四条の家は地域に深く根差した名家だ。
それは、土地の守り手という意味でもある。
旧家である四条には妖、物の怪、怪異といった魑魅魍魎の知識、そしてその対処方法が伝えられており、家の子には退魔の役割が与えられる。
そしてそれは、自ら望んで四条の家に入った俺──莉緒にもあてはまる。
うん、初耳である。
だが、生えた設定により歴史が書き換わったため、俺が戦いに同意したという過去もまた生まれている。
……母がこの家を嫌っていたこと、俺を家に入れたがらなかったことにわりと正当な理由ができちゃったな、これ。
「お帰りなさいませ、莉緒様」
「ただいま戻りました。みなさまは、大広間に?」
「はい。すでに八割方お集まりになられております」
「そう。ありがとう」
待たせないように手早く向かいたくなるものの、使用人たちは「入浴とお召し替えを」と促してくる。
身を清めて正装を纏うのが礼儀、と。
ならば抗わず、なるべく手早く入浴を済ませ、黒の着物に袖を通した。
「お待たせいたしました」
準備の間にほかは全員が揃っていたらしい。
親族一同の視線が集まる中、俺は広間を真っすぐ進み、祖父と伯父が並んで座る最奥の手前──後継者候補の位置に、従兄と隣り合うようにして腰を下ろした。
俺が腰を落ち着けるのを待って、伯父が話し始める。
「数日前よりこの地の気の流れが悪くなっている。どうやら人を惑わす魔の類が夜に乗じて跋扈しているらしい」
「心に干渉する類の相手か……」
「厄介な。この手の輩は発見にも排除にも手を焼くのだぞ」
高齢の者たちの声に伯父は頷き、
「魔そのものだけではなく、惑わされた人への対処も求められる。
可能な限り早急な解決のため、一人でも多くの人手を出してもらいたい」
一定年齢以上で、かつ退魔の力を持つ者を総動員。
誰かが惑わされても正気に戻せるように複数名でチームを組み、夜の巡回を行うことに。
「父上、私はどのように?」
「お前には私と共に巡回を行ってもらう。……莉緒、お前は状況の解決まで私用での外出を避け、放課後は速やかに帰還するように」
この宣言に、一同がざわついた。
偉そうに重役出勤してきた「先代のお気に入り」が家で大人しくしてろと言われたのだからそれはそうだ。
しかし、
「まあ……仕方がないな」
「莉緒様には才能がないからな」
四条直系の血を引く従兄は歴代でも指折りの才能を持ち、すでに退魔の経験も数多い。
が、直系とどこかの馬の骨(家の者からの評価)との間に生まれた俺には才能がまったくない。
そりゃそうだ。
「キミはポイントを振っていないからね。無から才能が生えてくるわけがない」
「そこなのだけれど」
さすがにこの場だと誰か気づくんじゃないか……? とびくびくしながら頭のクロに語りかける俺。
幸い、認識阻害はこの場でもしっかり発動した。
「どうしてわたしが干渉していないのに、四条家の設定が改変されるの?」
「おそらくは間接的に影響が来たんだろうね」
「……間接的?」
「ものごとは繋がりあって出来ている。互いの干渉可能な範囲に重なり合う部分があってもおかしくないし、波及して君の領域に影響が出ることもあるだろう」
俺は脳内に複数の円を描き、その一部を重なり合わせながら「なるほど」と頷いた。
「ゲームの設定資料とかでもたまにあるよな。
ヒロインの項目にはなにも書いてなかったのに、モンスターの項目に『この地域では主にヒロインの家が討伐を担っている』とか書いてあるみたいなの」
重複を省いた結果だったり、徐々に情報項目が増えている形式のせいだったり原因はいろいろだろうが。
要はこの場合、例えば土地の設定に「夜になると化け物が現れることがあり、旧家の者が討伐にあたっている」とか付け足せば、自動的にうちが駆り出されることになる……という話。
そういうことなら話は早い。
俺は余っているヒロインポイントをいくつか消費し、自らに退魔の力を与える。
「お待ちください、伯父さま」
書き換えられた設定が周囲に浸透するのを待って、凛とした声で宣言。
「わたしにも退魔の力がございます。どうか役目を与えてくださいませんか」
「そうだな」
伯父はむしろ「どうして私は待機を命じたのだ?」みたいな顔をしながらこれに同意。
「ならば、お前達二人で巡回にあたれ。……雛瀬、お前には護衛とサポートを命じる」
「はっ。命に代えましても」
そういうことならと、ポイントで雛瀬さんの戦闘能力も強化しておく。
霊的な能力は最低限だが、身体強化された肉体で清められた武器を振るうことで強い相手にも食い下がれるスタイル。
……なんか勢いで雛瀬さんが異能持ちのバトルメイドになっちゃったな?
「では、本日よりよろしくお願いいたします、お従兄さま」
「ああ。今回の敵はおそらく、君の浄化が必要になる。頼りにしているよ」
「家のため、人々の安寧のため、微力ながら尽くさせていただきます」
従兄は霊力を身体強化に使ったり武器に纏わせたり、直接叩き込んだりと多彩で柔軟なタイプ。
俺は、処女の乙女特有の清らかな霊力によって邪なものを清めるのを得意としている。
人を操ったり憑依したりする敵には浄化が特に有効だ。
というわけで、雛瀬さんを連れて夜回りをすることになった俺と従兄。
いちおう、学校があるので早めに切り上げていいとは言われているものの、
「これは、早めに解決しませんと学業に支障が出てしまいますね」
雛瀬さんは日中仮眠を取れるだろうし、従兄はすでに大学生、融通もきくスケジュールだが、こういう時、高校生は困る。
「うん。とはいえ、こればかりは運も必要だろうね」
退魔師が警戒していれば敵も身を潜めるかもしれない。
そうなると長期戦も見えてくる。
……これ、相手の狙いはなんだ?
出現している魔の狙いではなく、この状況を引き起こした人間の狙い。
集合無意識の産物かもしれないし、当人に自覚はないのだろうが、それでもなんらかの意図や目的はあるはず。
ひょっとして、俺を疲弊させて恋愛どころじゃなくなくするため……? いや、さすがにそれは自意識過剰か……?
「ところで、莉緒?」
あるいは。
「なんでしょう、お従兄さま?」
「最近、例の彼と親しくしているようだね。今のところ首尾はどうだい?」
祖父と「形ばかり」という約束で結んだものとはいえ、現在、俺の婚約者ということになっている従兄──伯父の長男。
俺と彼との接触の機会を増やすことによってなんらかの結果を狙っている、ということも、ひょっとするとあるのだろうか?