこれをOK。
学校内で会わないのは、部活中の遥・結弦と万が一にも鉢合わせないため。
なかなかの念の入れようである。
現地で合流した俺たちは、自販機でジュースを買ってベンチに座る。
……かつて、フェニックスこと遥とジュースを飲んだのと奇しくも同じ場所である。
知り合いの目を避けて二人きり。
見ようによっては密会の現場であるものの、一矢当人としては幼馴染と妹に心配をかけないため、以外の思惑はない。
善意がすれ違うのはなんとも青春ラブコメっぽい。
「そうですね……ケーキの食べ過ぎでお腹を壊したわけではないと思うのですけれど」
「ああ、あのケーキな。めちゃくちゃ美味しかった……って、あいつらそんなに食べたのか!?」
「いえ、二つずつですのでそこまでではないかと」
一矢を安心させつつも、俺は「どうしたものか」と思案する。
二人とも、あなたのことが好きなので悩んでいるんです……などと、当の本人に言えるはずがなく。
「そうですね。推測できる原因はありますが、それを藤間くんにお話することはできません」
「どうして」
「他でもない鳳さん、結弦さんがそれを望まないからです。ですが、いたって健全な悩みごとですので心配することはありませんよ」
微笑んで告げると、一矢はしばしあっけにとられたような顔をしていたが、やがて笑って頷いた。
「なんだか、四条さんはなんでも知っているみたいだな」
「なんでもは知りませんよ。ただ、必要と好奇心からあれこれ知りたがっているだけです」
「そっか。なんにせよ、ありがとう。もう少し長引くようならこっちでなにかしら励ましてみるよ」
「ええ、それがきっと一番の薬になると思います」
短い逢瀬を終え、雛瀬さんに連絡する。
と、思ったら、彼女は俺がメッセージを送るよりも先に移動を開始していたらしく、一分後には公園に到着した。
「どうしたの、雛瀬。もしかして、緊急事態かしら?」
「はい。大旦那様より招集がかかっております。至急、本家へお戻りください」
また改変が起こったことは、書き換えられていく記憶が教えてくれる。
いったい、次から次へなんだというのか。